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もしも5

 婚約破棄。それを行わなければならないと思っていたわけではない。


 手の中にいた精霊が、突如雄叫びを上げた。その姿は、正気を失った、明らかに異質な叫びだった。

 狂ったようにフィルリーネの周りをくるくる周り、苦しむように頭を押さえて床に降りたり浮かんだりする。けれど、再び咆哮を上げて、フィルリーネにしがみついた。


 ヨシュアが空を見上げたまま、口をぽっかりと開けつつも、眉間にぎゅっと皺を集める。

「なにが起きたの!?」


 フィルリーネがそれを口にした瞬間、フィルリーネの髪を自分の体に巻き付けて、隠れるようにしてしがみついていた精霊が、急に飛び立とうとした。


「あたた!」

 髪の毛を体に巻き付けているのに、飛ぼうとするものだから、頭ごと引っ張られそうになる。

 精霊は尋常ではない。涙を流し、叫び、けれど飛ぼうとし、しかし、絡まった髪の毛で飛び立てずにいながらも、隙間から出ている羽を一生懸命動かした。


 飛ばしてはならない。けれど髪を引っ張っても無理に羽を動かすだけだ。絡まっている髪の毛を気にせず羽ばたこうとするため、羽に傷が付いてしまう。

 フィルリーネはすぐに自分の剣で髪の毛を切り落とした。飛び立とうとする精霊をヨシュアが掴むと、その手の中で精霊は叫び続ける。


 彼女になにが起きたのか。だが外を見れば、同じ方向に飛ぶ精霊が目に入った。ヨシュアは、精霊が何かに操られている。女王が呼んでる。そんなことを口にした。


「アンリカーダ女王が、航空艇を使ってラータニアに行くから?」

 その時に気付いたのだ。アンリカーダがラータニアへと移動する。ラータニアはシエラフィアとジルミーユが王族から外されている。残っているのは、ユーリファラだけ。


 ルヴィアーレは、あの国の王族ではなく、なにかを指示し、命令する立場ではなくなっている。ラータニアの精霊からすれば、ルヴィアーレは他国のただの人間だ。


 咄嗟に思ったのは、婚約を破棄しなければならないこと。

 マリオンネに行き、グングナルドに所属する王族である登録を抹消し、ラータニアに戻さなければならなない。

 だから、カーシェスからその方法を詳しく聞くために、ヨシュアにカーシェスを呼んでもらい、マリオンネに向かった。


 イムレスはフィルリーネを止めた。マリオンネが今どうなっているか分からないからと。確認するまで待てと。しかし、そんな余裕はない。航空艇で移動すればラータニアはすぐだ。そこまで時間がかからない。その間に、アンリカーダがラータニアへ到着すれば、ルヴィアーレはグングナルドの王族として対応しなければならない。


 ラータニアには関係のない者だと言われればそれまで。ルヴィアーレはラータニアの人間ではない。後に指摘されるような隙を作らない方がいい。

 そんなことが頭をよぎって、グングナルドの航空艇が奪われ、そこにアンリカーダが乗っていることをラータニアに伝えるようにイムレスに頼み、マリオンネに飛んだのはすぐ。


 婚約の儀式を行った島にヨシュアと赴いた。辿り着いた島は妙にシンと静まり返っているのに、遠くで妙な鳴き声がする。精霊の呻き声だ。それに物音や剣の音が聞こえた。

 アンリカーダが移動している間、マリオンネも何かが起きている。空には精霊が飛ぶ姿が見えた。マリオンネの精霊も移動しているのだ。


 不安が増してくる。ラータニアがどうなるのか、焦燥に駆られる中、翼竜たちがマリオンネの周りを飛びながら咆哮を上げた。それを眺めていると、階段からカーシェスが上がってきた。飛んでいる翼竜の中にいるかと思ったが、人間の姿で、ものすごく面倒そうな顔をしながら近付いてきた。

 そして、もう一人、階段から上がってくる者がいた。


 ムスタファ・ブレイン。アストラル。婚約の儀式に現れた男だ。

 この男が、アンリカーダの味方なのかそうでないのか、その時には判別がつかなかった。けれど、精霊を呼び出してくれたのは彼だった。


「印のある手を、台に乗せてください」

 行いたいことは知っていると、アストラルがフィルリーネに指示する。


 前と同じ、婚約の儀式で行ったように、フィルリーネは右手をその台に乗せる。そうして周囲が水に浸された。別の空間に移動し、現れたのが婚約の儀式で見た、熱情の精霊ラファレス。


 そのラファレスがフィルリーネの手に触れると、その印を吸い出すように指で掴んだような仕草をし、引き抜いた。すると手の甲が熱くなり、印がするりと抜けるように、ラファレスの手の中に赤い糸のようなものが吸い込まれると、フィルリーネの手の甲から印が消えた。


 婚約破棄が確実に行われたと、ラファレスの姿が消えたと同時、元の島の風景に戻る。

 そうしてそこにいたのが、アストラルと、もう一人の男だった。


 焦ったように走ってきたのか、少しだけ汗をかいている。年の分かりにくい、金髪の端麗な顔をした男性だ。どこか懐かしく感じるのは、誰かに似ているような気がしたからだ。

 ルヴィアーレか。そっくりというわけではないし、顔も似ているというわけではないのだが、雰囲気がよく似ている。やけに綺麗な顔をしているからだろうか。


「アストラル、一体なにをしている! このような場所で!!」

 怒鳴りつけた金髪の男は、アストラルの胸ぐらを掴んだ。勝手に婚約破棄の儀式を行ったことに怒りを見せるならば、怒られるのはフィルリーネである。


「破棄を申し出たのは私です。ムスタファ・ブレインは協力していただいただけですので、お怒りになるならば私の方に」

「破棄? あの男との婚約を?」


 二人の頷きに金髪の男が口を閉じる。あの男という言い方に嫌悪感を感じたので、ルヴィアーレのことを嫌っているようだ。そうであろう、少々表情が明るくなったような気がした。


「コホン。それならばいい。しかし、早めに地上に戻った方がいい。ここは危険だ。騒ぎが起こっている」

「そうみたいねえ。なんなの、やなかんじ」

 アンリカーダがマリオンネを出てから、マリオンネは騒ぎになっている。先ほどよりも声が大きくなり、人の叫び声も聞こえてきていた。


「カーシェス。彼女をグングナルドへ連れていってくれ」

「えー、いやよお。わたしはこれからラータニアに戻るんだもの」

「カーシェスさん。ラータニアに戻られるんなら、王宮の周りで数回叫んでもらうことはできませんか?」


 話途中にフィルリーネがお願いする。カーシェスは横目でこちらを見て、鼻をすぼめた。目つきは冷えているので、拗ねているわけではない。


「あんた、わたしのこと使うわね」

「とんでもない。ラータニアのすみかに戻るついでに、ちょっと大声出してもらえたらな、と思いまして」

 その視線に笑顔で返して、口元を上げておく。


 カーシェスはじっとり睨め付けてきて、ずずいと近寄ってきた。翼竜はみな身長が高いのか、フィルリーネの前に立つと壁のように大きい。腰を曲げて顔を近付けてくると、鼻がくっつくくらい顔を近付けた。

「なにをする気だ、カーシェス!」

 金髪の男ががなるが、カーシェスがべちんとフィルリーネの鼻を指で弾いた。


「わたしたちが鳴いたところで、精霊が遠巻きにするだけよ。それをいえば、婚約破棄したって、あの男一人じゃどうにもならないわよ。裏切り者もいるわ」

「裏切り者、ですか……?」

「ラータニアの王女が、アンリカーダの手下のムスタファ・ブレインに、情報を渡していたんですよ。ラータニアと懇意にしていたムスタファ・ブレインの魔具を使い」


 ラータニアに、裏切り者がいる。それが誰なのか考える前に、アストラルが口にした。

 ユーリファラが? ラータニアを裏切った? あのお兄様っこが???


「婚約に関して思うところがあったようだ。どう言いくるめたかは知らないが、ラータニアの王宮がどのような状況なのか伝えさせていたようだな」

 金髪の男も知っているか、それに気付いたのはほんの少し前だと説明する。ムスタファ・ブレイン、ベリエルの手下から、ラータニアとマリオンネを繋げる魔具が押収されたそうだ。


「ラータニアの情報は、アンリカーダに筒抜けで、アンリカーダはラータニア王を狙うのは容易かったということだ」

 ユーリファラが婚約に思うことがあるのは知っているが、ルヴィアーレを裏切るとは思いもしない。それでは、ルヴィアーレは敵を側に置くことになってしまう。


 寒気がした。シエラフィアは倒れて動けないのに、信用している力のある王族が、ルヴィアーレを裏切っているのだ。


「アンリカーダの目的は、浮島でしょうか!?」

「おそらくな。精霊たちがラータニアに向かっている。マリオンネの精霊も、グングナルドの精霊も」

「ですが、国境には精霊たちの通れない、壁があるのに」


 壁にぶつかって通り抜けることはできない。操られていても、それは理で変えることのできないものだ。

 しかし、アンリカーダは女王。それを壊すことは可能だと、金髪の男が首を振った。


「アンリカーダが結界を緩めていった。壊すことはできなかったようだが。それでも他国に入るのは精霊には負担となる」

 その時、翼竜とは違う雄叫びが遠くから聞こえた。獣のような、高めの鳴き声だ。しかも、一匹二匹の声ではない。


「魔獣の鳴き声?」

「そんなこともしてくるか。アンリカーダめ」

「あんた、女王になる気ある?」


 金髪の男が剣を手にし、いつ走り出すかと体重を前のめりにした時、カーシェスが口にして、金髪の男がつんのめった。


「わ、私がですか?」

「カーシェス。フィルリーネになにをさせる気だ!?」

「なる気があるかというより、なってアンリカーダを止めるのはあんたしかいないわ。精霊の王の選定を終えた。これ以上の逸材はないでしょう? あんたが精霊を止めなさい」

「カーシェス!?」

「うるさいわよ、ラクレイン。あんたがなにもしないなら、この娘にやってもらうしかないでしょ。時間はないのよ。浮島にいる精霊の王に攻撃がされれば、アウラウルは黙っていないでしょう」

 ラクレインと呼ばれた金髪の男が、ぐっと口を噤む。


「アンリカーダを殺すものが人間でなければ、アウラウルは地上の精霊たちを精霊の王の元に返すでしょう。そうなれば地上の人間がどうなるのか、考えなくともわかるわ」


 急な話で頭がついていかない。ほかに女王候補がいないのか問えば、男ならいるが、ラータニアにいると言われてしまった。ルヴィアーレをここに呼ぶ余裕はない。すでにグングナルドの航空艇はラータニアに向かっている。こうして問答を続けていれば、ラータニアに着いてしまう。


「アンリカーダは女王の印を持っていない。印を持てば、あんたが女王よ」

 選択肢などはない。女王となり、アンリカーダを止める必要がある。





 という、長い裏事情をお話しするわけにはいかず、しどろもどろと、説明をした。


「家庭の事情により、婚約を破棄した方が相手を助けられるため、婚約破棄が必要となり、それが良かれと思い、勝手に破棄をしたわけでありまして、なにも話さず破棄しました」

「それで、お相手の方はなんとおっしゃったの?」

「婚約に関しては、なにも言われませんでした。元々婚約破棄はする予定だったので」

「フィリィちゃん」

「はい!」


 アリーミアがにっこり笑顔から真剣な面持ちに変えた。再びフィリィは背筋を伸ばす。凄みを感じてそうせざるを得ない。


「破棄する時は、勝手に決めず、お相手の方と正直にお話をして、決めろと言ったこと、覚えている?」

 アリーミアの言葉に、目を泳がせる。結構前に、破棄するならば相手と話をしろと、注意されたことは覚えているが、あの時はそんなことを思い出す余裕はなかったので、あの場でいえば忘れていた。


「ちゃんとお互いお話をすべきなのよ。相手の方がなにを思われたか、気付いたことはある?」

「少し、怒ってはいた、かも、ですけど」


 不機嫌というべきだろうか。

 ラクレインは喜んでいた。ルヴィアーレの親族なのだろうか。エルヴィアナ女王に雰囲気が似ており、血の繋がりを感じた。エルヴィアナ女王とルヴィアーレも、よくよく考えれば似ているような気もする。


「そのブレスレットは、誰からもらったの?」

 指さされて、その腕を上げる。ルヴィアーレから誕生日にもらったブレスレットだ。気にならずに着けられるので、城にいる時も着けている。

 王女の装飾って、ごてごてなんだよ。邪魔なの。書類に引っ掛かっちゃうしね。


「あなたのことを考えて、手に入れてくれたのね」

「そう、ですね……」

「相手のお気持ちを、尋ねたことはあった? あなたは最初から破棄の話をしていたから決めていたのだろうけれど、お相手はそう考えてはいなかったかもしれないでしょう」


 そういえば、結婚破棄についてルヴィアーレからなにか聞いた覚えがない。


 婚約破棄は当初からルヴィアーレは望んでいて、多くの事情が絡み継続になった。それも仕方のない話だ。

 決まったこと。決められたこと。事情があって、自分たちがどう考えようと、どうにもならない。

 それに、ルヴィアーレはラータニアに帰りたがっていた。


「なら、お相手の方は、どうして怒ってたの?」

「わかんない、です」


 どうして怒っているのかとは考えたが、ルヴィアーレに時間がないと分かっているので放置している。そのうち連絡あるだろうと思いつつ、シエラフィアのこともあるので、折を見て連絡するつもりだ。

 しかし、


「フィリィちゃん、せめて、もう一度お話はした方が良いと思うわ。怒っていると思うのならばね」


 アリーミアの言葉に、静かに頷きながら、そういえばなんで怒ったのだろうと、考え始めた。

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