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レブロン3

 ルヴィアーレ様がフィルリーネ王女を気になされてもおかしくはないのだがな。


 それは口にせず、隣で満面の笑みを浮かべている男を見遣る。フィルリーネが関われば不機嫌を隠しもしないが、最近やたら嬉しそうな顔をしていて、それはそれで不気味だ。


「イアーナ、顔を引き締めろ」

「何ですか。何もしてないですよ」

「顔が腹立つ」

「何でですかっ、うぐっ!」


 小声で話していたのにイアーナががなった。すぐに肘打ちして黙らせる。

 身悶えするのを我慢しているが、若干腰を捻っているので手洗いでも我慢しているのかと言いたくなる。肘打ちされると分かっていて余計なことを口にするのだから、呆れてしまう。


 政務のためルヴィアーレは中央政務室に来ていた。地方からまとめられた情報の確認を行なっているが、カノイに説明を受けながら多くの書類を捌いている。

 フィルリーネは隣の部屋にいるせいか、イアーナの不機嫌はなかった。


 二人が並ぶと、歯軋りするような顔をすることがあるからな。


 こんな所で王女に威嚇すれば笑い事ではない。フィルリーネが与えられた政務ではなく、全ての管轄を確認するようになって、最初戸惑っていた政務官たちも態度を変えてきていた。


 フィルリーネの書類を確認する速さがとんでもないと心配げにしていた者たちも、それが本当に細かに確認していることを知り、フィルリーネの能力に感嘆せざるを得なかったからだ。

 特にフィルリーネの本性を知っていたカノイが気にせず質問することに対し、フィルリーネが的確な指示を行うのを見せたからだろう。それはわざと行われたのだが、その対応だけでも政務官たちには青天の霹靂だったのだ。


 ぱらぱら見た資料の問題点を上げて担当者に鋭い質問を行う。対応に迫られた者はフィルリーネの高圧的だった態度を知っているので、どうしても及び腰になる。

 そこでフィルリーネが怒りに任せて怒鳴ると思えば、問題点を伝え理解できない項目について理解ある者に協力を頼む。時間はないが丁寧に行うことを指導すると、笑顔で彼らに期待していると仄めかし、感謝の意を伝える。


 今までの素行を考えれば、その態度だけで印象の違いに安堵するだろう。しかもあの顔で微笑まれるのだから、裏があるのではと思いつつ、次も失敗して怒られまいと努力する。


 フィルリーネが怒りを見せることはない。進みが悪ければ声を掛け、自尊心を傷つけないように助けを与える。

 別人としか考えられないフィルリーネの噂が良くなるのは当然だった。

 そしてこのままフィルリーネの支持者を増やすのかと思ったが、ここで上司がルヴィアーレに変更される。


 ルヴィアーレは逆に今までの態度を変えた。優しさは消え仕事中に笑顔を見せることはない。

 飴と鞭。フィルリーネが飴でルヴィアーレが鞭である。

 ルヴィアーレはフィルリーネと違い雰囲気など読まない。厳しさもあるので、ぬるま湯で仕事をしてきた政務官には辛いだろう。


 計算したかは分からないが、フィルリーネの印象が驚くほど良くなるのだ。

 ルヴィアーレ本人は全く気にしていないが、サラディカも気付いているだろう。ルヴィアーレの補佐を行い、冷えた態度のルヴィアーレの印象を悪くさせないために、政務官に軽く声を掛ける。


 ラータニアでは見たことのない状況だな。サラディカがルヴィアーレ様の印象を悪くしないよう努力するなど。


「ルヴィアーレ、ちょっといい?」

 フィルリーネが中央政務官室から声を掛けた。ルヴィアーレは意も問わずフィルリーネに従い部屋に入っていく。

 隣でイアーナが鬼の形相を見せたが、一応肘打ちをしておく。


 素直に従うルヴィアーレを見送った政務官たちは、一瞬口を開けて呆けたが、扉が閉まるとお互いに顔を見合わせた。


「仲いいよな」

「尻に敷かれてるんじゃないか?」

「俺だってあんな風に呼ばれたらすぐついていく」


 各々言いたい放題である。

 がちゃりと扉が開くと、皆がすぐに口を噤む。


「あ、うそうそ、ちょっと待って。もう一つあった」

 フィルリーネが呼ぶとルヴィアーレはすぐに部屋の中に戻る。また扉が開いてルヴィアーレが出てくると、フィルリーネの声が届いた。


「ちゃんとみんなに休憩とらせてあげてね!」

「聞こえている。皆、休憩だ。一度書類から手を離すように」


 意外なほどむっつりとして言う姿がいじけた子供のように見えて、ルヴィアーレには口にできないが微笑ましく思ってしまった。


 まあここで不機嫌な顔をする者は数人いるのだが。

 今の掛け合いにイアーナが大きく顔を歪めた。アシュタルもきっと中央政務官室で眉を傾げていることだろう。





「まったく、何なんですか! 話し方もどうかと思いませんか!?」

 気安い話し方は初めて聞いた時は驚いた。あのフィルリーネが平民のように話す姿は驚愕しかない。しかしあの話し方はルヴィアーレやイムレスたちフィルリーネの仲間、コニアサスなどに限られ、あとは普段通りの王女然とした話し方である。


 あの話し方で話せる相手は、フィルリーネが個人的に許した相手と言えるだろう。

 イアーナはそんなことなど想像もしない。鼻息荒く言いやって、ぶつぶつ文句を言い続ける。


「最近言葉がひどいのはお前の方だぞ。いい加減にしたらどうだ」

「何でですか! ひどいですよ!」


 ひどいのはお前だ。呆れて物も言えない。我が儘が多いのはイアーナの方である。

 それを口にすれば更に騒ぎ立てるのが分かっているので、横目で睨むだけにとどめておくと、頬袋をいっぱいにした小動物のような顔になった。


 少しは感情を出さないようになってきていたと思っていたのに、どんどん態度が悪くなっている。


「お前は頭を冷やしてこい。丁度休憩だ」

 警備の交代にぶすくれたままのイアーナを追い出すと、代わりに内部屋からサラディカとルヴィアーレが出てきた。


「イアーナはどうした」

「休憩に入りました」

「そうか。レブロン、これを読み、理解したら燃やせ」


 突然ルヴィアーレから折り畳まれた紙を渡された。ただの一枚の紙で小さなものだ。不可思議に思いつつそれを広げると、短い文が載っている。


「こ、これは…」

「理解したら燃やせ」


 ルヴィアーレはこちらを見たままソファーに腰掛ける。すぐに手の中で燃やすと、視線が逸れた。


「他の者たちには個々に伝える。決して他言するな」

「承知致しました」


 緊張を声に出さず返答すると、ルヴィアーレは小さく息を吐いてこの会話を終わらせた。

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