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日常2

「今日も素敵な鳥追い日和ですね」


 意味の分からない挨拶で、ナッスハルトが寄ってきた。警備騎士の制服を着ているので勿論祭り中の警備のためにうろついているのだろうが、なぜか両手に子供を連れ、後ろからも子供たちがついてきている。


「フィリィ姉ちゃん!」

「お姉ちゃん!」

「みんな、久し振りね!」


 子供たちがわっと寄ってきた。旧市街の子供たちを連れ歩いていたようだ。

 王粛清の後、ナッスハルトは周囲に隠すことなく子供たちの面倒を見ている。勤務中に祭りを楽しむ子供たちに捕まったのかもしれない。皆、焼き菓子を手にしていた。


「向こうの狭い通りでうろついてたもので」

 フィルリーネが菓子を見遣ったのに気付いて、ナッスハルトがこっそりと耳打ちしてくる。

 なるほど、人混みの多さに子供たちが怪我しないよう、焼き菓子で釣って連れてきたようだ。


「よろしければ、あちらで踊りませんか?」

 ナッスハルトは意味もなく、ばちん、とウインクを見せる。広場で皆が楽器に合わせて踊ってはいるが、あの中に入ったことはなかった。


「踊り方知らないけど」

「適当で大丈夫ですよ。私がリードします!」


 言いながらポケットにしまっていた手袋をはめて手を伸ばしてきた。精霊の不義の印はさすがに覚えていたか、直接手を触れないようにしてくる。

 後ろにいるルヴィアーレには聞かれたくない話でもする気か、フィルリーネは仕方ないとその手を取った。


「警備騎士が民衆に混じって踊ってるなんて、ただのサボりにしかならないわよ」

「私が隊長ですので、問題ありません!」

 偉そうに言うな。ナッスハルトは鼻歌を歌って輪の中に入り込む。


 腕を組んで見よう見まねで踊りを真似し、手を合わせたり拍手をしたり、クルクル回ったり忙しい。

「ちょっと、意外に早くない? この踊り」

「良い運動になりますね!」


 何を爽やかに言っているのか。ナッスハルトは笑顔で腰を取ると、ふわりとフィルリーネの体を浮かせた。

 男性の腕の力の見せ所だが、急に持ち上げられるとステップが分からなくなる。


『踊ってるの、楽しいか??』

 頭の中でヨシュアが語りかけてきた。集中したいのでやめてほしい。

「あっちこっち向いて難しいわよ!」

「難しいですか? ちゃんと踊れてますよ」


 そんなことより、何か話したいことがあるのではないのか? ナッスハルトはにこにこしているだけで、一向に話をしてこない。


「何か報告があるんじゃないの?」

「まずは祭りの醍醐味を感じていただこうと」

「毎年遊びに来てるわよ?」

「存じてます」


 祭りには毎年顔を出しに来ている。踊りを踊るような目立つ真似はしていないが、暗くなる時間に演奏はしているので、それなりに楽しんでいるつもりだ。

 ステップに集中していると、ナッスハルトが下ばかり向かないように引き寄せてリードしてくれる。

 おかげで注目の的か、警備騎士が踊っていると通る人たちが足を止めて集まってきた。


「目立つんだけど」

「フィリィ様の美しさに皆が集まってきてしまいましたね!」


 そんなお世辞はどうでもいい。踊りが早すぎてフードが取れてしまったが、直す暇がない。

 ナッスハルトはなぜか上機嫌で、うっすら頬を赤くさせていた。自分も動きが早すぎて顔が熱くなりそうだ。

 テンポの速い曲でどんどん踊りが早くなっていく。音楽が早まってクライマックスになると、わっと歓声が轟いた。


「話はどうしたのよ……」

 息つく間もなく踊ったので、息切れしそうだ。

 フィルリーネが問うと、ナッスハルトは何か言おうとして、フィルリーネの背後を見遣った。

 ばさり、と被されたのはフードだ。ルヴィアーレが顔を隠すように引っ張ってくる。


「目立ちすぎだ」

 確かに目立ちすぎた。他の警備騎士たちも何事かと集まっているが、ナッスハルトの相手が誰なのか覗いている者たちもいる。


 王女が街に出て警備騎士隊長と踊っているとは思われないだろうが、正体がバレて街に下りにくくなるのは困る。

 ルヴィアーレはその意味でか、ナッスハルトを冷たい目線で見遣った。

 お互い顔を覚えようとしているのか、二人で見つめ合う。


「結局、要件は何なのよ」

「人が集まってきましたから、後でお伝えしますね。そういえば、ロブレフィートはお弾きにならないんですか?」

「知ってたの?」

「当然でしょう。何でも存じております。何でしたら合奏致しましょうか!」

「何も持ってないでしょうよ」

 言うとナッスハルトは、さっ、と懐からフリューノートを出す。どこに隠していた。しかも仕事中だろうが。


「街の人々を喜ばせるのも、警備騎士の務めです」

 問う前に調子のいいことを言ってきたが、突然ハッとよそを向いた。フィルリーネも視線を感じてそちらに目を向けると、迫力のある美女が口を閉じたまま眉を傾げている。


「ロジェーニが見えるわね……」

「見えますね」

「怒りのオーラをまとってるわね」

「き、気のせいじゃないでしょうか?」


 いや、あれ絶対怒ってるよ。ロジェーニはマントの中に隠れる剣に手を乗せている。こちらがロジェーニの方へ向いたからか、ロジェーニが柄を握った。


「振る気かしら。ナッスハルトに」

「あ、遊んでませんよ。これからフィリィ様と街の皆で演奏をしたいなって、提案しただけですし」


 どれだけ怖いんだ。ナッスハルトがロジェーニに向かって首を振りながら言い訳をする。

 聞こえる距離ではないのだから、ここで否定しても意味はないのに。しかし、ロジェーニは剣を握り胸元まで寄せた。カウントダウンが始まっているように見える。


「ロブレフィート。本当は弾きたいけど、そんな時間までいられないから今回は諦めるわ」

 ルヴィアーレもいるし、本来なら遊びに来る余裕はない。冬の館もそろそろ雪が終わる頃で、領での争いが再燃するだろう。騒ぎが起きる前に先手を取らなければならない。

 肩を竦めると、ナッスハルトはそれどころではないと、うんうん頷いた。


「で、では、こちらを。フィリィ様に精霊のご加護がありますように」

 言いながら、ナッスハルトは脱兎のごとくロジェーニと逆方向に走り出した。

 逃げるのが早い。ロジェーニはこちらに軽く頭を下げて、雑踏の中に消えていった。


 仲がいいなあ。ロジェーニに気にしてもらっちゃって、ナッスハルトも幸せ者だね。

 何て言ったらさすがのロジェーニも怒るだろうか。


「何を渡された?」

「何だろう。手紙が入ってるね」


 最初から口で報告する気はなかったようだ。小さく丸められた紙にリボンが結ばれている。

 ルヴィアーレに見せないように開いたつもりだったが、頭の上からかっさらっていった。


「こら。返しなさい」

「……誕生日……」


 誕生日おめでとうございます。それは結構前になるのだが、外で会うまで持ち歩いていたのだろうか。メモ以外にあるのはリボンだけ。

 そのリボンは内側に鎖と精霊の雫がついている。お守りだ。


 随分と可愛らしいことをしてくれる。そういえば前は一輪の花をくれた。女たらしナッスハルトらしい誕生日プレゼントだ。

 逆に言えば、それほど会っていなかったか。街に来る回数も減っているしね。当然だよ。


 できればもう少し市井に目を向けたいのだが。

 フィルリーネはそのリボンを手首に巻いて結んだ。


「ブレスレットがあるだろう」

 ルヴィアーレが不機嫌に指摘してくる。自分が贈ったブレスレットにかぶるのが嫌なのだろうか。


 誕生日の食事会をした時に、ルヴィアーレは外で着けられるブレスレットを贈ってくれた。どこに着けていくんだという超豪華な宝石がついているものではなく、普段使いできるものだ。

 王女に対して普段使いもないのだが、それには守りの方陣が描かれた宝石がついていた。魔鉱石を加工して魔導を入れたものである。それにさらに方陣を描くとは手が凝っていた。


 ナッスハルトも、ルヴィアーレも、まだ終わっていない問題に対して神経質になっているのだろう。

 私は万年筆をあげたよ。実用性がある方がいいからね。やっぱり使えた方がいいもんね。


「随分と、馴れ馴れしい男だったな」

「ナッスハルトはいつもあんなだよ。調子いいからね」


 だからもう慣れてしまった。最初は子供を見ていた自分に驚いて恭しくしていたが、いつの間にか調子良くふざけるようになっていた。まあ、自分にとっては楽で良いのだが。

 しかし、ルヴィアーレはああいったタイプは苦手だろう。眉間を寄せて皺が集まっている。


「まあ、まあ、そろそろ戻ろっか。あんまり出てるとさすがにまずいから」

 子供たちも踊りは見飽きたか、旧市街の方へ戻っていった。鳥も通り過ぎたので、今は飲み食いが始まっている。


 戻る途中、バルノルジにも会ったが、ルヴィアーレの顔を見てしまい固まっていた。

 赤の他人さんと紹介したが、引き攣った顔をして手を振っていたので、婚約相手くらいは気付いただろう。そろそろバルノルジも何かを勘付いている気がする。


 アリーミアがまたお菓子づくりをしたがっていたと聞いて、早いうちに尋ねられればと思った。アリーミアにはずっと会っていない。


「いつもこんな感じか?」

「そー。去年はもっとゆっくりできてた。ロブレフィートを弾いたりしてね」

「ラータニア王よりひどいな」

「ひどいって、どういう意味よ」

「そのままの意味だ」


 ルヴィアーレは澄まして言うが、迷子になるわけでもないのに手を伸ばし、離れないように手を握る。


 ひと時の緩やかな時間。穏やかな時を過ごし、こんな日常が続けばと、後で祈ることになるとは思いもしなかった。

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