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調査4

「シニーユさん、今日はちょっと時間がないから」

「じゃあ、これだけ着て、これだけ!」

 無理に渡された衣装ごと試着室に押し込められる。これは観念するしかない。


 フィルリーネ用の衣装なのだろう。色は抑えめの暗い紺なのだが、銀の刺繍が暗さを感じさせない。かなり大人びた装いで、夜会などに着るような衣装である。

 それでも背後のスカートに量感があり、正面はすっきりとしながら、背面は豪華に見せていた。


 いつも通りと言うか。毎回斬新な衣装だ。フィルリーネが着れば他の令嬢たちもこぞって似たような衣装を作るだろう。シニーユを専属にしてからフィルリーネの衣装は流行の最先端である。


「似合いすぎるんだけどっ!」

 感無量。とシニーユが祈るようにフィリィを見上げた。何故膝を付いて見上げてくるのか。その体勢で待っていたのか?


「彼氏さんも見てください! 素敵でしょう!!」

 彼氏呼ばわりされたアシュタルが、一瞬据わりが悪そうに腰掛けていたソファーから身を浮かせた。

 アシュタルは彼氏発言に戸惑いを隠せないようだ。王女の彼氏呼ばわりはさすがに同情するからやめてあげてほしい。


「き、貴族の衣装をよく作られるんですか?」

 自ら会話を変えるべく、アシュタルがシニーユを誘導する。今日の目的はシニーユから情報を得るためだ。


「私のお店は街の人向けなんですけど、依頼されたら貴族の方の衣装も手掛けるんですよー」

 シニーユは独立して個人の店を得られたが、世話になっていた師の依頼で貴族たちの衣装も手掛けている。

 フィルリーネの衣装を手掛けることになったのも、フィルリーネがあまりに我が儘を言うため、店が違うながら別の商人の元で図案を手伝っていた。それがきっかけでフィルリーネの専属となったのだが、そのおかげで他の貴族から引く手数多となっていた。


 今、売れっ子の服飾デザイナーである。

 そして、多くの貴族や商人と繋ぎが増えた人でもあった。


「では、多くの貴族に会われる立場なんですね。すごいなあ」

 アシュタル、演技が下手だね。作り笑いがとても不自然である。しかしシニーユは気にならないか、恥ずかしそうに、えへへ。と笑った。


「シニーユさん、最近羽振りのいい人知りません? 衣装に限らず色んな商品を購入する方とか。ラータニア王子との婚姻でラータニアの商人も増えているでしょ。これからの流行を追うにも、そう言った人の動向知れたらと思うんだけれど」

「えー、そうねえ。フィルリーネ様が政権を得られてから、お金を派手に使う人減っちゃったのよ。それで打撃与えられた商人は多かったのよね。粛清受けた貴族の専属商人たちはたまったものじゃなかったって言うし」


 経済に打撃を与えるつもりがなくとも、貴族たちの身分が剥奪されれば、それを客としていた商人たちは大きな痛手を受けただろう。

 その中には前王に手を貸していた商人もいたため、制裁としては丁度良かったが、巻き込まれた商人や職人も多い。


 前王の時代でも突然没落させられる貴族もいるため、商人たちが自身で見る目を持たなければならないのだが、フィルリーネが反意を翻すとは思っていなかっただろう。

 損害を多く被った商人には給付金を与えたが、経済が一時的に落ち込んだのは確かだ。


 そこで新しい投資者や購入者がいれば、勘の良い商人は噂を聞きつける。

 金払いの良い客を見付けた商人が、良い職人を当てがうのは予想ができた。シニーユはそれに斡旋されやすいはずである。


「ラータニアの商人か分かんないけど、前にその人に会って衣装をいくつか売ったわよ」

 やはりか。シニーユであれば掠る可能性があると思っていた。シニーユの顔は広い。


「投資家ってわけじゃないけど、いい商品を集めたいって話で」

「あはは。ラータニアに輸出でもする気ですかね」

 アシュタルが軽く笑って見せる。頑張って世間話風に進めているようだ。

 シニーユは気にせず、衣装をせっせと手直ししている。


「政権交代で損をした商人と取引をしたって話も聞いたわねー」

「取引って、どんな?」

「んーと、技術が素晴らしいから援助するとか、使っていない農場を買い取るとかね。でも同じ人かは聞いてないから、ラータニアから投資家が増えてるんじゃないって話」

「シニーユさんの周りでもそんな声を掛けられた人がいたりしたんですか?」

「衣装は依頼されたけど、それ以外は又聞きなんだ。前の王のせいで大変になってる人が多いんじゃない? だから、買い時だと思ってるラータニアの投資家でもいるんじゃって話よ。だってフィルリーネ様のお相手はラータニアの王子でしょ?」

「なるほど…」


 冗談を言うように問うていたアシュタルがこちらに目配せする。

 これ以上聞いてもシニーユは気にならないだろうが、何かのきっかけでこちらの話を誰かにされても困る。

 アシュタルに頷き、ここら辺で切り上げることにした。

 



 カノイが調べた調査書を横目にしながら、処理待ちの書類に判を押す。

 ぺったんぺったん。時折唸りながら、印肉をつけた。


「ちゃんと、読んでいるだろうな?」

 脇の机でガルネーゼが疑いのまなこを向けてきたが、ひらひら手を振って適当に返す。

 書類よりも調査書をちら見していたのが気になっているようだ。仕方なく、その調査書を手渡す。


「こっちで調べてるものなんだけど」

「こそこそやってたやつか。同一人物が行っている可能性は高いのか?」

「最低でも三人だけど、命令している者がいるんじゃないかなって」

「随分と幅広いな。三人で振り分けて声を掛けているにしても、数が多いようだが」

「だから、そこそこお金がないとねって話」

「確かに」


 カノイが再度調べた調査書には、三人の人物が援助や新しい販路の提供、売買を始めたと書いてある。声を掛けられた商人や職人は種類がばらばらで、目的もばらばら。一定のまとまりはない。

 しかし、カノイはそこに奇妙さを感じたと言う。


「それ全てにルヴィアーレ王子が関わっていると考えた点はどこなんだ?」

「前王に関わりのある商人に声を掛けていること」

「それだけで?」

「それだけよ」


 ガルネーゼが長い足を組み替える。居心地悪そうにするので動作が大きい。机が小さいわけではないのだが、これ見よがしに足を組んだ。


「また足伸びたんじゃないの?」

「伸びるか! カノイの勘だけで調べさせたら、こんな書類が出来上がったのか?」

「ルヴィアーレの部下が最近街に良く出ることを知ったからよ。ルヴィアーレの部下には諜報部員がいるからね」


 顔の似ている部下たち。彼らは未だ監視を強めにしている。ルヴィアーレがラータニア有利になる何かをしてもおかしくないからだ。


「それで調べさせていたら、商人や職人に声を掛けていたことが分かったの。それを深く調べるようにさせたところ、ルヴィアーレとはまだ分かっていないけれど、やたら活発に動いている者が三人出てきたのよ」


 ルヴィアーレと分かりにくくしていても、ルヴィアーレが関わったであろう商人がおり、彼らは宝石や衣装などを扱っている店を持っていた。


 カノイはこれらについて、ルヴィアーレの名を隠した接触であったことに不穏なところを感じたのだろう。

 それとは別に、やけに活動を増やしている者が三人いる。カノイが言うにはこれらもルヴィアーレの関わりがあるだろうとのことだ。


「それにしても幅が広いな。商品だけでなく、土地もか。畑もあるな。ダリュンベリだけじゃないのか」

「他の州は別に調べさせてる。今分かるのはカサダリアだけよ」

「確かに気になる案件だな。大規模ではないが多種多様と言うか。しかし、前王に通じる商人や職人は三割程度。他に共通点はないのか?」

「今のところはないわね。でも三割は充分じゃない?」

「まあな」


 シニーユの話からも、前王の失脚により損をした者たちが含まれていた。

 何かを調べようとしているのかどうか。ただの偶然かも知れないが、無視しにくい偶然である。

 前王の影響で不利益を被った者たちから、土地や商品の権利を得るつもりならば、それはそれで問題である。他国の人間に奪われてはならないものがないか、確認させておくべきだろう。


「何にせよ、警戒するに越したことはないか。こちらでも調べさせるぞ。前王が気になっているなら、前王に懇意にしていた商人は分かっている。廃業させた商人の関係者含め、現状を確認させよう」

 逆の発想で調査を進めてくれるならありがたい。そちらはガルネーゼに任せよう。


 だから仕事に集中しろと喝を入れられると、丁度ノックの音が響いた。

 休憩のお茶がやってきた。アシュタルが側使えを執務室に入れる。


「あらー、休憩時間ね。お茶にしましょう。ガルネーゼ」

 ガルネーゼは舌打ちしそうな顔をしたが、気にしてはいけない。甘いお菓子を食べて集中力を高めようではないか。


 見慣れた側使いが音を立てないように茶器を揃えてくれる。今日のケーキは甘酸っぱいシロップが果物に掛けられたタルトだ。お茶はさっぱりとした香りの紅茶である。


『それ、臭い』

 不意に届いた声に、フィルリーネは顔を上げた。

「アシュタル、扉を封じなさい!」

「は!」


 フィルリーネの突然の命令でもアシュタルはすぐに察して扉を閉めると、腰の剣を手に掛けた。きゃっと言う悲鳴が側使えから上がるが、彼女の腕を無遠慮に掴み地面に平伏させた。


「わ、わたくしは、何も!」

 蒼白になった側使えはフィルリーネの専属だ。ヨナクートを側使えに上げる際、彼女が指名してきた信頼できる者の一人である。


 がたがたと震え出した彼女は震えるだけで顔を地面に向けたまま、こちらを見上げようとしない。近付けばアシュタルが顔を上げさせたが、嗚咽が漏れそうなほど目に涙を溜めて唇を噛み締めていた。

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