マリオンネ
「アストラル。どこに行く気だ」
回廊を一人歩いている金髪のムスタファ・ブレインを見つけて、フルネミアは声を掛けた。エルヴィアナ女王が生きている時に、儀式の立ち会いを行なっていた男だが、今は一体何をしているのか。
アストラルはいつも通り胡散臭い笑みを見せて振り向く。フルネミアはこの男が好きになれなかったが、エルヴィアナ女王が信頼していたため仕方なく仕事を共にしていた。
「不機嫌だな。君はいつも不機嫌だ」
それはお前の前だけだ。言いそうになるがそれは呑み込んで、フルネミアはアストラルを睨み付けた。質問の答えではない。
「インリュオスの部屋を確認しに行くだけだよ」
「……何も残ってないぞ。死んでから時間が経っている」
ムスタファ・ブレイン、インリュオスはラータニアに通じていた男だ。
人型の精霊ヴィリオを使い、ラータニアの浮島の様子を確認する役目を持っていたが、エルヴィアナ女王の命令でラータニア王族を注視していた。
注視とは違うか。ルディアリネの息子ルヴィアーレと、ルディアリネの侍女の娘の情報を得ていたのだ。
亡きルディアリネの子供。精霊アウラウルから命を得た子供ではなく、ラータニアの王族との子供だ。ルディアリネの侍女の娘も同じ、人間の男との間にできた子供である。
その二人を見守るためか、エルヴィアナ女王はムスタファ・ブレイン、インリュオスに二人の動向を調べさせていた。
エルヴィアナ女王が亡くなった後、その必要も無くなったが、ラータニア王とは懇意にしていただろう。
そのインリュオスが死んだ。ムスタファ・ブレインに充てがわれている各々の部屋、その自分の部屋で倒れていた。
「部屋の鍵は?」
「そんなもの、持っていないよ」
アストラルはインリュオスの部屋の前で足を止めると、遠慮なく扉を開ける。元々鍵が掛かっていなかったようだ。
ムスタファ・ブレインの部屋は特に煌びやかなわけではない。それなりの広さはあるが、白壁に包まれた空間でとても無機質だ。机とベッドと棚がある程度。
その部屋が荒らされている様子はない。急いで出て行った跡があるわけでもない。
「ヴィリオもどこに行っただろうか」
インリュオスに付いていた人型の精霊ヴィリオは行方が分からない。他の精霊に聞いても行方を知っている者はいない。
インリュオスが死んだのは数日前だ。それまでインリュオスは普通に生活をしていた。部屋で会うことはなかったが、エルヴィアナ女王の部屋はそのままになっているため、そこで祈りを捧げるインリュオスを時折見掛けた。
ムスタファ・ブレインの中でも年のいった男で、エルヴィアナ女王の臣下として一番長く勤めていた。
その男が、突然死んだ。死因は分からない。傷もないまま倒れていたため、病で死んだのか、体に現れない毒でも飲んで死んだのか、分かることはなかった。
このことを、他のムスタファ・ブレインたちはどう受け取っただろうか。
まさか、アストラルがインリュオスの部屋を訪れるとは思わなかったが。
「第一発見者は侍従だった。慌てて人を呼んだが、怪しい物音や怪しい人物がうろついているようなことはなかったそうだ」
「いつ死んだかも分からないのだから、物音や人物などいつのものかも分かるまい。おそらく、殺されたのだろう」
アストラルはインリュオスが倒れていたであろう、床に手を乗せながら、静かにそんなことを言う。
「睨まないでほしい。君もそう思っているのだろう」
「お前がそのようなことを言うとは思わなかったからだ」
「君が私をどんな風に思っているのか、分かる言葉だね」
どう思っているのか。胡散臭い男と思っているに決まっているだろう。むしろ証拠が綺麗に消えているかどうか、確認しに来たのではという疑いを持っているほどだ。
アストラルはこちらが何を考えたか分かるとでも言うように、軽く肩を竦めた。そのままベッドの下に潜り込み何かを探す。
「何もない。既に私が調べているからな」
「フルネミア、先に証拠を得ているとか言わないでほしいのだけれど?」
「何の証拠だ」
フルネミアの問いに、アストラルは起き上がると小さく首を傾げる。そのまま棚をあさり引き出しの下を確認し、照明を見上げた。
「インリュオスはラータニアと連絡をとっていたようだが、そのための魔法陣や魔具がないな」
「ヴィリオが消したのでは? 悪用されては困るからな」
「声を届ける程度ならともかく、物を届けるようなものは危険だろうからね」
当然分かっていると、アストラルは口にして、やはり机の下を覗いた。
ラータニアに物を届けられるほどの魔法陣があれば、悪意ある何かを届けることができる。物であれば触れなければ良いだけだが、生きている何かであればどうだろう。
インリュオスの部屋にはその魔法陣や魔具は残されていない。
死ぬ前にインリュオスがそれらを消した可能性もあるが、奪われた可能性もあった。
それが繋がっている先のラータニア。今、マリオンネ以上に混乱していることだろう。
「誰かが奪ったとすれば、一体何に使うのか聞きたいところだ」
「それを私に聞かれても困るよ。君は考えていることがあるようだが」
意味ありげに言われて、フルネミアは逆に鼻で笑いそうになる。お前こそ、分かっているだろうが。
インリュオスはラータニア側だ。エルヴィアナ女王の命令でラータニアの情報を得ながら、マリオンネの情報を流していた。
エルヴィアナ女王がラータニアを守る姿勢をとっていたといっても過言ではない。誰を見守っていたかなど、問わずとも分かる話だ。
「アンリカーダ女王は、女王としての役割が落ち着かぬようだな。精霊がラータニアに逃げていく数が増えているのでは?」
「精霊の王が目覚めたようだからな。古い主を懐かしがるものだ」
「王に対し随分な物言いだな」
「全てを捨てて眠りについたものが王とは片腹痛いね」
アストラルは精霊の王を小馬鹿にするように口角を上げる。実際精霊の王は長い間眠り続け、女王の役目を与えていたのは生命を司る精霊、アウラウルだ。だからといって精霊の王を蔑ろにする言動は避けるべきだろう。
鼻で笑いたくなる気持ちも分かるが。
フルネミア自身、精霊の王を敬う気持ちはほとんどない。精霊をまとめているのはマリオンネの女王で、精霊の王は何もしていないからだ。
女王から生まれた次の女王は精霊から命を得ている。完全な精霊とは言えないが、精霊の力を得ているのは同じ。
ただ、それが、偽りの生命だと言う女王もいた。
「アンリカーダ女王は、女王になるための精霊の儀式が中途半端なままだと聞いていたが、あれはどうなったんだ?」
女王は世襲だが、女王を完全に引き継ぐには、精霊の儀式が必要だ。精霊の王に許可を得て女王となる。と言われているが、実際の精霊の王は眠ったまま。許可を出すのは別の精霊になった。
「あれ以来行っていないよ。あの儀式は形だけのものだと知っているだろう」
「形だけでも、拒否されたのはアンリカーダだけだろう」
「声が大きいよ。君は冷静に見えて時折激情的だね」
アストラルに諭されると苛ついてくる。この男は普段からのらりくらりとして、怒りや悲しみなどを表に出すことはなかった。エルヴィアナ女王が亡くなった時ですら。
だからだろうか、エルヴィアナ女王に信頼されていたとしても、どうにも好きになれない。舌打ちして、フルネミアは姿勢を正す。この男の前で感情を露わにしても、自分が疲れるだけだ。
「女王になるための許可を得られなかったのは、何もアンリカーダ女王だけじゃない。歴代にも何人かいたそうだ。それでも女王にはなれる。前女王が死ねば、どちらにしても次に女王になる者は一人しかいないからね」
精霊の命を得る者は一人しかいない。双子になれば話は別だが、双子であれば片方殺すだけだ。マリオンネの女王は、知られていないだけで生臭い存在である。
それを言ったのは、その女王であったエルヴィアナだが。
アンリカーダは精霊の儀式で女王を継ぐ予定だったが、拒否をされた。エルヴィアナ女王が生きていた頃の話である。
精霊の儀式とは、女王の印を与える儀式である。行うのは光の精霊で、女王たる者に印を与え精霊たちにそれが女王だと知らしめる。
表向き女王は精霊の王から力を得るような話になっているが、実際は違う。ただ印を得て女王だと分かりやすくするだけなのだ。
精霊は印を元に女王を見つける。その印がなければ気付かれない。
婚約の印のように、精霊が判別つくようにしているのだ。
エルヴィアナ女王はその話をするたびにころころ笑っていた。
女王など、ただの名でしかなく、しかし精霊たちはその印を信じて疑わない。
おそらく古き時代に決まったことで、それが継続されているだけなのだと。精霊は本来単純な生き物で、多くを疑問に持たない。そうなったからそうであって、そうでない場合が想定できないのだと。
本物の精霊の王であれば違うのだろうが。今では分からない。
そして、光の精霊は精霊の儀式でアンリカーダを拒んだ。
それがなぜなのか。
アンリカーダの母親にはもう一人子供がいる。精霊の命を得て生まれた子供ではないが、次期女王であるはずだったルディアリネの血を引く、もう一人の子供が。
ルヴィアーレ。アンリカーダが一番に憎んでいるであろう、ラータニアの王弟だ。




