恨み
「お忙しい中お時間をいただき、光栄にございます」
慇懃な挨拶から始めたタウリュネは、しっかりと髪をまとめた姿で頭を下げたままこちらの声を待った。
「顔を上げていただいて結構よ。お座りになって。婚姻式以来ですわね。新婚生活はいかがかしら」
「学生時代とは違う穏やかな日々を送らせていただいております。これも一重にフィルリーネ様のお陰だと、父やカンタンデールより伺っております」
「お父君やご夫君のように、愛する者たちのために任務を遂行していらっしゃる方々のお陰ですわ。皆様の働きによって我が国の均衡が保たれていくのです」
「ありがたきお言葉にございます」
挨拶代わりの面倒な会話だが、タウリュネは緩やかに微笑んでいる。嫌味などではなく本当にそう思っているようだ。父親と旦那をこき使っている身としては、早くお家に帰す努力はしているのよ。とか言いそうになる。
今のところ努力で申し訳ないが。
「お手紙を読ませていただいたわ。どうしても話したいことがあるとか」
「はい。早くお耳に入れておいた方が良いと判断し、無理を申し上げました」
先日、タウリュネから手紙が届いたが、早々に話せないかと願う内容が書かれていた。タウリュネの夫のレビンよりその手紙について軽く聞いたので、すぐに会えるよう手配したのだ。
タウリュネはヨナクートがお茶の用意をするのを見つつ、フィルリーネの後ろに控えて立っているアシュタルに視線を変える。
「この部屋にいる者たちは信頼できます」
「申し訳ありません。数日前、マリミアラ様とお会いした際のお話しでございます」
彼らに聞かれても良いと言えば、タウリュネはこくりと頷いた。
婚姻後、タウリュネの家にマリミアラが訪れた。
マリミアラの父親サルバドルは、魔導院魔獣研究所所長だ。今回の王派の戦いに関わってはいなかったが、王派が使用した魔獣を研究所から移動させていたことに関して罪を問われていた。
魔獣研究所に保管されていた魔獣を強固にする研究資料や、魔獣から取られる毒類なども研究所から盗まれており、その管理責任を問われている。
とは言え、家を取り潰すような犯罪には至っておらず、サルバドルは謹慎と罰金を言い渡されていた。タウリュネの父親エシーロムと似たような罰だ。
罰に関しては周囲から噂されるだろうが、既に謹慎は解かれて城に働きに来ている。マリミアラがどこに外出しようが問題はない。
しかし、タウリュネを訪れたマリミアラは、新婚の友人に会いにきた様子ではなかった。
「蒼白な顔をされたままいらっしゃり、何やら怯えたような雰囲気でした」
初めはマリミアラの父親が王派に関わっていたのかと邪推したが、話の内容がロデリアナについてだったそうだ。
「ロデリアナ様はお父君が収監されているため、ロデリアナ様も外出は控えていると噂を耳にしております。そのロデリアナ様がマリミアラ様をお尋ねになったそうです」
「ワックボリヌは前王の手となり、多くの罪を犯しました。未だ明らかになっていない事件もあるため、罪状も全てではなく、勾留中。ですが、明らかになっている罪だけでも酌量の余地はなく、資産や土地は没収。ご家族やご親族は監視付きとしてますわ。ですからマリミアラ様を尋ねられたことは知っていてよ」
ワックボリヌは弟がおり、その弟も何かと王に傅き手を汚していた。兄弟揃って女性にモテることもあり、情事に溺れた女性たちを使い情報収集を行なっていたことも分かっている。
そのためワックボリヌとその弟周辺はとても賑やかで、網の目のように関係者と繋がっていた。資産を没収しなければ金を得た愚か者が動き回る可能性もあり、家族や親族にも監視が付いている。
ロデリアナが屋敷を出て外出したのはマリミアラに会いにいくだけではなかったが、彼らの動向は逐一確認がなされていた。
それに関しては耳にしてるわけだが。
「お話しでは、フィルリーネ様のことばかりだったようです」
「わたくしのこと?」
「初めは、資産が止められ生活が行えないため、助けて欲しいと言うお話しだったそうです。ですが、途中からなぜこのような目にあったのかをお話になられて、そのお話の様相が…」
タウリュネは言葉を濁した。
マリミアラの父親は既に復帰しているが、ワックボリヌはその兆しが見られない。それは当然だ。罪の重さが違う。
マリミアラはそれについてロデリアナから罰の違いについて問われるのかと思ったが、父親の罪について反省の言葉を口にするのではなく、フィルリーネへの不満を爆発させた。
「ロデリアナ様は怒りを滲ませられ、淑女とは思えない言葉で不満を口にされたそうです。お父君が捕らえられ、ご心労はいかばかりかとは思っても、聞くに耐えられぬほどだったと」
「そう…」
「それだけでなく、ロデリアナ様のその口調の激しさに、恐ろしいほどの恨みを感じたとおっしゃっておりました。まるで、お心を患われたのではと思うほどに」
タウリュネは顔色を青ざめさせながら、持っていたハンカチをぎゅっと握った。
マリミアラはロデリアナの怨恨に恐れを抱き、タウリュネに相談をしたそうだ。
「ロデリアナ様は、フィルリーネ様が今どのような公務を行われているのか、何をしていらっしゃるのか、どちらにいらっしゃるのか、祝いのパーティなどは行わないのかと、何度も問われたそうです。マリミアラ様は事件後ほとんど外に出られていないので、何も知らないとお伝えしたそうですが、それであればフィルリーネ様に会える手筈を整えてくれと懇願したとか。それでも何とかお断りをしたそうですが、未だお手紙が届くと。今ではマリミアラ様が怯えていらっしゃるほどなのです」
「タウリュネ様の元にはロデリアナ様はいらっしゃっていないのね?」
「わたくしの元にはいらっしゃっておりません。婚姻式後お会いしていないせいかと」
タウリュネはそっと瞼を閉じる。タウリュネは少し前から二人と距離を置くようにしていた。ロデリアナが目に見えてフィルリーネに対し言葉を悪くさせていたからだろう。
夫は城に籍を持つ者。隠そうともしない横柄な態度をしているようなロデリアナに同調すれば、タウリュネもフィルリーネに目を付けられる。夫のためにもそれを避けていた。
ロデリアナ本人はワックボリヌに叱られても物ともしないのだから、近付かない方が賢明である。
その結果、ロデリアナはマリミアラを尋ねた。
「お話ししてくれて嬉しいわ。ロデリアナ様については気を付けておきましょう。タウリュネ様、今回のお話は内々に留めておいた方がよろしくてよ。マリミアラ様にもお伝えになって。わたくしは聞かなかったことに致しますから、もしロデリアナ様が訪ねていらっしゃっても何も知らぬとお伝えください」
「もちろんでございます。どうぞ、御身お気を付けくださりますよう」
タウリュネは淑やかに挨拶を終えると、不安げな面持ちのまま帰路についた。




