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事業2

「だってえ、あの子たち、マリオンネじゃなくてもいいって、言うんだもの」


 長い足を組みながら、自然界におよそいるはずのない青の髪色をした男が、蛇のような金色の瞳をフィルリーネに向ける。冗談混じりで言っているように見えても、金色の瞳は笑っていない。常にフィルリーネを観察するような雰囲気を持っていた。


 そのくせ、翼竜のカーシェスは、フィルリーネの呼び出しに素直に応じてやってくる。

 今回は、アヴィーエ領ラザデナの町にある、放置された砦について話していた。


「翼竜が住み着き始めたようだから、どうすべきか教えてほしいって、アヴィーエ領主から連絡来ちゃったんですよ。あの砦は無人なので、使用する分には構いませんけど、ラザデナの町の人々は結構挑戦者が多いですから、翼竜を狩ろうなんて思っちゃう人間が少なくないことも確かなんです」

「そこをなんとかするのが、あんたの役目なんじゃないの?」


 偉そうなのは、翼竜だからだ。そう思うことで、アシュタルは苛つきを我慢する。王女に対しての言葉ではないと、怒鳴りつけないように、ぐっと奥歯を噛み締めた。


「砦に住むくらいならば、魔獣が減るのでありがたいんですが、ラザデナの町の上を飛ばないでほしいんですよ。翼竜に攻撃されるのではないか、皆不安なんです。その不安で、先制攻撃しそうな血気盛んな者たちが住んでいるのも事実で」

 カーシェスは口を閉じて、フィルリーネを眇めた目で見遣る。


「人型になれる翼竜はいないんですか?」

「いないわね。いても、人間と馴れ合う気はないわよ」


 ヨシュアが人に慣れている方がおかしいのだ。そうカーシェスはうそぶく。ヨシュアがいるから、自分もここにいるだけだと、出された紅茶を口にした。ついでに甘いお菓子も頬張る。


「あら、これ。美味しいわね」

 カーシェスは聞く気がないのだろう。態度が横柄だ。

 フィルリーネも分かっているか、ふう、と息を吐く。


「まあ、私は住めばいいじゃないって思っちゃうので、気にしないんですが」

 フィルリーネが本音を口にする。ヨシュアを守護としているフィルリーネが、翼竜が近くに住んでいようが気にしないのは当然だが、王女が言い切るのはよろしくない。

 さすがに、フィルリーネは、ですが、と付け加える。


「ラザデナの町の上空を翼竜が行き来して、精霊が怯えるのも困るんですよ」

 ラザデナの町は砂に囲まれてはいるが、砂の精霊が多く住んでいる。仲間が仲間を呼んで、砂だらけの土地になっているが、その精霊とは別の、植物や水に関わる精霊も増えてきていた。フィルリーネとコニアサスの巡業の賜物だ。

 その精霊まで逃げられると、せっかく精霊を呼び込んだ儀式が無駄になってしまう。


「ですので、」

 フィルリーネは用意していた地図を開いた。アヴィーエ領の地図で、赤い線が引かれている。


「こちらからこちらまで、人は入らないように制限します。このギリギリまで、人々が物珍しげに見に来るかもしれませんが、攻撃しないでくださいね」

「……あんた、まさか、観光業にする気?」

「とんでもない。翼竜が恐ろしいので、みんな遠目で見るしかできないだけですよ」


 植物は増えないかもしれない。しかし、別の財源が得られるとして、フィルリーネはアヴィーエ領主に観光業を勧めた。翼竜を観光源にすれば、血気盛んな者たちも攻撃しようと思わないからだ。


 フィルリーネは口を下弦の月のようにして、笑顔を向ける。

 町の上を飛ぶことは目を瞑る。むしろ、飛んで構わない。ただ、攻撃はするなよ。と言わんばかりだ。

 まさかの反応に、カーシェスは整った顔を歪め、口元をぴくぴくと引き攣らせた。


「あんた、思ったより、面の皮厚いわよね」

「そんな。翼竜の肌に比べればもちもちですよ」


 そりゃそうだ。

 アシュタルは吹き出しそうになるのを我慢する。

 カーシェスは目を吊り上げて、残っていた皿の上の菓子を、口の中に流すように入れて頬張った。


「また、寄らせてもらうわ。お菓子用意しときなさいよ!」

「はーい。お客様がおかえりよー」

「見送りなんていらないわよ!」


 カーシェスは怒鳴りながら窓を開けると、そこからいきなり飛び降りた。あっと思うのも束の間、青色の巨大な翼竜になって飛んでいった。ささやかな嫌がらせだ。

 いきなり飛び出した翼竜に、悲鳴や叫び声が聞こえる。皆が窓にしがみついて眺めていることだろう。


「翼竜には、結界通じないのよねえ」

 結界が壊れないだけマシか。フィルリーネは小さく呟いて、あっという間に遠のいたカーシェスの姿を見送った。

 しばらく、ダリュンベリは騒がしくなるだろう。真っ赤な翼竜が飛ぶことはあったが、真っ青な翼竜は初めてなのだから。


 これで、また変な噂が立つな。

 グングナルドの王族は精霊や翼竜を使役にする。王代理と次期王は、今までの王とは違うのだと。


 フィルリーネは、伸びをすると立ち上がる。

「アシュタル、ちょっと、付き合ってよ」





「フィルリーネ様! アシュタルやっちゃってください!」

「負けろー。アシュタル!!」

「くそ、あいつら」

「よそ見、してんじゃないわよ!」

「ちょ。あぶな!」

「アシュタル、避けるな!」

「避けるに決まってるだろう!」


 フィルリーネの忙しさは、男でも目が回るほどだ。

 なのに、どうしてかたまに剣の相手をしろと、アシュタルに頼んでくる。ガルネーゼも忙しくて相手をしてもらえないからだ。


 幼い頃は、何度か隠れて剣の相手をしていた。その昔、王騎士団に誘われる前の、護衛をしていた頃の話だ。フィルリーネはまだ子供で、剣の筋が良いとは思っても、子供の腕。受け止める剣はとても軽く、弾けば悔しそうな顔を隠しもしなかった。


 今は、

 ガキン、と金属が重なり合う音が響く。

 魔導の使用はなしの、剣だけの演習だが、子供の頃とはうって変わった重い剣を振ってくる。

 あの細い腕のどこにこの力があるのか。王を倒すべく努力してきた剣技は伊達ではない。


 ガルネーゼが長く教えてきたおかげで、王騎士団が相手でも遜色ない強さなのだ。

 腕の使い方が独特で、重い剣な上に動きが早い。回転するように振り下ろす剣を避けても、すぐに体勢を整えてくるので、次の手が速かった。


「あっ!」

 それでも、負けるわけにはいかない。

 重なり合った剣が弾け、フィルリーネの剣が、背後へ飛んだ。集まってきていた観客が、残念そうな声を同時に上げる。


「あーあ」

「俺の勝ちですね」

 今日はそこまで危なくなかった。フィルリーネの調子が良いと、時折押し負けそうになるのだ。

 フィルリーネは舌打ちする。その姿を、メイドや騎士たちがうっとり見つめた。


「しっ、しっ。仕事に行け。なんでこんなに集まるんだ」

 アシュタルは集まってきた者たちを追い払う。

 特に騎士たちだ。フィルリーネの剣技に唖然としたのは過去の話。今ではその実力に憧れを持つ新人騎士までいる。

 その中に、カノイが混じっていた。


「メイドたちが走って行くから、何事かと見に来ました」

「メイドも増えてきたわよねえ」

 アシュタルを応援しにきてるの? と言わんばかりに、こちらをちらりと見やるが、そうではないと言いたい。


「姫様が男前だって分かって、ファンが増えてるんですよ」

「それって、喜んでいいの?」

「いいんじゃないですか?」


 カノイは適当だ。フィルリーネは本気にしていないか、剣を置いて汗を拭おうとする。すると、メイドたちがタオルを持って、我先にと渡しにきた。

「フィルリーネ様、タオルを。タオルを!」

「まあ、ありがとう。使わせてもらうわ」


 高飛車王女らしく、メイドの一人からタオルをもらって、汗を拭う。ヨナクートも持ってきているのに、女の子たちに囲まれて、また別のタオルを受け取った。


「モテすぎじゃない?」

 カノイは呆れ声を出す。

「最近、また見学者が増えているからな」

「なんで、あれで自分がモテてるって思わないんだろう。全然考えないのかな?」

「考えないだろう」

「姫様、自分のモテ具合が、王女って立場だから、くらいしか思い付かないんだろうなあ。仕方ないんだけどさ」


 カノイが愚痴のようにこぼす。それは親しい者ならば皆が知っていることで、敢えて口に出さないことだった。

 フィルリーネが恋愛に興味がないのは、その生い立ちのせいだ。


 王女という、婚姻を自分の意思で行えない立場ということもあるが、フィルリーネは常に性格を偽って生きてきた。性格は我儘な王女で、そこに好意を示す者はいない。

 そんな偽りの王女に擦り寄ってくる者は、二心があると疑っている。

 そのせいで、誰かがフィルリーネを本当に想っていても、それを感じることなどできないのだ。


 それだけの立場だった。常に周囲を確認して、相手の性格を読み取らなければならない。好意を持たれても、何か裏があるのだろうと思うのに慣れてしまった。

 たとえ今告白されても、冗談だと思われるのが関の山だ。


 ここ最近、フィルリーネに興味を持つ者は驚くほど増えた。パーティでフィルリーネと踊るために様子を窺う者たちが多くいる。前まで遠巻きにしていた男たちにとって、今では高嶺の花となり、近付くこともできないが。

 それで勇気を出して声を掛けても、フィルリーネは彼らが何に興味を持って近付いてきているのか、理解していない。


 婚姻相手だと思われていると、考えることもしない。いや、王女としての婚姻相手だと思っているのだろう。彼らは、フィルリーネ本人に好意を持っているのに。

 だが、それでいいと思う。本人は婚姻する気がないのだから。


「キグリアヌンの話は断るって」

「だろうな。嫁ぐ意味がない」

「意味あったら、いいんだ?」

 なにが言いたいか、カノイは含んだ言い方をする。


「王女として嫁がなければならないとなれば、フィルリーネ様は決断されるだろう。キグリアヌンの第一王子は、その理由のない相手だということだろ」

「まあね。おじさんたちも進める気なさそうだったし。でもさすがに、王女がずっと未婚はまずいと思うんだよね。王族はミュライレン様とコニアサス様しかいないんだし」


 フィルリーネが考えているのは、コニアサスを王にした後、必要ならば手を貸せる立場にいることだ。手助けができない立場にはなれない。だから、未婚のままにしたいのだろう。

 他家に嫁げば、口を出すのも難しくなる。嫁ぐ相手の身分によっては、王と話す機会すら失われるからだ。


「ガルネーゼ様とイムレス様が、フィルリーネ様の身分が下がるような立場にさせるとは思わない」

 そうだとしたら……、


「そういえば、ラータニアの話は聞いた? 僕、さっき聞いたんだけど。反乱分子の貴族、一掃したってやつ」

「……らしいな」


 フィルリーネはそれを早朝聞いていた。ガルネーゼがどこからか仕入れてきた話である。

 ルヴィアーレがラータニアで、一部の貴族を一掃した。姪の王女を王妃にと推していた貴族たちだ。


 ユーリファラが王宮の情報をマリオンネのスパイに話していた。そのせいでラータニア王が攻撃されるに至った。貴族たちは画策し、ルヴィアーレが王になれるよう、また、ユーリファラが王妃になれるよう、誘導していた。ユーリファラが偏った考えを持ったのは、その貴族たちの話を鵜呑みにしていたからだ。


 貴族たちはユーリファラが罰せられた後、知らぬ顔をし、身を潜めていた。だが、ルヴィアーレがそれを逃すはずがない。


 ルヴィアーレが王になって一年も経たずに、ルヴィアーレはその始末を行った。王を殺された恨みは激しく、鬼神がとりついたのではないかと言われるほどだったとか。

 ルヴィアーレは前王と違い革新派だ。保守派たちを黙らせ、王宮の膿を出し切った。ルヴィアーレは名実共に、ラータニアの王となったのだ。


「ルヴィアーレ様は完全に潰しにかかったわけだし、ラータニアも、もうすぐ落ち着くんだろうな。怒ったあの人、敵に回すのは怖いよね。ラータニアにいた頃は仕事ができる王弟くらいにしか思われてなかったらしいけど。黙ってれば置物みたいに綺麗だから、恐ろしさなんて分かんないだろうし。ある意味、うちの姫様と一緒」

「前王は、フィルリーネ様のように市井に目を向ける王だったのだろう。ルヴィアーレ王は民からの人望は薄いと聞いたが?」


 シエラフィアは民に慕われた王だった。フィルリーネのように街を歩き、直接話を聞くような男だったからだ。だが、ルヴィアーレは常に笑顔でも、人を近寄らせない雰囲気がある。その笑顔の中に多くの感情を隠しているからだ。


「だから、市井に目をかけるようになったんじゃない?」

 カノイは全てを言わず、肩を竦める。


 ラータニアから、聖堂での活動を詳細に聞きたいという申し入れがあった。

 発起人のフィリィは居場所が不明だ。受けたのはカサダリアの商人デリで、その後、ダリュンベリの商人バルノルジに話が入った。


 聖堂を使用した預かり所は、まだ二箇所しかない。それなのに、その活動を事業として行なっていることを、ラータニアの役人が知っていたのである。


 誰が背後にいるかくらい、フィルリーネでなくともすぐに分かる。


 一年近く連絡をとってこなかったのに、ここで繋がりを作ってくるのか。

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