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事業3

「カノイ、私に何か持ってきたんじゃないの?」


 メイドたちを背にして、フィルリーネが戻ってくる。メイドたちがまだ話し足りないとうろうろするところを、ヨナクートに追い返されていた。数年前では想像できない状況である。


「報告書です。全国の植物の生育状態について。一部の場所で驚くほどの豊作。すごいですよねー。オゼが喜んでましたけど、ちょっと問題あったみたいです」

 渡された報告書をペラペラとめくって眺めて、フィルリーネは片眉を上げた。


「豊作すぎて、値崩れか。条件が合いすぎたみたいね。倉庫にも入り切らず、輸送が追いつかない。あらまあ、それは困っちゃうわね。保存方法とか考えようかしら。もっと長期にわたって保管、……加工とか。ヘライーヌに相談しましょ」

「また、怪しげな魔導具の研究始めるんですか?」

「失礼なこと言わない。保存技術が上がれば、魔獣退治にも持っていけるじゃない。善は急げ〜。ヘライーヌのとこ行くわよー」

「姫様、そのエネルギー、どっから出てくるんですか?」

 フィルリーネはメイドや騎士たちに見送られながら、颯爽と演習所を後にする。


 時々、空元気ではないかと思う時がある。

 わざと時間を潰すように働き続け、休む暇すらない。身体をおかしくするのではと心配するほどだ。

 そのせいなのか、この一年が忙しすぎて、最近は、抜け殻のようにぼうっとすることがあった。


 紙を広げて何かを書こうとしてぼんやりするのは、新しい商品を考えているのかもしれない。ただ、その回数が多いのだ。結局、インクの垂れてしまったその紙はくしゃくしゃにされてゴミ箱行きだ。

 そんな状態を見るようになったのは、いつからだったかと考える。


「姫さん。これ、できたよ」

「はっやい! えらいわ、ヘラーヌ!」

 魔導院のヘライーヌの研究所に入ると、ヘライーヌが待っていましたと言わんばかりに、小さな箱を出してきた。

 前に研究していた、新しい魔導具だ。


「これで、どれくらい持ちそう?」

「このサイズで、いっ時くらいかな。魔獣の攻撃を何度も弾くとして、それくらい」

「森の中で、睡眠が短時間できるくらいほしいんだけど?」

「単純にサイズ大きくすればできるよ。その分、魔導溜めるの、大変だけどさ」


 フィルリーネが発案したのは、魔導がなくても結界が張れる魔導具である。構造などはフィルリーネが考え、それを形にするのがヘライーヌの役目だ。

 マリオンネの女王になり考えることでもあったのか、魔鉱石という限りのある資源を使わずに、魔導具を使えないかという発想を持ったそうだ。


 魔導具を作るには魔鉱石が必要だ。航空艇を飛ばす時も、移動式魔法陣を動かす時も魔鉱石が必要になる。その資源は、近年グングナルドで枯渇し始めていた。精霊が増えてきているとはいえ、魔鉱石が増えるのに何年か掛かるだろう。


 そこで、まずは魔獣と戦うために森に入る際、安心して休めるような結界を、魔鉱石を使わずに作ることを考えた。警備騎士や狩人の知り合いが多いので、彼らが使える魔導具を考えた結果だろう。

 もちろん、魔導をその箱に入れる者は必要だ。先に魔導を入れておく必要がある。


 魔導を箱に溜められるほどの量を持っている者は多くはないが、平民でも魔導を持っている者はいる。貴族の中にはお金のない者もいるため、魔導が売れれば少しは足しになるだろう。金額はまだ考えてはいないそうだが、魔導の売買ができれば、魔鉱石の使用は減る。


 航空艇ほどの大型な魔導機械を動かすのは難しくとも、魔鉱石は小さくても高額なので、コストは抑えられるだろう。

 ヘライーヌは面白そうだと、すぐにその案に乗った。


「この箱使えば、魔導持ってなくても魔法陣描けるよね」

「魔導が枯渇しそうになったら、予備として使えるから、緊急の時などにはいいと思うのよ。それに、精霊の寝床を壊さずに済むし」

「精霊の寝床とか考える姫さんの感覚分かんない」

「なんでよ」


 二人は箱を前にして、楽しそうに話をする。ヘライーヌが遠慮しない性格なので成り立っているのだろう。親しい友人が、まさかのヘライーヌになるとは思わなかったが。


「ところで姫さん、さっきから気になってるんだけどさ、頭の上で精霊寝てるけど?」

「この子の寝床は、私の頭なのよ。剣やってる時いなかったのに、いつの間にか戻ってきてたわ」

「気のせいか、デカくなってない? 人型になったりしないの?」

「どうかしらねえ」


 ヘライーヌはフィルリーネの頭の上をじっと見つめる。髪の毛に絡まって寝るのが好きらしく、フィルリーネの髪の毛が膨らんでいることがあった。魔導の少ない者には見えないので、寝癖のように思われているかもしれない。


 ヘライーヌには精霊がしっかり見えるようだ。ヘライーヌだけではない。魔導の少ない者たちにも、精霊の存在が分かるようになってきていた。

 アシュタルも、昔はほのかな灯りとしてしか認識しできていなかった精霊が、今では形がなんとなく分かるまでに見えるようになっていた。


 それが、フィルリーネの女王の力なのか分からない。

 力が上がっているのは、間違いないのだろうが。


 フィルリーネは未だマリオンネの女王代理として、仕事をこなしている。

 女王としてマリオンネに立ち続けることはないが、女王の次期候補者は、コニアサスより少し大きいくらいの男の子だ。フィルリーネは、当分の間、その子供と儀式などを行う。すぐに女王の仕事を渡せないのは、その子供にフィルリーネほどの魔導がないからだ。


 将来性のある、魔導の多い子供が選ばれた。女王に関わりのない、マリオンネに住まう子供。まだ幼いため、プレッシャーも多く、苦労があるからと、フィルリーネが当分手伝うことになっている。

 マリオンネは、フィルリーネを留めておきたいのではないかと勘ぐりたくなった。


「仲良しだよねー」

 フィルリーネとヘライーヌは次の研究について話し始めていた。すぐに意見が飛び交うので、カノイは邪魔しないように、こっそり耳打ちしてくる。


「二人、年近いもんね。姫様の方が年下なのが不思議だけど」

「聞こえてるわよ」

「ししし。姫さんの方が、老けてるって」

「ヘライーヌが子供っぽすぎるんでしょ。またお風呂入ってないんじゃない!?」

「入ったよ! ずっと前に」

「汚い!」

「平気だよ!」

「そういう問題じゃない!!」

「ほんと、仲良いよね」


 カノイは怒られないで済んだと、ホッと安堵する。

 二人が言い合う姿は、エレディナを思いださせた。

 エレディナは、結局ルヴィアーレに付いて行ったまま、帰ってきていない。長い間、フィルリーネの側にいたのに。


「アシュタル、明日の午後、外行くけど、一緒に来る?」

 急に問われたが、何のことか分かっているので、アシュタルは大きく頷いた。

「行きますよ。一人で出掛けるのはおやめください。ガルネーゼ様から、どこに行くにも護衛はつけろと言われたんですから」

「でも、せっかくの夜なのに、無理してついてこなくてもいいのよ?」


 フィルリーネの言葉に眉を吊り上げそうになる。

 明日は精霊の祭りだ。フィルリーネは例年通り、夜中出掛けて、祭りを楽しむ。

 そこにアシュタルは付いて行ったことはない。去年はルヴィアーレを連れて行った。今年はアシュタルが護衛として付いていく番だ。


「今年は、私が一緒に行きます」

「どこ行くの?」

「精霊の祭りに街に行くのよ」

「え、いいな! 私も行く!!」


 ヘライーヌが子供のように駄駄を捏ねて、せがんだ。フィルリーネは仕方ないなあ。と言いながら、笑顔を向ける。

 ヘライーヌを街に連れていくことに、若干不安を感じるが、フィルリーネは嬉しそうだ。


 精霊の祭りが終われば、フィルリーネはラータニアへ行く。

 小細工好きのルヴィアーレがいる、ラータニアへ。

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