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毒5

「フィリィ様、ナッスハルトでございます!」

 大きくバンザイしたまま人の前に立ちはだかる男に、フィリィは細目を向けた。


「知ってる」

「反応薄い!」

 しなを作りさめざめ泣かれて、更に冷ややかな目を向けると、フィリィはそれをそのままにして久し振りに集まっている子供たちに混ざった。


「フィリィおねえちゃーん!」

「おねえちゃんだ!!」

「みんな、元気だった? 今日も玩具を持ってきたわよ〜!」

「わーい!」


 今日の玩具は立体のパズルである。文字が描いてある棒状の物で、上手く言葉にして繋げていかないと形にならない。

 集まった子供たちは我先にパズルを手にし、各々組み立て始めた。さすが自分の玩具に慣れている子供たちである。何を言わないでもどんな玩具か想像できるようだ。

 これは別の視点から玩具を作らないとダメかな。なんて思っている端で、ナッスハルトが神妙な顔をして隣に立った。


「じゃあ、みんな、それ遊んでみて、あとで感想聞かせてね」

「はーい!」

 良い返事を聞いてから、ナッスハルトを促す。

 人気のない物陰に入ると、ナッスハルトが片膝を付いた。


「お命を狙われたと聞いております。ご無事で安心致しました」

「ヨシュアのおかげで事なきを得たわ。心配掛けたわね」

「お命を狙った者の追跡は、我々警備騎士も加わっております。必ずや犯人を捕まえてみせます」


 先程の戯けた雰囲気は一切なく、真剣な面差しが深く心配を掛けたのだと思わせた。ナッスハルトの心強い言葉に頷く。

 ナッスハルトとこうして直接会うのは久し振りだ。王女として警備騎士に会うことは稀で、警備騎士団長が王女に約束を取るのは難しい。

 前王粛清後、協力を得た人たちには声を掛けたが大勢の前だった。直接話すことができずにいたため、こうやって個人的に顔を見せるのは粛清以来だ。


「こちらにお呼びしたのは、ワックボリヌ夫人の居場所についてです」

「分かったの!?」

「マグダリア領の可能性があります。バルノルジたち商人のつてを使い、それらしき人物を確認しました」

 ここでマグダリア領か。


 ナッスハルトはロデリアナの事件があった後バルノルジに依頼し、商人たちに怪しげな動きをする者や怪しい取引を持ち掛けてくるような者はいないか調べていた。

 それだけでなく、貴族で身分を隠しているような者がいないか、いれば連絡がほしいと各組合に依頼していたのだ。

 商人の中には地方へ売買を求める者もいる。そう言った商人たちの繋がりで、怪しい貴族がマグダリア領に入ったことが分かったそうだ。


「航空艇を使えば簡単に見付かる可能性があるため、馬車でマグダリア領に向かったのでしょう。その道の途中、貴族の屋敷に身分の高い者が宿泊したそうです。その際に高貴な方への贈り物を用意するよう、注文がありました。他にも馬車の手配があり、長距離用の馬車を用意するよう命令があったと」


 急に用意するよう依頼され、商人は不可思議に思ったそうだ。贈り物と馬車を用意したところ、その身分の高い者は贈り物が気に入らず受け取らなかった。そのせいで、後でこっぴどく貴族に怒られたそうだ。

 宝石のデザインが古いと罵られたようだが、そこまで古いデザインでもなく、それなりに高価な宝石を突っ返されたので、商人は驚いたらしい。


 その相手が王都から来たことは聞いていたため、余程の身分の方だったのだと商人は思ったそうだ。

 その馬車の行く先を貴族は教えてくれなかったが、北東へ向かったと言う。

 北東はマグダリア領があり、ワックボリヌ夫人が居なくなった時期と一致していた。

 また、別の商人がマグダリア領で大きな依頼を受けた。


「マグダリア領、領主の館に、身分の高い女性が滞在しております。その女性のために衣類や宝石などを依頼されたそうです」

 マグダリア領はこの間文句を言いにきたおじいちゃん軍団の一人、元領主のサリーネスがいる。住まいは現領主と同じ場所。引退しているため本棟は使っていないだろうが、建物はいくつもあるだろう。敷地も建物もふんだんにある。キグリアヌンの王子を住まわせられるくらい容易い広さだ。


 そこに女性が追加されたわけである。

 女性は顔を隠していたが、ドレスなどの趣味から四十歳前後。サリーネスの愛人かと思ったが、言葉のやり取りから見て賓客のようだったそうだ。


「ワックボリヌ夫人だと確信はありませんが、その女性についていた侍女が王都の情報を欲しがったそうです」

 確かにそれは怪しい。現状警備騎士の仕事から離れた話になるため深くは調べられず、ニュアオーマには報告をしたようだが、直接会えるため自分に伝えてくれた。

 後でニュアオーマから報告が来るだろう。


「マグダリア領か…。秘密裏に調べさせるしかないわね。マグダリア領の元領主サリーネスは私に否定的だし、王都に住んでいる現領主のルカンタラに気付かれたくないわ」

 領主を調べるには表立って調べることは難しい。調べを知られないように影で動く調査が必要だ。


 結局オルデバルトはマグダリア領へ行くことを希望した。王城は信用できないそうだ。

 欲望が丸出しになるほど演技に疲れたようだが、もしかしたら焦っているのかもしれない。演技が大振りすぎて気付かなかったが、フィルリーネがオルデバルトに靡く様子を見せないので、計画変更かマグダリア領へ移動である。 


「オルデバルトもマグダリア領へ行く予定よ」

 ナッスハルトにこの間の出来事を話すと、眉間に皺を寄せた。

「キグリアヌン王子を毒殺の犯人とお考えでしょうか?」

「関わりはあるでしょうね。ただ、随分人を使っている。それでマグダリア領へ行くのならば、元領主のサリーネスが関わっていると考えられる」

「では、サリーネスはワックボリヌ夫人とキグリアヌン王子を会わせて良いと考えているのでしょうか」


 ナッスハルトの問いはフィルリーネを唸らせた。

 ワックボリヌ夫人の望みは夫を助けることだろうか。ワックボリヌを助けるだけで満足するとは思えない。ワックボリヌ一人助けても夫人の状況は改善しないからだ。この場合前王とワックボリヌの救出が目的とする。


 オルデバルトは前王を助ける気はないだろう。ルヴィアーレを陥れたいのならば前王に再び従う気はないはずだ。

 サリーネスはどう考えているか。


「ワックボリヌ夫人を招き入れるのならば、サリーネスは前王とワックボリヌを助ける気があるのかもしれない。オルデバルトにはそのつもりがなくとも、利用できるものは利用するでしょう。ワックボリヌ夫人が夫を助けたいならば、そこで一同集まり協力体制を取る可能性はあるわね」


 ただ、ワックボリヌ夫人は早々にロデリアナを捨てた。実の娘に何も言わず屋敷を出てマグダリア領に入るのならば、夫を助ける気があるのか疑問だ。それとも、二人とも娘に愛情がないのだろうか。


「想像ばかりよ。確かなものはない」

「キグリアヌン王子が我が国を乗っ取る気だとしても、まずは地を固める必要があります。サリーネスはそれが自分たちに有利に働くとしか考えていないのかもしれません」

 ナッスハルトも同意だと頷く。頷きながら少しばかり眉を寄せて見せた。


「キグリアヌン王子はフィルリーネ王女を利用するつもりのようですね。実の所、街でフィルリーネ王女の噂が流れております」

「王女の話って?」

「ラータニアの王弟と婚約していても、婚姻の話は中々進まない。前王の失脚により王女が多忙なのは理解できるが、ここにきてキグリアヌンの王子がやってきた…」


 どこか遠慮がちに言う辺り、碌な話ではないと想像がつく。あまり聞きたくないが口を挟まず聞いていると、王女はどちらを選ぶのか。と続いた。


「二股なんてしないわよ」

「当然です! そも、婚約前はキグリアヌンの王子が良く王都へやってきていたので、街の人間は王女の相手をそうであると勘違いしておりました。そのせいで誤解が生じているのでしょう」

 だがその話はあちこちで聞くらしい。


「噂が回るのが早いように思います。何者かが意図的に流しているような」

「だとすると、オルデバルト側でしょうね。何とかしてルヴィアーレとの婚約を解消させるつもりだったみたいだから」

 だがその甲斐なくオルデバルトは婚約は諦めた。

 ナッスハルトは自分のことのように悔しそうにしてくれるが、ぼそりと、どちらもお断りでしょうが。と呟く。


「まあねえ。どっちもお断りしたいわね。オルデバルトは特に」

「ルヴィアーレ様なら良いと!?」

 飛びつくように言ってくれるが、そんなことは口にしていない。


「ルヴィアーレは国に大切な姪が待ってるのよ。婚約は婚約のまま。マリオンネが少し不安定だから、当分ラータニアとは繋がりを持っていなければならないの」

「マリオンネがですか…。まだ、女王の件で?」

「その女王が、個人的にどう転がるのか分かっていないのよ」

「世界の中枢であるマリオンネの女王が、個人的に何かをする可能性があるのですか?」


 あまり心配は掛けたくないので軽く頷いておく。ある意味ルヴィアーレは自分の盾である。マリオンネがどう出るかは、ラータニアの後ろ盾で抑止されている状況で、それが外れれば何かに呑み込まれてしまうのかもしれない。

 アンリカーダは何を望んでいるのだろう。それはグングナルド前王と同じなのだろうか。ラータニアの浮島を手に入れて、何が起きるのか。それはまだ自分には分からない。


「マリオンネの協力者からは、女王やムスタファ・ブレインから突っつかれるような国にするなと助言されているわ。私が国をまともに治めていないと決定付けられれば、排除される可能性が高いの」

「マリオンネが、王族の動きに口を出すのですか? 前王があのような立場でも放置しておきながら!?」


 ナッスハルトに怒りが芽生えそうになる。それを抑えるように、フィルリーネはその肩を軽く宥めた。

 気持ちは分かるのだ。前王が国民を捨て精霊を集めていた時に、女王は何もしていない。それは女王が国を治める者を決める立場なだけで、国を治める者は王であるからだと思い始めていた。


 天の司と言われたマリオンネに住まう女王が地上を統治する王をまとめる者と言いつつ、実際地上に何かすることはない。女王は王を監視し、慈しみを持たず統治すれば王に罰を与えると言われていながら、何もしなかった。

 それは長い歴史の中でずっと同じ。


 しかし、ここにきてアンリカーダが地上に関わろうとしている。

 それが許されることだと言うのならば、何故もっと早く手を出してこなかったのか。

 マリオンネの立場は微妙だ。ずっとそう思っていたのに、今になって女王が歩き出すのか。


「納得がいきません。精霊の数も少なくなり、地方では魔獣も増えております。昨今は、王都に近付く魔獣すらおります」

「そうらしいわね。あなたたち警備騎士に討伐の依頼が多くなってるって聞いてる。ニュアオーマからも民兵を増やしたらどうかと言う要望書が届いていたわ」

「その許可を得たとは聞きました。報酬を増やして狩人の活動を上げることも」


 それでも強力な魔獣が出ると難しい。ルヴィアーレに教えてもらった魔導具を増やしたいところだが、全国となると他の方法も必要だった。

 やることは山積みだ。


「本日、マットルの仕事がなければと思っていたのですが、マットルは仕事だそうです。フィリィ様に会えていないと心配してました」

 しょんぼり言われて、つい笑みが溢れそうになる。マットルに言われるとなれば、フィルリーネも会えていないことに寂しさを覚えていると気付いているのだろう。わざわざ街で話したいと言ったのも、子供たちに会わせる気持ちが強かったに違いない。


 ナッスハルトは気を遣ってくれたようだ。

 ありがたいな。ほんのり心が温かくなる。


「ナッスハルト、子供たちをお願いね。ここに来れる日はあまりないだろうから」

「勿論でございます。子供たちの様子は私が良く見に参りますから、フィリィ様はお身体にお気を付けください。よろしければ、手紙などお渡しできるように致します」

「本当に!?」

 嬉しいことを言ってくれる。感激に諸手を挙げて喜びを表しそうになると、何故かナッスハルトは両手を広げた。


「飛び込んできていただいて構いませんよ?」

「じゃ、帰るわね」

「ひどいっ!!」


 いつも冗談で和ませてくれる? ナッスハルトには感謝したい。くすくす笑うと、ナッスハルトはそっと手に触れてそこに口付けた。


「どうぞ、御身お気を付けください。私は常にフィリィ様の心と共に」

 触れた手の甲が婚約の印として滲むのが見えると、ナッスハルトは寂しそうにそっとその手を離した。

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