ロデリアナ3
「お嬢様、戻りました」
「早かったわね」
屋敷に戻ると、ロデリアナは衣装部屋を開いて、ドレスを並べていた。
隣でヘレンが、ルヴィアーレ様に会うための衣装選びよ。と説明してくれる。
「それで、どうだったの?」
「お金は支払わなければなりませんでしたが、一つだけ手に入れられました。貴重な物だと言うことで、お預かりしたお金では足らなかったようですが、今回は特別まけてくれました」
「全部支払ったって言うの!? いくら持っていったと思ってるのよ!」
四つがタダなら五つ目もタダにしろと言いたくなるようだ。しかし、男は五つ目を無料で渡す気はなかった。
男の小遣い稼ぎかもしれないが、あの手に者には支払いをしなければ得られる物はない。
「申し訳ありません。さすがにこれ以上は無理だとおっしゃられて」
「ふん。まあいいわ。ちょっと、ヘレン。ドレスに合う、もっといい宝石があったでしょ!」
「他の宝石は差し押さえられてしまいましたから」
「嘘言いなさいよ! どうせ使用人たちに盗まれたんでしょ! あいつら、何なの!? 私の宝石を勝手に持っていくだなんて! 私を何だと思ってるのよ!」
がしゃん、と宝石箱が飛んだ。中に入っていたエメラルドやルビー色の宝石が無惨に地面に転がる。
「お母様の部屋から別の宝石を持って来てよ! 新しいデザインの物もあったでしょ!」
「それは、奥様はお休みですし…」
「ずっと離れに籠もりきりなだけじゃない! 誰も向こうの部屋に行ってないんだから、宝石ぐらい持っていっても気付かれないわよ!」
ロデリアナの癇癪にヘレンが頭を下げると、別の侍女に目配せする。すぐに部屋を出ると廊下を走る音が遠のいた。
母親は離れで休んだまま、本棟に現れていないらしい。衣装部屋も離れに移動させているだろうが、そこから宝石を取ってこいとは、盗みを働いた使用人たちと変わりはない気がする。
「それで、見せてご覧なさい。偽物つかまされてないでしょうね」
「はい、こちらです」
開いた小箱にロデリアナがにんまりと口端を上げた。見ただけで偽物だと疑わない辺り、前回の魔導具も見ているのだろう。取り出して軽く確認し、すぐに小箱に戻す。
「間違いないわね。同じ色、同じ形よ。前回は特別譲ると言ってたけど、そんなに高価な物だなんて。結局五つ分購入した気分よ」
「前回四つお譲りしてくれたのは、お手紙の主をお嬢様が疑ってらしたからでしょうか」
「そうかもしれないわね。お父様に恩があるからと言って、あんな汚い店に呼ぶなんて、頭がおかしいのよ。この屋敷が見張られているから来ることができないなんて、都合のいい言い訳なんてして!」
「確かに、このお屋敷の門には城の兵士が待機してますけれど…。そのお手紙をくださった方はお店にいらっしゃらなかったようですが、カードを渡せばすぐ対応してくださいました」
「私だって会ってないわよ。手紙をもらっただけだわ。恩があるならばもう一つぐらいタダでくれればいいのよ」
「そうですね…」
「次にルヴィアーレ様が来た時にお渡しするから、その小箱をもっと素敵な物にしておいて。ヘレン、香水はどこ!?」
ロデリアナはもう興味を失ったと、ヘレンに香水を並べさせる。いくつもの美しい瓶が並ぶのを眺め、鼻歌を歌った。
「お嬢様、こちらの香水はいかがですか? ルヴィアーレ様にお会いするなら、いただいた香水をお付けするのも良いかと」
誰かから贈られたのか、並べられた香水瓶から小ぶりの透明な瓶を選ぶ。
「ルヴィアーレ様が訪れた際にお付けするべきでしたね。魔導が入った香水なんて、簡単に手に入れられませんもの」
「この間は浮かれて忘れていたわ。胡散臭いと思ってたけれど、魔導具が本当に効果があったのだから、付けてみてもいいわね」
香りは確認していたのか、ヘレンはシュッと香水をロデリアナに吹き掛けた。甘い香りが一瞬漂ったが、すぐに香りが消える。
しかし、その部屋にいた誰もに香りがまとわりつくような、濃い匂いだった。
「魔導が入っているのですか?」
「男を惑わす魔導が入っているんですって」
ヘレンが答えると、ロデリアナはそんなものは必要としていないと言いたげに、ぱたぱたと手で仰ぐ。
「危険から身を守る魔導が入っているのよ!」
「そ、そうでしたね。事件のせいでお嬢様を蔑ろする者がいるかもしれないから、そのような者には瓶を投げつけても良いとか。そんなことないでしょうけれど、お嬢様に何かあってはいけませんからね」
余計なことを言ったと、ヘレンは愛想笑いをする。
男を惑わしながら、敵と見なす者に瓶を投げつけろと言うと、猫にまたたびを与えるような怪しげなものが入っているのではないのか。
多用はしない方がいいのでは? そんなことを口にすれば瓶が飛んできそうなので、口にはしない。
魔導が入っていると言うのはあながち嘘ではない。男を惑わすかどうかは知らないが、先程の香りで部屋の空気が重くなった。
ノックの音が響き、侍女が顔を出す。ヘレンが受けると、ルヴィアーレの来訪を告げた。
「ご連絡もなかったのに、いかがされますか?」
「構わないわ。ルヴィアーレ様、こんなに早くいらっしゃるなんて。部屋にお通しして! ヘレン、着替えるわ。さっさと用意を!」
突如慌ただしくなると、廊下から物音と騒ぎ声が聞こえた。
「何よ。ルヴィアーレ様に歓声でも上げてるんじゃないでしょうね!」
賓客に奇声を上げたら家の品格は地の底だろうに。いや、そもそもこの屋敷にそんなものは残っていないか。
「お嬢様、王騎士が、」
侍女が飛び込んできた瞬間、後ろからどかどかと体格の良い男たちが部屋に入り込んだ。
「ちょっと!何なの!?」
「お嬢様!」
白のマントに金の刺繍。同じ白で金刺繍のある煌びやかな衣装は王騎士団の正装だ。ブーツの音を鳴り響かせて部屋の前を包囲する。
「ルヴィアーレ王子暗殺未遂により、ロデリアナ・フェン・クラリスロマリを拘束する」
「何ですって!?」
王騎士団団長ハブテルの声に、王騎士団団員たちが一斉に部屋に入り込む。その中に王騎士団とは別の衣装をまとった男がいた。それに気付いたロデリアナが縋るように走り寄ろうとする。
しかし、すぐにハブテルに遮られる。鋭利な剣を前に出され仰け反った。
「ル、ルヴィアーレ様! 一体これは、どう言うことですの!?」
「言葉通りだろう。暗殺未遂に虚偽申告。侍女の城への侵入幇助。街の爆破関与。他に何がある」
「何をおっしゃっているの!? 私は何もしておりません!」
「証拠は揃っている」
ハブテルが前に出ると、カリアは先程から持っていた小箱を手渡した。
「カリア!? お前、どう言うつもり!!??」
「御身、ご無事で安心しました。ここは我々に任せ、どうぞ、お下がりください」
ロデリアナの怒鳴り声を無視し、ハブテルは慇懃にカリアへ対応した。カリアの前にアシュタルが立ちはだかり、その背にカリアを隠す。
「一体、どう言うこと!?」
わなわなと震えるロデリアナの発言など気にもしない。王騎士団が侍女たちを捕らえ、ロデリアナを捕まえる。
「お嬢様!」
「ちょっと!気安く触らないでちょうだい!」
なぜ王騎士団がやって来たのか。ロデリアナたちは全く理解できていないのだろう。無理に連れられまいと、激しく抵抗した。令嬢らしからぬ暴れ具合で王騎士団の顔を引っ掻く。
「ハブテル様、夫人はどこにもおりません!」
屋敷を探し回ったか、王騎士団の一人が報告に来る。今回ワックボリヌに次いで行ったロデリアナの愚行だ。夫人も監督不行き届きで話を聞く必要があった。
「この騒ぎでどこかに隠れたか?」
「寝たきりで離れにいると言っていたけれど」
カリアが口を挟む。それにロデリアナが癇癪を起こしたが、騎士に両腕を取られて膝をつかされた。
「夫人はどこだ?」
ロデリアナに聞いても無駄だと思ったか、ハブテルは侍女たちに視線をやる。震えて腰を抜かしていたヘレンや他の侍女たちは、お互い顔を見合わせふるふると首を振った。
「存じません。奥様は離れでお休みになっていると聞いているだけです。私たちは離れには近付かないように言われていたので」
「離れにも人はおりません」
「逃げたのではないのか? 今の話ではなく、もっと前に」
ルヴィアーレの言葉にハブテルがもう一度屋敷中を探すように命令する。
もし逃げていたとしたら、とっくの昔にこの屋敷を離れているだろう。屋敷の周囲は兵士が見張っているが、その目を掻い潜って外に出たならば、逃亡用の道が隠されているかもしれない。
ばたばたと王騎士団が走り出す。
やはりワックボリヌの妻か。大人しくしているとは思わなかったが、まさかとっくに逃亡しているとは思わなかった。
「ルヴィアーレ様! お助けください! 私が一体何をしたと言うのです! その女が城に勝手に参ったのです。私は何も知りません! 捕らえるならその女を捕らえてください!」
自分に罪はない。あくまでカリアが勝手に行ったことだと言い退ける。図々しい発言にルヴィアーレは相手にすらしたくないと、カリアの背を取り部屋を出るよう促す。
「ルヴィアーレ様!」
「まったく、下らん言い訳だ。呪いの魔導具を手に入れた時点で罪に問われるだろう。無知とは恐ろしく恥ずべきことだな」
「呪いの魔導具!? 誤解ですわ! 一体何のお話をされているのですか!?」
「愚かな」
ルヴィアーレの冷めた目線にロデリアナは唖然としていた。魅惑の魔導具と聞いている中、本人が屋敷に訪れたのだから、完全に本物だと信じ込んだだろう。しかし、そもそも城に入り込み魔導具をルヴィアーレの棟に設置したことは罪以外の何ものでもない。
それすら分かっていないロデリアナと会話する気も起きないだろう。
カリアが魔導具を手に入れたため、証拠は出来上がった。
王騎士団が屋敷に突入したことによってロデリアナが逃亡するのを恐れたため、わざわざルヴィアーレが訪れ扉を開かせると、隠れていた王騎士団が屋敷に入り込む計画を立てた。
そんな手間無駄だと思うが、本人はロデリアナを捕らえる瞬間をどうしても見たかったようだ。
「ルヴィアーレ、ここはもういいわ。城へ戻りましょう。わざわざ部屋に来なくて良かったのに。扉を開いてもらうためだけなら、玄関で待ってなさいよ」
「下らん事件に巻き込まれて傍観していろと? 犯人を捕らえるまで他人任せにするのは趣味ではない」
「捕物するハブテルの身になってよ」
「その言葉そっくりそのまま返す」
「カリア、お前一体何様のつもりなの!?」
カリアがルヴィアーレと気安く対話する姿を見て、ロデリアナはわなわなと震えた。その言葉を聞いてルヴィアーレは鼻で笑う。
「その姿はお気に召さないようだが?」
「どの姿をしてもお気に召さないでしょ?」
知らせる必要はない。ルヴィアーレの腕が背を押すので、ルヴィアーレもそう思っている。気にせず部屋から出ようとすると、イアーナが不機嫌丸出しでこちらを見ていた。
どの姿でもお気に召さないのはこの男も同じらしい。
いつも以上の不機嫌顔だ。不機嫌と言うより、怨念こもった視線が気になるほどだった。しかし今はイアーナを気にしている場合ではない。
「ハブテル、そこの香水も押収して。おかしな薬が入っている。魔導院に調べさせなさい」
「承知しました」
騎士の一人が香水の瓶を手にした。それを待っていたかのように、ロデリアナが拘束していた騎士に勢いよくぶつかった。
ドミノ倒しのように香水を持った騎士の腕に騎士が軽く当たった。
しかし、それだけでロデリアナの思惑通りになった。
ゴスン、と勢いよく地面に落ちた香水の瓶は、その衝撃でガラスの蓋を外した。中から溢れた液体が絨毯を濡らす。
甘く濃い匂いが部屋に一気に広がった瞬間、大きく顔を歪めたのはイアーナだった。
「があああっ!」
獣のような叫び声を出し頭を掻きむしるように大きく仰け反ったかと思うと、突如カリア目掛けて突進した。
「フィルリーネ!!」




