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喪失

 鐘楼の鐘が鳴り響く。


 城だけでなく、街でも鳴り響き、木霊のようになって、いつまでも鳴っていた。

 シトシトと小雨の降る日。多くの参列者が現れる中、葬儀は厳かに営まれた。


 ラータニア王、崩御。


 グングナルドに戻った後、ラータニアからの報で知った。

 シエラフィアの体調は戻らず、眠るように亡くなったという。

 前に会った時は、話すのも辛そうだったが、笑っていたのに。


 マリオンネの王族登録の魔鉱石から、白い煙のようなものが溢れていた。それは一瞬だったが、なにかが気化したように、魔鉱石の周りがけぶった。

 それが、王の印が消えたことを意味するとは、考えもしない。


 あちこちから啜り泣く声が聞こえる。この城に入るまでに、多くの民が城の方へ移動しているのが空から見えた。多くの民が、シエラフィアの死を悼んでいるのだ。

 国民に慕われたラータニア王。王族は、ジルミーユとルヴィアーレだけになってしまった。


 葬儀に、参列することになるとは、思いもしなかった。

 参列者の啜り泣きが聞こえるだけでなく、精霊たちの嘆きも耳に入る。天井近くで固まって近寄ってこないのは、ヨシュアがいるせいだろう。


 フィルリーネは心の中でヨシュアを呼ぶ。少し離れるように伝えれば、精霊たちがほろほろと降りてきて、シエラフィアの眠っている棺の側に寄ってきた。

 それに気付いたルヴィアーレが、ふとこちらを見遣る。軽く挨拶するように一度だけゆっくり瞼を下ろして、棺の方へ視線を戻す。


 ルヴィアーレは口を閉じたまま、涙も流さずジッと棺を見つめていた。ただ、この場所からでも分かるほど顔色が悪く、さらに痩せたように見えた。隣にいたジルミーユはずっと涙を拭っており、精霊たちが慰めるように、側に寄っていった。


 沈鬱な空気が、肌に刺すようだ。胸が苦しくなるほどの、哀しい嘆きが目の前にあった。

 シエラフィアの王族の登録を、再び抹消することになるのだ。

 この間、元に戻したばかりなのに。


 ルヴィアーレは、王の代理を行うために婚約破棄を発表したのではなかったのかもしれない。ルヴィアーレは王になる気だった。シエラフィアの容体は、思わしくなかったのだから。

 シエラフィアが生きている間に、継承するつもりだったのではないだろうか。


 棺の中で、シエラフィアは花に囲まれて、うっすらと笑っていた。

 もっと、話をしたかったのに。また、会う約束もしていたのに。

 言っても、もう遅い。彼はもう、この世にいないのだから。


 花を手向けて、その場を離れる。ルヴィアーレはこちらを見たが、もう一度、瞼を下ろしただけだった。

 泣きたいだろうに。大切な人を亡くした喪失感は、計り知れないだろう。


「お姉様。お花、置いてきました」

 コニアサスがガルネーゼと、花を置き終えたと廊下を走ってくる。走らなくて良いですよ。と伝えれば、良い返事をしてしっかり優雅に歩いて近付いてきた。


 コニアサスは次代の王だ。それを知らしめるためというわけではないが、連れてきたのである。いつの間にかルヴィアーレに慣れていたので、コニアサスが希望したのだ。


「ルヴィアーレ様、いらっしゃいました。すごく、悲しそうでした」

「そうですね。大切な人が亡くなったんです。とても、つらいことでしょう」

「声を、おかけすることができなかったです」

「今日は、お話ししたくないかもしれませんから、後日また、ご挨拶に来ましょうね」

「はい!」


 良い返事に少しだけホッと安堵する。コニアサスはまだ幼いが、城での戦いもあって、死について理解している。誰かを亡くすことに対し、悼む心を持つのはまだ早いかと思ったが、コニアサスは泣きそうになるのを我慢していた。

 ガルネーゼも、葬儀が続いてやるせないと、ため息混じりで呟く。


 マグダリア領の攻撃で亡くなった者は少なくない。城でも爆発に巻き込まれた者たちが何人かいた。前の戦いで仲間を失っているのに、またも失うことになった。もうないと思っていた不幸が続いていることに、気持ちが上向かない。

 これ以上の不幸がないといい。そう、祈るしかないだろうか。


「それにしても……」

 ガルネーゼが歯切れ悪く、背後を確認しながら囁いた。

「やけに、年若な令嬢たちが前にいたな」


 祈りを捧げている間、参列者の前列に若い令嬢が並んでいたのが気になったようだ。フィルリーネも気付いていた。ラータニアの独特の並び方なのかと、不思議に思っていたのだが。


「婚約者候補かもしれんな」

「あ、そういう」


 それもそうかと納得する。今や残った王族は二人だけ。ルヴィアーレが王となれば、貴族たちがこぞって年の若い令嬢たちを押し出してくるのは目に見える。

 フィルリーネと同じくらいの年の令嬢が多かったように思えた。それより年下の女の子たちもいたかもしれない。


「普通ならば、婚姻しているからな」

「ルヴィアーレの年だと、同じくらいの年の令嬢がいないんでしょうね」

「葬儀の場だっていうのに、どこの貴族も考えることは同じだな」


 ルヴィアーレに印象付ける場が少ないのならば、どこでも利用するのだろう。葬儀だろうが、お構いなしだ。貴族らしい考え方である。


 ルヴィアーレが王になっても、次に王を継承する者が必要になるので、相手の女性を選ばなければならないのは決まっている。貴族たちはこぞって候補になる令嬢を出してくるのだろう。

 理解はできるが、納得はしたくない。


 ルヴィアーレの悲壮な顔を見て、自分を前面に出してくるような女性を、選ぶとでも思っているのだろうか。

 言葉にならない、ルヴィアーレの悲哀。彼にとって唯一の肉親であり、あれだけ慕っていた、兄であり、父である、シエラフィアを亡くしたのに。




「フィルリーネ姫」

 廊下を歩いていると、誰かに似ている男が声を掛けてきた。すぐに思い浮かぶ顔が不快だが、別人なので、軽く微笑む。


「コニアサス、ご挨拶を。キグリアヌン国第一王子、セルファム様です」

 オルデバルトに暗殺されかけた、キグリアヌン国の第一王子。毒を含み、一時は余談を許さぬ状態だったが、なんとか復帰できるまでになった。


 オルデバルトと顔のパーツが同じで、少しだけ垂れ目の人の良さそうな男だ。柔らかそうなクセのある金髪。碧眼。それなりに、顔はいい。

 人懐っこい雰囲気なので、さぞかしもてるのではなかろうか。ただ、少々のんびりした感じを持ち、人を見たら喜色満面で寄ってくるので、なんだか犬っぽい。オルデバルトのように演技かかった話し方をしない分、少しは安心できる。


「はじめまして。コニアサスと申します」

「はじめまして。セルファムと申します。お二人でいらっしゃったのですね」

「ルヴィアーレ様には、コニアサスもお世話になりましたから。セルファム様は、お一人で?」

「父は、遠出ができる状態ではありませんので」


 キグリアヌン国王も、体調を崩したままだ。バカ息子のせいで、心身共に疲労が溜まっているだろう。第一王子が復帰できただけましか。第二王子は車椅子生活で、治る見込みはないという。


「このようなことになるとは。病気が良くないとは耳にしていましたが」

「そうですわね。まだ、とてもお若い方でいらっしゃるのに、驚きましたわ」


 キグリアヌンはシエラフィアのことをどう聞いているのだろう。

 マリオンネは、まだアンリカーダについて公表していない。まさか、女王の命令でシエラフィアが倒れたとは思わないだろう。女王が精霊を使い、王を殺そうとした。そんなこと、伝えることなどないのだから。


「このような場所でお話しすることではありませんが。愚弟の件で」

「引き渡しの件ですわね。承知しておりますわ。船で送らせていただきます」

「重ね重ね、ご迷惑をお掛けして、申し訳なく思っています」


 引き渡し。罪人であるオルデバルトの引き渡しである。こちらはさっさと送りつけたかったのだが、キグリアヌンに受け入れ体制が整っておらず、少々待ってほしいと願われて、仕方なく牢屋に突っ込んである。

 どうせ処刑されるのだから、と言いたいが、グングナルドでオルデバルトを処刑するわけにもいかない。他国の王子。腐っても王子である。それをグングナルドで処刑は難しい。後々面倒になっても困るので、引き渡しが必要となったのだ。


「どの国も、後継者に悩まされますね。ルヴィアーレ様も、決断するのは難しかったでしょう」

 どの国? キグリアヌン以外にあるのか? ラータニアはルヴィアーレしか後継者がいない。迷うこともないだろう。

 一瞬思ったが、ふと、別のことが頭をよぎった。


 もしかして、私のこと、言ってる?


「キグリアヌンも、セルファム様の体調が良くなられて、本当に良かったですわ。第二王子のお怪我は、とても難しいと伺いましたが」

「命だけは繋がりましたから。フィルリーネ様は王の代理を務められて、苦労がありますね」

「グングナルドには、コニアサスという優秀な後継者がおります。わたくしは、未来に希望を持っておりますわ。それでは、そろそろ、参りますので」

「あ、そうですね。引き止めてしまい、申し訳ありません」


 セルファムににこりと微笑んで、フィルリーネはコニアサスを促し廊下を進む。セルファムには護衛が付いていたが、あんな挨拶のために、あそこで護衛と一緒に待っていたのだろうか。


「お前、分かってたか? 狙われてるぞ」

「そんな気はしたわ。お手紙だらけで、焚き木ができるよ」

 ぼうぼうに燃やしてるけどね。仕分けするの面倒だから、やめてくれないかな。ご機嫌伺いにしちゃ、手紙が届きすぎるのよ。


「これから、面倒になるな」

「勘弁してよ。他国のお葬式で」

「お姉様、先ほどの方のお嫁に行くんですか?」

「行きませんよ!?」


 コニアサスが誤解する。あの王子、ちょっと絞めないと。

 キグリアヌンに行く予定はまったくないことを説くと、コニアサスはどこか安心したような顔をした。


「ルヴィアーレ様との婚約破棄は、ぼく、びっくりしました。ご挨拶もできなくて。もっとお話ししたかったんです」

 懐いている!?

 ルヴィアーレのラータニアの話がいたく気に入ったとは聞いているが、もっとお話ししたいとまで言わしめるとは。


「落ち着いたら、ご連絡差し上げましょう。グングナルドもラータニアとの繋がりがなくなるわけではありませんから」

 コニアサスはにこやかに笑顔を見せてくる。はー、かわいい。この顔を見ているだけで、心が安らぐのを感じる。


 そう思うと同時、すぐにルヴィアーレの顔が浮かんだ。

 なにか、できることでもあれば、手伝うのだが。


「フィルリーネ」

 不意に呼ばれて、頭の上を見上げた。エレディナだ。


「ちょっと、顔かしなさいよ」

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