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陰謀8

 言いたいことはたくさんあった気がしたが、本人を目の前にして、なんだか馬鹿馬鹿しくなってきた。

 生きていたし、なんと言っても元気そうだし、髪の毛が切れちゃった云々もそうだが、本人が適当すぎて、こちらが色々考えていたことがすべて何でもないことのように思えてきた。


 フィルリーネはここに来る前から状況は分かっていたと、アンリカーダとアウラウルを視界に入れても疑問を口にしない。あそこの戦いは放置して、とりあえず先にニーガラッツだと、そちらに身体を向ける。


 婚約破棄をしたのはどうしてだと問い詰めたいが、まず先に終えることがあると、ルヴィアーレもそちらに集中した。

 癒しを施されて、感じていた内臓の痛みは無くなった。吐き気などもなく、弱音を吐きそうだった気分も一切消えていた。


 それは癒しのおかげではないが。


「さっさと終わらせよう」

「大きく出ましたな。こちらには、まだ、やれることがありますが?」


 そのやれることをする前に終わらせたい。ニーガラッツが行うことは非人道的だ。まともな攻撃をしてこないことも分かった。妙な真似をされる前に、先に動く必要がある。

 身も軽くなって、ルヴィアーレは剣を持った。魔法陣を描いて手にした剣は、魔導を伴い、振ればその魔導が放たれた。


「あれ、私もやりたいやつ」

 後ろから緊張感のない声が届いたが無視して、ニーガラッツがその魔導を防ぐ隙を狙い、再び振り下ろす。ニーガラッツを囲む結界が、激しく光を放ちながらそれを退けようとする。ニーガラッツは結界の中で魔法陣を描き、結界が壊れる瞬間炎を飛ばした。それを剣で払い、別の魔法陣を描いて、天から雷を落とす。


 老人の割に動きが早く、魔導量も多い。あれだけ異形の精霊を作り出しても、有り余る力を持っているようだ。

 この力を別の方面へ使うのならば、聖者にでもなれただろうか。しかし、ニーガラッツは悪役らしく、目尻に皺を寄せながら口元を上げ、歯を剥き出した。


 魔法陣がニーガラッツの目の前に作られる。その魔法陣から大量の水が飛び出した。球状の結界でそれを阻めば、そのまま氷に閉ざされる。二重の攻撃は魔法陣を重ねて行うが、それが素早い。


「あいつ、結構やる」

 ヨシュアのとぼけた声は、ニーガラッツを褒める言葉だ。完全に観客に回る二人は、まだ目覚めないエレディナと結界の中にいる。こちらの心配をする気はないのは、負けると思っていないからだと信じたい。


 ニーガラッツが目くらましに周囲を霧に包んだ。気配は消しているか、姿もなく、物音もしない。ルヴィアーレは風の魔法陣を描いた。その霧を吹き飛ばすと、ニーガラッツが航空艇の方へ転移していた。


 逃げる気か?

 そんなはずはない。ニーガラッツは魔法陣を描いていた。未だ操られている精霊を囲おうとする。

 まだ異形の精霊を作る気か。精霊の命をこれ以上使われるわけにはいかない。魔法陣が囲む前に、描かれた魔法陣を鋭く切り裂いた。


 ニーガラッツは口惜しそうな顔をしたが、すぐにいやらしい顔に変わる。何か別のことを思い付いたと言わんばかりに、足元に魔法陣を描いた。


「なにを!?」

 異形の精霊を作る魔法陣。それを倒れている熱の精霊と、自分にかけたのだ。

「愚かな!」


 ニーガラッツの身体が、黒煙に包まれる。熱の精霊とニーガラッツが黒煙の中に巻き込まれ、稲光のような激しい光と黒の霧の中に混じって、激しい嵐が生まれるように巨大化した。

 吹き荒れた風に残された、その異形。異形と表現するのにこれほど正しい言葉はあるだろうか。


「あれは、無理だわ」

 フィルリーネの呟きが耳に入った。


 ああ、あれは無理だ。

 そうルヴィアーレも呟いていた。


 灰色のような、茶色のような肌。髪はなく、首もない。辛うじてある手足は短く、立つことはできないと、その巨体で自らの足を潰した。

 溶けたような身体。頭と身体から、マグマのようにぽかりと何かを吹き出している。

 出来上がることのできなかった、異形だ。


「あ。ゔぁゔぁあ」

 発した音は言葉にならず、身体を捻りながら動こうとしたが、足はすでに潰れて、歩くこともできなかった。

 ある意味、当然の最後なのかもしれない。


 ルヴィアーレは天に魔法陣を描いた。巨大な古の魔法陣。どんな炎よりも激しく燃える、全てを消し去る業火だ。

 ニーガラッツの身体は、その形を溶かすように崩れ、間もなく焼失した。

 呆気ない最後だった。


 フィルリーネは何も言うことはないと、まだ終わっていない問題に目を向ける。

 アウラウルとアンリカーダは睨み合い、アウラウルは精霊や植物に影響ないように加減しながら戦っていた。その分アンリカーダの方が優位だが、アンリカーダはアウラウルの攻撃に押されていた。


 アンリカーダの味方は土の精霊だけだ。女王としては少なすぎる精鋭だろう。

 ニーガラッツが倒れたのは視界に入ったか、口惜しそうに歯噛みする。


「い、ったああああい!!」

 突然、大声で叫んだのはエレディナだ。目が覚めた途端、勢いよく起き上がる。

「あいつ! ぶっ殺してやるわ!! どこ行ったのよ!!」

「はいはい、どうどう」

 怒りに暴言を吐いて飛び立とうとするが、フィルリーネが馬でもいなすようにスカートを引っ張った。


「そこで体を休めてなさいよ。ボロボロじゃないの」

 ルヴィアーレに言った同じ言葉を口にして、エレディナを止めるが、その言葉にエレディナが眉を吊り上げる。

「あんた! あんた? どうなってるの、それ?」


 エレディナは怒鳴りつけようとしたが、怒りに強張らせていた肩の力を、空気が抜けるように下ろした。

 なにがどうなっているのか。エレディナは困惑顔をして、首を傾げては眉を寄せる。フィルリーネはエレディナの動揺に、わざとらしく腕を組んで、首を振って見せた。


「いやー。大変だったんだって。だから、来るの遅くなっちゃって」

「あんた、決心したの?」

「決心とは違うかなあ」


 エレディナは意外だと、むしろ心配するかのように気遣うような憂い顔を見せる。

 なんの話をしているのか。会話が見えてこない。二人には分かる話のようだが、ルヴィアーレにはよく分からなかった。


「まあ、まあ。とりあえずこっちに集まる精霊たちには、家に戻ってもらいましょう」

 そう言って、フィルリーネは身体を大きく見せるように、両手を大きく広げた。


 フィルリーネの身体が暖かく柔らかな光に包まれる。それが精霊たちに広がっていくのが分かった。魔導だ。

 だが、その力に、違和感を感じた。


 なんだ、この力は。

 魔導なのは確かで、それは間違いない。祈りを捧げるのに魔導を放出するのは前もやっていた。しかし、量がその比ではない。元々それだけの魔導量は持っていただろうが、量が桁違いだ。そして、その魔導の質が、どこか違うように思えた。


「お前!どうして!!」

 怒号のような、憎しみのこもった声が響いた。アウラウルの攻撃を避けて距離を開けると、アンリカーダがこちらに激しい憎悪を向けてきた。


 いや、こちらではない。今、目の前で瞼を閉じたまま両手を開いているフィルリーネにだ。

 フィルリーネの魔導が集まってきた精霊たちに降り注ぐ。その魔導が精霊たちを包むと、虚ろなまま集まってきていた精霊たちの瞳に生気が宿り始め、正気を取り戻していった。どうしてこんなところにいるのかと、慌て始めたのだ。


 グングナルドの精霊だけでなく、ラータニアの精霊も例外ではない。操られて集まった精霊たちが次々と目覚めていったのだ。

 精霊へ影響を与える魔導。自国の精霊に限らず、他国の精霊、マリオンネの精霊にも影響を与える。


「まさか……」

 アンリカーダが射殺すような視線を向け、歯を剥き出すように怒りを見せた。その意味は、アウラウルの笑いによって決定付けられた。


「あの娘は、選定を受けてその資格を得ている。お前と違ってな」

「選定? 古の選定など、なんの意味もない!!」

「意味がないか? だが、あの娘はお前とは違う。マリオンネに立つ、女王の力だ」

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