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ロデリアナ2

 指定された店は飲み屋が多く並ぶ地域の裏道にあるようだが、そこに行くまでに道が狭く馬車は入られなかった。


「お嬢様が行かれた店は、あの奥です」

 御者は馬車が奪われないように待機すると、奥の店を指差した。前回はロデリアナとヘレンだけで来たそうだが、女二人でこの時間に来る店ではないことは確かだ。


 旧市街とまた違った雰囲気なのは、どこからともなく臭う酒臭さのせいだろう。

「緑の扉が目印ですよね。分かりました」

「お気を付けて…」


 おどおどとした御者の言葉に頷いて、カリアはフードを被り軽快に細道を歩いていく。

 地面がぬかるんでいるように思えるが、誰かが吐いた後やらな気がしてステップを踏むように避けた。


 そんな道に分かりやすく屯っている男たちの目線を気にせず、カリアは目当ての扉の前に立ちはだかる。横目で御者を確認したが、道を塞ぐように馬車を停めて置くわけにはいかなかったのか、馬車の姿は消えていた。


 さすがに置いていくことはないと思うが。


 カリアは緑色の扉を上から下まで眺める。中から大声が届くので繁盛はしているのだろう。いや、喧嘩をしているのか、物が倒れるような大きな音が聞こえた。

 荒くれ者の集まる飲み屋と言えばそうだろう。だからこそ女性がうろつくのは珍しい。


 扉を開けば、物音がぴたりと止むほど、店の中にいた者たちがカリアに注目した。

 肩を震わせでもしたら下卑た笑いが届く。ただ肩を竦めただけでも、ピュイと口笛を吹かれた。

 それを目に入れずに、正面にあるカウンターにいる男を探した。


 店番をしている男に、一枚のカードを見せればいい。

 そう言って渡された真っ黒なカード。赤いインクで落書きのような模様が描かれていたが、意味は分からない。良く言えば花にも見えるし、悪く言えばただインクをこぼしただけのようにも見える。


「何か、用ですか? お一人で酒を飲みに来たのかな?」


 店の雰囲気からぞんざいに問われるかと思ったが、髪を一つ結びにした細目の男がにこやかに声を掛けてきた。腰にエプロンをしているので店の人間だろう。

 カリアはごそごそと鞄からカードを出して見せた。


「お使いで来たんですけれど、これをくださった方にお会いできますか?」

「どなたか分かっていなくて来たのかな?」

「その…、お使いなので」

 言いながら、重みのある袋を見せる。じゃらりと音がしたのを聞いて、細目の男は更に目を細めた。


「こちらへどうぞ。ご案内しますよ」

 案内されたのは地下だ。降りた先が石壁の廊下になり、長い道が別の棟に続いているようだった。その狭い廊下に酒樽を置いているが、廊下を倉庫替わりにしているのだろうか。

 一種のどぶ臭さを感じるのは下水が近いからなのか、こんなところに酒を置いていたら酒がまずくなるだろう。


「ちょっとお待ちくださいね」

 細目の男はどん詰まりにある扉を開くと、カリアを冷えた廊下で待たせた。静かな廊下は耳を済ませば水が滴る音が聞こえる。やはり下水が近い。


 狭い廊下に酒樽があると、つい寄り掛かりたくなる。少し押してみれば水音はするので中身はあるようだ。

「酒樽が珍しいかな?」

 樽に触れていると細目の男が出てくる。笑っているように見えるが、細い目がこちらを鋭く睨んでいるようにも思えた。


「どうぞ。お入りください」

 言って男は部屋の扉を大きく開いた。中に一緒に入るかと思ったが、そのまま扉を閉める。

 部屋の中は机と棚があるだけの小さな部屋で、柄の悪そうな、体格のいい男が一人机の上で足を組み偉そうに座っていた。


「欲しいものがあるって?」

 カードを出しただけで欲しいものがあると分かるのか、男は大袈裟に両腕を広げて狭い部屋をさらに狭くさせて見せる。


「お嬢様より、同じものをもう一つ譲っていただけないかと」

「ふむ。どうしてまた欲しくなったんだ? 前回は四つも渡しただろ?」

 欲しい物は分かるようだ。男はちらりとこちらを見ながら、わざとらしく首を傾げた。


「不安なので、もっと欲しいそうです。できればご本人に贈りたいとのことなので、お部屋に置くのとは別の物であればと」

「ふうん。これ以上はなあ。珍しい魔導具だから、そうそう簡単に渡せる物じゃなし」


 男はぽりぽりと頭を掻いて、もう一度ちらりとこちらを見遣った。ちらちら見る視線が不快だ。曖昧な態度を続けてくるのは金が目当てなのかもしれない。

 四つはタダで渡されたと聞いたが、五つ目はそうはいかないようだ。


「こちらにはありませんか? なければ製作者を教えていただきたいです」

 物を得られなければそれくらいは教えて欲しい。そうすがると男はやはりわざとらしく大きな動作で迷うような仕草をした。


「あの、なければいいんです。でも製作者の方をご紹介いただけないですか? わ、わたしも、実はその、できれば私も欲しくて!」

 意を決したようにカリアは大声を出した。それに男がきょとんとする。


「あんたが欲しいのか?」

「いえ、もちろんお嬢様を優先に考えていただきたいのですが、私も、いただけないかと。その、個人的に私も欲しくて」

「うーん。そうだなあ」

 男はのらりくらりと返事をするだけだ。


「前回はお金をお支払いしていないようですが、今回はそれなりにご用意を」

 言ってカリアは小袋を取り出した。男の前に出しながら渡さずに手元で中身を見せてみる。


「あれは貴重な物なんだ。だが、一つなら手元にあるから売れるけれど」

 男がすぐに目の色を変えた。やはり金が所望だったようだ。それならば前回なぜ四つも無料で渡して来たのか、問いたくなる。


「そうですか。でも、一つはあるんですね! 良かった。これでお嬢様に怒られずにすみます」

「はは。気の強いお嬢様だったからな。性格の悪…、ゲホン。どんな奴でもイチコロの魔導具だ。ちょっと待ってな」

 男はにやにや笑い、棚の引き出しから手のひらサイズの箱を取り出した。


 小箱の中は綿が詰められ、石が納められている。濃い紫の魔導具。随分と杜撰な場所に貴重な物をしまっておくものだ。それは問わず手を伸ばそうとしたら、すっと避けられた。

 何を望んでいるか、男が手のひらを招くようにするので、カリアは金の入った小袋を手のひらに乗せた。


「これで足りますか?」

「ちょっと足りないんだが。まあ今回は特別ってことで。もっと欲しけりゃ、もう少し金を増やしてほしいね」

「分かりました。魔導士様が作ってくださってるんでしょうけど、こちらでは売買だけですか? 実は、他にも手に入れたいものがあるんですけれど」

「物にもよるが。依頼してもいいぞ?」

「直接お話できれば助かるんですけれど。その、ちょっと、お話ししづらいこともありまして。お嬢様からも魔導士様に直接お伝えしろと言われていて」

「それはちょっとなあ。魔導士ならまた来る予定はあるぞ。いつ来るかは決まっていないが」

「本当ですか!? でしたら、また参ります」


 カリアは魔導具を大事そうに鞄に入れると、くるりと踵を返した。男を背に扉を開く。廊下には誰もいない。男に振り向いて軽く会釈すると、先程歩いた地下廊下を進んだ。


 先程の細目の男は案内をしないようだ。姿が見えない。

 勝手に階段を登りカウンター横に出たが、そこにも細目の男はいなかった。客たちや他の店員がちらりとこちらを見て来たが、特に声を掛けてくるわけでもない。


 随分と杜撰な対応だな。そう口にはせずに怯えるように店を出て、馬車の待つ道へと小走りで進んだ。

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