エレディナ2
例に漏れず、フィルリーネはイアーナも連れてラザデナの町へやって来た。
部屋の前に置いてくりゃいいのに。
イアーナを護衛に付けると断言してから、フィルリーネは律儀にイアーナを連れている。ルヴィアーレに情報を渡すとかは気にしていない。突発的なことに関してはともかく、外に単独で出掛ける時は問題ないと思っているからだろう。
アシュタルは最初良い気分ではなかっただろうが、少しは慣れて護衛の仕方を指示したりしていた。
フィルリーネは鼻歌を歌いながら砂の感触を確かめている。久し振りにラザデナに来られたから喜んでいるのだ。
私は暑いから嫌だけど。
「暑いー。私、無理―。もう隠れる」
ラザデナに転移してすぐ、エレディナは身を隠した。暑すぎて少しでも姿を現すのがおっくうだ。姿を隠してフィルリーネに付いていくことにする。
マントを被った三人の一行は、砂に埋もれそうになっている建物の影に降り立った。蒸し暑い風が靡いて、イアーナが口に入った砂をぷっぷと出している。
「すごいですね。こんなに砂が多い場所は初めて来ました」
「ラータニアには勿論ないよね」
「ありません。ラータニアはほとんどの場所が同じような陽気なんです。こちらのように日の暑さが鋭かったり、雪が降り続けたりもしません」
隣の国なのにそこまで気候が違うというのも面白い。グングナルドもキグリアヌンも北側、つまりマリオンネに近い場所は寒さが厳しい。キグリアヌンは特に雪深いと言う。
精霊の多さにも関係しているのだろうか。
ラータニアは精霊が多いと言うが、マリオンネの女王が国土の広さと狭さに関係なく同じ数の精霊を振り分けたのではないかと思わずにいられない。だからキグリアヌンとグングナルドは精霊が元々少ないのではないだろうか。
その上、浮島はそれにカウントされていないのではないか。
だってあれはマリオンネと同じ浮島だ。
マリオンネの浮島には精霊など人間以外のものが住む場所と言っても良いくらい、人間より多くの種が住んでいる。人間の住まう場所などほんのひと握りだ。
マリオンネの古い昔話を信じれば、マリオンネの女王から王族に土地が分け与えられた。しかしその後、マリオンネでは入りきらなくなった精霊を地上に送ったんじゃないのか? とか邪推したくなる。
マリオンネで暮らしていた頃、マリオンネに住まう人間と親しくしていた。
彼女は地上に降りたがっていた。人間が住まうマリオンネの土地は意外に狭い。地上はどれだけ広いのか、それを近くで見てみたいと口癖のように言っていた。
だから地上に降りてみようと思ったのだ。
降り立ったグングナルドの北側はひどく冷えたが、自分の属性からすればとても居心地の良い場所だった。マリオンネは精霊の恩恵があるため季節は一つしかない。氷の精霊が集まって雪を降らせることがあっても、女王を祝福する精霊が女王のために居心地のいい気候を提供したため常に温暖だ。
春ばかりで飽きてしまうマリオンネ。地上に降りれば素晴らしく自分に合った気候だと思った。
私はグングナルドに留まることを決めた。
グングナルドに定着するには契約がいる。そうすれば契約を破棄しない限り、もう他の国の精霊にはなれない。元々国が決まっている精霊に比べれば強制力は弱いが、それでもその国の王族の許可なしに、他国には入られない。
自由を放棄したことを後悔したことはない。ただ、情報収集が難しくなったのが、最大の難点となった。
「リンカーネさーん」
「フィリィ、久し振りだね! おや、ツレがいるのは珍しい」
「こっちがアシュタルで、そっちがイアーナです。お手紙いただいて、来るの遅くなっちゃってごめんなさい」
「いや、いいよ。忙しいんだろう? むしろ早く来てくれた方さ」
リンカーネは笑顔でフィリィを迎えると、一緒にいる二人にも挨拶する。
リンカーネは元兵士だ。アシュタルとイアーナが騎士であるくらいすぐに分かるのだろう。ふうん、と意味ありげに言ってじろじろと眺めると、にやりと口角を上げた。
「ナイトが二人もいるとは、恐れ入るね。しかも腕っぷしが強そうだ」
「二人ともすっごく強いです」
「助かるよ。今回行く場所は普段とまた違うからね」
リンカーネの手紙には、ひどく魔獣が増えた場所が見つかったと書かれていた。フィルリーネは初め兵士を向かわせるつもりだった。しかし、前王時代に魔鉱石を採るだけ採って魔獣を増やしたことにより、ラザデナの町を統括する領主は王族に懐疑的だ。
重要な資源を奪われたと言っても過言ではないのだから、その代がフィルリーネに変わっても王族に対する疑いは晴れていない。
そのため領主に兵士を送るよう指示しても素直に受け取られないと踏んだフィルリーネは、やはり自分が一度確認しに行くと言い出した。
結局は自分が見に行きたいのである。
そういうところはダメな上司よね。部下に任せるべきなところを、自分で動くんだから。
アシュタルが最近フィルリーネに小言を言う問題の一つである。子供の頃から自分で動くことに慣れすぎていて、他人を使う癖がまだできていない。
まあ、それでも良くなっているとは思うけれど、身体を動かしたいと思うのは仕方ないわよ。私だってあんな部屋で一日中書類見てるなんて、寒気がするわ。
フィルリーネが絶叫しないようにと、ガルネーゼが気を遣うほどである。山積みの書類を見て、たまには息抜きをさせるようにイムレスと相談していた。
ここで倒れられても困るしね。あの子は無理するの好きだし。趣味だし。馬鹿だし。
眠いって言いながら半目で、大分白目で、角材削っていたものね。馬鹿なのよ。
「ミゾルバさんも、お久し振りでーす!」
疲れがすぎているのか、フィルリーネはテンションが高い。遠出が嬉しすぎてうかれている姿を見て、イアーナがおかしな物でも見たかのような顔をしている。
ミゾルバは前よりも体格が大きくなっているような気がした。それに傷も多い。フィルリーネも気付いたか、うかれつつもミゾルバの傷を気にした。
「腕、ひどいですね。何にやられたんですか?」
「ラタナスの巣を掘り当ててしまって、その時にうっかりやってしまったんだ」
ミゾルバは太い腕についた傷をさすりながら言う。
ラタナスは四つ足の獣だ。鎌のような太い前足に削られたのだろう。ラタナスは集団で卵を守る習性があるので、その巣を掘り当てれば気を昂らせたラタナスに襲われたはずだ。
丸太のように太く硬い筋肉のある腕だが、これを両断するほどラタナスの前足は強い。あの傷でよく腕を落とさなかったものだ。
「それだけ多い場所に行ったんだよ。砂に埋まった建物でね。いつから埋まっていたのか。この町はそういった沈んだ建物が多いから」
「砂の増え方も相変わらずですか」
「そうだね。魔獣の増え方も相変わらずだよ」
死んだ土地。リンカーネは哀愁を帯びた瞳で黄金の砂を見つめた。
そんなしんみりと話をしている一番後ろで、イアーナが何かを落として砂の中に踏みつけている。
あの馬鹿。そんな浅い所に埋めてどうするのよ!
イアーナが足で踏みつけているのは、フィルリーネに頼まれて埋めろと言われた、魔獣を避ける魔鉱石である。
いくつか作りラザデナの町の周囲に埋めようとなったのだが、魔鉱石を使っているため見た目から勘違いされて高価な魔鉱石をどこで手に入れたのか問われても困る。
だから、こっそり町付近に埋めようか。とフィルリーネはイアーナに渡したわけだが。
もう、馬鹿。あいつ、馬鹿。ヨシュア並みのバカ!!
アシュタルも後ろに気付いたか、眉尻を上げた時だ。イアーナが粉骨砕身、砂の大地を踏みしめた。
ぼぐん! と濁った音がして、地面がえぐれ、砂が飛び散る。魔鉱石は中に埋まったが、リンカーネとミゾルバが咄嗟に剣を手にしていた。
「何かいたの!? イアーナ」
「い、いません! 歩きにくいから思いっきり踏んだところ、砂が飛びました!」
踏んだら砂が飛んだという言い訳はおかしいだろう。
アシュタルがそんな顔をして苦笑いをすると、イアーナの頭をはたいた。
「すみません。見た目によらず怪力なんです。砂の上を歩いたことがないので、加減が…」
その言い訳もどうかと思う。
フィルリーネもイアーナが何をしようとしたか分かったようだ。リンカーネとミゾルバに、いい助っ人なんですが、力加減が〜。なんて、アホっぽいフォローをしている。
リンカーネも呆れ顔だ。
「航空艇に乗るけど、足で穴を開けないでくれよ? そんな丈夫な子じゃないんだ」
「す、すみません! 気を付けます!」
イアーナは平謝りする。アシュタルにどつかれていたが、やりそうで笑えない。
『ちょっと、あいつ、やっぱり馬鹿なんじゃないの!?』
『やめて、言わないで』
フィルリーネの頭に語りかけると、意外に焦っていた。こうやって語り掛けると感情もこちらに流れてくることを、フィルリーネは知らない。本人は頭の中を覗かれてもどうでもいいと考えているので、感情を知られようともどうでもいいのだろうが。
年頃の女がである。気にしないのだから、フィルリーネに繊細な話が無理なわけなのだ。
『魔鉱石、一つは埋めたわよ。馬鹿の発想って分からないわ』
『こっそり埋めるってのが難しかったかなあ。通り道にやりたいから頼んだんだけど。ぎゅっと押せばできるって言ってたから頼んだのに』
『踏みつけてたからね。あんたもあいつも雑!』
『何で、私まで…っ!』
フィルリーネは頭の中でぶりぶり文句を言うが、二人の雑さは良く似ていると思う。あとガキなところだ。幼すぎる。
イアーナも護衛だと言う認識がないかようにきょろきょろ周囲を見ている。警戒はしているのだろうが、興味津々というところだ。その様子がフィルリーネと一緒だった。
ルヴィアーレも婚約者として今後どうする気なのか。本当に婚姻するのなら、フィルリーネはお子ちゃますぎると思うけれども。
ルヴィアーレはそれなりにフィルリーネに好意を持ち始めていると思……われる。おそらく。女性と扱うかはともかく、身内の数に入れられるようにはなってきたのではないだろうか。……多分。
代わってフィルリーネだが。あの子は精神が子供なので、語ることはない。
「こ、これに、乗るんですか?」
イアーナがこれから乗る航空艇を前にして、少しばかりおののいた。
まあボロいものねえ。ダリュンベリで王族の航空艇を見ている者からしたら、この航空艇はいつ墜落するかって心配になるのも分かるわあ。
だが、イアーナの主人の兄である王も乗った航空艇だ。
「改造されてるから、すっごく早いよ。大人しく乗りなよ?」
「ボロさはあるが、しっかり整備している。安心して乗りなよ。ただ静かに頼むよ」
アシュタルも若干微妙な顔をしている。アシュタルもラザデナに来るのは初めてだ。王女がこんな墜落しそうな航空艇に乗っていたとは思いも寄らなかっただろう。
そんな心配をよそに、フィルリーネ扮するフィリィはさっさと航空艇に乗った。
その姿を見て二人も渋々航空艇に乗り、目的地へと飛んだのだ。




