陰謀9
アウラウルの言葉に、一瞬耳を疑った。
「フィルリーネが、女王? マリオンネの」
フィルリーネは古の選定を終えて、精霊の王に会った。古の時代を考えれば、その時点でマリオンネの頂点に立てる。精霊の王が認めた者だからだ。
だが、今の制度でマリオンネの女王となるには、女王の資格を得る儀式を行う。前女王から女王の印を消して、新しい女王に移される。前女王が亡くなったため、その印は受け継がれることはなかったが、アンリカーダが女王になるために、儀式を行うはずだった。
しかし、それは、未だ行われていない。その昔、女王の資格を得る儀式を行ったところ、アンリカーダは資格を得られなかったからだ。
光の精霊が渡す、女王の印。それを、アンリカーダは持っていない。
では、
「フィルリーネが、女王の印を……?」
だから、精霊たちが目を覚ましたのか。印を持つ本物の女王の魔導を感じ、その指示に従う。
精霊たちが慌ててあちこちを見回している。女王であるフィルリーネに気付いて近寄ろうとしたが、隣にいるヨシュアに気付いて遠巻きにした。正気を取り戻したのは間違いない。
フィルリーネはふうっと息を吐いて、力を抜いた。あらかた目は覚めただろう。浮島に集まってくる精霊たちを元に戻すほどの魔導量を放ったのだ。かなり疲労があるはずだ。しかし、そんな疲れはないと、アンリカーダに向き直る。真っ直ぐ立った姿は堂々とし、威厳すら感じた。
「マリオンネの女王の儀式は、形骸的な儀式ではないのか?」
呟きは小さすぎて誰にも聞こえていなかったが、ルヴィアーレはもう一度呟く。女王の印は精霊たちに示すためのもので、婚約の儀式で与えられる印と同じだと聞いていた。
その印で女王を確認し、精霊たちが女王に力を与える。それは王族と同じだ。
それだけで、こんなに魔導が多くなるのか?
それほどの影響があるのか。聞いていたよりも、強大な力を得るのではないだろうか。
そう思ったが、アウラウルがその理由を口にした。
「ただの女王ではない。選定を終えた女王だ。精霊の王に認められた女王はいない。かつての女王たちとは比べものにならぬ力を得ただろう」
「古の選定など、過去のものでしかない! すでにマリオンネの麾下に入る精霊たちは、精霊の王には従わぬ!」
だからアンリカーダを追って、この浮島まで精霊たちはやって来た。精霊の王が世界の主だった時代は終わったからだ。アンリカーダの言い分はもっともだ。だが、アウラウルは口端を上げた。
「女王の印も持たず、精霊の王の選定も終えぬ者が」
その言葉に、アンリカーダの怒りが爆発した。
土の精霊がフィルリーネ目掛け、魔導を発する。地面が唸るように波立ち、隆起した地面が波のようにフィルリーネを襲った。
「フィルリーネ!」
ルヴィアーレの防御に遮られつつも、ヨシュアとエレディナが結界を張った。人型の精霊と翼竜の結界に、重なるように流れてくる土石流のような攻撃は、避けて背後に流れていく。
流れた土は崖下に落ち、浮島からも落ちていく。異様な音の地響きが浮島を揺らした。
それだけでなく、地面が小刻みに揺れ始める。低い唸りのような音と共に、地鳴りがした。
「うるさい、うるさい。眠れぬではないか」
その揺れる地面から岩のように立ち上がったのは、魔鉱石のような虹色の光を伴う巨大な精霊だ。透明な石のような、けれど人の形を持つ精霊。
「精霊の王……」
今までどこで眠っていたのか。地面に埋もれていたわけではあるまい。異次元の場所から現れたのか、地面は波紋をつくって、精霊の王が足元まで現れると、静かに地面が元に戻る。
それを見て、アウラウルの髪色がピンク色に戻った。身体も小さくなり、普段会うようなサイズに変わる。
「侵入者の対処をしていただけですわ。御大には耳障りでしたわね」
「ふむふむ。おや、また会ったな、娘よ。不思議な印を持っているではないか。決心したのか? 代わりになる気はないと言っておったのに」
「今のところは、そうなりました」
フィルリーネは苦笑いしつつ、刺激すること言わなくてもいいんですけどね。と小さく呟く。精霊の王の前でもフィルリーネはフィルリーネだ。
その通りにアンリカーダが歯噛みする。攻撃が効いていなかったことも相まって、白い肌が赤くなったように見えた。アンリカーダの憎悪がフィルリーネにも届く。
「邪魔だ。お前の相手は後でしてやる!」
アンリカーダが素早く描いた魔法陣から、巨大な蛇が現れた。
「うええ。趣味悪いー」
エレディナの言葉も余計だ。その巨大な蛇はのたくって、大きな赤い舌をだしながらフィルリーネに襲いかかる。フィルリーネはヨシュアに腕を取られて宙へ浮いた。すかさずエレディナが氷の攻撃を行う。
蛇がフィルリーネを襲う間に、土の精霊がルヴィアーレを狙って来た。地面が浮き出て塊がこちらに飛んでくる。礫のように見えるが、飛び出せば巨大な岩に変わり、落石となってルヴィアーレを襲う。
蛇と土の精霊に攻撃を行わせている間、アンリカーダは次の魔法陣を描いた。血走ったような禍々しい赤い瞳をルヴィアーレに向ける。
「逃げるしか能のない愚か者が。地上で這いずり回っていればいい」
今度は水の攻撃だ。うねりを出して濁流のように濁った激流がルヴィアーレを目掛けてくる。
「女王の制度に不満は理解できるが、破壊だけが望みとは幼稚ではないのか」
「いらぬものを壊して何が悪い。欲しがる者も皆同じだ!」
アンリカーダの怒りが溢れるように、水がとめどがないほど溢れてくる。それは土を混じらせて渦となり、ルヴィアーレを飲み込もうとした。
「ルヴィアーレー、危なーいー!」
フィルリーネの声が届くと同時、大蛇が空を飛んでくる。翼竜の姿になったヨシュアが咥えた大蛇が、渦に放り込まれたのだ。大きな波がそこから溢れて、巻き込まれそうになる。
「少しは遠慮しろ!」
球状の結界で飲み込まれるのはなんとか避けたが、大津波となってこちらに流れて来た。そのせいで無駄な魔導を使った。ヨシュアは人の姿に戻って他所を向く。わざとやったのではなかろうか。
「グングナルドの娘が! 娘は使えぬと言っていたが、あの男ほど使えぬものはなかったわ!」
「それは同感ね」
フィルリーネが当然のように頷く。
「あの男は、特に醜悪だった。媚びるだけの無能な男が」
「その娘に女王の座を奪われて、何言ってんのよ」
横でエレディナが火に油を注いだ。
「まったく。うるさくて敵わん!」
精霊の王がドスンと地面を踏んで空気を震わせた。その瞬間、水にまみれドロドロになり、でこぼこになった地面がサアッと元の花畑に戻る。
「精霊の力を欲しがったのはお前たちだろうに。その力を欲しておいて、今度は何を望むのだ?」
聞くだけは聞いてやろうと、精霊の王はその場で座り込み足を組む。話す姿勢を見せたつもりだろうが、アンリカーダがそれで話すわけがない。
ただ怒りに顔を歪ませて、牙を剥き出す獣のような雰囲気を出していた。
普段は無口で無表情。激昂する姿など、誰が見たことあるのだろう。
アンリカーダの望み。それは、大きな憎しみで固められている。
何がそこまでそうさせたのか。
女王エルヴィアナは、娘のルディアリネを憂いていた。ルディアリネはアンリカーダを身籠り精神的に病んで、産んですぐに子から離れて浮島に療養に来た。病んだ理由が浮島にありながら浮島に滞在したのは、シエラフィアがいたからだ。
それを、エルヴィアナは知っていた。
だが、その頃、アンリカーダはどうしていたのだろう。
会うことのなかった、腹違いの姉。
ルヴィアーレには、シエラフィアがいた。頼りなさそうで、けれど自由奔放ながら民と共にあり、貴族たちに受けは悪いが、民たちはシエラフィアを評価していた。精霊のおかげで豊かなのもあったが、民の生活が苦しくなることはなかったからだ。
民に寄り添い、慕われる王。
その姿をずっと見てきたルヴィアーレに、姉の存在など必要なかった。
マリオンネは、アンリカーダをどう育てていたのだろうか。女王エルヴィアナは何もしなかったのだろうか。
ここまで恨みを募らせるほど、何があったのか。
「何を望んだのだ。お前は」
「はは、望み?」
アンリカーダが薄ら笑いを浮かべる。
「聞いてどうする。意味のない話だ。どれもこれも、なんの意味もなさない! 今更現れる無能の王よ。永遠に眠り続けていろ!」
「なんと、失礼な人間だ」
アンリカーダの返答に、精霊の王が眉を傾げた。アウラウルは再び髪を赤くして逆立てるが、アンリカーダは震えるようにうずくまる。
「私の前で、お前たちの意味などない。マリオンネの女王は私だ。唯一の者であり、それ以外でも何者でもない。あとは邪魔な者たちだけだ。誰も彼も、その地位を敬うふりをして、何もない。己欲望のなすがまま。獣と同じ。だからそのようにしてやった。好きにすれば良い」
なんのことか。誰に言うでもなくぶつぶつと呟いて、たがが外れたように、アンリカーダは狂気の笑みを浮かべた。
「お膳立てしてやれば、喜んで動く。今頃、好きにしているだろう」
マリオンネでなにかしたのか。アンリカーダは薄笑いをしたまま。ただ肩を揺らす。
マリオンネで何か起きているのか。
「一体、何を……」
「一方だけが勝てると思わない方が良いわよ」
問おうとしたら、フィルリーネが口を挟む。横でヨシュアが惚けた顔をして口を突き出した。
「もう、終わってる。あいつらも手伝ってたし」
「時間を得ていたのは彼らも同じ。そちらだけじゃないわ。それに、強力な仲間がいたから、精霊たちも近付けなくて、やりやすかったと思うわよ。あなたは、もう、マリオンネには戻れないわ」
マリオンネで何かが起きたが、それはもうすでに鎮圧されているだろうと、フィルリーネは説く。何をしたのかは分からないが、マリオンネにいる者たちも女王が発ったことをおかしく思ったのだろう。フィルリーネが女王の資格を得たのだから、アンリカーダに反意を翻す者はいたはずだ。
ここに、アンリカーダを守ろうとするムスタファ・ブレインがいないことも、その証拠だろう。
「は、はは。構わぬ。あの場所こそ、滅びれば良い。腐った空間だ。閉じ込められた、作られた場所」
マリオンネが反アンリカーダ派に奪われれば、アンリカーダはただ滅びの道を通っただけだ。
むなしいほどに、破滅の思想。
フィルリーネも同じように、哀れみの視線を向けた。
「人間を理解するのは難しい。命を与えられながら、命を憎むのだから、理解しがたいものだ。さあ、もう一度、問おう。何を望む?」
精霊の王の言葉に、アンリカーダはゆっくりと顔を上げた。
「全て滅びればいい」
巨大な魔法陣から、地を焦がすほどの業火が降り注いだ。




