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帰国2

「フィルリーネ、痛い」

「あ。ごめん。はー、ごろごろ休憩終わり。さて、これからのことを考えなきゃね」


 ヨシュアにぶつけていた、伸ばしていた手を戻し、フィルリーネはよいしょと起き上がる。

 疲れはまだ溜まっているか、両足を上げてから振り下ろすようにして、勢いよく起き上がった。勢いがないと起き上がれないのだ。エレディナがいれば怒られるが、いないので突っ込みもない。

 タイミング良く、ヨナクートが扉をノックして入ってきた。見られてなくて良かったよ。


「お目覚めになられましたか」

「うん。おはよう。ヨナクート」

 ヨナクートが持って来てくれたお湯で顔を洗うが、隣でずっとなんとも言えない表情でこちらを見ている。


「元気よ。ヨナクート。大丈夫」

 その言葉に、ヨナクートが涙ぐむ。ずっと心配していたのだと。

「生きた心地がしませんでした。お一人でラータニアに向かわれたと聞いた時は」

「浮島に、アシュタルたちを連れて行くわけにはいかなかったから」


 急遽ラータニアの浮島に行くことになったのは、女王の印を得たからである。初めはカーシェスに状況を教えてもらうつもりだった。

 女王の印を得ておきながら、グングナルドの騎士たちを浮島に連れて行くわけにはいかない。体裁を保つためとは馬鹿らしいが、女王の印を持ってグングナルドの騎士を伴い、ラータニアの浮島に潜入では、前王と同じ真似だと言われても仕方がないからだ。

 もちろんアシュタルやハブテル、イムレスまでもが渋ったが、時間がなかった。


 フィルリーネはラータニアの侵入を許されている。シエラフィアから勝手に遊びに来ても構わないと冗談めいて言ってくれていたからだ。ただし、こっそりとね。その言葉に従うならば、一人でなくてはならない。

 後々、平穏無事に終わった際にラータニアの者たちにケチを付けられて、これ以上シエラフィアの立場を悪くするわけにはいかなかった。


 それに、浮島である。精霊の王はともかく、アウラウルはラータニアとグングナルドの区別がつく。

 グングナルドの騎士たちを連れて行き、アウラウルに攻撃される可能性もあった。彼女は精霊の王のためなら何をするか分からない。


「ラータニアの王宮に訪問を確認する暇もなかったしね」

「それもそうですが、マリオンネに行かれたことも、何がなにやらで。それに、髪の毛も」


 ヨナクートは着替えを手伝いながら、ざんばらになった髪の毛を見上げてくる。少しは整えませんと。と用意されたハサミを取り出した。

 途端、その髪だけは許せない。そんな声が聞こえてくるような目付きに変わる。


 髪の毛はボサボサで整える間もなく昨夜は眠ってしまったので、ヨナクートは許せなかったようだ。一番短くなった長さに合わせて、器用に切ってくれる。

 整えてもらって部屋を出るとアシュタルが待っていて、フィルリーネの顔を見て安堵した顔を見せた。


「おはよ」

「おはようございます。なんだか、小さな頃を思い出す髪型ですね」

「そう?」


 アシュタルも髪の毛が気になるのか、その短さに残念そうな顔をする。整えてもらうのにさらに切ったので、今は肩にも乗らない短さだ。確かに子供の頃以来の短さである。


「ずいぶん、短くなってしまいましたね」

「本当ですよ。綺麗なお髪でしたのに」

「あの時は、もう、切っちゃうしかなかったのよ」

「びっくりするほど潔すぎて、止める間もありませんでしたから」

「想像つくわねえ」

 アシュタルの言葉にヨナクートがほうっとため息を吐く。


 いやいや、あの時は、いきなり頭の上の精霊が、ギュアー! と雄叫びを上げて、何事かと思ったら、髪に引っかかったまま飛ぼうとし、抜け毛になりそうどころか、一部の毛をぶち切って飛ぼうとしたので、その絡んだ髪を切るしかなかったのだ。そうでなかったら、フィルリーネの頭のてっぺんがハゲである。


「でも、ほら。精霊が雄叫び上げながらどこかへ飛ぼうとするのを、止められたでしょう?」

 しかも、おかしくなったのはその子だけではなく、近くにいた精霊たちも正気を失った表情で同じ方向を見上げたり、雄叫びを上げたりしていた。

 ヨシュアがその異常さに気付き、翼竜の叫声を上げてくれたので、精霊たちは正気に戻ったのだ。


「潔さがもう少し後ならば、という話しですね」

「もう少し待てば切ることもなかったのねえ」

 二人は大きく息をつく。そんなこと言っても、髪の毛ぶち切れちゃって、私の頭が禿げちゃったらどうしてくれるのさ。


 そんなことを考えている暇もなく、精霊たちが飛び立つのを見て、アンリカーダの後を追っていることに気付いたのだ。

 もうその後は大慌てだよ。ボサボサの髪のまま、オルデバルトとティボットは捕らえて放置。アンリカーダがニーガラッツと航空艇を使い飛んで行ったことを相談するにも、イムレスはインスティアとおそらく戦っていて、魔導院は大爆発。


 魔導院だけでなく、城の結界も壊されて、あちこち爆発だらけだった。

 その状況を確認している間に、襲撃のあった魔導院からイムレスがやって来て、お互い状況確認。

 魔導院の爆発はインスティアの攻撃かと思いきや、ヘライーヌの仕業だったとさ。





「ひどい状況ねえ」

 朝食を終えて魔導院に足を踏み入れると、魔導院研究員たちがせっせと片付けをしていた。


 昨日からずっと行ってはいるようだが、壁が突き抜けて壊れているし、物はあちこち散らばるどころか、無残にも壊れた壁に押しつぶされているし、本棚は天井の下敷きになっているし、とりあえずまともに使えそうな本やら道具やらを、頑張って掘り出している。


「だって、姫さん、あいつ、イムレス様に攻撃したんだよ?」

 ヘライーヌが、自分で行った魔導具の処理をしながら、とりあえず反論してくる。


 地面に這いつくばって、液体を垂らしては、ゴシゴシと拭き取った。匂い系の攻撃はあらかた昨日なんとかしたようだが、地面が波打って底なし沼になるような魔導具をあちこちにばら撒いたらしく、元通りにするのに新しい魔導具を作って直しているらしい。


 魔導院がある場所は建物の高所で、そんな一つの部屋で底なし沼ができたらどうなるのだろうか。ちょっとばかり好奇心に駆られるが、言葉通り底なし沼になるらしい。

 貫通して階下に落ちるとか。そんな生やさしい術ではない。階下に落とされるくらいならばヘライーヌは怒られない。常識的な魔導具だからだ。彼女にしては、だが。


 底なし沼に入れば抜け出ることができない。窒息して死亡するだけである。その底なし沼に、仲間の魔導院研究員たちが足を突っ込んで抜けられなくなるなどのハプニングがあちこちで起きた。その上で爆発を行うなど、もう一人でテロである。


 しかしそれは、イムレスが襲われている。という師匠を守るための正義の行いだった。とヘライーヌは証言する。


「敵はインスティア以外にいたけれど、だからって、誰でも構わず落ちるような罠を仕掛けるなんて」

 イムレスもさすがにうんざりしている。


 インスティアは何人かの部下を伴っていたが、魔導院にいたニーガラッツの手下たちが手引きをして、魔導院を混乱に陥れようとしたのである。

 それに気付いたイムレスが攻撃。インスティアと対峙した場所は、ニーガラッツの手下たちが多くいた研究室で、大人数対イムレスになり、そこにヘライーヌが参戦。ばら撒かれた魔導具。魔導院内は混乱に陥り、最後の仕上げ、大爆発である。


 怖いなあ。そこにいたら、きっと私もブチ切れてたわあ。


「ヘライーヌがいつも以上に破茶滅茶だったからね。こちらを助けてくれようとしていたのは、分かったけれども」

 ヘライーヌはイムレスの窮地に、ブチっとなってしまったらしい。やることが規格外のヘライーヌが何をするかなど、イムレスにも分からない。

 おかげでイムレスは無傷のままインスティアを倒したようだが、その分苦労したのではないだろうか。


 インスティアは魔導院に行くまでに色々仕掛けていた。正確には、ニーガラッツの手下だが。彼らを使って混乱を作ろうとしたのは間違いない。オルデバルトと手を組んで、あちこち仕掛けてくれたわけである。


「それにしても、すごいねえ」

 何が。とは言わず、イムレスは呆れるような声を出す。

「ほんとだよ、姫さん。なんであんなに集まってんの?」


 ヘライーヌの声に皆が同じ方向を向く。アシュタルにはあまり見えないはずだが、アシュタルも分かるほど集まっているようだ。

「ヨシュアがいるから、近寄れないのよね。でも、近くに来ているというか」


 頭の上にいる精霊はヨシュアが怖くないのか、変わらず頭の上にいる。今は落ち着いているので、のんびりと頭の上に乗ったままだ。


 グングナルドに帰って来てから、精霊たちの出迎えが激しかった。ヨシュアがいるためすぐそこまで来るわけではないが、精霊たちは遠巻きにしながらも集まり、ずっとこちらを見ている。見せ物になったような気がするほど、かなりの数が集まっていた。


 フィルリーネには窓の外がよく見えないほどである。窓を埋め尽くす精霊たち。皆が見えていたら怯える数だ。それこそ闇の精霊が集まったかのよう。


「その印のせいだね」

「そう、さっきから気になってたんだよ。姫さん、その光、何?」

 イムレスはともかく、ヘライーヌにも見えているのか。手のひらをじーっと見つめてくる。


「目立つ?」

「目立つよ。ぴっかぴかじゃん」

「君は魔導が多いから見えるんだろうね。普通の人には見えないと思うよ」

「なにかあるんですか?」


 アシュタルには見えないと、フィルリーネの右手をのぞいてくる。ぼんやり魔導くらいは見えるようだが、その印は見えていない。

 草のマークのような、うねった茎と葉っぱの印。手のひらに小さくあるが、手のひらを開くと金色の光が溢れてくる。


「マリオンネの女王の印だよ」

「女王!? 姫さん、女王になるの!?」

「なったから、その印だよ」

「ええ!?」

 ヘライーヌが飛びついて見てくる。それをイムレスがはがして、真顔になるとこちらを向いた。


「それで、どうするんだい?」

「時間が合うようでしたら、マリオンネに行きたいんですが」

「そうだね。早めに相談した方がいい。その印は目立ちすぎる」


 エルヴィアナ女王の手のひらにも、これがあったのだろうか。見た覚えがない。思った以上に気になるのは、戦う時に結構な魔導がここから放出されたことである。


「女王の印って、本当に威力あるのね」

「フィルリーネだからだと思う。選定受けてる。精霊に好かれるの、当然」

 ヨシュアがヘライーヌの底なし沼に足を突っ込んで、出たり入ったりしている。泥がつくのが楽しいようだ。あとでちゃんと洗いなよね? ブーツがドロドロだよ。


「精霊の王の選定? 冬の館の? それとも別の??」

 それも初耳だと、ヘライーヌがイムレスの後ろから顔を出してくる。

 そういえばヘライーヌには精霊の書で見つけた選定のことを話していない。イムレスが詳しく話さないでいいと、ヘライーヌの首根っこを押さえる。


「分かった。精霊の書のやつだ! 姫さん、全部行ったの!? 教えてよ!!」

「全部行ったからって、何かしたわけじゃないわよ」


 精霊の王の選定は確かに通ったが、何か印をもらうようなことはなかった。

 ただ、精霊の王に初めて会ったあの日、帰り際に精霊の王に頭を押さえられた。文字通り、指で押さえられたのである。

 あの巨体であの大きな指に押された時は潰されるかと思ったが、ただそれだけだった。その後はアウラウルにもう帰れと言われつつ、フッと吹かれて、グングナルドに戻ったのである。

 特に印はない。しかし、選定は終えたと、精霊たちには分かるのだろうか。


「女王の印と、選定。どっちも持ってる。精霊はびっくりする。近付きたいって、思う」

「そんなもの?」

「そんなもの。すごく、近く行きたくなる」

 ヨシュアが言いながら、頭をなでてくる。そこに精霊がいるのだが、びっくりして天井まで逃げた。


「女王の印、そのまま?」

「うーん」

 女王になる気はない。今回印を得たのは、アンリカーダに打ち勝つためだ。


 これは契約で、その力がアンリカーダを倒すに必要となるかもしれない。そう言われて、得られるならばと得ることにした。その時に女王になる気はないとは伝えていたが。

 もう時間ないから、いいよ、やっちゃえ! みたいな勢いだったんだよね。だって時間なかったし?


「あの時は、迷ってる暇、なかったからなあ」

 マリオンネから帰ってきて、イムレスにこっぴどく怒られてため息つかれて、ハブテルなんて女王になったことに唖然として、敬いまくりで顔も見られません。みたいになっちゃって、大変だったのである。


 そんなハブテルが、緊張した面持ちをしながら、恭しく頭を下げて近付いてきた。


「フィルリーネ様。遺体が見つかりました」

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