女王制度4
登録は終えた。これで王族の資格は戻ったのか、こちらではよく分からない。
成功していれば、シエラフィアとジルミーユはラータニア王族として、精霊たちの力を得られるだろう。
シエラフィアの王の登録も戻されたはずだ。考え事をしている時に、壁にはめ込まれた魔鉱石の中に小さな光が見えたのだ。よく見れば、他の国の魔鉱石も小さな光が入っていた。一つの国に一つしか光は見えなかったので、王であるのは間違いない。
ラータニアは今まで王不在だったため、登録してそれが戻されたのだ。
グングナルドも王は不在かと思ったが、マリオンネに前王を王の座から引き摺り落とした旨を伝えてはいても、登録の消除を依頼していなかったからか、そのままになっていた。
なので、遠慮なく、魔鉱石の壁に手を突っ込んで、前王の魔鉱石を取り除いた。
瞬間、魔鉱石は弾けるようにすると、消えてなくなったのだ。
新しくコニアサスが王になる場合、王の登録をすれば、コニアサスの魔鉱石に光が灯るのだろう。
まだ登録しちゃダメよね。と、自分を律する。
不思議なのは、ルヴィアーレの登録がラータニアに戻っていたことだ。アンリカーダが行うわけがないのだから、誰が変更したのだろう。モネークが行ったのだろうか。
「色々、謎よね。婚約中でも、ラータニアからグングナルドに国籍が移動したわけだし」
その時、ルヴィアーレの魔鉱石はグングナルドにあったのだろうか。婚姻していないから、ラータニアのままなのか。
婚姻しなければ、登録の移動はないのかもしれない。大抵は王族ではないものと婚姻して魔鉱石を登録するのだから、婚姻の時に行うのだ。
グングナルドの色は濃い橙色。砂漠のような色だ。その土地の特徴を映しているのかもしれない。
「終わりました」
フルネミアとアストラルが扉前を守っていたようだ。扉の脇に控えており、出てきたフィルリーネを迎えた。廊下にはラクレインが待っており、フィルリーネの顔を見るなり腕組みをやめて、近寄ってくる。
ヨシュアはすぐに姿を消して、フィルリーネの守護に入った。それを確認したラクレインがフィルリーネの顔をじっと見つめた。
「フィルリーネ姫、体調は問題ないだろうか。二人分だったゆえ、疲労があるのでは?」
ラクレインは魔導を奪われることは知っていると、憂い顔をしてくる。問題ないことを伝えると、安堵の表情を見せる。
なんとなく、過保護な感じがして、くすぐったくなってくる。フィルリーネの行動にオロオロするのはバルノルジぐらいだ。
「ご心配おかけしまして。でも、大丈夫です。元気です」
「それならば良かった。これで、ラータニア王も精霊の力を取り戻したのだから、体調も少しは良くなるのではないだろうか」
そのためにも、早く王に戻したかったはずだ。と聞いて、フィルリーネは唖然とした。
そんなこともあるの? 初めて聞いたんですが!?
「精霊の力で、魔導の通りでも良くなって、そんなことが起きるんでしょうか?」
「王族になれば、癒しを好む精霊の力も得られる。魔導を持っている者は、体内に宿る魔導を循環させる機能が働いているため、身体中に癒しの力を感じられれば、体にも影響が出るだろう。その精霊との相性もあるので一概には言えないが、ラータニア王は精霊に好かれていると聞く。その可能性は大いにあるだろう」
それを知っていたら、もっと早くマリオンネに来たのに!!
ラータニアにはそんな精霊がいるのだ。癒しの属性を持つ精霊はグングナルドにはいない。これも国の違いか。
炎や水などの属性を持つ精霊が攻撃や防御に影響が出るのは知っていたが、癒しの精霊とは。
グングナルドにくる情報は少なすぎではないだろうか。前王がマリオンネについて何も語らないため、フィルリーネが知らないことは多い。イムレスやガルネーゼもマリオンネの友人がいても聞くことはないのかもしれない。知らないことを聞くのは難しいからだ。
叔父ハルディオラなら、知っていただろうか。
「魔導の減りは多いのだから、少々休憩した方が良いだろう」
ラクレインがお茶の用意をさせていると、気を遣ってくれる。
しかし、のんびりしていられない。早くルヴィアーレに伝えなければと、足早に先ほどの場所へ移動する。
ルヴィアーレたちは何か真剣に話しているか、イムレスとガルネーゼがルヴィアーレと見合っている。こちらに気付くと、ガルネーゼだけが緊張した面持ちを一瞬見せた。
内緒話?
「儀式は無事終了した。ラータニア王と王妃の王族登録はなされただろう」
ルヴィアーレは無言で頭を下げる。
もっと早く知っていたら、もっとずっと早く王族に変更したのに。言っても無駄でも言いたくなる。
「ルヴィアーレ、早く帰って、教えてあげないと」
失敗などしていないだろうが、念のため早く確認した方が良いと思う。なんといっても、初めての女王代理の仕事だ。もし失敗していたらと思うと、気が気ではない。
しかし、ルヴィアーレはその心知らずと、じっとフィルリーネが触れた手を見ていた。
うっかりルヴィアーレの腕を押していた。婚約破棄したのだから触るなとか言われるだろうか。
「その、ブレスレット、しているのか」
気になったのはそこらしい。ルヴィアーレがフィルリーネの手を取って、まじまじと確認している。ブレスレットをするなということか??
「ずっとしてろって、言ったでしょ? あと、つけてても軽いから邪魔にならないし、使い勝手がいいの」
ふと、フィルリーネはルヴィアーレの首元を見上げた。女王からもらったペンダントを渡したのを思い出したのだ。だが、精霊の雫は首にかけていなかった。
その視線に気付いたか、ルヴィアーレが自分の首元をさする。
「シエラフィアに渡した。あまり良くないから」
「―――っ。はやく、良くなるように、祈ってるから」
ルヴィアーレは儚く笑う。消え去ってしまいそうな笑いに、なんだか胸が苦しくなってくる。取られた手で、ルヴィアーレの袖を握った。ここにちゃんといるのだと、確認するように。
ルヴィアーレもまた、フィルリーネの手首を握っていた手を少しだけ強めた。
「フィルリーネ姫」
ラクレインに呼ばれて振り向けば、ルヴィアーレが握っていた手がするりととけた。
仰ぎ見たルヴィアーレの口元が、微かに動こうとした。けれどそれはすぐに音もなく閉じられた。
「ルヴィアーレ?」
「フィルリーネ様、どうぞ、こちらに」
「今、行きます」
フルネミアに促されて、そちらに振り向く。イムレスやガルネーゼは先に進んでいた。ハブテルが待っていたので、ハブテルの前を進もうとしたが。その後ろに見えたルヴィアーレは、すでに踵を返していた。
背を向けたルヴィアーレは、エレディナを連れて帰っていった。
一瞬だけ見えたんだよね。こっち振り向いてさ。あの子、もう戻ってこない気なのかしら。
「マリオンネの不手際を、なんでグングナルドがとるんだ。今まで放置しておきながら!」
ドカン、と机に拳が落とされて、周りにあったカップがガチャンと浮く。ヨナクートが急いで台拭きで溢れた紅茶を拭った。
マリオンネに行ってからずっと怒っているガルネーゼが、ダリュンベリの城に帰ってきた今でも怒りを露わにした。ぷんすかですよ。
怒りも当然だが、受けちゃったのは私なので、口にはせず、とりあえず肩を竦めるだけにしておく。
「マリオンネに一生いろと言われないだけ、ましってとこね」
「あざといやり方しやがって。ラクレインめ!」
ラクレインは申し訳なさそうにしていたので、どちらかというと、アストラルの意見のような気がする。ラクレインはお願いしたい。と言いながらも、女王の代わりを早く見つけることを約束してくれた。
「あの辺りが妥協点だよ。どこまでの線引きにするのか、一応は決められた」
「決めたが、女王の仕事をすれば自ずと不審がられるだろう。マリオンネの民に気付かれるのは時間の問題だ」
それだけは、何度もガルネーゼが口にしていた。
フィルリーネの危険を回避するためにも、その正体を明かさないこと。これがマリオンネに来る際の、最低条件だ。だが、何度もマリオンネに訪れて、ムスタファ・ブレインや精霊たちのいる場所に赴けば、知らぬ者でも勘付くかもしれない。
警備は徹底し、秘密裏に行うと言っていたが、女王の代理がいることは分かるのだし、ならばそれが一体誰なのか、皆が疑問に思うだろう。
あの後、女王の仕事を手伝うことを約束し、その際に何が起きるかの確認を行い、どこまでフィルリーネが出るのかを話し合った。
激しい議論は長く続いて、終わった頃にはもう夕闇が空を包む時間で、私はぐったりである。
ハブテルが何か言いたそうにして、眉を寄せていた。
「フィルリーネ様の、ご負担が心配です」
「そうねえ。案外多かったわね」
マリオンネの女王なので、マリオンネで行われる祭事が多い。精霊の機嫌が過去最低になっているので、精霊に関する祭事は必ず行わなければならない。この祭事によって、地上の精霊に影響が出るからだ。
「知らなかったわ。マリオンネの祭事が失敗すると、地上の精霊も気分を害するとか」
「精霊の活性化といわれているよ。どこまで影響があるのかという感じだけれどね。マリオンネは結局マリオンネ中心で、地上のことはマリオンネのおこぼれ程度にしか考えられていない。昔はそうではなかったのだろうけれど、今では地上に関わらないからね」
「昔は違ったんですか?」
「昔は、地上の人間も関わって祭事を行ったと聞いているよ。古の儀式じゃないかな」
イムレスは叔父ハルディオラから耳にしたという。叔父はどこで聞いたのだろうか。グングナルドにそんな資料は残っていない。
「叔父様の、お墓のことですけれど」
「構わないよ。君がしたいようにすればいい」
「じゃあ、早めにラクレイン様に来てもらえばいいか。転移魔法陣を作って、簡単に行き来できるようにして」
「そうしなさい。魔鉱石はマリオンネからいただけばいいから」
「ラクレインが持ってくるだろ。言い出しっぺだ」
ガルネーゼがまだ怒っていると、長い足を投げ出して組み直す。部屋が狭く感じるから、その足をしまってほしい。
「フィルリーネ様、警備などはいかがされますか?」
「あの場所は結界はってあるから、大丈夫よ。許可がある者しか入れないようになってるの。ダリュンベリとカサダリアからは、秘密の転移魔法陣がある、んでしょう?」
「私とガルネーゼが管理しているから、他の者は使えないよ」
イムレスの言葉にハブテルが頷く。が、知らぬことを色々やっていると思っているだろうに。叔父ハルディオラの遺体が、ダリュンベリの王族の墓にはなく、冬の館の隠れ家に埋葬されているなど、誰が思うだろうか。しかも、魔導院院長と宰相が前々から転移魔法陣を使用して、そこでマリオンネの人間と秘密の会議を行なっていたのだから。
二人がマリオンネの者と親しいことも、ハブテルは内心驚いているはずだ。王族ならまだしも、イムレスとガルネーゼである。どこでどうやって、マリオンネの要人と知り合いになるのか。
私も不思議に思うくらいだものねえ。叔父様の関係者ってことで、納得しちゃってるけど。
「それでは、その、女性の墓を作るには、こちらで手配はしなくてもよろしいのでしょうか?」
ハブテルは、そうであれば、王騎士団で警備を行うべきだと思っているのだろう。表沙汰にすべき話ではないため、内々に収めるためにも、信用できる者で行うつもりだったのだろうが、あの場所は今後も誰にも知らせるつもりはない。
「問題ない。あいつが勝手に運んで隣に設置させるだろう。奴には人型の精霊もついているし、勝手にやる。マリオンネから転移するための転移魔法陣も、自分で作るだろう。やつならお手のものだ」
ガルネーゼが鼻を鳴らしながら適当に話す。
叔父が生きている頃はよくあの隠れ家に来ていたようだし、確かに好き勝手やるだろう。
会議の後、突然、ラクレインから二人で話したいことがあると言われた。
連れて行かれたのは、転移魔法陣と、お墓らしき石の台座がある場所。
ラクレインが話したかったこととは、叔父ハルディオラの墓の隣に、妹の墓を移動させたいという個人的な話だった。
「ここは、妹の墓で、君の、……ハルディオラの恋人だった者の墓になる」
聞いたことのない言葉に、フィルリーネはついうろたえてしまった。叔父に恋人がいるなど聞いたことがない。早くに亡くなったので、聞くこともないだろうが。
マリオンネにその人の墓があり、それがラクレインの妹で、一緒にさせてやりたいと言う。
「君が生まれた頃に亡くなった。婚姻をしていないため、こちらに葬ったのだ。失礼を承知で言うのだが、ハルディオラの墓の隣に、この子の墓を作ってもらえないだろうか」
「そ、それは、もちろん。叔父にそんな人がいるとは知りませんでした」
「君は、……生まれたばかりだったから」
ラクレインはそっと瞼を下ろし、墓を見つめる。転移してきたのでマリオンネのどの位置にある島なのか分からないが、周囲は小さな、本当に小さな島がぽつぽつあるだけで、大きな島が見えない場所なため、ひっそりとした場所に作った墓だと想像できた。
叔父ハルディオラの墓も隠れ家に建てられている。ヨナクートがあの場所に住んでいた時は、ヨシュアとヨナクートがいたが、今は無人だ。たまに掃除に行って、墓に花を手向けるくらいになっている。
恋人だったと言うのならば、二人一緒、隣同士の方が良い。叔父も喜ぶだろう。
「叔父の墓を、こちらに移動した方が良いですか?」
「いや、あの子はあの家が好きだったから、できれば、あちらの、ハルディオラの墓の隣に入れさせてほしい」
「もちろんです。用意させましょう」
「嬉しそうに言うんだな」
「ええ。叔父にもそんな人がいたと思うと。先に恋人を亡くしたことは辛かったでしょうけれど、仲間がいても、孤独な人だったのかと思っていましたので」
なんだか嬉しい。叔父は早くに亡くしたので、あまり覚えてはいないが、前王の影にわざと隠れるようにしていたのは知っている。しかし、隠れきれず何をしても疑われるような生活を送っていただろう。そうであれば、恋人など作ることはできない。あの前王が、婚姻という繋がりで仲間を増やすことを邪魔するからだ。叔父がそう思っていなくとも、前王は無駄に疑う。
何をしても疑われるのならば、思い切ってしまえば良かったのでは? と思うくらい。
「あ、ですが、ラクレイン様がお墓参りに行くのが大変なのでは? 転移魔法陣を作っておきましょう」
「……お願いする」
ラクレインは柔らかな微笑みを見せる。
その顔を見てなんだか背中むずむずするのは、ルヴィアーレが笑っているように思えるからだろうか。
シエラフィアと一緒にいればルヴィアーレは兄弟のように見えたが、ラクレインはその父親みたいだ。シエラフィアと同じくらいの年齢のはずなので、結構失礼なことを思ったりするが、シエラフィアとラクレインは全く似ていないのに、ルヴィアーレとは家族みたいに見える。
「ラータニアのあれとは、婚約はし直すのか?」
「へ? いえ、その予定はない、ですが」
「ふ。その方が良かろう」
「はあ」
絶対に名前で呼びたくない。という意思が見える気がする。どれだけ嫌いなのだろう。
なので、つい聞いてしまった。ルヴィアーレが嫌いなのかと。
ラクレインは驚いた顔もせず、当然だと言わんばかりに頷いた。
「自ら何もしない者に、得られるものなどはない。マリオンネから逃げたから、アンリカーダの呪いは深くなった。アンリカーダが狂った要因はあの男にもあるだろう」
手厳しい言葉だ。たしかにルヴィアーレはマリオンネを避けていたのだろう。婚約がなければ、女王が死ななければ、マリオンネに行くことはなかったはずだ。
自分が女王に関わりないと示すことで、アンリカーダの女王を肯定していたのだろう。
それが気に食わないと、ラクレインは憤慨する。
だから婚約破棄は正解だと、強く言われた。
婚約のこと、結構みんな思うところがあるのに驚いちゃうのよね。
ルヴィアーレがラータニアに戻ることは、わかっていたようなものなのに。
最初から破棄すべき話だった。それがその通りになっただけだ。
話し相手が一人いなくなってしまったのは、寂しくも思うが。
「お墓については、ガルネーゼお願いするわ。ラクレイン様によろしく伝えて」
「なんで俺が!?」
「ラクレイン様と仲良いんでしょ? 呼び捨ててたし」
「そんなんじゃない」
ガルネーゼは否定したが、イムレスが、剣の練習相手でした。と教えてくれる。
このおじさんたちこそ、相手を見つけた方が良いと思う。なんとラクレインも未婚だった。なぜフィルリーネの周りの男たちは皆独身なのか。
「まあ、しょうがないよね。そういう運命なのよ」
「なんか言ったか?」
「なんでもない」
呟きを拾われて、フィルリーネは女王の仕事リストを眺める。
「玩具作る暇あるかしら……」
落ち着いたらシエラフィアの見舞いに行こう。ラータニアに行って、元気な姿を見られれば良いのだが。
そんなことをのんびり考えて、それから数日後。
「フィルリーネ様、お手紙です」
ヨナクートがどっさりと手紙の束を机の上に置いた。
反乱が終わり、多くの反乱分子を潰したので、貴族たちがフィルリーネに媚び始めているのである。パーティの誘い。お茶会の誘い。引く手数多である。
キグリアヌン国との協議を前にしていることもあって、フィルリーネが王になるとでも思っているのだろう。
「ヨナクート、これ全部捨てちゃって」
「こちらはいかがしますか?」
端に寄せてあった手紙を見て、フィルリーネは封を切る。ラータニアの紋章が記してある封筒だ。ルヴィアーレからの手紙なんて、なんだか新鮮である。
シエラフィアの調子が良くなったのだろうか。ならば行く用意をしなければならない。そんなことを考えながら開けば、入っているのは一枚の便箋。挨拶状のような短さだ。
「フィルリーネ様? どうかされましたか?」
ヨナクート声に、ぴくりと肩を上げる。
何が書いてあるのか、ヨナクートは興味津々とフィルリーネを見やったが、フィルリーネの表情に眉を顰める。
「なんと書いてあったんですか?」
フィルリーネはその一枚の便箋をヨナクートに渡した。
「あ、……これは……」
「その予定だったから、いいんだけど」
こちらはその発表はいつにするか問いたかったのだか、どうやら待つ必要はなかったようだ。
手紙には、こう書いてあった。
婚約破棄の発表を国内で行なった旨を、お知らせする。




