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キグリアヌン

「インスティアがなんですって?」


 執務室で書類にハンコを押すのに飽き始めた頃、伝達係でやってきたカノイにフィルリーネは眉を傾げて問うた。


「魔導院から提示された、精霊の力がなくとも植物が育てられる方法について、改善の余地があると魔導院に訪れたそうです」


 おじいちゃん軍団の一人、元魔導院副長インスティア。イムレスの前任ではあるが、すでに引退した身。そんなおじいちゃんが突如現れて、そんなことを言い出したらしい。


 入られて出入り口となっている魔導院書庫第一書庫まで。そこから先は許可を得ている者のみが侵入を許された。引退したインスティアが魔導院に入られるわけではない。


 それくらい知っていて、わざわざ魔導院に現れたようだ。


「今、イムレス様が相手してます。丁度僕が魔導院にいたので、僕が直接こっちに伝えに来ました。なので、何かしてくると困るので、念の為、姫様は魔導院に来ないようにと」


 魔導院にインスティアが現れたので、イムレスの目配せに気付きフィルリーネの棟までやってきたそうだ。

 インスティアが人々のために植物の成長を気にするとは思えない。本人が野菜不足とも思えない。自宅の庭の植物の成長が気になるわけもない。


「警備の再確認が必要ね」

「魔導院に入る途中、何かするかもしれないってことですか?」

「インスティアがそんな善意を持って魔導院に来るとは思わないからね。イムレス様が魔導院院長になったのを邪魔するくらいは、インスティアならやりそう」


 フィルリーネはアシュタルに合図して、それをハブテルに伝えてもらう。相当念入りにチェックした方が良さそうだ。


「……どうなんですか、それ」

 それを眺めつつ、カノイは露骨に嫌そうな顔をしてくる。


 そんな顔をされても、インスティアは嫉妬心の強い男なので、見えないところで嫌がらせを行うのはお手のものなのだ。


 細身の身体、高い身長から見下す態度を隠しもしない。自分よりもレベルが低い者に対して、つまり魔導量が少ない者に対してはいつもそんな態度。

 それが自分より身分が高い者ならば、親の仇のごとく恨みを持ち、蔑みの視線が妬みに変わる。


 妬み程度ではないか。嫉視は鋭く、嫉妬の炎が見えるようだった。


「ワックボリヌに対しての視線はひどいものだったわ。ワックボリヌは分かってて微笑浮かべるっていう、地獄絵図が」

「……そこにいたくないです」


「見てて面白かったけれどね。前王も気付いていたもの。所詮副長という立場の人間が、王に逆らうなって態度も見せてたし。ニーガラッツを超えない限り、インスティアは魔導院院長にはなれないのだから、勝手にワックボリヌを威嚇してろって感じだったわね」

「ワックボリヌはとばっちりじゃないんですか? 魔導院での上下争いは好きにすればいいのに」


「インスティアは身分も能力も高い。権力を持って上に立てる。けれどニーガラッツには勝てずに副長止まり。ニーガラッツに勝てないことは実力だから仕方ないわ。でも、ワックボリヌは若くて宰相だもの。身分も高くて女性の人気も高かったし、鼻持ちならなかったんじゃない?」

「え————」


 インスティアはワックボリヌへの劣等感が強かった。彼らを見るたびに、叔父ハルディオラと前王を見ているようだと思った。もちろん、叔父は前王を下になど見ていなかったが。


 ワックボリヌは若い頃から台頭して早いうちに政務官から出世した。口が上手く人の扱いも上手いため、前々の王にも気に入られていたようだ。

 そこで一悶着あったのかどうか。詳しくは知らないが、インスティアは苦労せずに上り詰める人間をとことん嫌っている。


 ワックボリヌに嫌がらせをしたかは知らないが、魔導院では自分の地位を脅かす者への嫌がらせは酷かったらしい。

 つまり、イムレスに対してだが。


「いますよねー、そういう上司。新しい芽を早めに摘もうっていう」

 カノイはうんうん頷いているが、誰を思いながら頷いているか聞いてみたい。


「そういうわけだから、イムレス様が自分のなれなかった魔導院院長になっているのも、腹立たしいでしょうね。そんな心の狭い男が、わざわざ植物について話に来るとは思えないわ」


 インスティアが今さら城にやってきて、何をする気なのだろうか。


 おじいちゃん軍団の一人、インスティアはマグダリア領元領主サリーネスと繋がり、元中央政務官のランダンクルスとも親密だ。

 マグダリア領に訪れている話は聞かないが、元魔導院副長となると転移魔法を駆使して入り込むことは可能だ。こちらの監視の目を盗みサリーネスと対面していてもおかしくない。


 インスティアとランダンクルスがお互いの屋敷を行き来していることは耳に入っているが……。


 マグダリア領は未だ戦闘体制で、魔獣を使い冬の館があるサマレンテ領を攻撃している。

 魔獣が増えているだけで、それらを使用しているとは初め考えていなかったが、マグダリア領で見つかったあの不思議な精霊が誘導していることを鑑みて、その可能性があることが分かった。


 魔獣の襲撃があるのはサマレンテ領だけでなく、フィルリーネの母親の故郷エストガルド領、ミュライレンの故郷ダリアエル領も同じだ。マグダリア領に接する三つの領土が魔獣との戦いを強いられている。

 魔獣との戦いになったため、冬の館に兵を増やすことは可能になり、もしもの場合のキグリアヌンからの襲撃に対処しやすくなったのだが。


 ここでインスティアが王城にやってきた。

 何かしますと言わんばかりだ。


「ニーガラッツとインスティアが組むとは思えないんだけれどね……」

「どっちも権力好きだからですか? ニーガラッツはその権力の中で狂った実験したいだけでしょうけれど」

「それでしたら、ニーガラッツがいない今、権力を取り戻したいという気持ちはあるんじゃないでしょうか? インスティアは老齢ですけれど、ニーガラッツよりは少々若いんですし」


 扉の前で警備をしながら話を聞いていたアシュタルが口を挟む。アシュタルの方がインスティアのことを知っているため、フィルリーネはそれは確かに納得かもと呟きながら頷く。


「前王がいた時は、そこはやはり恐怖政治でしたから、ある程度縛られていたところはあったでしょう。ですが、今ここで復帰できれば、多くを支配できると思っているのでは?」

「そうなると、また内戦じゃない?」


 アシュタルとカノイは不吉な想像をする。

 しかし、その辺りフィルリーネも同意だ。やはり一難去って一難。面倒な者たちがお互いの利益を求めて手を組み、この国にのさばらんと悪巧みをしている。


「フィルリーネ様! キグリアヌンの船が領海侵入。冬の館が攻撃されています!!」

「何ですって!?」

 飛び込むように入ってきたハブテルの言葉に、フィルリーネは立ち上がった。


「キグリアヌンからの連絡は!?」

「届いていません。冬の館より、攻撃を受けたと連絡があったのみです」


 想定していたことが起きた。

 ガルネーゼは冬の館に行ったきり、戻ってきていない。ガルネーゼが冬の館で指揮することになり、今回のことも想定して対処はするだろう。


 だが、

「……、このタイミングか」


「失礼致します! フィルリーネ様、お話中申し訳ありません」

 今度はヨナクートが珍しく急いでやってきた。


「オルデバルト様が登城されました。フィルリーネ様にお目通り叶いたいと」

「今!?」


 カノイとアシュタルが同時に同じ言葉を発する。フィルリーネも同じことを口にしたかもしれない。


 ここでオルバルトがマグダリア領から戻ってきた。誰を引きつれてやってきたのか。このタイミングでやってきたことに、明らかな企みがあることが分かる。


「客間にご案内しておりますが、ご予約がないため、フィルリーネ様にはお会いできぬかもしれぬことはお伝えしております」

「オルデバルトは待たせておきなさい。ハブテル、騎士たちにオルデバルトを厳重に警護させて。誰がついてきているのかも確認させなさい。それから、エシーロムを呼んできて。あと、イムレス様にこのことを伝えなさい」


 フィルリーネは指示をして、部屋を出ていくヨナクートとハブテルを見送る。


「アシュタル、コニアサスの警備にも伝えて。警備を厳重にしろって。部屋から出ぬように」

「承知しました」

 アシュタルは警備騎士に目配せしてすぐに伝えをやる。


 イムレスがインスティアと対面しているのなら、そこにも企みがあるわけだ。

 政務最高官長エシーロムはすぐに執務室に来るだろう。キグリアヌンの動きによっては、他の領主たちとも話す必要がある。


「フィルリーネ様……」

 脱力するように椅子に座ると、カノイが憂えげにして執務室に飾ってあった剣を持ってきた。


「念の為、近くに置いておいてください」

「ありがとう……。カノイ。前も言った通り、また城で戦闘になったら、非戦闘員は私の棟に集まり閉じこもるのよ。そうならないための警備は行ってきたけれど、堂々と入り込んでくるなら話は変わるわ」

「分かってます……」


 キグリアヌンが攻撃をしてきて、インスティアとオルデバルトが城に来た。キグリアヌンの交渉程度なら良いが、そうでなければ……。


 そう考えているうちに、遠くで爆発の音が聞こえた。

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