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喪失2

 呼び出し方がチンピラなのよ。


 ガルネーゼとコニアサスを先に行かせて、エレディナと転移した。そこはどこかの庭園で、エレディナが好きそうな水辺があり、大きな木々が植えられている、静かな場所だった。


「あんた、結局、女王やってるわけ?」

「代理よ。代えがいないんだって。新しい候補者が選ばれるまで、女王の仕事を行うの」

「騙されてんじゃない」


 うっさいよ。エレディナは相変わらず毒舌で、腕組みをして足も組んで、ふわふわ浮いた。スカートの中身見えるからやめなさいって。


「まあ、いいわ。あんたが女王でも、次代を産む予定じゃないんでしょ」

「私には職人になるという夢があってだな」

「どうせ暇なくて作れてないんでしょ。そのうち捨てられるわよ」


 人が気にしていることを。エレディナは辛口の発言を一通りして、踏ん反り返る。尊大な態度をしているが、何を話そうか迷っているように感じた。


「ルヴィアーレ、寝てないよね、あれ」

「寝てないわよ。シエラフィアが死ぬ直前まで、できる限りの癒しを行なってたもの。途中で、シエラフィアが止めてたけど」

「王族に登録すれば、少しは癒しが得られるって聞いていたんだけど……」

「軽い癒しがある程度でしょ。すべては治せないわよ。怪我とは違うもの。しかも、二度目は毒と一緒に呪いも掛けられていたそうよ。マリオンネで作られた呪い付きの毒だったから、すぐに解毒が行えなかったらしいわ。癒しじゃ治しきれなかったのよ。どうにもなんないわ」


 病を完全に癒しで治せるのは、軽い病気だけだ。重い病には体力の減退も関わるため、本人の体力次第のところもある。シエラフィアは二度目の毒を含んだ。ただでさえ体力がなくなっているところ、追い打ちをかけるように毒をくらった。

 その上で、呪いとなれば、対処は難しい。


「内臓が蝕まれるのを治癒するのは、神でも無理だわ。元々、癒しの魔導は、時間を戻すような魔導だもの。早けりゃ早いほど治りがいいってのは、知ってるでしょ」

 形状記憶というべきか。元に戻すための力であって、新しく何かを作るわけではない。そのため、持病などには癒しは効きにくい。また、老化などの現象は治すことができない。体そのものの時間を戻すことはできないからだ。


 怪我であればその治療は行いやすい。病が治しにくいのは、生命のあるものとして、永遠はないからだろう。全てを癒すことができるのならば、それは神の領域に入ったも同然だった。


「まだ、刺されて毒が身体を回った、くらいの方がマシだったわ。中に入り込む入り口があるんなら、癒しを当てやすいけど、内側は難しいじゃない。だから、ルヴィアーレがせっせと魔導を送り込んで治療してたわ。他人に魔導を送り込む方法は、あんたもやったことあるでしょ。あれと同じ原理よ」


 前に、魔獣を避けるための魔鉱石を作った際、教えてもらった、魔導を入れ込む方法。それを癒しと一緒に行うとなると、他人に自分の魔導を送ることになる。

 そんな癒しの方法、聞いたことがない。


「知らなくて当然よ。私だって知らないもの。マリオンネの、多分、禁忌じゃない? 最悪、相手の魔導を消しちゃうかもしれないんだから。他人の魔導を多く得たら、それこそ危険だわ。拒否反応を起こす」

 だが、ルヴィアーレはギリギリまで癒しの魔導を送り、シエラフィアの治療に努めていた。毎日のように、その一定の量を超えないように。


 それは、ルヴィアーレにとっても危険な行為だ。自分の魔導を放出し過ぎれば、体調不良程度では済まない。それこそ命懸けの癒しでないだろうか。


「それでもダメだったのよ。だから、ふらふらしてんのよ。参列者がいる間にぶっ倒れるんじゃないかと思ってたわ」

 顔色が悪いわけだ。痩せたように見えたのも、そのせいだったのだ。命を削る行為である。


「ルヴィアーレに、ついててあげてね……」

 自分はもう、ルヴィアーレの側にいられる立場ではない。シエラフィアが、そこまで予断を許さない状態だったことも知らなかったのだから。


「あんた、女王の仕事もしてたら、時間なんてないでしょ?」

 エレディナが、確かめるように言いながら、どこからか一枚の封筒を出した。封蝋がされた、上質な紙で作られた封筒だ。

「あんたに、これあげるわ。シエラフィアから。帰ってから読みなさいよ」


 シエラフィアからの手紙。それを受け取って、中身が見えないのに、じっと見つめる。シエラフィアが最後に伝えたかったことなど、想像がつかない。


「どうせ、マリオンネで会うわ。王の儀式があるでしょ」

 ルヴィアーレは王になる。王の崩御のため、長い期間、喪に服した後、王の継承儀式のために、マリオンネに行く必要がある。


「女王は代理だから、私が会うかは分からないよ。王の登録は私がやることになると思うけど」

 王の継承儀式がどのように行われるかは知らないが、人前に女王として出ることはないだろう。王としての登録であれば、行うのはフィルリーネだ。またあの洞窟で何かをするのかもしれない。


「身内みたいなもんなんだから、あんたが儀式を行うんじゃないの。精霊使うのよ。あんたの代理なんてすぐに見つかんないだろうし」

「不吉なこと言わないでよ」

「じゃあね、邪魔者は退散するわ」

「邪魔者?」


 エレディナは言いたいことだけ言って、姿を消した。

 ここがどこなのか分からないのだが。どうやって戻ろうかと思った時、人影が目端に入った。


「フィルリーネ……」

「ルヴィアーレ」


 参列はまだ続いているだろうに。ゆっくりと歩く姿が力無く、暗然とした面持ちが、ひどく痛ましい。走りよれば、日の光の下で、一層肌の青白さが際立った。

 魔導をシエラフィアに与え続けていた。その影響が著しく顔色に出ている。


 言葉が出てこない。

 何を話そうか迷っていると、ルヴィアーレが頭をなでてきた。なでるのはこちらだろう。


「コニアサスと一緒に来たんだな」

「ルヴィアーレに、会いたがってたから」


 マリオンネで会ったばかりなのに、長く会っていなかったような気持ちになる。あの時より、ずっと、疲れた顔をしていた。

 瞼が腫れぼったいのは、きっと隠れて泣いていたからだ。その顔を見ているだけで、涙が出そうになる。


「ちゃんと、ご飯、食べるんだよ。お日様に当たるんだよ?」

「そればかりだな」

「一番、大事だから。あと。ちゃんと眠るんだよ? ずっと、寝てないんでしょう?」

「大したことじゃない」


 どこが大したことではないと言うのか。弱りきっていて、今にも倒れそうな顔をしているのに。

 お互い何を話せばいいのか、迷うように黙っていれば、鐘の鳴る音が耳に入ってくる。その鐘の音と共に、精霊たちの嘆きが耳に入った。

 精霊たちはシエラフィアの死を嘆きながら、ルヴィアーレにもその嘆きを向けていた。


「精霊たちが、心配してるよ」

 ふと顔を上げるルヴィアーレは、眩しそうに空を見上げた。

 ずっと下を向いていたのだろう。長いまつ毛を頬に下ろし、目を眇める。ルヴィアーレが気付くと、精霊たちが近寄って、哀しみを見せた。


「大丈夫だ。大丈夫……」

 まるで、自分に言い聞かせているように聞こえて、胸が苦しくなるのを感じた。


 その時には、手を伸ばしていた。

 ルヴィアーレを抱きしめて、ただ、ぎゅっとその背を掴む。


 泣けばいいよ。そう言いたかったが、言葉が出てこない。


 ルヴィアーレは少しだけ躊躇うようにしていたが、そっと、その腕に応えるように、背中へ手を伸ばした。


 言葉なんてかけられない。


 お互いに抱き合い、その哀しみを、ほんの少しだけ分かち合った。

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