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選ばれぬ者6

 ユーリファラに突如告白され、差し出したハンカチを持ったまま、フィルリーネは固まった。


「幼い頃から、お兄様のお相手であると周囲の者からも言われておりました。それなのに…っ」

 ユーリファラはうっと嗚咽を漏らす。


 おしたい。押したい? 推したい!?


 一瞬何を言われたのか分からなくなってしまった。

 まだ子供なのにお慕いするなんて言葉使うのね。などと感心している場合ではない。慕っているとお慕いしているはずいぶん意味が違うなあ。などと思っている場合でもない。


「お慕い、ですか。そうですね。そのように聞いてます」

「でしたら、お兄様をお返しください!!」


 ギッと睨みつけくる表情もかわいいなあ、などと別のことを考えてもいけない。

 フィルリーネはすっと背筋を伸ばした。


「ユーリファラ様、婚約はラータニア王とグングナルド前王の間で決められたことですが、グングナルド前王を捕らえたのち、わたくしとラータニア王とで会談を行っております。国同士の話し合いで婚約は続行。これはラータニア王の希望でもございますし、グングナルドとしてもそれをお願いいたしました。現状での婚約破棄はございません」


「ですが、今は状況が違うと思います! お父様は倒れられて、お兄様がいなければ、この国はどうすれば良いのですか! わたくしたちにはお兄様が必要なのです!! 王女はグングナルドを継がれる気はないと聞きました。お兄様は王になられる方、国の女王になる気もない方にお兄様には合いません! わたくしには、お兄様しかいないのです! 大切な、」


 ユーリファラは言葉途中で再び涙を溢れさせた。ぼろぼろ流れた涙は頬を伝い、床にぽつりぽつりと落ちる。


 子供の癇癪。そう一言で片付けるのは簡単だが、シエラフィアはルヴィアーレを守るのにグングナルドにいた方が安全と考えている。それを伝えておけば良いのに、シエラフィアはユーリファラに伝えていない。


 何か考えがあって伝えてないのか?

 そう思っても何も思い付かない。マリオンネの女性の子供だからと警戒しているわけではないだろうし、理由は何だろうか。

 シエラフィアもはっきり自分に言ったわけではないので、ユーリファラにも危険性を伝えているわけではない。ただそれだけだろうか。


 どちらにしても婚約に関してこちらから何か言うことはない。婚約破棄予定といってもすぐにできるわけではないし、その時期は今の状況に変化がない限り継続されるだろう。


 それも困るんだけどねえ。

 まあしかし、婚姻は行えないことだけを伝えて、泣き止むだろうか。悩む。


 マリオンネに訪れるアンリカーダに許しを得る真似はできないので、婚姻もできないのだが、果たしてそれだけで納得してくれるだろうか。いや、無理か。


「フィルリーネ様は、お兄様をどうお想いなのですか!?」

「ど?」

「お兄様をお慕いしていらっしゃるのですか!? だから、ラータニアがこの様な状況でも、婚約破棄をされないのですね!?」

「ええ、えーーーー?」


 衝撃的な言葉が届いたせいで、間伸びした声を出してしまった。ユーリファラは可愛らしい顔をしながら、キッとこちらを睨んでくる。


「お兄様はラータニアにいるべき方です。グングナルドには合いません! 精霊の集まる浮島のあるこのラータニアこそ、お兄様に相応しいのですから!」


 ユーリファラは言いたいことだけを言って、部屋の外へ駆け出していった。

「おおおお…」


 反論する間を与えてもらえず、フィルリーネは呆然としてユーリファラを見送ってしまった。ずっとソファーに座っていたヨシュアがクッキーを頬張る音が部屋に響く。


「あいつ、うるさい」

 単純な反応にフィルリーネはどっと疲れてしまった。ハブテルとアシュタルを外に出していて正解だった、が、ユーリファラが勢いよく部屋を出ていった後、ハブテルとアシュタルが部屋に入ると二人とも眉を顰めていた。


 聞こえてた。聞こえてたね。間違いなく。


「あまりに愚かな発言だと思いますが」

 ハブテルの冷たい声が聞こえていたと言っている。あれだけ大声を上げれば、扉の向こうで待機している二人にそれはもちろん聞こえるわけである。


「まあ、まだ子供だから」

「フィルリーネ様はあの年頃で私に罠を掛けましたよ」


 余計なことを言わないでいい。アシュタルの言葉に目くじらを立てたくなるが、ユーリファラの発言は王女として失格だ。仮にも兄の婚約者に威嚇とは…。


 いや、返す予定だったんだよ。ユーリファラちゃん待ってるって知ってたし。

 心が痛む。自分を恨みたくなる気持ちも分かる。


「ラータニア王の意向により婚約は続行された中、唯一の王女があれでは、ラータニア王も頭が痛いでしょう」

「彼女は精霊にとても愛されているようだから、精霊を暗殺の道具として使われて不安が強いのでしょう」


 ハブテルの厳しい意見にフィルリーネはそれ以上言うなと軽く宥める。

 もしユーリファラが精霊を引き連れて歩いている中、それが誰かを狙ったら立ち直れないだろう。シエラフィアを狙った精霊をユーリファラが連れていなかったとしても、そうなったかもしれなかった。


 年の離れた血の繋がらない兄であるルヴィアーレに、かなり依存しているように見える。シエラフィアが精霊によって倒れれば、ユーリファラが不安がりルヴィアーレを求めるのは理解できる。


「婚約破棄は現状ではできないのだから、子供の戯言だと聞いておきましょう。ただ、王妃には伝えておくわ。あの感情を何かに使われるのも不安だから」

 全て言わずとも二人は分かるか、静かに頷く。


 ルヴィアーレに戻ってほしさに、シエラフィアを良く思わない者たちに利用されてはならないだろう。そこまで愚かだとは思わないが、ここまで突入してきたのだから、危険は孕んでいる。


 そう考えていると、やっと待っていた貴人が現れた。

 王の妃、ジルミーユだ。


「お待たせして申し訳ありません。本日は急な招待でありながらお受けしてくださったこと、フィルリーネ様にはお礼申し上げます」

 正式な招待でないため、王宮でも秘密裏に行われている。その緊急性は理解しているのだから、謝ることではない。


 とは言え、シエラフィアのように気安く話すことはできないだろう。ジルミーユの謝罪を受け入れて、ソファーに座るよう促す。


 ジルミーユは伸びた背筋ときりりとした表情が印象的だ。元王騎士団の騎士と聞いて納得する雰囲気である。どことなくロジェーニに似ているのは、そのせいだろうか。


「王妃には苦労があることでしょう。わたくしは王の代理ではございますが、ラータニアへの協力は惜しみません」

「ありがたいお言葉でございます」


 堅苦しい挨拶はシエラフィアですらしないのだから、気楽に話したいところである。

 しかしそんなタイプではなさそうだ。男勝りな風はあるが、元は貴族で騎士というところで規律の厳しさを感じる。ロジェーニも自分に気安い口はきかない。彼女にとってそこまで近い場所にいるわけではないからだ。


 アシュタルやカノイのようにもう少し身近であれば…、いやロジェーニは自分にそんな姿は見せないだろう。


「ラータニア王が襲われた、その時の状況を詳しく教えていただけますか」

「我が国では精霊をどこでも見られる環境ですが、丁度王が執務を行なっている時でした。執務中でも精霊たちが近くにいることは多いですが、その時は花を手にした精霊が」

「周囲の精霊はその精霊に違和感を持たなかったのでしょうか」

「分かりません。ただ、その精霊は一匹で、当時の執務室には精霊はいなかったようです。警備の騎士は花だけが浮いているのを目撃しており、その花を手にした王が、途端苦しみ出したと」


 他の精霊たちが違和感を感じられるのならば、少しはシエラフィアも警戒しただろう。だが、周囲にいなかったのか違和感を感じられなかったのか、そのまま花を手にしてしまった。

 せめて他の精霊たちが何かしら感じることができれば違うのだが。


「精霊から話は聞かれたのでしょうか」

「他の精霊たちが何か知っていることはないかということでしたら、それはございません。王が倒れた際に精霊たちが一斉に怯えたことはございます。しかし、それ以外には精霊たちに気付きはございませんでした」


 王族に何かあれば精霊たちは気付くことができる。叔父ハルディオラが倒れた時も、いち早く精霊たちが気付き怯えを持った。かれらは王族と契約しているため、その王族が一人でも欠ければ気付く力が伴っているのだろう。


「王は、有事の際、精霊が敵になる可能性を心配しております」

 ジルミーユは慎重に言葉を選んで発言する。


 有事の際。マリオンネがもしも本気で挑んできた場合、ラータニアにいる地上の精霊が、ラータニアを襲うかもしれない。

 アンリカーダがラータニアを敵とみなすならば、その可能性がないとは言えない。


「多くの精霊を、操られると?」

「何とも言えません。その時には多くの魔導を使用することになります」


 誰とは言わないが、多くの魔導量を必要とし、それが可能ならば精霊を動かせるだろうという。ただ、ラータニア中の精霊を動かすのにどれほどの量が必要なのかは分からない。

 王族を傷付けることはできない制約を覆したのだから、それなりの力は必要だ。


「正確な情報でしょうか?」

「…確実な、情報網がございます」


 どことは言わないが、ラータニアにもマリオンネから情報が取れるのだろう。マリオンネでもアンリカーダ派ではない者たち。

 その者たちがアンリカーダが精霊を使いラータニアを襲うことを想定しているのか。


「グングナルドはどのように動くべきとお考えでしょうか?」

 ラータニアが狙われるのならば、ルヴィアーレがいるグングナルドもその後狙われるだろう。まずは浮島を狙うのか。狙う理由は恨みだとしたら、敵とみなしているのは、浮島にいるアウラウル。それから、精霊の王になる。


 ジルミーユは一度黙ってみせた。実情、何か手を出せることがあるかと問われても、答えるのは難しいだろう。マリオンネと戦う気はあるか? と言わせたいように聞こえただろうか。

 しかしこちらにルヴィアーレがいる限り、グングナルドはラータニアと同じ道を歩む可能性は高い。


「ルヴィアーレを、お願いいたします」

 お願いいたしますとは、難しいことを言ってくれる。ラータニアに何かあった場合、ルヴィアーレと協力しろと言っているのか、ルヴィアーレを守ってほしいと言っているのか、どちらにも聞こえる。


「王が狙われた今、次に狙われるのはルヴィアーレでしょう。しかし、ルヴィアーレがグングナルドにいれば、先に狙われるのはラータニアです」

「ルヴィアーレがどう思うか分かりませんが?」

「ルヴィアーレがグングナルドから離れ、フィルリーネ様が先に狙われてはなりません。ここでグングナルドの指導者を失うわけには参りません。グングナルドが先に落ちれば、キグリアヌンが出てきます」


 どこから情報を得ているのか。ここでキグリアヌン国を出すのか。

 グングナルドに第三王子であるオルデバルトがいる。そのことを言っているのか。


 確かに、もしここで自分が狙われればルヴィアーレとの婚約は解消。ラータニアに戻ることになる。そこでキグリアヌン国から狙われていると言っているオルデバルトが、グングナルドを乗っ取る可能性も出てくるのだ。

 それではまるで、マリオンネとオルデバルトが繋がっているような。


 フィルリーネは顔を上げた。ジルミーユはその情報をどこからか得ている。アンリカーダに近い場所で情報を得られる者が、ラータニアに情報を流している。

 オルデバルトがグングナルドを狙っていると。


「グングナルドの精霊がどう動くのか、そう考えればルヴィアーレがグングナルドにいても危険でしょう。ですが、グングナルドから離れ、フィルリーネ様に何か起きてはなりません」


 それはつまり、ルヴィアーレにフィルリーネを守らせるつもりだと言っているようなものだ。そして、グングナルドが落ちれば、ラータニアにとって危機となる。ラータニアに戻ったルヴィアーレは、オルデバルトの手に渡ったグングナルドとマリオンネを相手にしなければならない。


 オルデバルトがグングナルドを手に入れるのは現実的ではないが、精霊が動くとなれば、精霊と対峙するのが難しいグングナルドの者たちは対抗しきれない。

 よしんばそうなれば、イムレスやガルネーゼが精霊に殺される可能性も出てくるのだ。


 そこまでアンリカーダが行えるのか。それは分からなくとも、可能性がないわけではない。

 ラータニアからすれば、シエラフィアからすれば、ルヴィアーレを守るためにもラータニアを守るためにも、フィルリーネは死んではならない。


 私たちはお互いを守らなければならないのか。

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