来訪4
「フィルリーネ様に贈らせていただいた贈り物は、お気に召していただけましたか?」
オルデバルトはそちらの方が会話が弾むだろうと、話を変えてきた。
オルデバルトはいつも来訪時にやたら贈り物を持ってきていた。それに喜びを見せるのはフィルリーネの役目だ。今回も同じく贈り物と一緒に来たわけだが、ただ今回はその量が多く、特に宝石類を持ち運んだ。
「たくさんあって、わたくしまだ全てを確認できていませんのよ。我が国にいらっしゃるのに、あのような贈り物必要ありませんのに」
「フィルリーネ様にお世話になるのですから、あれくらい大したことございません」
「オルデバルトったら」
お世話なんてしないよ。気持ち悪いこと言わないでくれないかな。
しかもあれだけの物、何が入っているかも分からない。それこそロデリアナのように媚薬のような怪しげな呪いが掛かった宝石が出てきてもおかしくない。
それを調べるために魔導院が一生懸命開けては閉めてを繰り返している。
そのためまだ全てが確認できておらず、こちらにその目録は届いていなかった。
とりあえず宝石があったことは伝え、それに満足していると見せておく。
余計な手間ばっかり増やして迷惑極まりないのだ。
「気に入っていただけるものがあると嬉しいのですが。特に虹の輝きと称された美しい宝石がございます。フィルリーネ様にお似合いになるかと」
「もったいないことですわね」
宝石自体に感想は言わず、フィルリーネは庭園を案内する。この庭園は他の庭園に比べて周囲の木々が低く、辺りが確認しやすい。刺客が隠れにくい構造をしているからだ。
天井には傘のような色ガラスが模様のように敷かれ、時間によって角度を変えて直射日光を遮断した。
それが時折きらきらと輝くので、木漏れ日のように地面が煌めく。話すこともないので紹介だけしておく。
さて、あとはそちらの要求を聞きたいところだが。
「ダリュンベリは暑いですから、オルデバルトも外に出る時はお気を付けになって。お部屋で不便があるようなら遠慮なくおっしゃっていただいて良いのよ」
「フィルリーネ様のご好意に感謝します」
オルデバルトはそう言って口角を上げた。
「こちらに身を寄せている身分ではございますが、一つだけお願いがあるのです」
「まあ、何かしら?」
「自国であのようなことになってしまい、私も心を痛めたところでございます。その心の拠り所でもあるグンナルドには頼れる友人が多く、今回のことでその友人たちの大切さを再確認いたしました。私には頼る友人がいることに安堵するばかりでございます」
そりゃ良かったね。その友人たちほとんど捕まってるか死んでるかだと思うけど、言いたいことは分かった。
「グングナルドの友人たちに、会う機会を頂けないでしょうか」
オルバルトは何かを絞り出すように、願いを口にする。懇願する様が演技かかりすぎていると思うのだが、本人良いと思っているので良いのだろう。
王子やめて演劇やればいいのに。
「友人とお会いするのにそれを止める必要などなくてよ。あなたは我が国の賓客だわ。お誘いのご連絡が来ていることも存じています。遠慮せずお会いになって」
「フィルリーネ様、お優しい言葉、感謝申し上げます」
「ただ、オルデバルトに何かあっては困りますわ。お会いする時は、こちらの指定したお部屋でお会いになって。警備も万全なお部屋をつくらせていただくわ。危険があってはならないでしょう?」
会うのは構わないが、見張りはさせるに決まっているだろう。そんな返しをされるとは思っていなかったか、返答にオルデバルトは一瞬動きが止まった。
どうやらまだオルデバルトはこちらを高飛車な王女のままで捉えているようだ。フィルリーネが率先して前王の座を引き摺り下ろしたと信じていないのだろう。ルヴィアーレ辺りに唆されたとでも勘違いしているのだ。
それならばそれでいい。
「心配でしてよ。あなたに何かあったらキグリアヌンの王に申し開きができませんわ。あなたに無事国に戻っていただけるよう、精一杯警備をさせますから、安心なさって」
「あ、ありがとうございます」
警備は万全だと言い切ると、オルデバルトが若干口籠もった。内心舌打ちしているかもしれない。
オルデバルトの身を心配している体は崩さない方がいいだろう。それが嘘だとまだ見抜かれていないのならば、勘違いしてもらった方がありがたい。
侮られていた方がやり易い。どこまで騙されてくれるかだが。
「警備が多過ぎてもあなたの負担になるかしら? ですが、我慢なさって。わたくしたちは長年のお付き合いをしてきた間柄。幼馴染とも呼べる関係ではなくて? そのあなたに何か起きるなどと、考えたくもなくてよ。そうでしょう?」
「フィルリーネ様がそこまで私の心配をしてくださるとは。感無量でございます」
オルデバルトの演技が始まった。まるでこの男に光が当たっているかのようだ。舞台の上でぴかぴか照らされているかのように思える。
乗ってきてくれてありがたいが、オルデバルトはどさくさに紛れて手を握ってきた。
殴るな私。我慢しろ私。回し蹴りはしてはいけない。
「オルデバルト…」
その手を離すことなくオルデバルトを見上げると、何故か距離を縮めてきた。
頭突き。頭突きしたい!
それ以上近付いたら頭突きする。今すぐ!
「フィルリーネ様」
あと少しでオルデバルトの顎に頭を突き出しそうになるところ、オルデバルトではない男の声がフィルリーネを呼んだ。
「ルヴィアーレ様。いらっしゃったの?」
声に反応してすぐにオルデバルトから離れる。
浮気現場見られたみたいな感じがするのは気のせいだろうか。全くの気のせいだろう。うん。とりあえず、もう一歩後ろに下がっておく。
ルヴィアーレは久しぶりにキラキラ嘘笑顔を向けて近寄ってきた。嘘すぎて気持ち悪…、やけに笑顔なのは、オルデバルトを前にして性格を見抜かれぬよう警戒しているからだろうか。
「庭園に出ていらっしゃると伺いましたのでお探ししました。オルデバルト王子とお話をされていたんですね」
「ええ。先程コニアサスもいたのよ。庭園を案内しておりましたの。わざわざ迎えにきてくださったの?」
「いつまでもお戻りにならなかったので」
心配したのかな。まあ違うよね。嘘笑顔はしっかりと貼り付き、こちらに向く目がひどくいかめしい。静かな威圧が寒気を誘う。その目はこちらに向けるものではないと思うのだけれど。
しかし、ルヴィアーレはフィルリーネに近付くと腰に手を回した。
「あまり心配をさせないでください。体調も万全ではないのですから、お身体ご自愛いただかないと」
体調が悪いからオルデバルトの相手はあまりできないよ。と言う名目でオルデバルトの相手をしていなかったので、ルヴィアーレはそれに合わせて会話を進める。
「冷えてしまいますから、部屋に入りましょう」
いつの間にか用意していたショールを肩にかけると、ルヴィアーレは婚約者らしくフィルリーネを促した。
けれど何故だろう。とても機嫌が悪いように思える。笑顔の中の剣呑な光が、こちらを突き刺してくる気がする。
話途中で出てきてしまったから怒っているのだろうか。良く分からない。
「オルデバルト。あなたもお部屋にお戻りになって。あなたも風邪など引かれないようにね」
「ご配慮感謝いたします」
うやうやしく頭を下げるのを見て、フィルリーネは背を向けた。できればオルデバルトが戻るのを見届けたいが、ルヴィアーレが急かすようにぐいぐい腰を押してくる。
やはりどこか不機嫌なように思える。
『あんたがあのアホ男とべたべたしてたからじゃない?』
エレディナの声が頭に届いた。
べたべたって何かね。してませんよ、べたべたなんて。気持ちの悪い嘘を言わないでくれないかな? それは大きく否定したい。
『突っ込むところ、そこじゃないのよ』
エレディナが大きな溜め息を吐いて気配を消す。何の突っ込みだろうか。
首を傾げたいのを我慢して部屋に戻ると、廊下を歩いている間黙っていたルヴィアーレがやっと声を出した。
「何を話していたのだ?」
「頼れる友人と会いたいってお願いをされた」
「それで見つめ合っていたわけか?」
見つめ合ってたわけではない。殴るか殴らないか心の中の葛藤と戦っていただけだ。
実際危なかったね。あと少しで頭突き。いや、近付くのも嫌だから、拳を顎に一発お見舞いしちゃうところだったよ。
「もう少し遅かったら、右手が出てたわ」
シュッシュ、と腕を振りかぶる身振りをして見せると、ルヴィアーレが息を止めたような顔をしてこちらを見下ろした。
「殴る手前です」
「…そうならなくて良かった」
ですよね。私もそう思う。頑張って我慢したよ。偉いでしょ。
「オルデバルトはどうしても君と婚姻を結びたいようだな」
「仲が悪いと思わせて、真意を問う方が楽か迷うわ」
「迷うな」
「仲悪いの訴えた方が良かった?」
即答に仲の悪さを訴えるべきかと思ったが、それを邪魔したのはルヴィアーレだった。
仲の良さを訴えた方がルヴィアーレはいいと思っているようだ。
「その見下す目線やめてくれない?」
正反対の答えが気に食わなかったらしく、ルヴィアーレは鼻の上に皺をつくる。
まあそうよね。ラータニア王はグングナルドの後ろ盾としてマリオンネの前に立ちはだかった。ここでフィルリーネがルヴィアーレと不仲になったとマリオンネに知られれば、ラータニア王の努力が無駄となる。
「隙があると思われては困る」
「そうね。キグリアヌンにここで出てこられても困るわ」
お互い仲が良い婚約者なのだと思われていた方がこちらも助かる。
オルデバルトに夫候補としてしゃしゃり出られては、王派たちに活気を与えることになるだろう。それは避けなければならない。
前王が捕らえられラータニアは同盟国となっている。キグリアヌンの入る隙はないと知らせた方が良いのは確かだった。
そう肯定したのに、ルヴィアーレは隣で不満気な顔を向けてきた。
「他に何かあった?」
「…何も」
いや、あるよね。珍しく顔を背けて会話をやめる。何か問題でも?
じっと睨みつけたが黙ったままなので、良く分からない理由で不機嫌な男は放っておいて、今回の騒動の説明を受けたい。
部屋に来たのはオルデバルトに付けていた侍女で、信頼のある者だった。先程オルデバルトの後ろで申し訳なさそうにしていた女性だ。
「オルデバルト王子を止めることができず、申し訳ありません。迷ったふりをして庭園前まで来ると、庭園が気になったと言われ制止を振り切り庭園に入られてしまいました」
どうやら庭園に行くことが目的だったようだ。王族専用の庭園に賓客が入られないわけではないが、止める者がいても勝手に入るようならば、庭園に用があったのだろう。
「庭園を物珍しそうに見ながら進む方向は知っていたかのように、コニアサス様のいらっしゃる場所まで進まれました」
「コニアサスが目的だったと思うの?」
「おそらく、そうであったと思われます。どこで知り得たのかは現在調査中ですが、侍女たちは必ず二人一組で行動しておりますので、妙な真似をする者はいないと考えております。ただ、オルデバルト王子のお部屋に入られる者は他にもおりますので、知らせを受け取ることは可能かと」
例えば清掃を行う者たち。食事を出す者。数えれば数人が可能だ。端から調べるしかないだろう。
「また、お一人になる時間を望まれることが多く、扉の前に待機はしておりますが、何かしらの連絡を行っている可能性もございます」
「オルデバルトに近付ける者たちの身を調べ直すようにしてちょうだい。魔導院にも調べさせましょう。魔導を使用した可能性もあるわ」
「コニアサス様への警備も増やしましょう」
控えていたアシュタルの発言に頷く。コニアサスに近付く理由は何なのか。オルデバルトがこの国を乗っ取ろうとする気であれば、コニアサスは邪魔でしかならない。
そうであれば、コニアサスに近付き何を行うのか、考える前にオルデバルトを消したくなる。
「あの男をコニアサスに近付かせぬよう、徹底してちょうだい」
ソファーの肘置きを握りつぶす勢いで握る。コニアサスに手を出す者は誰一人として許さない。




