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別れ2

 ルヴィアーレは部下たちを引き連れて戻っていった。


 最初、レブロンかイアーナを残すつもりだったようだが、全員連れて帰れというフィルリーネに押され、渋々連れた。

 全員連れ帰れば、婚約によってラータニアが後ろ盾になっていたことが破綻したように見えるため、それを避けたいのだろう。


 キグリアヌン国のオルデバルトがラータニア国内にいることを考えれば、ラータニアがここでグングナルドから引くのは確かにイメージが悪い。

 けれど、彼らはルヴィアーレが信頼した戦力だ。側から離さない方がいい。何が起きるか分からないからだ。


 本当に、想定ができない。今後一体何が起きるのか。


「あたた。ちょっと、引っ張らないでほしいのですけれど?」

 ルヴィアーレたちを見送った後、しばらくして、一匹の精霊がフィルリーネの元にやってきた。まだあまりよく話せないような幼い精霊で、見たことのある子だ。

 ルヴィアーレに引っ付いていた、あの精霊である。


 ルヴィアーレがラータニアに入ってしまい、そこに取り残されたのだろう。グングナルドの精霊はグングナルドから出ることはできない。

 それでとぼとぼ戻ってきたのだろうが、なぜかフィルリーネの頭の上で休憩し、時折髪を引っ張った。ここにいればルヴィアーレが帰ってくると思い込んでいるようだ。


 かえって、こない。こないの。

 舌ったらずで話す声が耳に届く。


「行ったばかりでしょう。当分戻ってこないから、私の髪を引っ張っても無駄なのよ」

 自分も同じ王族なのだが、この精霊の当たりが激しい。余程ルヴィアーレを気に入っているのだろう。人の頭の上で髪を引っ張り当たり散らした。おかげでアホ毛ができるのだが。


 正直な話、ルヴィアーレが戻る予定はない。今回の事件はアンリカーダによるものだ。彼女をどうこうする術が、今の所見当たらない。


「マリオンネが、気持ち悪いって言ってた」

 ヨシュアが隣でクッキーを口にしながら呟く。カーシェスと話をしたようで、ぽりぽり音を立てながら膝を丸めて小さくなった。小さくと言っても図体は大きいままでソファーを占領している。


「だからといって、どうにかできるわけではないでしょう?」

 マリオンネの住人は傍観している。イムレスがマリオンネに繋ぎをつけたところ、一部が動いているだけで住人は特に関心がないようだった。地上の王の権限がどうなったかなど、知っている者はいないそうだ。


 元々、地上について興味のない人たち。

「それは知ってたけどね」

 マリオンネの人間と地上の人間とで生まれた子は秘密裏にされる。元々地上の人間を蔑視している民族だ。

 その中で地上に関わるのは女王とムスタファ・ブレインだけ。そして、叔父ハルディオラの友人たちのみ。


 イムレスはその友人たちと連絡をとっているが、その彼らでさえ、ラータニア王シエラフィアとその妃ジルミーユの王族の力剥奪について知らなかった。

 アンリカーダを止める術はない。地上はマリオンネの女王の手に委ねられている。それを止めることは、マリオンネの住人でもできない。


 最悪なのは、マリオンネの状況をほとんど確認できないことだ。

「懇意にするムスタファ・ブレインでもいれば、少しは違うんだけど……」


 ラータニア王にならばそういった手合いはいるが、残念ながらグングナルドには元グングナルド王のツテしかない。

 ムスタファ・ブレイン・ベリエル。名は知っているがほとんど話したことがない。フィルリーネを伴っても席を一緒にしないからだ。

 アンリカーダに繋がっているため、話を聞くことなどできないが。


 マリオンネに関しては、元グングナルド王はワックボリヌにも伝えていなかった。ある程度の展望は話していても、ワックボリヌをマリオンネに連れることはできないため、詳細は話していなかったようだ。


「ワックボリヌの警備も増やしているけれど、誰か助けに来る様子はなさそうね……」

「フィルリーネ、独り言ひどい」

 横でヨシュアがもしゃもしゃクッキーを食べながら言う。引き籠もり部屋にいると独り言が増えてしまうのだ。許してほしい。一人で話していてもいつもエレディナが側にいるので、突っ込み担当がいないとただの独り言になってしまうだけである。


「とにかく、マリオンネが気持ち悪かろうが、こっちでは何にもできないのよ。システィア様はムスタファ・ブレインじゃないし、イムレス様のお知り合いもそうじゃなさそうだから」

 アンリカーダの行動が全てこちらに届くわけではない。女王に対して周囲が分かれ始めているとは聞いていたが、実際その影響がどう出るのか、こちらには分からなかった。


 女王は世襲。浮島でその命を与えられたら、その人が次期の女王。

 その女王の行動の善悪など、今まで語られなかったのだから。


「フィルリーネ、王になれる。カーシェス言ってた」

 それはどこの王なのか。フィルリーネは口にせず、ヨシュアのもごもご口を動かす様を見つめる。

 女王とは違う、精霊の王に指定された者。

 今と昔のルール違い。どちらが正しいかと問うて、誰が答えられるのだろう。

 今の地上の精霊たちは女王に従っている。選定は過去のものだ。

 だとして、精霊の王に選ばれて、何ができるのだろうか。


「それを言うなら、ルヴィアーレも可能でしょうね」

 途中までルヴィアーレは選定を済ませている。彼もまた問題なく選定のルートで精霊の王の前に辿り着いただろう。

「ルヴィアーレの出生を聞いてしまったから、それについて話していないけれど」

 それを勧めるべきだったのか。勧めていたら、ルヴィアーレは何を決断するだろうか。


 マリオンネとの対立を避けるため、ラータニアの王になる気のなかったルヴィアーレだ。選定を勧めても精霊の王の許可を欲しがるとは思えない。

 だが、今ならば、女王に対抗するため精霊の王の称号は必要かもしれない。ただ、それを得た時、ラータニアは完全にマリオンネと敵対する。

 そうなった場合、地上の精霊はどうなるのだろうか。


「ルヴィアーレはグングナルドの王族になっているし、地上の精霊は女王の指示を優先するでしょう。マリオンネに敵対すれば地上の精霊も敵対することになって、浮島の精霊たちがルヴィアーレに味方するのかしら……」

 そもそも地上の精霊たちは女王の指示に従うとはいえ、王族を害することはできない。今回ラータニア王を傷付けたのは強固な命令があったからだ。命令と言うより、操ったと言った方が良いだろうか。王族を傷付けた精霊はそのせいで死んでしまった。


 それを恐れた精霊たちが浮島に逃げているのだから、精霊たちはアンリカーダの所業に恐怖を感じているはずだ。

 王族でなくとも人を傷付ける命令を精霊は受けるのだろうか。エレディナのような人型の精霊ならともかく、普通の精霊は王族に力を貸すくらいだ。精霊自体が戦うわけではない。

 しかしラータニアの闇の精霊のように、混乱させて人々を攻撃することはできたことを鑑みると、浮島の精霊対地上の精霊の戦いが起きてしまうのだろうか。


「精霊同士が戦って、大きな犠牲が出たら、地上は枯れてしまうかもしれないわね。最悪の結果だわ」

 それですら、アンリカーダは構わないような気もする。

 彼女の目的は何なのだろう。出生などの恨みからの行いなのだろうか。

 彼女が何を考えラータニア王を狙ったのか。何を望んでいるのか。何も見えてこない。


 考えているとふと気配がしてフィルリーネは顔を上げた。

「精霊。なんか、なだれたって」

 精霊の声にヨシュアが先に反応する。一生懸命どこからか飛んできたのか、羽がくしゃくしゃの精霊が窓にぶつかる勢いでやってきた。


 なだれ、ゆき、いっぱい。

 フィルリーネの頭の上で、精霊が同じ言葉を口にした。





「冬の館で雪崩が発生しました。マグダリア領から冬の館があるサマレンテ領に向かい、いくつか大きな雪崩が発生したようです。ダリアエル領からも報告が入っております」

 ミュライレンの兄であるダリアエル領の領主アレシウスは、妹のミュライレンとその子コニアサスのためにフィルリーネに協力的だ。一番に連絡があり、山で轟音が響いたことを伝えてきた。


 ハブテルはフィルリーネが作らせた模型を指差す。箇所は数箇所。どこで最初に雪崩を起こしたのか、音のあった順番から想定した位置を示した。

 コニアサス用の模型とは違い、できるだけ正確に作った模型である。ナッスハルトに実用性を説かれた時、今後必要になると考え作らせたものだ。

 記された位置を見る限り、マグダリア領からサマレンテ領に向かって雪崩が起きているのが分かる。


「冬の館からは、山岳にある村や町が巻き込まれた可能性があると連絡がありました。現在救助活動を行なっておりますが、場所が多いため難航しているそうです。それから、それに合わせたかのように魔獣が出没しているとか」

「ガルネーゼは何と言っているの?」

「山頂で意図的に破壊があったようだと。救助中に再び雪崩があった場合二次災害が起きるため、救助を難しくしているとのこと。場合によっては王都の兵を派遣してもらいたいが、罠である可能性も高いとのことです」


 ルヴィアーレがラータニアに戻った途端これだ。ガルネーゼを冬の館に派遣したことも影響しているだろうか。

 ガルネーゼを冬の館に派遣したことを、マグダリア領へは連絡させている。キグリアヌン国との交易や国境の警備に不備はないか視察のためだ。


 領地戦の声明に対し質疑の書類をマグダリア領に送ったが、その返答はなかった。だとしたらこちらも遠慮する必要はない。ガルネーゼの視察はあくまで新しい冬の館の領主の動きの確認である。

 マグダリア領との領地戦に口を出す気はない。という姿勢は見せているため問題ない。

 とんちのようだが体裁は整えている。


 その返答が雪崩という攻撃だとしたら、マグダリア領も領地戦などという建前は捨てるつもりのようだ。

 王代理であるフィルリーネの命令でガルネーゼが訪れている中での破壊行為だとしたら、無視はできない。王代理をしているフィルリーネへの宣戦布告にもなった。


「まずはカサダリアから兵をマグダリア領に派遣するよう通達してちょうだい。山頂の異音についての調査のためよ。ダリアエル領と冬の館にも同じ通達を。冬の館に行く兵士の選定はしておきなさい」

 冬の館は緊急事態だ。救助のための兵の派遣要請を受けたものとして、すぐに兵士を派遣できるように用意しておきたい。

 ダリアエル領はすぐに了承の連絡をよこすだろう。マグダリア領は、調査は自分たちで行うと言ってくるかもしれない。


 だがこれはただの忠告だ。冬の館だけでなく、ダリアエル領からも警戒されていると知らしめる必要がある。

 忠告なくマグダリア領土を攻撃するわけにもいかない。

 あちらがルールを犯してきたからといって、こちらもルールを犯すわけにはいかないのだ。


「マグダリア領の攻撃と分かり、ダリアエル領にも影響がある場合、重大な協定違反としてマグダリア領主の罷免を命令する」

 こちらの戦力を削ぐつもりなのかもしれない。兵士を冬の館に集中させて王都を攻撃する気かもしれない。しかし、マグダリア領に攻撃できる隙を逃したくない。

 そして、冬の館をマグダリア領主ルカンタラに奪われるわけにはいかない。


 フィルリーネの言葉に、ハブテルは深く頷いた。

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