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喪失3

『王の承認儀式は、君が行うのだろう?』


 シエラフィアの手紙は、そんな問いから始まった。


 代筆も頼まず、自分で書いたのだろう。ところどころ震えて書いたように、文字がのたくっている。病に苦しむ中、わざわざ書いてくれたに違いない。

 内容は、長いものではなかった。


 毒によって、身体が戻りそうにないこと。できるならば話したかったが、その時間がないため手紙にしたこと。病で苦しんでいた人とは思えない、あっけらかんとした手紙だった。

 そうして、襲撃について、前々から覚悟はしていたのだと、書かれていた。


『マリオンネに訪れた際、アンリカーダはこちらを呪うような目付きで睨んできた。母親を奪ったことを、知っていたのだろう』


 ルヴィアーレの母親、女王エルヴィアナの娘であるルディアリネは、マリオンネを捨てた。自分の娘ごと。アンリカーダがどのように育てられたのかは知らないが、子供の頃から無表情で、けれど、何もかも恨み、蔑ろにするような、不吉な雰囲気があったそうだ。


 ルディアリネは、浮島でルヴィアーレを産んだ後、彼を優しく抱いて、育てる決心をしていた。だが、すでに心も身体も弱っていたルディアリネは、若くして亡くなった。


 シエラフィアはそれくらいしか知らない。マリオンネに訪れることがほとんどないからだ。エルヴィアナ女王より、ルヴィアーレと共に訪れるのを控えるよう忠告されていた。

 女王の子供が地上にいると、知られるわけにはいかなかったからだろう。

 しかし、アンリカーダはそれを知っていた。


 アンリカーダの恨みは、全てを押し付けられたことに対する怒りではないかと、ラクレインは言っていた。

 幼少から暴力性はあったが、それだけでは説明しきれない、浮島やラータニア、シエラフィアやルヴィアーレに対する憎悪があった。女王になってそれらを狙ったのは、事の発端が浮島にあると知っていたからだ。


 エルヴィアナ女王は、アンリカーダの憎悪を消すことはできないと、諦めを持っていた。

 そうして、それを逆手に取るように、女王制度を終わりにしようとしていたことを、アンリカーダに気付かれていたのだろう。と。

 捨てるのに丁度良かったと思われていたのならば、アンリカーダが大きな恨みを持つのは当然だ。


 エルヴィアナ女王が死ねば、恨みの矛先は浮島とシエラフィア、ルヴィアーレにはっきりと向いた。

 母親を奪ったというよりは、母親ごと恨んでいたのではないだろうか。

 しかも、アンリカーダに寄ってくるのは、ハイエナのように狡猾でずる賢い大人たち。利用しようというのが見え見えで、アンリカーダはそれらを道具のように扱うことにした。


『死は僕たちへの罰だ。マリオンネにいたアンリカーダは、不幸だったのだろう。彼女の状態をもっと早く知っていれば、少しは違ったかもしれない。今さら、言ってもどうにもならないけれどね。

 けれど、命を与えられた者を産むのが恐ろしいと、泣いていたルディアリネを愛したことは後悔していないよ。

 ただ一つ、心残りなのは、ルヴィアーレを一人にすることかな。


 ルヴィアーレはあの通り、誰にも慣れない猫のような性格をしているから、君みたいな女性に懐いたことに驚いていたんだ。だから、婚約破棄については、残念に思うよ。君が娘になるのを楽しみにしていたのに。

 弟王子を王にしたら、ルヴィアーレに嫁ぎに来るといい。歓迎するよ』


「なに、言ってんだろな……」

 シエラフィアらしい言葉に、つい笑ってしまう。前に座っていたコニアサスが、不思議そうな顔を向けてきた。

「どうかされましたか。フィルリーネお姉様」

「いえ、そろそろ城に到着しますね」

「お隣の国なのに、あまり遠くないんですね。ぼく、もっとすごく遠いのだと思っていました」

「ラータニアはあまり土地が広くないので、グングナルド国内を移動する方が遠いくらいですから。冬の館に行く時は、もっと時間がかかりますよ」


 国外に行くより、国内の移動の方が距離があることを知って、コニアサスは目を丸くする。芽吹きの儀式で冬の館に訪れる際、その距離を感じることだろう。

 手紙に視線を戻し、続きを読む。最後はこう締めくくられていた。


『君には一つ、お願いがある。年に一度は必ずラータニアに来て、僕のお墓に参ること。ルヴィアーレには伝えておくから、遠慮なく来るといい。

 これは遺言だ。ちゃんと守るように』


「は、はは。あはは」

「お姉様?」

 コニアサスはきょとんとした顔を向けたが、その笑いを止めることはできなかった。


 シエラフィアの陽気な願いに、ただ、笑いながら、涙した。





 喪が開けて、ラータニア王死去に伴う、ルヴィアーレ王弟の王承認儀式が執り行われる。


 ムスタファ・ブレインの衣装のような、真っ白に金糸の刺繍がなされたドレス。ケープがついており、マリオンネの乙女たちが丁寧に着せて、シワがなくなるように伸ばしてくれる。

 エレディナの言う通り、王の承認儀式は女王が必要であると、マリオンネから呼び出された。

 ただ王であるという印を与えるだけだと説明を受けたのだが、それなりの装いは必要だと、着替えを要求された。


 女王謁見用の場所である、ヴラブヴェラス。王の承認儀式を行うための島で、ルヴィアーレは階段の下で待機していた。

 上から見下ろすのは、初めて会った時以来だろうか。あの時のことを思い出すと、この一年強でどれだけの多くのことが変わったのか、不思議な気分になる。


 ルヴィアーレは近付いてくると、片膝を折って床に跪いた。

 ルヴィアーレの衣装も同じ白色で統一されている。真っさらな気持ちで白の衣装らしい。

 王の登録を行うのは、男の人型の精霊だ。名前はオビア。


「オビア、ラータニアに新しい王をお迎えします」

 呼びかけに答えたオビアは褐色の肌をしており、土系の精霊だと想像できる。国境や王は土の属性がまとめているようだ。

 真っ黒の長い髪をなびかせながら、オビアが手を伸ばしてくる。ルヴィアーレの額にかざした手の上に、オビアが同じように手をのせた。


 魔鉱石と同じように魔導を流すが、ほんの少しの魔導だ。ルヴィアーレの額に小さな魔法陣が描かれた。それはすぐに消えて、見えなくなる。

 婚約の儀式と同じで、魔法陣が描かれた。この魔法陣が、王族登録の魔鉱石と繋がり、王の印が現れるのだ。


 ルヴィアーレは瞼を上げ、こちらを見上げた。

 青銀の瞳は未だ生気がなく、眠りも浅いのか、白皙の肌にクマが残っている。

 こんな風に王になるなんて、思いもしなかっただろう。


 カラン、と鐘が鳴る音が聞こえる。新しい王が立ったことを、鐘で知らせるのだ。

 隠れていた精霊たちが集まってくる。儀式の時は、精霊に入らないようにさせているらしい。新しい王に祝福を与えるのだろう。広間に多くの精霊たちが集まって、新しい王の誕生を祝った。

 これが、地上にも届くのだ。


 頭を下げて、ルヴィアーレは下がっていく。

 ルヴィアーレを見送っていく精霊たち。鐘楼の鐘の音がいつまでも鳴り響き、王の誕生を知らせていた。ラータニアに新しい王が立ったのである。


 そうして、この日から、ルヴィアーレと会うことがなくなったのだ。

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