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婚約破棄2

「結構、ショックだったらしくて」

「そんな感じですね」


 荒れに荒れたデリは泣き始めてしまったので、顔を洗いに行った。その間に、シャーレクが再び説明をくれる。ここ最近、ずっとあの感じだそうだ。


「店ができて品物を入れるって時に、相手の女性を連れてきたらしいです」

「完全に詐欺じゃないですか」

「相手は詐欺のつもりはないと言っているそうです。分担して出資しているので、損したのは広告費だけだろうと開き直ったとか。商品はデリさんの父親の店で出せますから、なんとかできるのは確かですけど」

「そういう問題じゃないですよ。そんな裏切られ方したのなら、怒って当然です!」


 慰謝料として店を差し押さえられないか奮闘したそうだが、その元婚約者の店の系列なため、押さえることはできなかったらしい。

 さすがに言葉が出ない。詐欺だったら詐欺で許せないが、本気で好きな人を連れてきたとなれば、更に傷付いただろう。しかもデリが話に前向きだったのならば、許せないどころではない。


「ちょっと、その男の店、つぶしにいきましょうか」

 デリをなんだと思っているのか。指を折って手を重ねながら、指を鳴らしたくなる。シャーレクが真っ青になってぶるぶる首を振ってきた。暴力はダメですよ! と止めてくる。

 しかし、どう慰めればいいのか分からない。恋愛話は令嬢たちから聞いたことはあるが、相談に乗られたことがないので、なんと声をかければよいのか、よく分からなかった。


「うちの国の王女だって婚約破棄したじゃない。って、慰めるのだけはやめて」

 デリが顔をタオルで拭いながらやってくる。

「誰ですか。そんな慰め方したの!」

「お父さん」

 デリが目元をピクピクさせながら口にする。


 お父上、そんな慰め方はどうかと思うよ。そして、そんな話題に使われるのも、さすがに切ない。


「王女の婚約破棄で、ラータニアとの交易閉じたりするかしら?」

「しませんよ。そんな予定ありませんから」

「分かんないじゃない! ラータニア王が体調不良だってのも、本当かどうか分かんないじゃない! 国民には適当なこと、言ってるかもしれないじゃない!!」


 デリが再び喚く。アシュタルが聞いているから、そんな話しないでほしい。アシュタルが笑いを堪えているのはバレバレだ。目が泳いでいるし、吹き出さないようにしっかり口を閉じているものだから、鼻がビクピク動いているではないか。


「大丈夫ですよ。前よりも交易増えているでしょう? ラータニアとの関わりがなくなるわけではないですから」

「ほんとに?」

「ほんとです」


 デリは本当に心配しているのか、スン、と鼻をすすった。情緒不安定ではなかろうか。

 ルタンダもシャーレクも憂いている。おそらく、ずっとこのようなままで、仕事の話ができないのだろう。


「フィリィ様、そろそろ」

 アシュタルがもう時間だと、耳打ちしてくる。時間に限りがあるため、もう帰らなければならない。

「デリさん、これ、新しい商品。また来ますから。元気出してください!」

「またとか言って、音信不通にならないでよ!?」

「近いうちに、ちゃんと、また来ます!」


 デリに急遽作った玩具を押し付けて、アシュタルに突っつかれるように、元来た道を戻るために踵を返す。デリは目一杯手を振っていた。


 大丈夫だろうか。沈んでいるようには見えなかったが、話しているとその精神の不安定さが滲み出てくる。いつからあの状態なのか分からないが、相当重症だ。


「どこのどいつだろ。デリさんを騙すなんて」

「探さないでくださいよ。名前知ったところで、フィルリーネ様が罰せるわけではないんですから」

「分かってるけど、顔は見てやりたいじゃない。どの面下げて、デリさんの前に相手の子を連れてきたんだろ」

「優柔不断で、気弱な男だったんでしょう。結婚しないで正解だったんじゃないですか?」


 アシュタルが会ってもいない男の分析をしてくる。どうしてそうなるのかと思ったが、仕事でも似たようなことをする奴はいるな。と思い直す。


「言い出せなくて、ずっとそのままにして、店っていう大きな財産が出来上がって、気持ちが大きくなっちゃったって感じかしらね」

「そうだと思いますよ。その店もつぶれるの早いんじゃないですか」


 それもそうか。デリの沈み方は見たことがないため心配ではあるが、商魂たくましい人である。自分の店を持ちたいといって頑張ってきた人なので、今回のことはかなり堪えただろうが、ここで躓くような人ではないことも知っている。


「私も、いい商品考えなきゃ」

 商品を渡したはいいが、ずいぶん前に制作したものを修正しただけだ。新しくて斬新な商品を作るべく、引き籠らなければならない。


「いえ、そんな暇ないでしょう。明日はマリオンネですよ。女王の仕事、多すぎじゃないですか?」

 アシュタルの言う通り、明日はマリオンネに行かなければならない。新しく王族が増えた国があるとして、再び呼び出しがあったのだ。それから、来月行われるマリオンネの行事の説明を聞き、精霊たちへの祈りをマリオンネで行うのである。やることは山積みだ。


 今回カサダリアに訪れたのは、コニアサスのためである。王になるべく、多くの街を訪問し、顔を見せる必要がでてきたのだ。

 フィルリーネの婚約破棄が発表され、フィルリーネがグングナルドの女王になるのではという噂が、まことしやかに流れてしまったからである。

 おかげで別のことに気を回さなければならなくなった。独身男たちが考えた婚約破棄理由のシナリオは、うまく進まなかったのだ。


 コニアサスと一緒にいられる時間が増えていいけどね!

 今後のイベントは、慰霊祭。それから、冬の館での芽吹きの儀式だ。結局、女王の印を持ったまま、あちこち行ことになってしまった。しかし、これもコニアサスのためである。


「本当に、女王にはならないでくださいよ」

 アシュタルが後ろでボソリと言った。足を止めると、アシュタルがつんのめりそうになる。

「不吉なこと言わないでよ」

「みんな心配してますよ。マリオンネは本当に変わりを見つけるのかって」

 そんなことを言われても、ラクレインを信じるしかない。アストラルは少々胡散臭いが、ラクレインは信じられるような気がする。


「あまりにも忙しすぎますよ。玩具作るのに寝ていないの、知ってますからね?」

 残念ながら、時間を作るには睡眠を削るしか手がないのだ。うふふと笑って誤魔化して、転移できる場所を探す。

 忙しくしていた方がいい。何も考えずに済むから。


 左手首に飾られたブレスレットを見て、ついそれをなでる。

 マリオンネには王族の追加を行いにいく。そして、その時、ラータニアから王族の登録を消除する予定がある。ユーリファラと、その母親の、王族の登録の抹消である。





 マリオンネに行けば、いつも通り、ラクレインとアストラル、それからフルネミアが迎えた。

 普段マリオンネに来る時は警備の騎士が二人つくのだが、女王の印を持ってからは、その騎士はいない、双子のような乙女も見なかった。

 徹底はしてくれている。こちらも警備にイムレス、ハブテル、アシュタルがついてきた。前と同じように警備から離れ、ヨシュアを離し、扉前で待機させる。


「赤ん坊が生まれたので、その登録をお願いしたい」

 ラクレインが血痕の付いたハンカチと多角形の魔鉱石をよこしてきた。もう二度目なので、手際は分かっている。それを受け取って、さくさく魔法陣を進む。

 魔鉱石の洞窟に転移し、モネークが現れるのを待ってから、魔鉱石をその国の場所に埋める。

 もちろん、しっかりと魔導は奪われた。


「一人だから、そこまでの量じゃないわね」

「フィルリーネ女王は、精霊の助けを多く受けていらっしゃいます。今までの女王は、二人も登録すれば、倒れそうになっておりました。ですが、フィルリーネ女王は、それほどの疲労はなかったように見受けられます」

「それは初耳だし、それほどの疲労はあったよ。でもちょっと待って、それでここで倒れちゃったらどうするの?」

「……」


 その無言はなんなのさ。

 モネークは微笑んで、放置して回復を待つことを教えてくれた。

 助けは呼びにいかないのね。


「さあ、次は抹消ですね」

 さらりと話題を変えて、モネークがラータニアの位置に移動する。

 この前、王族に加え直したシエラフィアとジルミーユの位置は覚えている。

 その他に三つの魔鉱石がはめられている。一つはルヴィアーレ。それから、ユーリファラと、その母親だ。


「引き抜いてくだされば、すぐに抹消されます」

 前王の魔鉱石を引っこ抜いたので、方法は分かっている。波打っている壁の魔鉱石に手を入れ、魔鉱石に指をかけるように引っ張るだけだ。


 魔導の流れなのだろう。波打つ魔鉱石が暖かい。そうして、ゆっくりとはめられた魔鉱石を取り出した。

 若葉色の魔鉱石。それが手のひらに入ると、弾けるように粉々になり、一瞬で消え去った。


 ユーリファラは大きな罪を犯した。本来ならば死刑だろう。しかし、処刑できないのは、彼女が王と血が繋がらなくとも王族であり、また、王族でなくても魔導力が多く、精霊に好かれやすい体質だからだという。

 王族の登録を抹消しても、精霊が恨みを持つのではないかという話になったそうだ。

 平民に落としたとしても、王族の足を引っ張りかねない。そのため、王族の登録を抹消した後、ユーリファラは母親と共にマリオンネに送られることになった。流刑みたいなものだ。


 ラータニアから登録抹消の依頼がマリオンネに届き、その話を聞いた。ラータニアからは何も聞いていないが、王族の抹消を、わざわざ他国の者に知らせたりしない。当然に、連絡などはなかった。


「女王の仕事って、役所仕事みたいね。私からは何も見えないわ」

「役所、仕事……ですか」


 マリオンネの精霊には分からないか。女王がマリオンネを統治しているかのように見えて、政務官の仕事を全部行っているような気持ちになってくる。

 その人の人生を、紙一枚で左右させるような、そんな役どころだ。


 ユーリファラは王族を抹消され、母親もその責任を取らされる。殺されないだけましだろうか。ユーリファラは、一途にルヴィアーレを愛しただけというには、罪深い行為をしてしまった。


「ルヴィアーレ、大丈夫かな……」

 手紙でも書こうか。書いても意味はないか。どんな様子なのか、会いに行って確かめたくもあるが、忙しいところを邪魔したくない。婚約破棄のこともあって、ラータニアに行くには少しばかり理由が必要だ。様子を見にきたなんて、理由にならない。


「はあ。パッと行って、パッと帰って来れるのに、もうお伺いを立てないといけない関係だもんね」

 シエラフィアから来ていいよと言われたのは、婚約していたから。破棄したのだから、その許しも反故になっているだろう。


「友だちじゃないんだから、ほいほい行くわけにはいかないもんね」

「なんの話でしょうか?」

「いーの。ただの独り言よ。さて、終わったから、戻りましょ。モネーク、ありがとう」

「お手伝いできて、ようございました」


 モネークが姿を消すのを見送って、フィルリーネは魔法陣の方へ戻ろうとした。

 その時、目の端で何かが白んだような気がした。


「え?」


 先ほど魔鉱石を取り出した場所。ラータニアの位置。そこにある魔鉱石の一つ。若草色の魔鉱石から、煙のように白い気体が噴き出すのが見えた。

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