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選ばれぬ者3

 ルヴィアーレからラータニア訪問について問われた時、自分は二つ返事をした。


 ラータニアの浮島に人型の精霊が住まい、それをラータニアの王族が理解しているならば、他からの侵入に対し確認する術を持っていなければならない。

 古い選定が行われないとは言われていても、その事実は知っていたはずだ。


 ただ、許可なく浮島に入り込むことが可能な道がある。その道がどこにあるのか、ラータニアの王族は知っていたのだろうか。


 少し前で顔色悪く歩くルヴィアーレは、その入り口がグングナルドにあることは知らなかっただろう。けれど、選定と聞いた時に冷静だったのは、その入り口がどこかにはあると知っていたからではないだろうか。

 そこまでの細かいことまでは知らず、しかしそれについては最初から知識があったに違いない。


 だから、自分がラータニアの浮島に侵入すれば、シエラフィアから何かしらコンタクトはあると思っていた。

 表立ってする話ではない。シエラフィアは浮島への侵入について連絡をよこすだろうと想定していた。

 けれど、ラータニアに秘密裏に訪問させる理由が自分の予想とは違うとすれば、どんな理由があるのか。不安しかない。


「ルヴィアーレ様フィルリーネ様がいらっしゃいました」


 案内の者が重厚な扉をノックした。結界が掛けられているか、ふんわりと薄い青が扉の前でぼやけて見える。向こう側から扉が開かれて入るように促されると、通る瞬間にその結界が揺れた。

 一定の者しか入られない結界だが、かなり強めに作られている。


 あれでは、精霊すら通れない。エレディナは弾かれた。ヨシュアは姿を消したまま側にいるが、人型の精霊すら通れぬ強力な結界だ。




「やあ、久し振りだね」


 聞き覚えのある声はシエラフィアのものだ。部屋の中の寝台にゆったりと座っており、ルヴィアーレが微かに安堵の吐息をしたのが聞こえた。


 たった二人の兄弟だ。ルヴィアーレは兄を大事にしている。本当なら駆け寄りたいのだろうに、静々と近付いて寝台の脇で膝を付いた。


「お久し振りです。体調をくずされているとは思いませんでした」

「うん、少しだけね。フィルリーネ姫もよく来てくれたね。こんな格好で悪いけれど、会いたいと思っていたんだ」

「私もお話できる機会があればと思っておりました」


 シエラフィアはにっこりと笑顔を作る。その雰囲気は悪くないが顔色が青白く生気のないような色をしていた。今目覚めたとしても顔色が悪すぎだろう。

 ルヴィアーレも分かっているか、膝を付いたままじっとシエラフィアを見つめた。


「ルヴィアーレ、私は大丈夫だから久し振りの王宮を見てきなさい。ジルミーユもユーリファラも君に会いたがっていたのだから」


 シエラフィアの言葉にルヴィアーレは一瞬動きを止めた。少しだけ間を置いたが、静かに頷く。ゆっくりと立ち上がり言われた通りに部屋を出ようとして、ちらりとこちらを見たが何も言わず部屋を出ていった。


 扉の前には先ほど扉を開いた男と、モストフがいる。椅子が出されてそこに座ると、シエラフィアはずるりと寝台に寝そべった。


「すまないね、あまり調子が良くないんだ」

「…そのようですね。何かあったのか、伺っても?」

「病気と言って信じてくれるの?」

「…あまり」


 シエラフィアはクスリと笑う。しかしその笑い顔にも力がないように思えた。

 精霊すらも弾く強力な結界。それもおかしいが、王宮を歩いていて気になることがあった。


「精霊に、何かをされましたか」

「ふふ。そう思う?」

「精霊の多い国と謳われながら、ここに来るまでに精霊に一切会いませんでした。グングナルドでも会うことはありませんが、それは私が城でできるだけ目立つ真似はしないようにと伝えているからです。ですが、こちらでは違うでしょう。精霊を捕らえて研究に使うような者はいないのですから」

「そうだね。ルヴィアーレも気付いているだろうけれど、それよりも君と話す方が先だと思ったんだ。私も起きている時間が短いから」


 そう言って何度か瞬きをする。本当なら眠っていたいのだろう。時折傾げる眉は辛さを我慢しているのだ。


「精霊に、毒を仕込まれたんだよ」

「————————精霊に、毒ですか!?」


 シエラフィアの言葉を一瞬疑った。

 自国の精霊が王族を狙う。そんなこと有り得ない。エレディナがグングナルド前王を殺さなかったのは、殺すことができなかったからだ。それと同じく自国の精霊は王族に害を及ぼす真似はできない。


 それはマリオンネの女王の作ったルールで、理である。

 それを覆すことができるのは…。


「アンリカーダが命じたと?」

「他に誰ができるというの。いるわけがないでしょう? その精霊はすぐに苦しんで灰になるように消えていったよ」

「そんな、馬鹿なことっ」


 自国の王族を殺そうとする真似はできないのに、それを行わせた。そしてそれを行った精霊は死亡した。


「そんな簡単にルールを変えられるんですか!?」

「分からないね。けれど事実だ。精霊が持ってきたのは小さな花でそこに毒がついていた。やけに怯えて持ってきたからおかしいと思ったんだよ。けれど、その花を大事そうに持って私によこしたから、受け取ったんだ。その花の棘に毒が仕込まれていた」

「何てこと…っ!」


 精霊を犠牲にしてラータニア王を狙った。命を取り留めたのはユーリファラのおかげだそうだ。

 彼女は癒しの力が強く、すぐに処置したことでかろうじて最悪な結果は免れた。

 しかしそれで治癒したわけではなく、現状ほとんど動くことができないという。


「精霊が身を犠牲にしてでも王族に害をなすと分かったのだから、君たちには知らせなければならいと思ってね」

 手紙で伝える話ではない。直接会って話す必要があった。


「なぜ、アンリカーダはそんな真似を…」

「そうだな。浮島は綺麗な場所だったでしょう?」

「綺麗は綺麗でしたが…」

 行われていることは綺麗かどうか。シエラフィアは言いたいことは分かると、少しだけ目を眇めた。


「選定を得て精霊の王に会ったと聞いたよ。君は特別だったようだね」

「私は知りませんが」

「けれど、選定が行われたのならば、その血が入っているんだよ。女王の話も聞いたんでしょう?」

 フィルリーネはこくりと頷く。シエラフィアはもちろん耳にしていると口端を上げた。


「選定には精霊の血が必要だ。しかしその選定はもう行っていない。代わりに女王が現れ、女王は浮島で子を産むことになった。次に女王になるための子を。精霊の命を得て浮島で子を産むために、一年近く浮島で過ごすんだよ」

 シエラフィアは何かを思い出すように天井を見遣ると、話すのも辛いのか腕で顔を抑えた。


「君の国で見付かった精霊の書の内容はこちらにも届いているよ。古代精霊文字で書かれているから解読に時間が掛かるだろうけれど、浮島のことは書いていないだろう。選定があってそれによって地上をまとめる者が決まるとだけ書いてあるはずだ。選定後飛ばされる場所を書いても仕方がないからね。あの浮島は許可がある者にしか入られないようになっているのだし。しかし選定が全てグングナルドで行われるとは思わなかったよ」

 やはり正確なことは書いていないらしい。選定の場所だけで、選定が行われる事実が書かれていたのだろう。


「精霊の王は眠っていらっしゃいました。私が起こしたようで、話をされるのも面倒と別の精霊に説明させるなど、随分と適当でしたが」

「精霊は人間の考え方と少々違うところがあるからね」

「あまりに倫理に外れた発想で耳を疑いました」

「女性からすれば恐ろしいことだろう。女王の娘もそうだったよ。無理に子を孕んでひどく怯えていた」


 元女王の娘、ルディアリネ。身体が弱く早くに亡くなってしまった、次代の女王予定だった人。その人は浮島でアンリカーダを生んだ。


「グングナルドの前王はそれで浮島が欲しかったのだろうけれど、浮島を手に入れて女王の変更ができるわけではない。それよりも精霊の血がどこかで入っているのならば、本人も選定を行えたはずなんだけれどね」

「魔導はほとんどない男です。行っても、何も起きなかったんですよ」


 冬の館で毎年儀式を行っているのだから、選定は毎年行えていたのだ。しかし何も起きなかった。いつからあの儀式をあの男が行っていたか知らないが、毎年絶望を味わっていたと思うと鼻で笑いたくなる。


「精霊の血は我が王族にも入った歴史があるよ。キグリアヌンもあるのではないかな?」

「どういう意味ですか?」


 そもそもどこから精霊の血が入っているのか、調べていない。自分にとってどうでもいいことだからだ。前王が絶望しようと、自分が選定を得て許可を得られても、どうでもいい。

 しかし、シエラフィアはけろりと言う。精霊の血は、王族に入っているものだと。


「女王は子を孕む。一度きりのことだからね、一人だと思われるだろうけれど、たまに双子が生まれるんだよ。女王の片割れがマリオンネにいると、女王からすれば少々、ね」

「地上に下賜すると?」


 また、人を人とも思わぬ所業が出てきた。マリオンネの精神もどうかしているのではないだろうか。地上を統べるために精霊の子を得る神経も信じ難いが、覇権争いの邪魔になるなら双子の片割れは地上に落とすだと?


「女王が望んでいることもあれば、周囲のムスタファ・ブレインが勧めることもあるようだね。女王同士が争い精霊が二分されても困る。そんなことから地上に下ろされることがあるんだよ。地上の王族が精霊の力を持った方が精霊との繋がりは深くなる。悪心を持たなければありがたいことだろう。地上を潤わせるためには王族の精霊に願う力が必要なのだから」

「それはそうでしょうが」


 それによって女王の権限は地上の子に得られないのだろうか。マリオンネでは女王となる儀式があるため、そこで精霊との契約が行われるのだろうか。何でも精霊との契約で結ばれているのだから、地上に女王の子が降りても全てを統べるには至らないのだろう。


「そう正直に考える者が全てではないことも確かだけれどね。君はその血をどこかで引いたのだろう。女王の片割れの血だ。薄れていても孫やひ孫に濃く出ることもある。まあ、それでも、選定をクリアーできるほどの魔導量は、珍しいと思うけれど」


 含んだように言われるが、精霊の血が入るのは祖父かその前しかない。祖母も母も貴族で身分はしっかりしている。母の魔導量は確かに多かったが、遠く遡って王族の親族がいてもその程度だろう。

 例えマリオンネから誰かを地上に連れても、それはかなり昔の話だと思われる。


「では、ルヴィアーレは?」

「あの子の母親はね、綺麗な人だったよ」


 そんなことは聞いていないが、シエラフィアは吐息をついてこちらを見上げた。

 父親は前ラータニア王。そう聞いている。


 ふと疑問を感じて、フィルリーネは問うた。


「…シエラフィア王は、その時何歳だったんですか?」

「彼女に初めて会ったのは十五の時だったよ」


 それは、自分が聞いて良いことなのか。少しだけ躊躇った。しかし、シエラフィアはただ小さく笑い、思い出を語るように続けた。

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