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陰謀5

 精霊の書に記されていた魔法陣。フィルリーネは前王がそれを使わせることを想定していたが、どうやら女王も使うらしい。


 グングナルド前王がアンリカーダと繋がっていたのだから、彼女がその魔法陣を知っていて当然だ。だが、本人が攻撃を仕掛けてくるとは思わなかった。

 いつも無表情で感情の起伏を見せない女。人型の精霊ヴィリオがそんなことを言っていたのを思い出す。幼い頃からずっと、顔に表情が出ず、まるで人形のようだと。

 その内実は誰にも分からない。何を考え、何を思い、行動を起こすのか。


「精霊たちが! なんてことするの、あの女!!」

 エレディナの怒りが頂点に達した。急速に冷えた空気が周囲を凍らせる。肌に痛いほどの冷気を感じ、足元の土には霜ができあがった。エレディナの力がどれほどなのか知らないが、溢れるほどの魔導の放出が良いわけではない。


 相手は図ったかのように、エレディナの不得意な属性の魔法陣を描いてくる。ただでさえ氷は熱や炎に弱く、魔導を相殺されやすい。水の力であればまだ対抗できるが、氷はどうしても熱によって水に変化してしまう。水でも熱量が高ければ蒸発させられてしまうのだから、エレディナの方が分は悪い。もちろんそこには魔導量が関わるが、相手は女王と、エレディナと同じ人型の精霊だ。

 あの炎や熱すらも凍らせる力を持っているのかもしれないが、今のところ戦いは互角である。


「エレディナ、落ち着け!」

「落ち着けるわけないでしょ!!」

 エレディナが転移をした。アンリカーダの目の前だ。

 エレディナが攻撃を仕掛けた時、土色の壁がその前を遮った。


「なに!?」

 熱の精霊ではない。別の精霊の力だ。

 跳ね返る氷の礫。エレディナの攻撃は自身に返り、まじろぐ間、熱の精霊が一筋の光を飛ばした。それを辛うじて避ければ、アンリカーダを守った土色の壁が、石のように砕かれてエレディナに向かった。


「きゃあっ!!」

 小さな石だけでなく岩のような大きなものまで、一気にエレディナにぶつかり、エレディナが落下する。その時を待ったかのように、アンリカーダの頭上で魔法陣が赤く染まった。巨大な火の玉がエレディナ目掛けて落下する。全てを焼き尽くすような業火がエレディナに直撃した。


 氷の防御が広がったが、その激しい炎の前では太刀打ちできない。航空艇から地面まで真っ逆様に落ちて、草むらに叩きつけられた。さらに追い打ちを掛けようと、熱の精霊が動こうとする。


「エレディナ!!」

 叫んだ時には、熱の精霊に魔導を飛ばしていた。


 ルヴィアーレの魔導が熱の精霊の体を打ち付ける。鋭い鋼が熱防御を貫通し、熱の精霊の腹部に突き刺さった。わなわなとその鋼に触れようとしたが、そのままふらりと頭をのけぞらせると、エレディナと同じく地面に崩れ落ちた。


 エレディナを回収しなければ。そう思った時には、不気味な魔導を感じて、ルヴィアーレは仰け反りそうになった。異形の精霊だ。瞬時に転移魔法陣を描いて場所を移動する。

 攻撃を加えながら着地点を描いていたため、いくつか転移できる場所は作っておいた。

 だが、それでも魔導は当てられていると、鼻から血が流れたのに気付いた。足元に力が入らず、地面に膝を突く。胸の方から詰まったものが出てきて、それを吐き出した。

 先ほどよりも、ずっと多い量の血液が地面に広がる。


「ぐっ、げほっ。ごほっ」

 喉に詰まるような息を何度も吐いていれば、異形の精霊がすぐに近付いてくる。転移魔法陣を通して別の場所に移動して、再び血を吐き出した。


 航空艇の側にいた異形の精霊が近付いてきていたのだ。二匹が各々動いていたため、反応が遅れてしまった。

 それに、先ほどアンリカーダを守ったのは土の属性を持った魔導だ。アンリカーダが魔法陣を描いたわけではなく、姿の見えないニーガラッツが行ったわけでもない。突如現れたところから鑑みるに、他に人型の精霊がいるはずだ。

 そうであろう、航空艇で共に来たのではなく、後から追ってきたのか、体格のいい男がふわりと宙を浮いて、アンリカーダの側に寄ったのだ。


 いかにも土の属性を持った人型の精霊。赤茶色の髪の毛を後ろに流し、四角い顔の額をよく見せている。褐色の肌で、筋肉が岩のように見えるほどごつごつしていた。肉弾戦でも強そうな体格だ。


 人型の精霊が一体いただけで、それだけしかいないのだと高を括っていた。

 アンリカーダを味方する人型の精霊が一体とは限らない。エレディナは怒りを見せたが、他にもアンリカーダにつく人型の精霊がいるのかもしれない。精霊を蔑ろにしようと、あの女は女王である。

 小さな精霊たちは操られているようについてきただけだが、人型の精霊は意思を持って攻撃をしてくるのだ。


 状況が悪すぎる。


 アンリカーダが頭上へと腕を伸ばす。こちらに視線を向けることはなく、ただ、真っ直ぐに見つめるのは、この浮島にある唯一の建物だった。


 アンリカーダの魔法陣から炎の塊が飛び出した。ルヴィーアレが壁を作り防御したが、古の魔法陣の攻撃の強さは如何ともしがたい。壁の防御にぶつかり爆発すると、火の粉が周囲に舞って草花を燃やし、建物の隅を焦がした。


 あの建物は、女王やその共の者たちが留まる場所だ。祭壇が造られており、マリオンネの女王を祀っているように見えて、精霊の王を祀っている。そこに、精霊の王はいないが、建物の中には精霊たちが住んでいる。その昔、精霊の王が眠りに入り、その時に他の人型の精霊も眠りに入ったり、この場を離れたりしたといわれているが、命の精霊アウラウルだけが残った。


 アウラウルが過ごす場所でもある、この神殿で、一人残ったアウラウルが女王の腹に命を注ぎ、次代の女王の命を与えていた。

 女王が過ごすために建てられた、女王のための神殿。

 それすら恨みの対象か。


 容赦ない攻撃に遠慮などない。アンリカーダは相変わらず顔色もなにも変えないまま、同じ動きをして魔法陣に魔導を流す。そうして、放たれた業火は、全てを焼き尽くすような勢いで建物だけでなく周囲の地面に落とされた。

 アンリカーダの目的は、浮島の破壊だ。精霊など視界にも入れていない。

 ただ、その命を与えた人型の精霊、アウラウルを前にすれば、その表情が大きく憎しみの顔に変わったのだ。


「まったく、うるさいこと」


 長いピンク色の髪を靡かせた女性。女性にしては巨大か。彼女の足の長さだけでルヴィアーレの背丈ほどある。普段はもう少し小さいのだが、これが本来のサイズのようだ。

 薄いピンク色の段差のあるストレートの髪が、今は雷に撃たれたように広がり、濃いピンク色になっている。色はさらに濃くなって、血液のように濃い赤色に変化した。


 怒りが目に見えるほど、魔導が溢れてくる。先ほどのエレディナのように、アウラウルが激怒しているのが分かった。

 その魔導に触れるだけで熱いような冷たいような、不思議な感覚に陥る。ただ、身体中の血管が熱くなるような気がして、アウラウルからも離れる必要があった。


「このような真似をするとは、随分と、愚か者だったようね」


 静かな物言いだが、空気が震えるような気迫を感じる。そうして伸ばした長い指から、魔導が放たれた。

 攻撃ではない、防御の魔導だ。建物から出てきたアウラウルの後方が薄いピンク色の魔導に包まれる。燃えていた花が再び咲き始め、焦げた壁は元に戻り、怯えて地面に落ちていた精霊たちが顔を上げる。


 命を司る精霊、アウラウル。強力な癒しの力だ。


 その姿を、アンリカーダは憎々しげに睨みつけた。魔法陣に注がれる魔導。側にいる土の精霊はそれを補助するように寄り添う。熱の精霊は倒れたままだ。身動き一つしない。近くで倒れているエレディナも、ぴくりとも動かなかった。

 アウラウラを囮にして、エレディナを助けられないか。そんな考えをしている間に異形の精霊が近付いてくる。

 この精霊もなんとかしなければ、こちらの動きが制限される。魔導が効かないのならば、別の方法を考えなければならない。


「さあ、愚か者よ。お前はどうする気なのかしら?」


 アウラウルの嘲るような挑発に、アンリカーダはまるで喜びを見せるようにして、真っ赤な唇の口角を上げたのだ。

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