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婚約破棄

「ラータニア王の調子が良くないと、ルヴィアーレ様が言っていたからね。王を下ろすのかもしれない」


 グングナルドでもルヴィアーレとの婚約破棄を発表しなければならない。そんな話の中、ルヴィアーレがグングナルドとの協議をなしに婚約破棄の発表したことについて、イムレスは想定できる理由を口にする。


「そんなに、悪いんですよね……」

「ラータニア王と王妃が王族から登録抹消されたことを、とやかくいう貴族が多かったそうだ。それらを黙らせるためにも、ルヴィアーレ様が王になった方が良いのでは、という話も出ていたらしいからね。どちらにしても、表に出るまで時間がかかるだろうし、今のところ、復帰も難しそうだから。と」


 その準備をするために、グングナルドの王配に見える婚約を破棄する必要があった。

 破棄発表を行えば、王が交代するのだと思わせることができる。

 少しは外野を黙らせられるだろう。実際に、ルヴィアーレが王を継ぐかどうかはともかく。


「こちらはこのように発表しよう。王女に非はなく、相手方の国の情勢によって、致し方なく破棄、と」

 ガルネーゼがシナリオを作る。エシーロムもそれが良いでしょうと頷いた。


 王代理を行っているフィルリーネは、コニアサスが王になるまで代理を行う。その立場でラータニアに嫁ぐことはなく、また、ラータニア王弟は王の代理を行わなければならない。お互い代理とはいえ、国の情勢によりその立場を他に任せられるものではない。


 フィルリーネの突飛な行動に辟易した。などの噂が流れるかもしれないが、ラータニアの状況は事実だ。悪意ある噂が流れても、打ち消すことができる。

 フィルリーネには非はない。そう国民を納得させることができるだろう。


「それが妥当だね」

 イムレスも頷いて、そのシナリオを発表することになった。

 フィルリーネがラータニア王弟を見限ったと思われても困るし、ルヴィアーレがグングナルド王代理の王女に嫌気をさしたと思われるのも心外だ。

 お互い了承し、お互いに理解した上で、致し方なく、婚約が破棄された。


「面倒だねえ」

「お前のことだぞ!」

 他人事のように言うなとガルネーゼに怒られる。


 婚約発表から婚姻延期に至り、結局破棄になった時点で、想定できるような気がするのだが。三人が真剣に考えているので、口を出さずに黙っておく。茶々を入れているつもりはないのだが、ガルネーゼには茶々に聞こえるらしい。


「婚約破棄の発表があれば、君に多くの話が届くだろうね」

「何のですか?」

「そこで、何の? と言うあたり、お前の婚姻に対する姿勢を感じるな」

 なんだか失礼なことを言われた気がする。イムレスは同意するように肩を竦め、エシーロムは苦笑いをしてきた。


「君に新しい婚約話が迷い込んでくるだろうという予想だよ。君は王代理だけれど、王にはならないのだし、王女を欲しがる貴族は多いだろう?」

「いらないです」


 そういった類の話は、きっぱりとお断りしたい。

 しかし、エシーロムもガルネーゼも、発表後すぐに群がってくるだろうと予想してくる。


「王代理を行う王女を欲しがる貴族は多いだろう。王族と繋がりたがる者がすぐに湧いてくる。碌な者じゃないといって、足蹴にはできないぞ」

「こぞって来るだろうね」

「無視していいわ」

 軽く足蹴にしてやりたい。そんなことを言うと、ガルネーゼが分かった。と言って立ち上がった。


「傷心で、しばらくそんな話はしたくないと、触れ回っておこう」

「それが良いだろうね。あまり長くは持たないだろうけれど」

「傷心……」


 なんだか納得いかない。発表後おかしな噂が流れる気がする。

 ガルネーゼが詳しいシナリオを一生懸命考えるのを横目にしていたが、それもどうでも良くなってきた。

 他所を向いて、ほうっと息を吐く。


 アリーミアに婚約者と話すべきだと言われたが、ルヴィアーレと話す時間がなかった。

 気になるのはそれだけだ。そう思いながらも、体の中にぽっかり穴が空いたような、不思議な感覚に陥っていた。





「フィリィ、久し振りだよ! 久し振りすぎ!!」

「デリ、さん、音沙汰なく、て、ごめんな、さ」


 久し振りにカサダリアに訪れて、デリを尋ねると、デリがフィリィの肩をがっしり掴み、頭から中がはみ出しそうになる程揺さぶって、抱きしめてきた。


「何かあったのかと思っちゃったじゃない! 心配してたんだよ!? カサダリアはそこまで影響なかったけど、王都はまた襲われてるし、マグダリア領は反乱起こしてるし、この国どうなっちゃうの!? って。おかげで先月の売り上げ、下がっちゃったわよ!!」

「影響出ちゃいましたか」


「出ちゃったどころじゃないわよ。王都の城がボロボロになった。とか、次の王様になる王子様が殺されたらどうなっちゃうの? とか、不安になることばっかり噂になって。しかも、マグダリア領は他領から攻撃受けて、隣国は襲ってきて。って。そりゃもう、大騒ぎだったじゃない!」


 物流は止まり、街の人々は噂に戦々恐々とした。もしも、キグリアヌン国に侵略されたらどうなってしまうのか。全国が争いの場となったら、どうなるのか。

 たった一日のことだったのに、その一日で多くが混乱に巻き込まれたのである。


 当然だよね。これで精霊を皆が見ることができていたら、大騒ぎどころではない。

 噂がどこまで噂なのか、それを調べるにも情報が錯綜していたようだ。その後、事実を知っても、その間の不安は計り知れないものがある。

 王都が攻撃されていたのだし、商売どころの話ではなかったはずだ。


「マグダリア領は、商人の中でも噂が良くなかったんだよね。だから、反乱起こしたって聞いて、やっぱりなって感じだったわ」

「領主が変わりましたから、これからは違うと思います」

「そうだよね。さっそく商売できるか、人をやったよ。結構街はボロボロらしいけど、早めに接触して顔覚えてもらいたいからね」

「さすが。商売人は動きが早いなあ」


 エシーロムの推薦で、マグダリア領主が決まった。マグダリア領は領主の城が戦いで崩壊しているところがあり、放たれた魔獣もまだ残っていると聞いた。商人たちの逞しさは応援したいが、無理せず行ってほしいものだ。


「ところで、もう乗り換えたの?」

「乗り換えた? いだっ!」

 おうむ返しにすると、デリが、音が鳴るほど背中を叩いてきた。


「ばっかねえ。あの男はなによ」

 行く先々で何者なのかじろじろ見られるアシュタルは、聞いていないふりをしてフィルリーネから付かず離れずの場所にいる。居心地悪そうにするが、護衛なので逃げるわけにもいかない。


「前、来てた、赤の他人さんはどうしたのさ」

「あー。故郷に帰りました」

「ええ!? なんで、引き留めなかったの!?」

「え、なんで??」

 答えに困る問いだ。デリも、なんで? の返答に、目を丸くしてくる。


「フィリィ、年いくつだったっけ?」

「十七歳ですが」

「嘘!? そんな、若かった!?」

「え。何歳だと思って?」

「いやいや、言動子供っぽいけど、しっかりしてるからさあ。もっと年上だと思っただけだよ。あはは! そっか。なら納得」

「何がですか?」

「フィリィ、職人てさ、いろんな視点を持たなきゃダメじゃない?」


 デリは歩きながら、急に語り始めた。職人街に向かうのは分かっているので、促されるまま歩き出してデリの話を聞く。


「視野を広げて経験を増やすことって、すっごく大事なわけ。そのひらめきって、やっぱり経験値も必要だと思うのよ」

「はあ、そうですね」


 玩具を作る時は何かを模すことが多い。動物であったり、果物であったり、色々だ。それは自分が手にとって見たり、本で読んだりして得た知識を使ったものである。

 物を形にするには、見て触れることが大事だ。そんな話を、デリは続ける。


「あとさ、フィリィは子供向け玩具を作ることが多いじゃない? それって、子供をよく観察する必要あるでしょ? でも、少しの時間観察しても意味がないの。一時的に子供に接するより、子供と一緒に住んでいる方が、気付きは多かったりする、みたいな」

「そうですね」

 コニアサスや子供たちが近くにいるので、言っている意味は分かる。


「だから、もっと、色々経験しなよ!」

「あいたっ!!」

 そんな言葉で締め切って、デリはもう一度フィリィの背中をバシンと叩いた。

 諭されたのは分かるが、しかしなんだか、何を言いたかったのか良く分からない。


「デリさん、もしかして、酔ってます?」

「酔ってないよお!」

 いや、酔っているように思える。気分の盛り上がりが、いつもより激しい気がする。


 そうこうしているうちに職人街に入り、ルタンダの工房までやってきた。久し振りだと互いに挨拶し、ルタンダがシャーレクを呼んでくれる。

 その間に、デリが、やはり気になるとアシュタルを横目で見やった。


「で、あれは? 今度はなにさん?」

「護衛さんです」

「あー、うん。なんだ」

「そのがっかり顔、なんなんです?」

「心が荒んでんのよ!」


 デリが大声を上げるものだから、やってきたシャーレクがびくりと体を強張らせた。何事かとフィリィを視界に入れるが、フィリィだって良く分からない。


「お久し振りです。フィリィさん」

「お久し振りです。シャーレクさん。あの、デリさん、お酒飲んでるみたいで」

「飲んでないったら!」

「ずっと、荒れてるんですよ。婚約がうまくいかなかったみたいで」

「え、デリさん婚姻するの!?」

「うまくいかなかったって、聞こえてなかった!?」


 聞こえていました。なるほど、それでどこかおかしな態度なのか。デリはいきなりよろめくと、ルタンダの背中を借りて泣き真似をし始める。相当荒れているようだ。


「お相手はどんな人だったんですか?」

「同じ商売人だったんです。店を広げるために、丁度良かったらしく」

「丁度いー」


 どこかで聞いたフレーズである。特に好んで婚約したわけではないらしいが、破談してこんなに荒れているのだから、お相手を気に入っていたのだろう。

 どんな理由で破談になったのかと思えば、


「好きな子がいるから、やっぱ無理って。ちょっと、殺意じゃない!?」

 デリが叫んだ。殺意を持ってルタンダの背中をバシバシ叩く。あれは、絶対に痛い。

「いきなり女連れてきて、君とは婚姻できない。って、クソが!」

 さすがにルタンダの背中は叩かずに、店の柱を殴りつける。ルタンダがデリを止めているが、一度吐き出した恨みは止まりそうにない。


「ずっとこうやって荒れてるんだよ」

「ほっといてよお!!」

 ルタンダはこの話を何度も聞いているらしく、デリをずっと慰めている。シャーレクはなんと慰めて良いのか分からないようで、オタオタと落ち着きなくデリの周りをうろうろしていた。


「わ、私も婚約破棄しましたから。仲間。仲間!」

「そうなの!?」

「婚約してたんですか!?」

 デリとシャーレクが食い付いてきた。


「そうなんです。最近破棄になりましたけど」

「でも、慰めにならないー!!」

 それもそうか。不幸仲間のようで、好ましくない。しかし、それにしてもデリの荒れっぷりは激しい。よほど好きな人だったのだろうか。好んで婚約したわけではないと言っているのに。


「好きだったんですか? その人のこと」

 念の為、もう一度聞いてみる。

「好きだったわけじゃないけど」

「じゃ、まだ、良かったですね」


 それを口にしたら、ルタンダとシャーレクが、気まずそうな顔を向けた。途端、デリが遠吠えしそうな顔してまくしたててくる。


「フィリィ! そういう話じゃないのよ。婚約して、新しい店舗を作って、新しい商品を出すのに、そりゃもう、大々的に広告打って。大々的に商品を発表するつもりだったの。なのに、裏切られたのよ!!」

「それは、詐欺にあったってことですか??」

「似たようなもんよ! 新しい店舗はあっちが金を出して、商品はこっち持ちで。広告はお互いに出して。なのに、うちの商品は入っていない。賠償ものよ!!」

 それは荒れるわけである。店舗は相手方の物になるので、デリは一切関われないのだ。


「二人で決めたことを、勝手に! 破棄して!!」

 デリの言葉が、なぜか胸に突き刺さってくる。


「人として、どうなの!? その裏切り! こっちの気持ちを、なんだと思ってるわけ!? 私の、私たちの店だったのに!!」

「内装や中の家具も、デリさんが選んだそうなんですよ」

 雄叫びを横にして、シャーレクがこっそり説明をくれる。


「分かる? 許せることと、許せないことってあるのよ」

「そ、そうですね」

「だから、フィリィ。がんがん商品作って!! あの男を、後悔させてやるのよ!!」

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