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エルフィモーラ3

 ガルネーゼは慣れない魔法陣の転移に少しばかり頭を振った。自分に魔導が少ないせいか、自分と違う魔導を身体に受けると違和感を感じる。


 城から外へ出るための転移はできぬように結界が張られているが、転移の魔法陣を作ったのは精霊の力を持つ者だ。人型の精霊のように結界に弾かれることはない。

 そして魔導の代わりに魔鉱石を使った。魔鉱石を使った転移は大幅な距離を稼げる。そのせいか少々目眩を感じながら、降り立った場所から周囲を見回した。


 空に浮かぶ小さな島。一本の大木と墓碑しかない。かなり遠くに他の島々が見えるが、微かでしかない。ぽつりと浮かぶ離れ小島。何とも淋しい場所だ。

 しかし、この季節になると大木には紫色の花が一斉に咲き誇る。ヴィオーラの花。別名、エルフィモーラである。


 マリオンネの島の中でも端にあるこの小島にエルフィモーラを植えたのはハルディオラだった。

 愛した女性の好んだ花であり、その人の名でもある木を植えるのは随分とロマンチストに思える。


「いや、ロマンチストだったな」

「何の話だ?」


 独り言を呟いたつもりだったが、後ろから突然現れた者に聞こえていたようだ。

 輝くような金髪と蜂蜜色の瞳をした男。自分よりは低いが、身長はそこそこ高く顔が整いすぎて人形のようだ。ポーズをとって動かなければ精巧な人形だと勘違いしてもおかしくない。


 マリオンネはそんな顔をした者ばかりだというが、そんなに整った顔をした者ばかりだと逆に特徴がなくて、人の顔の区別がつかなそうだと余計なことを考える。


「ハルディオラのことだ。ロマンチストだったかもな、と」

「ロマンチストというより、理想ばかりだっただけだろう」


 辛口な言葉をさらりと口にして、男は髪を掻き上げた。マリオンネの者の中でも美貌はぴかいちだろうか。年のわりに皺一つなく、とても四十歳を過ぎているとは思えない。

 マリオンネの人間は年を取らないのかと思いたくなる。


「顔色が悪いな。随分疲れた顔をしている」

「監視がしつこい上にやることが多い。こちらから連絡すると言っただろう。なぜ私を呼んだ。面倒な奴らに気付かれるとそちらに影響がいくぞ」


 色白な顔でキロリと送ってくる鋭い瞳は迫力を感じさせるが、不機嫌を演じる誰かさんとそっくりな視線のため、どうにもあちらを思い出してしまう。

 しかし真面目な話でないとさっさと帰ってしまう雰囲気を感じて、こちらも顔を引き締めた。


「ラクレイン。こちらはとても面倒なことになっている。耳にしているかもしれんが、ラータニア王が自国の精霊に襲われて毒を受けたそうだ」

「それは知っている」


 ラクレインは偉そうに腕を組むとちらりとこちらを見遣った。そのくらい耳にしているらしい。マリオンネでは想定できていたのだろう。

 それについては教えてほしいものだが。


「ガルネーゼ。アンリカーダの危険性は伝えたはずだ。あの女は今までの女王とは違う。お前のとこの王にラータニアの浮島を狙わせたのはその一環だ。失敗しても役に立たなかったと罵っている程度だろうが」

「浮島を狙っているなら先に教えてほしかったんだがな」

「何を恨みに思っているか予想はできているが、何をするかまでははっきり予想できない。浮島を得られなければ次に狙うのは王族だろう。ラータニア王を狙うために精霊を使うとは考えなかったが」

 ラクレインは渋面をつくると、小さく息を吐く。


「こちらも奴らが何を犯すのか注視はしている。一部の精霊が異変に気付きこちらに知らせたが、既にラータニア王を狙った後だった。ムスタファ・ブレイン、ベリエルにつけていた者が殺され、こちらは後手に回っている。今、グングナルドに関わっている暇はない」


 マリオンネは女王が死んでアンリカーダ派が台頭し始めている。前女王派のラクレインは妨害を受けやすい立場なのだと歯噛みをする。

 命を狙われるほどの危機もあったそうだ。

 想定以上の状況に、冷や汗が流れそうになる。どこもかしこも、急に狂い始めたような気さえした。

 だが、それはグングナルドも変わりない。


「マリオンネの女王に成り代わる資格を持つ者が現れた」

「……ラータニアの子のことならこちらも耳にしている」


 ラクレインは蜂蜜色の瞳をぎろりとこちらに向けた。

 マリオンネは選定について詳しく知らないと聞いている。精霊の書はグングナルドで見付かったからだ。グングナルド前王は精霊の書の全てをマリオンネに引き渡さなかった。自らの望みをマリオンネに譲りたくなかったからだろう。


 しかし、ラクレインは現在のマリオンネの形になる前にいた、地上を統べる王については知っていた。

 前女王、エルヴィアナ様に聞いたそうだ。

 だが、ラータニアの浮島で選定が行われていることまでは知らないはずだ。知っていても、こちらに情報を渡していないだけかもしれないが。


「ルヴィアーレの話じゃない。グングナルド冬の館にある、選定の儀式を終えたルヴィアーレとフィルリーネが選定をクリアーしたことは前に伝えたな」

「魔導を奪われたと言うのだろう。選定の箇所は四箇所と聞いている。全てをクリアーでもしたか」

 ラクレインは鼻で笑って見せたが、こちらが黙っていると、口を閉じて表情を変えた。


「ラータニアの子ではないのか」

「もう一人の方だ」

「ああ、何という……。フィルリーネ。またも自らを危険に晒すのか」

 それだけでグングナルドが危機に見舞われると分かっただろう。ラクレインは頭を抱えると、大きく嘆息した。


「それを知っている者はどれだけいる?」

「こちら陣営と、ルヴィアーレ、ラータニア王。エレディナとヨシュアだ」

「エレディナが裏切るとは思わんが、今は何とも言えん。アンリカーダに付く人型の精霊が出てきた。地上とも手を組む真似をしている。裏切り者の息子が地上に降ろされた」


 裏切り者。ハルディオラが王になる気だと、偽ったことを前王に伝えた子供のことだ。


「ティボットが、なぜ?」

「気の弱い子は使い勝手が良いのだろう。アンリカーダとキグリアヌンを繋げている」

「キグリアヌン国か。なら、オルデバルト王子か。マグダリア領にティボットがいると分かれば、フィルリーネは激怒するぞ」

「そうだろう……」


 ティボットのせいでハルディオラが死んだようなものだ。全てがティボットのせいではないが、その発端をつくったのがティボットだった。


 ティボットの父親はハルディオラに友好的だったが、ティボットはどこで何を吹き込まれたのか、隠れ家の話をムスタファ・ブレイン、ベリエルに伝えていたのだ。

 小さな子供を言い包めるのは楽だっただろう。ティボットは頭の良い子ではなく、小さな頃から権力のある者に憧れていた。簡単に取り込まれ、何の罪を感じることなく愚かな真似をしたのだ。


 子供の頭で人の名を覚えることは難しかったか、ハルディオラくらいしか名は覚えていなかったようだが、それが最悪の結果を生み出した。

 これはもう一度オルデバルトを調べなければならない。マグダリア領に集まっている者たちは不穏の集まりだ。それがマリオンネの女王と繋がっているとあれば、再び王城は戦火に見舞われるかもしれない。


「あの子に会ったのは、あれが最後だったな」

 ラクレインはぽそりと呟く。あれが最後。ハルディオラの隠れ家に皆で集まった日だ。

「あの子も美しくなっただろう」

「母親にそっくりだよ」

「そうか……」


 ラクレインはほんのりと笑みを浮かべた。

 ラクレインはどこからか花束を取り出す。マリオンネの女王の血を引くラクレインが花束をどこからか出しても何も疑問に思わない。


 その花束を墓碑にそっと添えた。

 この墓にはラクレインの妹が眠っている。


 花と同じ名の女性。エルフィモーラ。


 フィルリーネの本当の母親だ。

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