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祭壇

 闇の精霊。年に二度起きる渡りにより、魔導のない者でも姿を見ることができる精霊。


 渡りでは死んだ者の魂をマリオンネに連れていくと言われているが、その時期がそろそろやってくる。

 ラータニアでは季節の変わり目に起きる現象とされており、闇の精霊の渡りがあることについてルヴィアーレは、もうそんな時期か、と愁いを帯びた表情をして呟いた。


 ルヴィアーレがグングナルドに来て、もう少しで一年となる。





「フィルリーネ様より、昨日の闇の精霊の移動について、説明がございました」


 闇の精霊の渡りが近いが、まだ渡りの時期ではない。それなのに、一部の闇の精霊が逃げるように空を移動した。

 その話はにわかに噂となり、自分の耳にもすぐに入った。ルヴィアーレ様はその気配に気付いていたか、早朝王都付近で何か事件がないかと問われていた。不思議な魔導を感じたことと、いつもまとわりつく精霊が恐れを感じたそうだ。


 それが闇の精霊の移動だったのかは分からないが、王都付近で闇の精霊が動く何かがあったようだ。

 サラディカはフィルリーネの部下から説明されたことをそのままルヴィアーレに話す。


 王都付近にある遺跡から、闇の精霊が飛び出したと言う。原因は遺跡の中で何かがあったようだと言う曖昧な話だが、調査した魔導院からの連絡によると、新しい部屋が見つかったそうだ。


「遺跡の奥に住んでいた闇の精霊が何かしらのことによって逃げた可能性がある。魔導院が一度調べ安全は確保してあるため、確認に同行しないか、とのお誘いが」

「あの遺跡の奥か…。構わぬ。同行する旨を伝えよ」

「承知しました」


 ヘライーヌに案内されて入った遺跡。狭間の魔法陣を使った短縮されたルートで入り込んだため、王都付近と言われている遺跡が実際どこにあるかは聞かされていない。

 ルヴィアーレは興味があると一つ返事をしたが、深く潜る遺跡であり、逃げ場のない空間であることを鑑みれば、それなりの警戒はした方がいいだろう。


 イアーナは未だフィルリーネの護衛に入っており戻ってきていない。フィルリーネがこちらの警備を薄くする気があるわけではなく、イアーナを使いラータニアとの繋がりの強さを謳いたいと考えているのだろう。罰と言ってイアーナを連れ、フィルリーネの周辺をイアーナに確認させるついでに改心させる考えがあっても、イアーナへの罰はラータニアとグングナルドの繋がりを見せつけるためにも使っている。


 しかし、ここでフィルリーネに何かあれば、ラータニアが疑われる。その為イアーナは本気でフィルリーネを守らなければならない。それが理解できていない男なのに、それを強要する。


「試されているな…」


 イアーナが朝昼のフィルリーネの護衛をする分、フィルリーネ周辺の話はこちらに筒抜けになる。フィルリーネはイアーナがそれをルヴィアーレに話すことは折り込み済みだ。夜にはイアーナは離れるため、その頃に何かしているならば情報は入らないが、大抵のことはイアーナが見聞きできる。


 それを信頼していると言って良いものか。だが、外から見れば確実にフィルリーネがラータニアに信を置いていると見えるのだ。

 厄介な人だ。こちらでは想定がつかないことを行なってくるので、フィルリーネが次に何を行うのか予想が難しい。


「遺跡に案内など、何か企みでもあるのだろうか…」


 ルヴィアーレは二つ返事だったが、キグリアヌン国王子のこともある。イアーナの報告ではオルデバルト王子をマグダリア領へ送ることに決めたそうだ。キグリアヌン国とは大国同士の付き合いとして相手をしているだけで、協力し合う様は見せていないが、念の為と言うこともある。


 ルヴィアーレとの婚約を破棄し、オルデバルトと婚姻するとは思えないが、遺跡に行くには警戒はしておいた方がいいだろう。


 イアーナの報告を全て鵜呑みにするのも危険だ。あれは正直で単純すぎるところがある。ルヴィアーレ様も理解されているが、念には念を入れるべきだ。


「うわあ。すご、すごくないですか!?」


 護衛だと言っているだろうが。遺跡に辿り着いたイアーナの第一声に殴りたくなってくる。


 今朝だけイアーナはルヴィアーレと同行するように命じられ、イアーナはフィルリーネがいないことをいいことに、いつも通り大声を上げて感想を口にした。

 フィルリーネの許でも大声を上げているのではないかと、心配でならない。


 遺跡は王都付近にあると言っていたが、王都内にある地下廊下を進んだ先にあるようだった。地下からかなりの距離を歩き、移動式魔法陣を経ても距離を感じた。地上から考えれば城壁外へ出ているのかもしれない。




「あ、来た来た。姫さん、来たよ」


 魔導院のいつも目の下にクマがある子供のような研究員、ヘライーヌが袖に隠れた手で魔法陣の前に仁王立ちしていたフィルリーネを呼んだ。地下に降りる移動式魔法陣の前でフィルリーネは首だけでこちらに振り向く。


「眠っていないのか?」

 ルヴィアーレが問うとフィルリーネは軽く手を振ってみせる。機嫌が悪いのか目つきが悪い。確かに寝不足のようにも見える。


 さっさと魔法陣に乗れとせかされて、フィルリーネたちが乗る移動式魔法陣に足を踏み入れた。何人も乗れる大きさではないが、気にせず乗り込むとがくりと地下に沈んでいく。

「うわっ!」と分かりやすくイアーナが声を上げたが、レブロンの肘打ちがすかさず入りすぐに静かになった。


 この移動式魔法陣は地面ごと地下に降りる魔法陣で、イアーナはあまり見たことがないのだろう。冬の館で物見台に行く際に使ったが、道の見えない真下に降りるとは思わなかったのだ。


 円筒の空間をしばらく降りると開けた空間に出て再びイアーナが声を出したが、柵も何もないのでこの人数で乗れば揺れで落ちそうになる。落ちれば遠い下の地面にぶつかって死ぬだけだ。イアーナはそれが分かったか大人しく足元を踏みしめた。


「魔導院の者たちが確認はしているけれど、念の為警戒はしてちょうだい」

 地面に降り立つとフィルリーネが注意を促した。すぐにルヴィアーレがこちらに目配せする。イアーナのごくりと唾を呑み込む音が聞こえた。


 前に来た時と同じ、移動式魔法陣の丸い台を中心にして四方に伸びた線がある。壁は石でできた棚で、石板が入ったり空だったりしている。

 部屋の中は特に前と変わりがないように思えた。


「ヘライーヌ、開けてちょうだい」

「はーい」


 ヘライーヌは地面に描かれた模様をわざと踏むように片足で跳躍する。地面の模様は放射状の線だが、数カ所棚の前で円を描いていた。

 そこに三つの円がある。ヘライーヌはその真ん中の円へ飛び跳ねると魔鉱石を乗せ魔導を流した。すると、模様の線が光り始めたのだ。


「うわっ、すごっ」

 イアーナが驚くのも無理はない。部屋中にめぐらされていた線の模様に光と魔導が流れていく。足元に不可思議な感覚が通り過ぎ、再びヘライーヌの足元に光が戻る。


 すると、カチリと石が沈んで音が鳴り、途端目の前の棚が動き始めた。石でできたそれは重みを感じさせない動きで、左右に分かれたのだ。


「うわっ。隠し扉!?」

 イアーナの感想が部屋に響く。

 棚の後ろには一本の通路が見えた。奥の方は暗くて見えない。長く開いていないせいかカビ臭く、湿った匂いがした。どこか寒気のする空気が背筋を撫でる。


「闇の精霊がいるのか?」

「まだ少し残っているのよ」


 暗がりで良く見えないが闇の精霊がいるのは分かる。あの羽音のような音と、ギイッと言う警戒音が奥から聞こえた。


 フィルリーネは手のひらに集めた明かりを矢のように放った。放たれた光が通路を照らすと、闇の精霊が飛び出してきた。


「うわっ!」

 暗がりを好む闇の精霊だ。急激な明かりに驚いて部屋の壁や天井の四隅に固まった。

 思ったより闇の精霊は多かったようで、奥の方で覆い隠していた物が露わになった。


「あれは、祭壇、でしょうか?」

「そうよ。貴重な情報を封じている遺跡かと思っていたけれど、祭壇も隠されていたの」

「ここにいたのは闇の精霊だけか? 他にも…」


 フィルリーネに問うていると、ルヴィアーレが眉を顰めた。他に何かいるのか。魔物でもいたのか、警戒した顔を見せる。


「ルヴィアーレ様、何か気になることでも?」

「精霊が怯えている」


 ルヴィアーレについている精霊のことかと思ったら、それだけでなく闇の精霊も怯えているそうだ。フィルリーネが厳しい表情で頷いた。


「ここにあの精霊が来ていた可能性があるわ」

「あの精霊…。魔獣と混ぜたあれか?」

「そうよ。魔導院の研究員が扉が開いているのを見付けたの。そこに魔鉱石が残っていたから隠し扉の開け方が分かったわけよ。侵入した者がいたと言うことだわ。そして、その者と一緒に、あの精霊がいたのでしょう」


 話には聞いている。精霊と魔獣を混ぜた奇妙なモノがいたことを。ただ、王粛正ののちに洞窟へ行けば既にその奇妙なモノは姿を消していた。

 恐らくニーガラッツが連れたのではと言う話だった。


「では、ここに来たのはニーガラッツか」

「多分ね。魔導院に仲間がいるのでしょう。狭間の魔法陣が作られた跡があったわ。ニーガラッツはここに侵入し、隠し扉を開けた」

「あの祭壇に何かあったのか?」

「他と変わりないわ。ただの台よ。ただ…」


 その後はよく聞こえなかった。ルヴィアーレは目を眇めて一度祭壇を見遣る。

「お前たちはここに残っていろ」

 ルヴィアーレはそう言って祭壇への通路へ入った。フィルリーネがその前を進む。


 通路は隠し扉の向こうだ。護衛が全員通路に入り出入り口を閉められたら困る。かと言って誰も付けないのも不安だった。

 しかし、ルヴィアーレは留まるように指示する。フィルリーネの護衛も留まっていた。ヘライーヌは鼻歌を歌い部屋をうろつくだけである。


 アシュタルはじっとフィルリーネの背を追っていた。腰元の剣に手を置いているのが気になる。何か出るのではないだろうか。


 祭壇は狭い通路の先。天井高はこちらの高さと同じだ。幅員は人が二人通れる程度である。何かあるとしても出入り口を封じるくらいだろう。

 そう思った矢先、扉が閉まった。


「ルヴィアーレ様!!」

「大丈夫だ。中に入ると閉まるようになっている」

 後を追い掛けようとしたらアシュタルがそれを遮った。


「少し待て。少し経てば出てくる。フィルリーネ様はルヴィアーレ様に危害は加えない」

「ふざけたことを言うな! ルヴィアーレ様に何かあれば!!」

「ラータニアの人間に危害を加えるほど、フィルリーネ様は愚かではない」


 噛み付かんとしたイアーナにアシュタルは冷静に言うと、そのまま扉の前で微動だにせず扉を睨み付けた。

 こちらも冷静にならなければならない。例えフィルリーネがルヴィアーレに危害を加えようと、ルヴィアーレの方が強靭な力を持っている。


 イアーナが殺意を剥き出しにして剣を握っている。ここで戦いになっても問題だ。レブロンに目配せし、イアーナを下がらせる。


「サラディカさんっ」

「下がれ、イアーナ。アシュタル、中に一体何があると言う」

「マリオンネに関わることだ。我々には関わることはできない。王族のみが知れることだ」

「マリオンネ…?」


 中で一体何が起きているのか。その場で待機していることがもどかしいまま、ルヴィアーレ様の戻りを今かと待ち続けた。

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