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キグリアヌン3

「お久し振りですね、フィルリーネ様。お元気でいらっしゃいましたか?」

「オルデバルト……」


 突然、執務室前に現れたオルデバルトに、フィルリーネは顔を上げた。後ろに二人、見覚えのある顔を連れている。二人ともフード付きのコートを羽織っていたが、一人はこちらを見下ろすように口端を上げ、どこか馬鹿にするような表情を浮かべている。もう一人は、怯えたような顔をして、視線が合うとくすんだ黄色の髪を隠すように、フードを深く被り直した。


「客間で待っているのが礼儀ではないの? 勝手にうろついて、このような挨拶とは、無礼にも程があるわね」

「申し訳ありません。お待ちしていたところ、中々いらっしゃらないご様子。お邪魔かとは思いましたが、こちらから伺わせていただきました」


 よくもいけしゃあしゃあと。フィルリーネはオルデバルトを睨みつけながら、片手で後ろにいるアシュタルに癒しの魔法陣を描いた。

 ちらりと見遣ったアシュタルの太ももは、肉が見えるほどえぐれている。吐く息が荒く出血も多い。本人も癒しを掛けているが、回復には時間が掛かる傷だ。


 アシュタルがフィルリーネを押していなければ、フィルリーネの足がやられていた。地面に向かって攻撃をしてきたか、殺す気はなく足元を狙ったのだろう。


 周りにいた護衛騎士が剣を抜いていたが、何が起きたか理解できていないと、剣を構えつつもフィルリーネとオルデバルトを交互に確認している。

 魔法陣が発動した形跡はない。そうであればすぐにヨシュアが守りに戻ってきただろう。

 頭の中でヨシュアがフィルリーネの名を呼んだが、フィルリーネはまだ来るなとヨシュアを止めた。


「面白い者を連れているわね。どちらで知り合ったのかしら?」

「友人が紹介を得ました。役に立つと言われましたので」


 オルデバルトがうっすらと笑う。一人は剣を抜き、一人はおずおずと後ろへと下がる。


「どちらも役に立つようには思えないわね」


 その言葉に、剣を持った男が眉を傾げた。相も変わらず、傲慢さが滲み出る顔をしている。懐かしいと言うべきか、顔すら忘れそうになっていたと言うべきか。行方を探していても一向に見付からなかったが、やはりマグダリア領に隠れていたわけだ。


 元警備騎士団第一部隊隊長、サファウェイ。短く淡い金髪、四角い顔、吊り上がった目をこちらに向けて、剣を持つ手に力をいれる。前王との戦闘後行方不明になったまま、所在が分からずに指名手配されていた。

 街で見掛けていた頃に比べてさらに人相が悪くなった気がする。余裕のないごろつきのように随分痩せて頬がこけ、口周りに無精髭を生やし、目の下に酷いクマがあった。


 オルデバルトに付いてきて気付かれなかったのは、その人相の悪さのせいではないだろう。どうやら魔法で顔を変えていたようだ。キグリアヌン国王子と一緒に仲良く登城するとは思わなかった。


 そして、もう一人、ぶるぶる震えて後ろに少しずつ下がっている男。

 マリオンネで会うたびに偉そうな顔をこちらに向けて、自分が優位に立っているかのように振る舞っていた姿が滑稽に思えるほど、今は真っ青な顔をしてこちらの視線を逸らす。


「ティボット。久し振りだこと。あなたが地上に降り立つのは、いつ以来かしら?」


 フィルリーネの言葉に、ティボットは肩をびくりと揺らした。


「ああ、この城に入るのは初めてだったわね。叔父様を陥れておきながら、よくもこの城に足を下ろせたものだわ」

「ふぃ、フィルリーネ様。これには、わけが……」

「わけ? ええ、知っているわ。精霊の調査のためにマグダリア領へ降りたのでしょう? 転移魔法が得意だとは耳にしていたけれど、調査の結果でも伝えにきたのかしら? 他国の王子を連れてくるとは思わなかったけれども」

「な、なぜ、そんなことを知って……」

「フィルリーネ様と知り合いだとは思いませんでしたよ。彼はマリオンネより調査に訪れたそうですが、まだフィルリーネ様にご挨拶をしていないと言うので連れて参りました」


 オルデバルトが口を挟んだ。ティボットについて知られたくないのかと思ったが、そんなことはどうでもいいと、サファウェイに目配せする。それに頷くように、サファウェイが剣を構えたままじりじりとこちらに近付いた。

 周囲の警護も剣を握りしめ、魔法陣をいつ出さんと体を強張らせる。


 まだ後ろでアシュタルが浅い息を繰り返していた。血は止まり足の傷は治り掛けているが流れた血が多かった。

 アシュタルの傷が完全に塞がる前に、癒しを終わらせまいと、オルデバルトが両手をこちらにかざした。


「ヨシュア!」


 フィルリーネの呼び声と同時、ヨシュアがサファウェイの真上に現れる。そちらに一瞬でも意識を取られたオルデバルトの動きが遅れた。

 飛び出したフィルリーネに両手をかざす。一瞬で現れた魔法陣から鋭い光が発せられる前に、フィルリーネは防御の魔法陣を描いていた。


「同じ手は、二度も喰らわないわよ!!」


 跳ね返った鋭い光は天井をえぐり窓の外へ飛び出す。遠くの建物まで光が届き、石を削る異音が聞こえたが、フィルリーネはそちらを見ることなく剣を振り下ろした。

 早い反撃にオルデバルトが後退りをする。剣を持って登場していないため、剣は受けられないと、フィルリーネの攻撃を急いで横に避けるがフィルリーネは攻撃を緩めない。オルデバルトが再び両手をかざせば、その両手を切り落とさんと、剣を振り下ろした。


 その間にヨシュアがサファウェイの相手をする。サファウェイは剣を振り回しヨシュアの動きを避け、炎の魔法陣を描いた。

 しかし、相手は炎を吐く翼竜である。炎に巻かれたヨシュアに高笑いをするサファウェイだが、それを目の前にしながらヨシュアは首を傾げた。


「炎が、効かない……?」


 サファウェイはヨシュアを知らない。攻撃が効かないことに驚愕している間に、炎の中から首を掴まれて奇声を上げた。


 ティボットが恐ろしさに腰を抜かしている間、ヨシュアはサファウェイをティボットに投げつける。いきなり体格の良い男が飛んできて、悲鳴を上げてサファウェイの下敷きになった。


「フィルリーネ様!!」

「寄るな、アシュタル! 離れて防御魔法! ヨシュア、ティボットは逃すな!」


 オルデバルトに変に近寄れば光に削られて一命を落とす。そうならないために、連続の攻撃が必要だ。


 対策していないと思っていたか!


 ベルロッヒが不思議な道具を使い魔法陣を描かずに攻撃してきたことから、同じ武器を使う者が出るくらい想定している。

 ベルロッヒは攻撃に両手を広げて押し出す仕草をした。両腕に装着した両腕のバングルを近付けるような動作をして魔法陣を作り出したことは分かっている。


 その動きをする余裕も与えず攻撃を加えれば、相手は攻撃できない。


「くそっ、何とかしろ!!」


 オルデバルトはサファウェイに助けを求めたが、あちらは護衛騎士を相手にしている。ティボットに至っては座り込んで悲鳴を上げているだけだ。ヨシュアに首を掴まれて、逃げることもできない。


 仲間にする者を間違っているだろう。


 そう思った瞬間、頭の上で精霊が髪を引っ張った。


「フィルリーネ様!!」


 アシュタルの叫びが耳に届いた瞬間、光が目端を捉える。

 通り過ぎた閃光が壁を削った。オルデバルトの歪んだ笑みが目に入る。その時、アシュタルがオルデバルトの伸ばした腕に剣を振り下ろすのが見えた。


「ぎゃああああっ!!」


 床に落ちた二本の腕が、鮮血を伴いながら転がる。オルデバルトは肘から先を失ったまま自分を抱きしめるように膝を突く。

 オルデバルトの悲鳴が響く中、サファウェイが巨大な魔法陣を描いた。


「伏せろ!!」


 アシュタルがフィルリーネを抱えながら防御魔法陣を描いた。目をくらませるほどの閃光に熱量を感じて、護衛騎士たちも防御魔法陣を描く。一瞬遅れた一人の護衛の手を消し炭のように飛ばした。


「ははっ! 見たかっ!! 俺は警備騎士のレベルじゃないんだよ!!」


 オルデバルトが手を失って転がっているのも気にせず、サファウェイは大口を開けて笑い始める。口端を上げながら次の攻撃を繰り出そうとした。


「遅いのよ!!」


 フィルリーネはアシュタルを前にしたまま古の魔法陣を描いていた。


 炎の塊がサファウェイを襲う。攻撃を行おうとしていたサファウェイの防御が間に合うわけがない。床を爆発させるほどの火の球を身に受けて、断末魔の叫びが廊下に響いた。

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