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エレディナ4

 ヘライーヌは精霊の書から四つの選定場所があるのではないかと推測していた。フィルリーネは解読を専門家に任せて読むのを後回しにしていたが、読んでいたらフィルリーネも気付いただろう。


 古い精霊語で書いてあるから、別に隠してるわけじゃないでしょ。読めないだけよ。私だって読めない古い言葉なんだから。

 だから、大した内容じゃない。その時には当たり前で、今では当たり前でなくなっただけだ。


 マリオンネがなかった頃、大地には精霊が溢れていた。住まう人間の比率が多くなり人間を地上へ下ろすことにした。その時に遺跡を作ったとしたら、どんな意味があるというのだろう。

 選定と言うのならば、何を選定する気なのか。


 地上に降りた人間に対して選定させるというのならば、その選定者は選ばれて何になるのか。

 今あるマリオンネの女王のように、世界の中心にでもなると言うのか。


 ではそれは、誰が選ぶのか。




『選定の遺跡だったらどうすんのよ』

『行けるとこまでしか行けてないって言ってるし、祭壇まで行けてないのかも。だって結構砂で埋まってるし』


 フィリィは魔法陣を描き近寄ってくる魔獣を退けながら、周囲を注意深く見回す。古い遺跡だとしても壊れた感じはない。ただ、あちこちに砂がこびりついたり、砂に埋まっている部分があった。

 建物が傾いているため片方に砂が寄っている。扉のない出入り口があったが、中は砂に埋もれていた。窓でもあって中に吹き込んだのだろうか。


 まだここは地階ではなさそうだ。下に降りる階段がありフィリィは歩きにくそうにそこを歩んだ。砂にまみれて所々段差が隠れてしまっているからだ。

 そこに魔獣が現れるので、もし剣しか使えない者だと戦うのは難しかっただろう。


 フィリィは涼しい顔をして魔獣を退ける。


「相変わらず、何と言うか、ほれぼれする魔法陣だね。フィリィが来てくれて助かるよ」

「いえー。私も呼んでいただけると嬉しいです。いい息抜き…、運動…、身体動かせるっていいですよね!」


 間違いなくストレス発散で戦っているが、それに付き合わされているアシュタルが苦笑いをした。王女のストレス発散で魔獣退治をしながらの護衛なのだから、それは苦笑したくなる。


 もしここに祭壇があるとしたら、魔導院が入る必要があるだろう。そしてそれらを知っている者たちには口止めが必要だ。

 そう考えているアシュタルが、リンカーネに質問した。


「この建物にはどれくらいの人が入ったんでしょう? 前に倒された魔獣は見受けられますが」


 もう死骸になって乾き切った魔獣が転がっていることがある。それは前々に倒したものだろうが、やはり数は多い。部屋が広いのでそこまで気にならないが、この数を倒したのなら大人数で来ていそうだ。


 それらを全て口止めは難しいだろう。アシュタルは何気ない質問をしているように見せているが、内心別のことを考えているに違いない。


「途中で戻った奴らもいたからねえ。それらを含めれば、そこそこいるだろうけど。まあ、でも三十人もいないだろうね」


 リンカーネは剣にこびりついた血を砂につけて落とす。乾いた砂は簡単に血を吸いこんで色を変えた。

 ラザデナはそんなに大きな町ではないが、三十人近くが全員誰かに話していたら、口止めは意味がないだろう。

 フィリィも想定はしていたか、子供のように頬を膨らませた。


「一番奥までは誰が行ったんですか? リンカーネさんと、ミゾルバさんと?」

「私たちと仲間六人だよ。一人が大怪我してね。だから途中で戻ったんだ」


 行けるところまでと言っていたのだから、本当に行けるところまでだったようだ。

 ならば祭壇までは辿り着いていないかもしれない。


『途中まで一緒に行って、やめて戻った方がいいんじゃない? 後でもう少し助っ人連れてきて行ったら?』

『助っ人なんてガルネーゼかイムレス様しか思い付かないよ。他の人たちだと私が外に出てるの知らないし。あとハブテル? ハブテル私の演技についてきてくれるかな?』


 演技じゃないじゃない。と突っ込みは置いておいて、ルヴィアーレを連れることは頭に入れていないらしい。

 それを外せばおっさん二人組が残った。あの二人はいくら何でも助っ人として連れてくるのは無理だろう。間違ってリンカーネにでも見つかったらどうにもならない。


 あの二人はどう見ても一般人とは言えない容貌だ。


「ほら、私らが来たのはここまでさ。ここから先はまだ何があるか分からない。もう少し行ってみるかい? それともここで魔獣を待つ方がいいかね」


 リンカーネはまだ戦う余裕があるか皆を見回した。

 どう見ても元気そうなイアーナ。のんびり余裕のあるフィリィ。アシュタルも全く疲れを見せていない。聞くだけ無駄だ。


 言うならばこの三人は王都でもトップレベルの力を持つ者たちと言っていい。


 リンカーネは肩を竦めた。言うだけ無駄だったと口にして。


「もうちょっと行ってみましょ。進んできて結構倒しましたし、余裕あるし。それにしても、どこから入り込んでるんですかねえ。ここに住んでるだけなのかな」

「住んでいるだけだと思います。真っ暗で所々狭い部屋もある。魔獣の住処として丁度いいんでしょう」


 ミゾルバが言いながら壁に印を付けた。左右に道が分かれているからだ。進む方向を記して逆側は後で確認すると道を折れる。


 建物は階高の低い神殿のようだった。小さい部屋はあるが廊下は一本道。たまに左右に分かれるが、それは廊下が四角に繋がっているからだ。それが三棟ほどあって繋がっているようだった。


「んー。たくさんの人が入る部屋があるけど、作りが下の階に降りても同じですね。やっぱり神殿かな。待合室たくさんみたいな」

「確かにそうだね。家具などは残っていないけれど、石のベンチやテーブルみたいなのは残っている。寝泊まりするような部屋ではなさそうだけれど」


 神殿であれば信者でもいたのだろうか。いや、ここがもし選定の祭壇のある遺跡ならば、それこそ待合室だろう。選定をする者が待つ部屋なのではないだろうか。


 フィリィは部屋を眺めながら、先へ進む。

 ルヴィアーレを連れてくればいいのに。そんなことを思っても無駄か。フィリィは祭壇まで行くだろう。ニーガラッツのせいで確認する必要が出てきたからだ。


 ニーガラッツがこの遺跡にも気付いていたら先を越されているかもしれない。フィリィは確認しなけれなならなかった。


 前王の手助けをしていたニーガラッツ。それがマリオンネと繋がることはないだろうが、繋がることがあれば、選定に関わった者にアンリカーダは何をするだろう。


 選定について、何を知っているのか、ヨシュアに一度確認したことがある。

 翼竜であれば種族の繋がりがあるため、それらでしか共有していない情報があるかもしれないからだ。


 ヨシュアは芽吹きの歌を知っていた。

 あれは、私も知っているけれど。


 芽吹きの歌は精霊に伝わる口伝のような子守唄で、意味はよく分かっていない。ヨシュアもその程度の認識で知っていた。

 だが、私が知っているよりも、もっと先の歌まで知っていたのだ。


「あれ、行き止まりですね」

 地下に降りきったか、一つの部屋に辿り着いた。長い階段の下にある階高のある部屋。

 妙な模様が地面や壁一面に描かれている。


「何だろうね。何もないけれど」

 リンカーネは部屋を見回して、中心にある台へ視線を向けた。


 フィリィは動かない。リンカーネに確認させる気だ。

 イアーナがちらりとフィリィを見るのを、アシュタルが睨みつけた。リンカーネとミゾルバは気付いていない。


 しかし、天井に魔導の塊は蠢いていなかった。だとしたら、転移の台の可能性がある。

 王都の遺跡のように出入り口のある場所ではなかったが、その可能性があった。


 リンカーネはぽすん、と台に手を乗せた。

「随分象徴的に置かれた台だね。ここで講壇でもするみたいだ」

「魔獣もここにはいませんね。ここが最下層みたいですけど、戻りましょうか」


 フィリィはリンカーネに何も起きないことを確認し、その場を後にすることを提案する。

 何も起きないならば、王都の遺跡と同じく、特定の者を移動させる魔法陣が隠されている可能性がある。


 フィリィは後で戻ってくるつもりだ。それを感じてアシュタルも階段を上るような仕草をした。今日の目的は魔獣退治である。ここに魔獣がいなければ問題ない。


「そうだね。戻るまでにまた魔獣を倒せるだろう。一旦戻ろうか。建物の構造も大体分かったしね」

 リンカーネの言葉に頷き、一度来た道を戻る。ここには巨大な魔獣が巣食ってはいないようだが、それでも魔獣の数は多かった。


「建物に穴でもあって、他の地下と繋がってると困るから、魔獣が減ったら穴探しをしなきゃって感じですか?」

「そうだね。まあ、地道にやるしかないよ。今はとにかく数を減らさなきゃならない。町にも近付いてきたりすることが増えているから」


 どこも同じ。魔獣が増えて、少しずつ町に近付く。

 小さな町では町を守る兵士や狩人が戦うしかない。そこに綻びがあれば町に魔獣が入り込んでしまう。

 そうなれば被害は甚大だ。


 来た道を戻りながら、まだ集まってくる魔獣を倒したが、さすがに魔獣たちも警戒したか行きほど襲ってくる気配はなかった。遠巻きにして逃げていくのを追わず、その後ろ姿を見送る。


 こちらも少々疲れが見えてきたので、リンカーネは無理をしないようにと追い掛けるのを止めた。引き際をしっかり制御することにアシュタルが珍しそうに眺める。


 王都でもないのに良い兵士がいると思っているのだろう。

 なぜかフィリィが鼻を高くした。あんたを褒めてんじゃないのよ。


「これで少しは減っただろう。助かったよ。建物もそれなりに確認できたし、付き合わせて悪かったね。それで、お礼と言っちゃ何なんだけどさ」

 リンカーネは町に戻る飛空艇の中で、あの魔導銃を渡してきた。


「フィリィなら簡単に使えると思うんだ。実は三挺あるからさ」

「いいんですか!?」

「いつも手伝ってもらってばっかで礼もしてないから」

「お礼はいらないですけど、これはちょっと気になるので遠慮なくいただきます」


 フィリィは本当に遠慮なく魔導銃を手にする。これでガルネーゼへの土産ができた。改造方法や流出先を調査する仕事が増えたので、きっとものすごく感謝するだろう。目に浮かぶ。

 

 リンカーネは前にここに来たシェラたちについて、結局何者か分からなかったと簡単な報告をしてきた。フィリィは苦笑いをしそうなのを我慢していたが、あれが隣国の王だと誰が思うだろう。

 イアーナが何の話をしているのかとぼんやり聞いていたが、お前のとこの王様の話だよ。と言いたくなる。


「リンカーネさん、また何かあったら教えてくださいね。できるだけ早くこっち来るんで」

「ありがとう。助かるよ。あんたたちも助かったよ。二人ともまた来てもらいたいね」

「出張退治、私と一緒に来ますから。安心して呼んでください」


 そう言って、フィリィはリンカーネとミゾルバに別れを告げた。

 それからの、切り替えの早さよ。町を出て岩場に隠れた途端、すぐに私を呼ぶ。


「エレディナ。直接あの場所ね」

「はいはい、分かってるわよ」

「え、戻る気ですか!?」

 もう帰る気満々だったイアーナが問う間に、さっさと転移をした。


「フィルリーネ様があのまま帰るわけないだろう」

 先程の建物の最下層に一瞬で辿り着くと、アシュタルは呆れたように言いながらあの台を見つめる。


「移動式でしょうか」

「どうだろう。でも、アシュタルも行けないかもだから、イアーナとここで待っててね。体力大丈夫?」

「問題ありませんが、もし移動式でも確認するだけにしてください。余計な真似をしないでくださいよ!?」


 アシュタルは口を酸っぱくして言う。前回王都の遺跡にルヴィアーレを連れる前、フィルリーネは行ったきりしばらく帰ってこなかったからだ。

 戻った時のアシュタルは憂えていたろうが、戻った途端ひどく怒り出した。

 それを思い出したか、フィルリーネはえへへ、と意味なく笑う。


「分かってる。分かってる。でも移動しないかもだし。エレディナ、一応、ちゃんとついてきてね」

「分かってるわよ」


 フィルリーネはそれに頷いて台に手を乗せた。その瞬間、台の下から魔法陣が浮かび上がる。

 ああ、やはり転移の魔法陣かと思った瞬間、フィルリーネから弾き飛ばされた。

 否、転移したフィルリーネから切り離された。


「エレディナ!? フィルリーネ様!!」

「何で…!? フィルリーネ!!」


 魔法陣は既に消えて、台に手を乗せていたフィルリーネの姿はもうどこにもない。


「エレディナ、どうなっている!!」

「分からないわよ! 魔法陣に弾かれた! 前の遺跡じゃ私も入れたのに、何で!?」

「くそっ!!」


 アシュタルが急いで台に手を乗せる。しかし、台は何の反応もない。イアーナもそれに合わせて乗せてみたが、何の反応もなかった。


「フィルリーネ様。フィルリーネ様っ!!」


 アシュタルの声は、広間にただ響いただけで、フィルリーネには届くことがなかった。

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