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事件

 上る白煙。人々の悲鳴。警備騎士たちが走り回り、城内も騒ぎで慌ただしくなった。

 何が起きたのか。その詳細が届くまでに時間は掛からなかった。


「爆破がされた場所は三箇所。いずれも城外になり、無差別の攻撃だと思われます」

「被害状況は?」

「爆破物が設置されたのは商人が通る西門の近くです。小屋と橋の破壊がされましたが巻き込まれた者は数名。ただ西門通りにある店の立ち並ぶ空き家が爆破され、周辺にいた者たちが巻き込まれており、死傷者は三十人ほどありました」


 ニュアオーマはフィルリーネを前に丁寧な物言いで状況を説明した。フィルリーネの執務室にはガルネーゼと王騎士団長に任命されたハブテルがいる。


 ハブテルは短い赤毛と薄い褐色の肌を持つ男で、前はカサダリアで騎士団に所属していた。ガルネーゼが目を掛けていた経緯もあり、腕はガルネーゼのお墨付きである。


 本来ならば城外の街で起きた事件は警備騎士が担当し、王騎士団が関わる事件ではないのだが、今は城内外情報を共有しなければならない時だ。今後も協力し合っていく意味でニュアオーマとハブテルを同席させた。


 王騎士団と警備騎士の身分を考えれば警備騎士の身分は低くなる。しかしそんな差別で情報共有のできない状況は作りたくない。ハブテルにも身分の差なく力を合わせてもらいたいので、彼にも同席してもらった。

 ガルネーゼはフィルリーネが確認する事項ほとんどに同席するので、当たり前にここにいる。


 さすがのニュアオーマも二人を前に適当な言葉は使わない。ニュアオーマは地図を広げると攻撃が行われた場所を指さした。


「爆発の順は水車小屋、橋、そして空き家です。西門近くの水車小屋の爆発があってすぐ、近くの橋が破壊され、門兵が被害にあった者たちに走り寄ろうとしたところ、最後に空き家が爆発。人々の悲鳴が聞こえ、混乱状態になりました」


「なぜ二箇所は人の少ない場所を狙ったのでしょう。無差別ならば人気の多い場所を破壊したがると思いますが」

 ハブテルは低い声で小さく唸る。整った顔をしているが大人しめな印象であまり目立たない男なのだが、冷静で切れる頭を持っている。攻撃のあった箇所をなぞると、表情を変えずに、何かの誘導だろうと断言した。


「順番もそうですが、最後に多く人を巻き込んでいます。三箇所は近い場所でありますから、最後の空き家に注目させたかったのでしょう」

「空き家は数年前から空いており施錠はされていたそうですが、窓などが壊れているため侵入は可能だったそうです」


 現在は警備騎士が周囲を警戒しているそうだが、火事場泥棒ごとく不審者がうろついてる様子はない。


「空き家付近は丁度買い物客がおりましたので、人々が逃げ惑い警備騎士がそちらに向かうまで時間が掛かりました。不審人物はまだ確認できておりません。現在調査中です」


 西門の高い城壁の近くに古い石塁が残っている。その隙間に小さな川が流れ脇に水車小屋があった。小さな橋はその近くに掛かっていた。飾りのような小さな橋だ。

 西門の大通りを使う者が多いためこの橋を使う者はほとんどいないが、水車小屋には石臼があり、街の人が使用していた。爆発で巻き込まれたのはこの人たちだろう。


 小さな橋から少し歩くと水のない堀を越える道があり、街並みに入る。こちらも西門に繋がっているわけではないので、小さな道だ。空き家があったのはこの小さな道の先である。西門に繋がる大通り並ぶ隣の小道だった。

 人を巻き込みたいのならば西門の直線距離を狙いたくなるが、空き家があったから使用し易かったのだろう。


「ニュアオーマ。この空き家周囲には何があるんだ?」

 ハブテルが地図を指差しながら問う。

 空き家の周囲は、一階が店でその上がその店の家族や店員が住む家が立ち並ぶ。特別な施設などがあるわけではない。


「狙われるような建物はありません。人通りがあるだけです」

「では、城壁付近を攻撃すると見せかけて、街の人々を狙った可能性が高いでしょうか」

「そうね…。二箇所に注目させて、無差別に街の者たちを狙ったように見えるけれど…」


 無差別の攻撃は面倒だ。魔道具でもあれば周囲を巻き込む攻撃は簡単だろう。勿論、魔導士が作らなければならないので、その入手先を調べれば何か出てくるかもしれない。爆破物は魔導石が必要になるからだ。


「魔導石の売買を行う店を確認してちょうだい。不審者の有無も」

「承知しました」

「あと、当日西門を使用した者を確認しなさい」

「西門ですか?」

「念のためよ。また同じような事件が続くかもしれない。警備騎士たちに気を引き締めるよう伝えなさい」


 街は人が多く狭い小道も多い。旧市街に行けば建物と建物の隙間も多いため、そこに魔導具を放り投げられれば探しきれない。

 面倒な真似をしてくれる。王派の仕業だろうが、目的は混乱か。それとも別の何かか。


「西門から侵入した者がいるとお考えですか?」

 ニュアオーマが部屋を出て行ったことを確認して、ニュアオーマに西門の使用者を確認させたことにハブテルが問うてきた。フィルリーネはこくりと頷く。


「無差別にしては少々規模が小さい。わたくしに喧嘩を売るならば、もう少し人の多い場所でもいいでしょう。その方が派手でいい。小さな道に限り行うならば、無差別と見せかけて別の意図を持っている可能性があるわ」

「現在、どの門も出入りに神経を尖らせるよう指示はされております。不審な侵入があればすぐに見つかるでしょう」


「爆発に乗じ、入り込むことは?」

「西門は業者が通る門。業者は城の許可を持っていなければ入ることはできません。転移魔導は使用できないため、城内に入っても転移はできません。爆発を囮にする意味はありません」


 城外から城内へ転移する魔法陣は使用できない結界が施されている。外から中に転移すると弾かれてしまい、転移したとしても結界にぶつかってしまうのだ。

 また、城内に入りすぐに転移できるかと言ったら、それも不可能だ。


 転移魔導は力が必要で魔導士でも使用できる者は少ない。そして距離に比例して魔導量が必要だ。

 それを考慮し、城内に入ってもすぐに転移できないように、城外から城内に入るまで、高い魔導でも距離があれば入られない程度の場所まで結界がなされていた。その結界を外れれば城内でも転移はできる。


 とは言え、西門から門兵の目を盗み、どさくさに紛れて転移することはできない。

 エレディナのような人型の精霊でもいれば話は別だが、西門に入り込む際に騒ぎを起こし、その隙に城に入ることは難しい。


「ですが、確かに囮にしては陳腐な規模であります。私の方でも調べることをお許しいただけないでしょうか」

「もちろんよ。助かるわ」

 ハブテルは許しを得ると恭しく頭を下げて部屋を出て行った。


 滅多に見ない対フィルリーネへの真摯な態度、その姿勢。つまりかっこいい! 惚れ惚れするやつ!


「口に出すな…」

「え、口に出してた?」

「人がいなくなった途端、おかしな言葉を発するな!」


 人がいなくなった途端、今まで静かにしていたガルネーゼががなった。別にいいじゃないの。久しぶりにまともな対応をされたから感動しただけだよ。


 あんな態度をしてくれるのは、今までロジェーニくらいしか思い出せない。ナッスハルトは嘘くさいので数に入れない。

 あとは皆さん、王女? 本当に働けるの? と言う視線から、嘘でしょ、まともだ。やばい、頭下げよう。みたいなところがあるんだよね。それはタウリュネの父親エシーロムなども同じだった。


 まあ、仕方ないよね。高飛車馬鹿王女。けれどハブテルは初めて会った時から態度が変わらない。馬鹿王女を演じていた時からだ。


 彼は王派でも反王派でもなかった。真面目で誠実な男が騎士団にいると耳にしていたが、ガルネーゼも当時彼を取り込もうとはしなかった。

 何せ文句の一つも言わない。誰にでも態度が同じで、正直何を考えているのかよく分からない。どちらにつくでもなく淡々と仕事をこなす。ガルネーゼとしても協力してもらえるか半々だったのだろう。


 しかし、騎士団にいる頃、魔獣討伐で村人を巻き込んだ際、彼の怒りは言葉に出さずとも相当だったと言う。寡黙で感情を外に出さないだけの、正義に熱量を持った人だと分かったそうだ。


 真面目すぎて王への反発を拳を握ることで我慢するような人物。反王派として仲間にはできなくとも彼の働きを評価していた。


「いやー、例を見ない真面目さで、こっちが緊張しちゃうわ」

「その口調で、絶対に話すなよ。さすがのハブテルもうんざりするぞ」

「失礼。失礼だわ」

「お前の態度が失礼だ」


「冗談はさておき、どう思う? 私は囮っぽい攻撃だなって思うんだけど」

「誘導と言うのは確率が高いな。狙うなら駅やもっと人通りの多い場所だろう」

「そうだよね。何でこんな人気のあまり多くない場所を狙ったかな。西門は商人って言っても食料とか細かい日用品を運ぶ業者が通る門じゃない? 確かに人は少ないから魔導具を設置しやすいとは言え、狙う必要性を感じないのよね」

「もし行うのであれば、もっと別の何かを行うための予備攻撃とも考えられるが」


 魔道具で簡単な破壊を行い、それでもう何も起こらないと思わせ、付近に大きな攻撃を仕掛ける。それもありかもしれないが、それにしても狙われるのは業者くらいだ。正門のように貴族たちが通るわけではない。


「端っこ狙って、これから西門を狙う? 破壊してから殴り込み? それも難しいわよね」

「西門近くに何かした可能性の方が高いか?」

「西門近くで二回。それから少し離れた街の入り口に一回。何かしようとする場所から離れた方へ誘導しているように思えるのよ。それが何かは分からないけど」

「とりあえずは情報待ちか。城の警戒を増やしておくことも必要だな」


 事件後の混乱は治まってはいても、人が減った分完全に落ち着きを取り戻しているとは言えない。その隙を狙われる可能性は十分にある。警備体制を再確認することと今以上に警戒を強めるようにするしかないだろう。


 この時期、王を捕らえ新しい体制に変更されていくこの時期に、爆発テロなど言語道断だ。これが続けば人々の不満が溢れてしまう。


「事件の被害者への補償を早めに行って。医者の派遣も継続するように」

「分かった」

 前の王の方が良かった。そんなことを思われるわけにはいかない。


『ねえ、あいつが呼んでるみたいだけど?』

 ガルネーゼとの話を終えて、単純で長い時間がかかる判押しをしようと書類を広げたところ、頭にエレディナの声が届いた。


 あいつって、ルヴィアーレのことである。


「こっち来いって言って。今、動くの無理」

『分かったわー』


 婚姻の許しを精霊から得たため、ルヴィアーレに懐く精霊が増えたのは知っていた。それは当然のことで、王族と判断されたルヴィアーレに精霊がどう動くかなど、こちらが何を言うこともできない。


 つまりルヴィアーレにこっそり動ける部下ができたようなもので、精霊たちはルヴィアーレからの伝言をエレディナに届けはじめたのである。


 それでエレディナが当たり前に伝言係になるのも、何だか癪に障るんだが。

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