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陰謀10

「ちょっと、この風、なんなの!?」


 いくつもの炎の塊が空から落ちてくる。地面を焼き尽くすその炎は地面に落ちても消えず、燃え盛ったままの炎が風に巻かれるように広がった。

 エレディナが凍らせようとしたが、それ以上に広がるのが速い。あっという間に周囲を燃やした。精霊の王すらその場を後ずさる。


「きゃっ」

 小さな悲鳴が届いた。ユーリファラだ。気泡に包まれていたが、そこから抜け出したようだった。しかし、そのせいで巻かれている炎に巻き込まれそうになっている。


「ユーリファラ!」

「お兄様!」


 あの場所にいるのは危険だ。それなのに近寄ろうとしてくる。自分で結界を作っているが、アンリカーダの攻撃が当たる可能性があった。


「ユーリファラ、離れていなさい!」

「お兄様! 逃げましょう。早くここから! 女王様がきっと勝利されます」

 まだそんなことを言っているのか。ユーリファラは、女王は絶対なのだと、信じて疑わない。いや、顔は強張り、引き攣っているように見えた。


「ルヴィアーレ!」

 フィルリーネの呼び声に結界を作る。アンリカーダはまだ炎が燃えていようとお構いなしに次の業火を落下させた。


「よそ見してたら、やられるわよ!」

 エレディナのゲキが飛んでくる。エレディナの言う通りだ。ユーリファラにかまっている暇などない。


「お兄様、逃げないと……。お兄様……、どうして、話を聞いてくださらないのです!!」

 その声に乗ったように、鋭い刃のような強風が飛んだ。ヨシュアが弾き、唸るような声を上げる。

 その声にユーリファラがびくりと肩を揺らした。


「フィルリーネに攻撃をするなど!」

「お、お兄様……」

「構わなくていいわ。集中して、ルヴィアーレ!」


 フィルリーネは前を向けと注意する。しかし、あのままでは何度も邪魔してくるだろう。

 ヨシュアが翼竜の姿になり、威嚇するように鳴き声を上げた。炎は吐かなかったが、それこそ強風が吹き荒れて、ユーリファラの身体を押しやるように飛ばした。先ほどよりずっと遠目に転がっていったので、ルヴィアーレもそれを無視することにした。

 よそ見をしていると、アンリカーダの攻撃が飛んでくる。土の精霊は相変わらず地面を揺らし、こちらの動きを止めようとしてきた。


「ふむ、精霊の血を継ぎながら、滅びを望むのは、どうしてか」

 座るのをやめてアウラウルの結界に入った精霊の王が、良く分からないと呟いている。

 精霊の王の感覚は、人間のそれとは違うのだと改めて思うが、本当に不思議に思っているようだ。


「あの娘の母親が呪いを掛けていたからでしょう」

「呪いとな?」

「己を呪いながら、腹の子を呪っておりましたわ。ここで呪いの言葉ばかり口にしておりましたのよ。腹の中にいた頃から、呪いの言葉を聞いていたのです」

「なんと。嘆かわしい」

「呪いに浸かり続けていたのですから、当然の状況かもしれませんわね」


 アンリカーダの母親、ルディアリネは病んでいた。女王制度を恐れていたからだ。

 精霊から与えられた命を恐れていた。

 だからといって、


「呪いなどと……」

「ふむ。選定はお前も終えたのだし。どちらでもかまわぬ。静かにさえすれば。眠りを邪魔し、ここを何度も壊されてはたまらぬ。お前たちで終わらせるのならば、さっさと終わらせるのだ」


 理不尽な物言い。だが人とは違う存在は、人の心が分からないのかもしれない。

 エレディナのように長く人に触れていなければ、その心を慮ることもないのか。

 フィルリーネにも今の話は聞こえていたか、攻撃をかわしながら眉を顰める。


 アンリカーダが全てを呪う理由。それを肯定する気はないが。

 フィルリーネは攻撃を避けると、魔法陣も描かずに攻撃を行った。光のような攻撃が土の精霊の肩を抉り、精霊がバランスを崩す。


 一体どうやった。女王になったからとそんな真似はできるはずがない。

 そう思ったのも束の間、エレディナが氷の攻撃を行いつつ、何かを投げた。それが突然爆発し、アンリカーダも虚を突かれて、初めて地面に膝を突いた。


 フィルリーネが持っていたのは銃で、エレディナが持っていたのは魔具だ。どこから出したのか、首を傾げそうになる。

「あ、これ、魔導銃。前に没収したやつの改良版。あと、ヘライーヌが作った魔具。ヨシュアに持っててもらった」

 聞いていないが、表情で分かったと、わざわざ説明をくれる。


 準備はしてきたのだと、当然のように魔導石も出してくる。

 呆れることではないが、フィルリーネがいるとなんでも上手くいくような気がするのは。こんなところがあるからだろうか。


「君はどうして、そうめちゃくちゃなんだ?」

 一応褒め言葉を言ったつもりだったが、フィルリーネは少しだけ鼻を膨らませた。気に食わなかったようだ。

 その表情は緊張感がありながらも、いつも通りのフィルリーネだった。

 その顔に安心すると言えば、また怒るだろうか。


「戦うことになるって、分かってたからね」

 フィルリーネはアンリカーダを見据える。


 女王を倒す気概を持ってやってきた。

 女王となるのか。マリオンネの女王と。その覚悟を持って、ここまで来たのか。

 世界を統べる女王になる。そのために、アンリカーダとの戦いは、終わらせなければならない。


「フィルリーネ!」

 ルヴィアーレはフィルリーネを呼んで耳打ちした。攻撃を避けている間なので、聞こえただろうか。

「危険じゃない?」

「問題ない」

「――分かった。ヨシュア、作戦よ!」

「あちち、私はもう、無理―!!」

「下がって、エレディナ!」


 アンリカーダはしつこく炎を飛ばしてくる。この浮島を焼き尽くしたいのだろう。しかも威力が上がってきて、足の踏み場もないほど炎が渦を巻き、大地が燃え盛った。

 結界に守られ続けなければ、何もできない。その結界ですら通ってきそうなほど、周囲は熱が上がっていた。陽炎が立ち上り、視界が揺れる。水で流しても噴き出すように炎が溢れた。

 土の精霊を使い、地面の下から炎を出しているからだ。

 まるでマグマだ。


 ヨシュアがその中を翼竜の姿で飛び始める。炎が効かないヨシュアには熱さも感じないのかもしれない。アンリカーダの側を飛び、土の精霊に攻撃を受けた。その隙に、フィルリーネがアンリカーダと同じ古の魔法陣で攻撃を行う。

 周囲は炎と陽炎に包まれて、空に浮かなければ状況が分からないほど激しく燃え盛った。アンリカーダはヨシュアに炎の攻撃をされて、少しずつ後ずさっている。距離が離れて来ているのが、目に見えて分かった。


 ルヴィアーレは魔法陣を描く。その魔法陣は精霊の書に載っていたものだ。フィルリーネも行えるだろう。アンリカーダもこの魔法陣がなんの魔法陣か想定できる。だが、炎に巻かれて、これを見る余裕はない。


 炎が渦巻き、生き物のようにうねり動き出す。竜巻のように空に上って、火の粉を振り撒きながら、それはアンリカーダの頭上で急降下した。烈火の炎がアンリカーダへ降り注ぐ。防御の魔法陣でどれだけ耐えられるか。全ての炎を引き連れて、滝のように落ちる炎だ。


 それでもさすが精霊の血を引くだけあるか。アンリカーダは最後まで耐え切って、口端を上げた。

 それも束の間。目の前に現れたルヴィアーレに、息を呑んだことだろう。

「きさまああ!!」

 その叫びは断末魔のようで、積怨の唸りのようだった。


 転移したルヴィアーレの剣を避ける余裕はアンリカーダにはなく、代わりに立ちはだかる土の精霊の筋肉質な肌を切り裂いた。

 魔導を伴ったルヴィアーレの剣の威力の前に、土の精霊がふらりと傾ぐ。そうしながらもアンリカーダを担ぐとサッと転移しその場を離れた。しかし、傷が深いと、近くに転移してそのまま倒れ込む。

 アンリカーダはもんどりをうった。

 土の精霊は立ちあがろうとしても立ち上がれない。アンリカーダは立ち上がったが、拳を握ったまま、その様を見ていた。


「もう、諦めろ」

 それしか言えない。最初から、勝てると思っていなかったのではないだろうか。

 精霊の王がいることが分かっていて浮島を狙った。たとえどうにかして精霊の王を倒しても、その先に未来はない。形式的な女王と精霊の王では立場が違いすぎる。


 精霊の王を殺せば精霊たちは恨みを持つだろう。人のために土地を潤す真似はしない。それこそ滅びを望むかもしれないのだ。

 それを分かっていて、その恨みを晴らしたかったのならば、その後のことなど考えてはいない。


 アンリカーダは肩を振るわせると、真っ赤な口を大きく開いて笑い出した。

「諦める? 諦めしかないのに? これ以上の何を諦めろと言うのだ」

 アンリカーダはただ肩を揺らす。おかしくて仕方がないと、顔を押さえた。


 マリオンネでアンリカーダがどのような立場だったのか、詳しく知らない。どうやって生きてきたかも、何を考えて何を思ってきたかも。

 それはルヴィアーレには想像できないもので、それを今更考えても、何の意味もないことも分かっていた。


 たとえどんな理由があろうとも、ここまでする理由などはない。

 アンリカーダの狂気に、引き摺られてはいけない。

 彼女が壊したものは、あまりにも多すぎた。


 ルヴィアーレが剣を持ち直すと、アンリカーダはフッと微笑みを湛えた。それは狂喜をはらんだ笑みではなく、年相応の、穏やかで柔らかな、美しい笑みだった。


「あ……」

 走り出すアンリカーダを、誰も追おうとしなかった。フィルリーネが悲壮な顔をしつつも、その姿を視線だけで追った。


 浮島の終わり、果てに辿り着くまで走り、そうして、ゆっくりと飛び上がり、その姿は見えなくなった。

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