ガルネーゼ
「随分な情報を持ってくるね」
イムレスは珍しく険しい顔をして大きく息を吐いた。
エレディナだけがラータニアより戻り、それをイムレスから聞いた時は何があったのかと思ったが、あり得ない状況に震えそうになる。
「いつ頃、帰ってくるんだ」
「知らないわよ。どう対策していくのか、話してから帰ってくるんじゃない。ルヴィアーレは置いてくるかもね」
エレディナは不機嫌に鼻息荒く言うが、エレディナをグングナルドに戻したのは正解だろう。イムレスもそう思っているはずだ。もしラータニアでエレディナが操られるようなことがあれば、ラータニアも敵に回る。
女王が精霊を操れると分かった時点で、一番危険性の高いエレディナをラータニアから離すのはフィルリーネの英断だ。
「対策をどう練るかだな。女王が一体どんな力を使うのか想像がつかん。エレディナ、マリオンネから何か情報は得られないのか」
エレディナは除け者にされて腹立たしいだろう。ならばその根源を探るしかない。
ガルネーゼがそう問うと、フィルリーネから命令があれば飛ぶ。と小さく口にする。
本人もこの不条理に怒りを隠せないと同時、操られるかもしれない恐怖があるのかもしれない。エレディナは普段から少しだけ透けており、顔色も変わらないように見えるが、今日のエレディナはひどく青ざめているように見えた。
「とにかく、エレディナ。フィルリーネの言う通り精霊たちのこのことを伝えてください。おかしなことがあるのならば、早めに知らせてほしいと」
「分かってるわよ。行ってくればいいんでしょ!」
エレディナはイムレスに悪態をつきそうな鋭い目で睨みつけると、その場から姿を消した。
「精霊を、操る、とはね。どうにもならない話だよ」
「そんな話、聞いたことがないな。余程の力を持っているのか、それとも何か特別な方法でも知ったのか」
まさか女王が精霊を操り、王を殺そうとするなどと、信じられない行為だ。地上の精霊と協力して地上を任された王を狙うのでは、何のために王に任せたのか分からない。
その王が存外な行為をしてその罰でも与えるならばまだしも、まともに精霊を扱えぬグングナルド王を支持しながら、精霊を大切にするラータニア王を狙うのだ。
「なぜそんなことが起きたのか。マリオンネも地に落ちたな…」
「前々から、言われていたことだよ。アンリカーダが女王になれば、マリオンネの今までとは大きく変わるだろうと」
その噂はマリオンネの者から聞いていた。しかし、どう動くかは彼らも分かっていなかった。ただ、アンリカーダは前女王エルヴィアナと折り合いが悪く考え方の相違があるため、女王が交代すればマリオンネの存在は今までと同じにはならないだろう。と耳にしていた。
だからと言って、まさか精霊を使い王を暗殺しようなどと、誰が思うだろうか。
魔導量の少ない自分は精霊を感じる力もない。精霊の存在を少しでも感じられればまだしもそれすらないのに、敵が精霊になるかもしれないと言われて対処の方法すら思い付かない。
「イムレス、精霊が入られないような結界は作られるのか?」
「作ろうと思えば作れるけれど、しかし、フィルリーネが賛成するとは思わないよ」
「あいつはな。反対するだろう」
問わないでも答えは分かっているが、しかし今フィルリーネを失えばこの国は終わる。
フィルリーネもそれくらい理解しているはずだ。
「精霊が入られないような部屋は用意しておくことはできるけれど、あの子がその部屋に入るか話は別だね」
「コニアサス王子には使えと言うだろう」
「コニアサス王子が狙われるとは思わないけれど?」
イムレスの意見には同意する。アンリカーダが何をしたいかにもよるが、コニアサスはまだ幼く王族としての矜持が持てるような年ではない。狙うならばフィルリーネしかいない。
なぜラータニア王を狙ったのか、その情報はフィルリーネが仕入れてくるだろう。
エレディナの話では詳しく分からないが、念の為フィルリーネが狙われることを想定しておいた方がいい。
しかし、さすがグングナルド前王が支持していた女王だ。
前王がアンリカーダ女王を支持し始めたのはいつ頃だっただろうか。
マリオンネの者から、グングナルド前王がマリオンネに何度も訪問していることに疑問を呈された際には、もうアンリカーダと面識があったはずだ。
こちらではグングナルド前王がマリオンネで何をしているか分からないが、マリオンネの者はグングナルド前王が誰と会っているか調べられた。
「ラータニア王を狙ったのがアンリカーダだとしたら、ムスタファ・ブレインは間違いなく関わっているんだろうな」
「いるだろうね。アンリカーダ女王に一番近い者が」
アンリカーダを補佐する者。幼いアンリカーダを支えていた者。その中でも一番近くにいる者が、ムスタファ・ブレインの一人、ベリエルだった。
ベリエルはグングナルド前王と懇意にしており、アンリカーダを紹介したのもベリエルだと聞いている。
保守的な女王エルヴィアナ。彼女は精霊に重きを置き、マリオンネに住まう人々は二の次にしていた。それはマリオンネの女王として当然の行いだと思うのだが、時代が変わって精霊を蔑ろにする者はマリオンネにも増えつつあったわけだ。
その筆頭として、ムスタファ・ブレイン、ベリエルは、エルヴィアナ女王の精霊中心の考え方を否定し、早くの女王交代を望んでいた。
そうして、望み通りアンリカーダが女王の座に座ったのだ。
「ムスタファ・ブレイン、ベリエルが関わっているのならば、グングナルドにも手を出してくる可能性は高いな」
「ベリエルは地上の者たちを下位と見下しているようだから、地上がどうなろうと気にもしないだろうね。ラータニアを襲うよう促したのもベリエルであると聞いていたし、前王が捕らえられた今では、グングナルドに攻撃しようと気にもしないだろう。けれど、そこに何の利益があるのか。フィルリーネが戻る前に、マリオンネの情報を再度仕入れておくべきだよ。連絡をつけては?」
「…その必要は大いにあるな…」
イムレスの意見に頷いて、自分は部屋に戻った。精霊に関してはイムレスに頼むしかない。こちらは魔導量がほとんどないのだから、適材適所でイムレスが何かいい手を考えてくれるだろう。
こちらはこちらですべきことをする。
「精霊が、王族を襲う、か」
一体マリオンネに何が起きているのか。エルヴィアナ女王の死後もマリオンネとの連絡は常に行ってきたが、ここにきて連絡が途絶えていた。
返事が来ない。
監視でもされているのか。
「その可能性も高いな…」
溜め息しか出ない。グングナルド前王を捕らえられてホッとしたのも束の間、邪魔の者たちを一網打尽にすべきだったところ、一番逃してはいけない者を逃してしまった。
ニーガラッツ。人の恩など感じることなく、利用できるものは利用する神経。
あの男にマリオンネとの繋がりが知られることを一番恐れていた。グングナルド前王は気付かなくとも、勘のいいニーガラッツなら気付くかもしれない。
なぜ、我々王族ではない、地上の者が、マリオンネの者と通じることができるのか。
マリオンネに連絡をつけると言っても、王族でない自分たちに行うことなどできない。しかしそれが可能になったのは、ハルディオラがいたからだ。
死してなお、ハルディオラの影響力は強い。それがなぜなのか、ニーガラッツに気付かれれば、ニーガラッツはフィルリーネを馬鹿な小娘と侮ることもなかっただろう。
グングナルド前王に精霊を見る力はなかった。そのおかげで、娘のフィルリーネも同じく魔導量がないと言っても信じられた。本来王族であれば魔導量が少ないなどと、まずあり得なかったからだ。
だが、グングナルド前王は魔導量がほとんどなかった。貴族の中にいる魔導量のある者たちより劣る量など、王族ではあり得ないはずだった。
「あの男も、運が悪かったとしか言いようがないな…」
グングナルド前王にもし魔導量があれば、こんなことは起きなかっただろうか。
いや、むしろもっと大きな問題になったかもしれない。精霊を操りグングナルドの反王派を早い時期に消していたかもしれない。そう考えれば、前王に魔導量がなくて良かったのだ。
グングナルド前王を捕らえるためにフィルリーネは自らの魔導を大きく使用した。それをニーガラッツは目の当たりにしただろうか。フィルリーネがただ魔導量を隠していたとだけ思えばそれでいいが、しかし、別の要因に気付いたのならば、
「…ニーガラッツは、何とかしてフィルリーネを手に入れようと思うだろうか…」
寒気しかしない。ニーガラッツは魔導量がないグングナルド前王を利用して、多くの実験を行っただろう。フィルリーネに魔導量があると分かり、且つフィルリーネの魔導量の理由を知れば、フィルリーネを狙ってもおかしくない。
「ニーガラッツがマリオンネと繋がることはないと思うが…」
いや、と頭を振る。マリオンネに知られれば、むしろフィルリーネは狙われるだろう。
何が起きているのか、早く知らなければならない。
ハルディオラの友人。我々の情報源。その彼に連絡すべく、封じられた扉の鍵を開き、地面に描かれた魔法陣に魔鉱石で魔導を流すと、白色の光が静かに灯った。




