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陰謀3

 ユーリファラが手を伸ばしながらも腕を強く掴み、魔法陣を描く手を止めようとした。


 濃い空色の瞳でこちらを射すくめるように見つめてくるが、その瞳はどこか濁っているように見えた。

 なにかが違うように思えて、けれどそれがどこか分からない。

 いや、ラータニアに戻ってから、ほとんどユーリファラの相手はしていなかった。一年近く離れていて、戻ってもしっかりとユーリファラを見た覚えがなかった。


 グングナルドに行く前は、あどけない笑顔を向けて周囲の雰囲気を和らげるような子供で、周りの者たちも見守るような視線を向けていた。その頃に比べて今のユーリファラは少しだけ大人びたようで、身長も高くなっていた。

 全体の雰囲気は前と変わらない。しかし、決定的に違うのは、その視線だった。


 浮島にいてこれだけの精霊を前にして、一度として精霊を視界に入れていない。普段ならば飛び回る精霊たちに目を向けて、その薄紅色の唇を緩やかに上げて彼らの動向を見守り、常にその存在に喜びを見出していたのに。

 真っ直ぐにルヴィアーレを見つめるだけで、周りの一切が遮られているかのように、視界から、頭から、精霊の存在が抜け出ているかのようだった。


 見えているのか。周囲が。精霊たちが怯え、震えている姿が、目に入らないのか?


「ユーリファラ……」

「お兄様、女王様ですよ? 女王様に、何をされる気なんですか?」

「女王がグングナルドの航空艇を奪ってやってきた。マリオンネの理を崩してまで、他国の精霊を伴って。精霊たちを守るのは当然だろう?」


 ユーリファラは知らないが、ここには特別な精霊たちがいる。マリオンネの女王に与しない、精霊の王の元で休む精霊たちが。航空艇の後ろにいる精霊たちを守るためにも、彼らを解放する必要がある。


「女王様が行うことに、何を疑うことがあるのでしょう、お兄様はもうラータニアの者なのですから、グングナルドの精霊がどうなろうと関係ないのでは?」


 耳を疑った。精霊に対して、立場など考えたことはない。精霊は精霊であって、差別などするはずもない。それなのに、ユーリファラはグングナルドの精霊ならばどうなってもいいと、軽んじた言葉を吐いたのだ。

 ユーリファラはルヴィアーレを食い入るように見つめたまま、視線を外そうとしない。ルヴィアーレしか見えていないかのように、瞬きもせずじっと見続ける。

 唾を飲み込みそうになる。今、目の前にいるユーリファラは、本物なのか?


「ルヴィアーレ、いいからやってよ!!」

 エレディナが精霊たちを建物に誘導しながら、こちらに大声を出す。その声にハッとして、ユーリファラの手を振り払った。


 航空艇の砲台から魔導が放射され、エレディナの氷の結界に打ち当たる。轟音が響き、一瞬空気が揺れた。結界は壊れることなく光を反射するように美しく光っていたが、再び航空艇から魔導が放射されると、光の屈折が動いたように見えた。

 あれだけの規模の結界を作ったため、強度はそこまでではないのかもしれない。しかし、精霊たちを建物に誘導する時間はあるだろう。


 精霊の王は再び眠ったのか、現れる様子はない。アウラウルがいるはずだが、その姿も見えなかった。


 ルヴィアーレは航空艇から飛ばされた魔導が、再び結界に跳ね返されるのを見上げながら、ユーリファラの言葉を無視し、巨大な魔法陣を素早く描く。

 その魔法陣をそのままにして、その時を待った。精霊たちが建物へと飛んでいく。震える精霊をエレディナが呼んで、何匹もの精霊が声を掛けあいながら怯える者たちを連れていく。


 浮島に住まう精霊たちの数を数えたことはない。ラータニアにも多く住んでいるが、小さな浮島に住む精霊の数は比ではない。それこそモヤになるほど集まって、建物の方へ避難し、皆が近付いてくる航空艇を見上げた。

 その時、多くの精霊たちが震えた。


「ルヴィアーレ! 来るわよ!!」

 航空艇から放たれた一筋の光がエレディナの結界に突き刺さった。崩れた氷が地面に落ちてくる。ひび割れた結界に隙間ができて、航空艇がその穴めがけて直進してきた。

 それが入り込む寸前、ルヴィアーレは魔法陣に魔導を流した。


 エレディナの氷の結界を壊さないために、同じ氷の攻撃を繰り出し、氷の結界の穴を塞ぐように巨大な氷柱が飛び出す。避けることなく突っ込んでくる航空艇に、それが突き刺す、はずだった。


「――――っ!ユーリファラ!?」

「させません! お兄様! 女王様に攻撃など、してはいけませんわ!」


 背後にいたユーリファラが魔法陣を描いていた。それは大きなものではなかったが、攻撃を繰り出そうとしていたルヴィアーレの気を逸らすには十分な魔法陣だった。

 雷の攻撃が肩を掠り、腕に痺れが走っている。後ろから魔導を感じ、咄嗟に振り向いてぎりぎりそれを避けたつもりだった。しかし、それだけで航空艇の速さが勝った。


 ルヴィアーレの発動した攻撃は微かに方向がずれ、航空艇を避けるようにエレディナの結界に突き刺さる。

 航空艇は航空艇に張られた結界ごと、エレディナの氷の結界に激しくぶつかった。先ほどできた結界の穴が軋むように広がり始める。


「くっ!」

 ルヴィアーレは再び魔導を流して魔法陣を発動しようとした。しかし、どこからか発せられた魔導が地面を抉るように攻撃してきた。


「きゃあっ!」

「ユーリファラ!」

「ルヴィアーレ!!」


 咄嗟に作った結界で辛うじて攻撃を避けたが、逃げ遅れていた精霊たちが巻き込まれた。

 地面に一筋の線のような跡を残し、先ほどまで咲き誇っていた花々を一瞬にして消し去り、精霊を消し炭にして消した。

 目の前で、悲鳴すら聞こえず、陰も残すことなく、消え去ってしまった。


 なんの攻撃か。それが航空艇からだとは分かったが、航空艇の砲台からの攻撃でないことも分かっていた。

 細い光のような攻撃。前に見た、ベルロッヒの使用した魔導具と同じ攻撃だ。

 羽を下ろした航空艇が降下してくる。浮島に、グングナルドの航空艇が降り立った。


「女王様が、女王様がお怒りですわ。お兄様、抵抗するのは、もうやめてください!」

「黙っていなさい。ユーリファラ」

「黙りません。女王様に攻撃などなさるから、お怒りなんです!」

「黙れと言っている!!」

「お、お兄様……?」


 怒鳴りつけると、ユーリファラが真っ青な顔をした。その顔を眺めている余裕はない。

 今の攻撃を行ったであろう者の姿が見えて、ルヴィアーレはそちらに集中した。

 航空艇のデッキに人の姿が三つ。女王アンリカーダと、魔導院院長だったニーガラッツ。そして、もう一人。姿が半透明で宙に浮く者。人型の精霊だ。

 髪の色は黄赤。橙色のドレスを着ており、優雅にそのドレスの裾を靡かせて、アンリカーダの側に寄り添う。


「あれはなんの精霊だ」

「熱の精霊よ。私と相性が最悪だわ」


 エレディナがルヴィアーレのすぐ側に現れて警戒した。

 ニーガラッツの側には、小さな精霊が見える。


「あれは……」

「あの精霊よ。不気味な、混ぜられた精霊」


 はっきり見えるわけではないが、浮いているのは分かる。未だ、何ができるのか分からない、未知の精霊だ。そして、それは二匹いるように見えた。


 航空艇から降りる気はないのか。しかし、航空艇の出入り口が開く音がする。こちらからは見えないが、乗り口ではなく、搬送口が開いているようだった。

 そこから何が降りてくるのか、考える前に、黒い獣たちが現れるのが見えた。


「ここで魔獣を放つ!? ふざけるにも程があるのよ!!」


 エレディナが怒りを露わにしてすぐに立ち向かう。走り出す四つ足の魔獣たちの目の前に転移してすぐに氷漬けにした。エレディナにしてみればあの程度の魔獣大したことはないだろうが、航空艇に近付きすぎだ。何匹も飛び出してくる魔獣に容赦なく攻撃をするエレディナをよそに、ニーガラッツから精霊が動いたのが見えた。


「エレディナ! 上だ!!」

 円盤のような羽を回して降り立つ不気味な精霊が、何かをした。それが何かは分からなかったが、エレディナが咄嗟に転移して戻ってくる。


「今、何をした!?」

「分かんないわ! あいつ、なんなの!?」


 先ほどエレディナのいた場所の花々があっという間に枯れた。しかも、エレディナを襲おうとしていた魔獣が、けたたましい悲鳴を上げて転げ回った。そして、血でも吹き出しているのか、狂ったようにぐるぐると回りながら血を飛ばし、そうしてふらふらとよろけると、地面にひれ伏したのだ。

 エレディナを見上げれば、ひどい汗をかいている。エレディナはそれを拭いつつも、大丈夫だと小さく頷いた。


「あの精霊には近付くな。目に見えない攻撃だった」

「魔導が流れてきたのが分かったのよ。だから、すぐに転移したの」

 では、その魔導が異質なのか。エレディナは何度も肩を動かして息を整える。


「迂闊に近付くのは危険だ。ベルロッヒの武器も持っている」

「なら、どうするのよ。あいつら、この浮島で何をする気か分かんないわ」


 精霊を蔑ろにして攻撃してくるならば、アンリカーダの目的はなんだ。

 それを、考えずとも分かる気がする。


 アンリカーダの目的は、精霊の王ではないだろうか。

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