王族の力3
「入ればすぐに分かる。身体の異分子だからな。すぐに出したくなる」
言って、ルヴィアーレは断りもなく、人の中に魔導を流し込んできた。
左手から何かが入り込んだ。それが腕を通って来るのが分かる。
「うわわわっ」
「静かに。それを逆の手で放出するように頭の中で思い浮かべろ」
何とも言い難い感覚に、フィルリーネは身体をくねらせた。異物と言うか、異物は異物だが、熱のような気もするし、ただくすぐったいだけな気もする。
けれど間違いなく何かが入り込んだのは分かった。とは言え、それをどうやって逆の手から放出するかが分からない。
ルヴィアーレは真っ直ぐにこちらを見て、絡めた指に力を入れた。逃げないようにしてるの分かってるんだぞ!
「私の魔導を馴染ませずに放出し、君の魔導も同じ量放出する」
簡単に言ってくれますけれどね。それかなり難易度高くない!?
精神を集中させ、入り込んだ魔導を感じ、それを外へ出す。その魔導と同じ量を自分からも出せって、相当感覚が深くないとできなくないか?
「馴染ませるな」
言ってくるけれども、ルヴィアーレはもう魔導をこちらに放出していない。体内にあるルヴィアーレの魔導を探して出したいが、自分の中に入り込んだ時点でじわじわと消えていってしまうのが分かる。
違和感が馴染んでしまったら、ルヴィアーレの魔導が自分の中に取り込まれた時だ。
それは嫌!
断固お断りで右手から魔導を放出したが、ルヴィアーレは目を側めただけだ。自分の魔導出てきませんよ、って顔やめてくれないかな。
右手を合わせているのは魔導を感じやすくするためだ。本来逆の手は魔鉱石に乗せ、魔導を注入するのだろう。
「練習が必要だと言っただろう?」
声に優越感を感じるんだが? ルヴィアーレは左手に力を入れる。またやる気だこの男、容赦ない。
「これラータニア王から習ったでしょ」
「他にいないからな」
「ユーリファラちゃん、やり方知っている?」
「知らないな」
そうだろうね。そうだろうよ。
おそらくこの方法は親から子へだとしても、同性の親から子へ教える技だろう。異性の親からは受け継がないやり方だ。それを無視して尚且つ関係のない異性に行おうと考える辺り、ルヴィアーレの無神経さが理解できる。
腹立つわあ。何だろう、すごく腹立つ。
頼んだのはこちらだが、少し説明しようよ。その努力が全くない。無神経すぎてむしろ呆れる。
人に興味なさすぎだろう。この男。
「ユーリファラちゃんには、教えちゃダメよ!?」
「何故だ?」
何故じゃないわ。眉を逆立てると、ルヴィアーレは全く意に介していないと、首を捻ってきた。ラータニア王、もうちょっと愛情とか恋情とか、教えなよ! 人のこと言えないけど、教えなよ!!
「いくら私でも、コニアサスには教えられないわ」
「そうか?」
そうか? じゃない。しれっと言う辺り、この男、全く本当に理解できていないどころか、無神経を通り越して鈍感なのではなかろうか。むしろ心配する程である。
「ユーリファラちゃんと婚姻してから、教えなさい!」
「…婚姻などしない」
「そのうちそうなるんでしょ! だったら、それから教えなさいよ!?」
あんな、お兄様呼ばわりしてくる可愛い子に、婚姻前に魔導を交じらせる方法なんて教えたら許しません。
それなのに、このお兄様は無神経にも他人と魔導を重ねるのだから、ユーリファラちゃん泣いちゃうでしょうが。
腑に落ちない。みたいな顔をしてこちらを睨みつけるんじゃありません。
ルヴィアーレが眉を顰めている。眉間に集まった皺をぐりぐりほぐしてやりたい。この鈍感男が。
「純粋な女の子だったら嫌がるでしょうが。まったく、乙女心勉強しろっ」
「…何の話をしている」
「あんたの話だわ」
他の女に魔導つけて、何やってんのよ。みたいな。他の女に自分の匂いつけて、私に戻ってくる気!? みたいな。うん、そんな感じ。
これはさっさと終わらせなければならない。集中するために瞼を下ろし、入り込んだルヴィアーレの魔導をさっさと手放そうと自らの魔導の動きを探る。
感覚を研ぎ澄まし、入り込んだ魔導を誘導していく。ひどく違和感があるわけではない。どことなく不可解な感覚がもぞもぞと動いているような感じを得て、それを自分の魔導と交じらせながら右手へ移動させる。
感覚さえ掴めればどうにでもなる。魔法陣に魔導を放出するのと同じように、魔導を使うと、取り込んだルヴィアーレの魔導が身体から出ていったのが分かった。
「ほら、完璧!」
完全に全てをとはいかないが、九割方取り出せただろう。
しかし、目の前の男が眉を寄せたままである。何よ。全部は無理よ。そんなに練習したくないよ。
「同量を魔鉱石に注げればいいんでしょ?」
「そうだな」
間違っていないのに、その不機嫌な言い方は何なのだろうか。全て注げとか言いたいんだろうか。残すなよってこと? すみませんね、体内に取り込んじゃって。
「じゃあ、次はエレディナとやればいいのね?」
「そうだ」
エレディナは既に飽きて空中で寝たふりをしている。寝転んでいるエレディナを呼んで、氷の精霊の作った魔鉱石に手を乗せた。エレディナはフィルリーネの手を取っている。
「エレディナさん、集中よ。集中」
「分かってるわよ。そんな何度もやりたくないわよ。飽きるじゃない」
精霊は気もそぞろ。それを前提にすれば何度も練習する方がいいのだろう。だが、今回はエレディナである。少しくらい付き合ってほしい。
「少しずつ流せばいいわけ?」
「いや、同量を一定で流さなければ、身体に馴染みやすくなってしまう。量は魔鉱石の色が属性の色に変わるまでだ」
さらりと言うが、色が変わるとはどのくらいの量なのか想像がつかない。
魔鉱石は属性によって色が変わるが、濃度の高いものだと色が濃くなった。今手元にある魔鉱石の大きさは手のひらにすっぽり入る程度とは言え、大きい部類に入る。そして大きさに関係なく、濃度によって魔導の量が変わるのだ。
氷の属性の魔導の色は水色だが、今手元にある物は濃い碧のような紺のような色をしている。この魔鉱石ならば小型艇を何年も動かせるだろう。
この色を変えるとなると、その魔鉱石の魔導を薄めることと同意だった。
「これ、何度も失敗できないってこと?」
「だから人と練習を重ね、精霊と行うのが望ましい」
ルヴィアーレは魔導が高い。どれほどの力を蓄えているのか分からない。そのルヴィアーレが何度も失敗できないと言うならば、相当な魔導が必要だろう。
さっき、魔鉱石に放出する程度って言わなかった?
自分は魔導量は多い方だと思っているが、これ、一日で終えられるのか?
「練習する気になったか?」
ルヴィアーレが鼻で笑ってくれる。不遜な態度を取ってくるが、練習をして完全に魔導を操らなければ失敗する可能性は高い。魔導の消費量も高く、魔鉱石の数も少なく、失敗すれば高価な魔鉱石の価値を落とすことになった。
「ぐぬぬ」
「諦めろ。魔導と魔鉱石を無駄にするのとどちらがいい?」
勝ち誇った顔をしてルヴィアーレがエレディナと繋いでいた手を取った。無遠慮に人の手に指絡めるのやめてもらえません?
「君が私に頼んだのだろう」
当然に言い返せない言葉が飛んできて、反論すらできない。ぐぬぬ、ぐぬぬと唸ったが、それでどうにかなるわけがなかった。
「くっそう!」
「王女らしい言葉を話したらどうだ」
この澄ました感じが尚更腹立たしい。
ルヴィアーレは遠慮なく、人に魔導を押し付けて、それを繰り返した。
それはもう、精霊が集まってくるほどに。