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マリオンネ4

 ラクレインは、妹エルフィモーラが眠る島で、精霊たちの声を聞いていた。


「皆、ラータニアの浮島に行くのか?」


 怖い。ここは怖いから。

 危ない。逃げよう。


 精霊たちは羽をぱたぱたと羽ばたかせて、ラクレインの蜂蜜色の瞳の前でラクレインを促す。


「私は行けない。ここでやることがあるから。浮島も危険が訪れるかもしれない。翼竜が恐ろしくとも、翼竜の側へ行った方がいい」


 精霊たちは頷きながら、青空へ羽ばたいていく。飛んでいく様を眺めていると、システィアがこちらに近付いていた。


「ラクレイン様、こちらにいらっしゃったのですね。フルネミアが戻りましたので、ラクレイン様もおいでください」

 その言葉にラクレインは頷く。


 システィアと共に転移した場所は、あれから何年も訪れていなかった家の一角だ。

 小さい扉をくぐり、書斎を経て、リビングのある階下へ降りていく。

 そこで待っていた、久し振りに会うグングナルドの者を見遣る。


「また、ここに来るとは思わなかったが……」

「また、集まることになるとは思いませんでしたよ」

 黒のフード付きのマントを羽織った、白金の髪の男、イムレスが肩を竦めた。


「ガルネーゼはいないのか」

「冬の館が攻撃されているので。その指揮に当たっています」


 領地戦という一方的な攻撃から始まった、内戦のような戦い。冬の間はそれも静まっていたようだが、再び始まったらしい。フィルリーネはガルネーゼに冬の館を守らせることにしたが、ここに来られないようならば、あまり思わしくないということだ。


「フィルリーネはどうしている?」

「忙しくしてますよ。食糧の問題も深刻になってきたので、魔導院に通い詰めています。ラータニアの婚約者が帰ってしまったので、彼に渡していた仕事も捌かなければならなくなりましたしね」

「あの男は役に立っていたのか?」

「倍ほど、仕事を渡して良いと思うくらいには優秀でしたよ。フィルリーネは国に帰る婚約者に遠慮していましたが」

「何もせずにラータニアで引き籠もっていたような男に、遠慮する必要など感じないが」


 ラクレインの辛口のコメントに、イムレスは軽く苦笑いをする。

「ルヴィアーレに当たりがきついのは相変わらずですね」


 ラクレインは鼻で笑って返す。エルヴィアナ元女王の孫だろうと、自らの血を否定してマリオンネに訪れようともしなかった男に、同情の余地などない。


「グングナルドにはあなたの息子が降りているが、それについて何か話はあるのか?」


 話を黙って聞いていた男が覇気なく顔を上げた。ハルディオラが死んでからほとんど会うことはなくなったが、今でも自分の息子の罪に苛まれている男だ。


 元々痩せていたが、久し振りに会ってがりがりになっていた。頬はこけて目が窪んでいる。栗色だった髪は薄くなりひよこの毛みたいになっていた。


「何も知らぬのか、ディスコーウ。ティボットはお前の息子だろう」


 ティボットが余計な口をきいたせいでハルディオラが殺された。子供だったディボットの行動を予期できなかったとはいえ、大きな事件になったのは否めない。

 その後、大人しているかと思えば、ティボットはディスコーウの言うことを聞かず、ムスタファ・ブレイン、ベリエルに続くような真似を裏で行っていた。

 今ではベリエルに懐いた犬だが、最初から捨て駒だったのだろう。グングナルドに降ろされて、何かやらされているらしい。


「グングナルドで役目があり、降ろされたことをベリエルから聞いた。用向きはグングナルド内の精霊現象について調査と言われた」

「くだらん理由だな」

「息子がどうなっているか、こちらには分からない。息子を付けさせていた者もベリエルに付けた者も情報を得られなかった。ベリエルは尻尾を出さない」


 ハルディオラが死ぬことになり、ディスコーウは愚かな真似を続ける実の息子のティボットに人を付けた。ベリエルの犬と成り下がってはいたが、ほとんど役に立たないのだろう。相手にされずに何度も食い下がっていたのを見掛けた者がいる。


「死んでいるのではないのか?」

 きつめの言い方でもティスコーウは首を振るだけ。息子を見捨てているだけあって、息子がどうなろうと気にしていない。

 むしろ何かしら情報を得られるのかと人を付けていたほどだが、ティボットでは何の情報も得られなかったようだ。


「ティボットの話は耳にしないけれども、マグダリア領に降ろされたとして、一体何に使うと言うのかな」

 イムレスがその話は聞いていると頷きつつ、ティボットの使用方法が思い付かないと頭をひねる。


 ティボットはマリオンネの住人とはいえほとんど精霊も見えず、使える魔力も少ない。そのティボットを使うとすれば、何かしらの実験ではないか? と適当なことを考える。

 それを口にすれば、イムレスも納得いくような顔をする。この男も大概な考え方だ。


「転移魔法だけは得意だ……」

 ディスコーウが呟いた。イムレスが鋭くそちらへ向く。


「面倒な話だね……」

 マグダリア領から転移できる距離などたかが知れているだろうが、冬の館であれば分からない。


「分かりました。その点はこちらで留意しておきます」

 グングナルドに関してはイムレスに頼むしかない。ラクレインがグングナルドに訪れても、何か手伝えることはなかった。


「まあ、いい。フルネミア。アンリカーダに呼ばれたと聞いた。何か指示があったのか? 先ほど精霊たちがラータニアの浮島に逃げるのを目の当たりにした。かなりの数がラータニアへ進んでいる。アンリカーダは何をするつもりだ?」

 既に部屋で待機していたフルネミアに問うと、皆がフルネミアに注目した。


 アンリカーダの動きは、マリオンネだけでなく地上にも関わる。

 イムレスが言うように地上の精霊たちの動きも緩慢になっていた。

 当初エルヴィアナ元女王が死去し、その嘆きで精霊の動きが悪くなるはずだと予想されていたが、精霊たちはマリオンネで嘆き続けるのをやめ、その足でラータニアへ移動し始めた。


 その理由は分かっていないが、現女王のアンリカーダが関わっていると思われている。

 一部の精霊たちはアンリカーダに従順だが、ある一部はアンリカーダを恐れ、彼女から離れようとしているからだ。


「アンリカーダは、ラータニアの浮島をラータニア王族の管理から外すと発言しました」

「————何だと!?」


 皆がざわめいた。アンリカーダが浮島に固執しているのは知っていたが、王と王妃を罠に嵌めただけではなく、浮島を奪うと断言したのだ。


「破壊でもする気か……?」

「分かりません。ただそれだけの報告だったのです」

「インリュオス殺害については何もなかったの?」


 システィアの問いに、フルネミアはかぶりを振る。アンリカーダが口にしたのは浮島をマリオンネの管理下に置くこと。


「管理下に置いて何をする気なのだろう……」

 精霊の命を得るということは、マリオンネの住人にも周知されていることではない。

 あの場所は精霊が多いと言われているだけで、女王が体を休める場所という認識だ。

 手に入れてどうする気なのか。


「ラータニアの王と王妃を嵌めて、浮島を手に入れるのならば、ラータニアも奪う気ではないでしょうか」

 フルネミアは地上も手に入れるのではと懸念するが、ディスコーウは否定するように軽く左右に首を振る。


「女王は地上になど興味はないだろう。目を向けているのはラータニアの王弟で、そこにいる命を与える精霊だ。手に入れるためにラータニア王から力を奪った。ラータニア王弟がラータニアに戻ったのならば、女王が次に何をするか、分かるのでは?」

「確かに、次のラータニア王には王弟を使えば良いと、アンリカーダが」


 フルネミアがディスコーウの意見に納得の顔を見せる。ならば、マリオンネから攻撃でもするつもりだろうか。


「ラータニアを滅ぼしたいか?」

「滅ぼすほどの興味はないだろうが、ラータニア王弟を殺せれば、ラータニアが滅びても構わないだろうよ。女王が憎いのは命を与えた者と、母親の愛を受けた者だ」


 ハルディオラが死んでから静かにしていただけあって、ディスコーウは表舞台から姿を消したように見せ、多くを調べていた。

 ベリエルへの手ももちろん持っている。奥深くまでに調べることはできなくとも、広く情報を得ていた。


 アンリカーダの望みは、アンリカーダを孤独にしたものを消すことではないか。

 それは女王の仕組みであり、母親であり、その夫であり、その子である。


「我々は、決断しなければならないのでしょうか」

 システィアがぽそりと呟く。


 長く女王を得て続いてきたマリオンネ。そこにヒビが入り始めた。そのヒビは日を追うごとに深さを増し、ついには取り返しのつかないほど深く刻まれるだろう。


「新しい王となる者を、呼ばねばならぬのではないでしょうか?」

「マリオンネから逃げた者を連れるのか?」

「そうは言ってません。ですが、女王にこだわらなければ、あるいは……」


 そのままシスティアは黙り込む。ラクレインが鋭く睨み付けたからだ。


「どちらにしても、もうマリオンネは終わるだろう」

 ディスコーウが口を挟んだ。


「長い間浮島だけで生きてきたため、人々の血は濃くなり、子供が生まれにくくなった。浮島の人口は減りつつある。近い未来地上に降りる時がくるだろう。マリオンネの人間は何も考えずに生きているが」

 それは、エルヴィアナ元女王が前々から問題にしていたことだ。


 マリオンネはさほど広い島ではない。人数が多くないため、できるだけ避けていても遠い親戚同士での婚姻は当たり前だった。

 精霊の血を受けていたという歴史ははるか昔の話。

 女王の血筋以外に精霊の血を引いている者はほとんどないに等しい。地上の者たちはそれを信じているが。


「ベリエルは浮島の重要性を説いていた。人々よりも精霊の力を。人型の精霊の血を。マリオンネの精霊の力は薄れているのだから。ベリエルは精霊の力が欲しがっている。女王は滅ぼす気かも知れないが、ベリエルは違うかもしれない」

「何が言いたい」


「目的を履き違えぬよう、気を付けなければならない。グングナルドに降りた息子に命令をしているのはベリエルで、ラータニアを嵌めたのは女王だ」


 ディスコーウが静かにそう言うのを、そこに集まった者たちは黙って聞いていた。

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