動く7
「何をする気だ?」
「エレディナ、何で連れてきたのよ」
「私が連れてきたんじゃないわよ。勝手についてきたの!」
ルヴィアーレの問いは置いておいて、エレディナに不服を唱える。こちらはヨシュアと二人で飛んだが、ルヴィアーレはエレディナについてきたらしい。後ろで浮遊しているルヴィアーレはエレディナの腕をしっかりと掴んでいる。エレディナは嫌そうに両足を組んで座るようにお尻を上げた。
「ラータニア王と何か企んでいることは聞いたが、一人でどうする気なのだ」
「一人じゃない」
ヨシュアが当然のように胸を張ってルヴィアーレを威嚇する。ルヴィアーレが眉を傾げたが、ルヴィアーレ嫌いのヨシュアだ。鼻息荒く、ルヴィアーレに踏ん反り返る。
「あの船、髭が乗ってる。先に落とす!」
髭とは王騎士団団長ボルパルトのことだ。頷いて見せればヨシュアは機嫌良く笑顔になった。ルヴィアーレに振り向くとすぐ威嚇顔になるので、ルヴィアーレは若干困惑顔になる。
「航空艇ごと落とす気か?」
「その予定よ。ラータニアには落とさないわ。安心して」
ルヴィアーレは口をつぐんだ。ラータニアへの心配は理解している。
ラータニア王と女王の葬儀で会った後、何度か連絡を取り合い戦いの計画を共有してきた。
ラータニアへの被害をできる限り少なくする。そのためにはラータニア王の協力が必要不可欠だ。ルヴィアーレと協力するにしても、細かい打ち合わせが必要だった。予定外の出会いではあったが、ラータニア王に出会えたのは幸運だろう。
しかし、その計画をルヴィアーレに話していないのは、ラータニア王がルヴィアーレに伝えると言っていたからだ。それに、ルヴィアーレには大人しくラータニアに帰ってもらう予定だった。ラータニアへ戻りラータニアを守る方がルヴィアーレには重要だろう。しかし、なぜか彼は戻らず、ここにいる。
人を監視したいのかもしれない。そう考えれば納得する。どうせついてこられるのならば、近くにいればいい。
「ヨシュア、ルヴィアーレも乗るわ」
「えー!!」
ルヴィアーレをなぜか嫌いなヨシュアが間髪入れず異を唱えたが、エレディナにも動いてもらうことがある。ルヴィアーレを連れるのはエレディナの負担になった。
「ヨシュア、行くわよ。エレディナ、ルヴィアーレをこちらに」
ビスブレットの砦から飛んだ航空艇は精霊の結界を破った後、王が浮島に行くまでの囮となっていた。今はラータニアの航空艇と睨み合っている状態だ。ラータニアがすぐ反撃に航空艇を出すとは思ってもみなかっただろう。戻る先の砦は陥落していることに気付いただろうか。
もう逃げ場はない。王はそれに気付いて浮島へ移動したはずだ。他に行く場所などない。
「ボルパルトを落とす。ヨシュア!」
フィルリーネの声と共に、ヨシュアの身体が変形した。背中から生える羽が伸び身体が膨れ上がる。背負っていた剣が消え鋭い角と鋭利な爪が生えると、長い尾が伸びた。
地獄から響くような雄叫びが空へと轟く。地面で戦う者たちや航空艇で戦う者たちにもこの声は聞こえるだろう。空への咆哮に、皆がヨシュアへと刮目した。フィルリーネはヨシュアの背に乗ると、ルヴィアーレに手を差し伸べた。
「ルヴィアーレ、乗って!」
珍しい驚愕の顔を見せながら、ルヴィアーレはフィルリーネの手を取ると、後ろを陣取る。エレディナが並行して飛ぶと、ヨシュアは雄叫びを上げながら上昇して空中停止した。
フィルリーネが巨大な魔法陣を描く。防御壁の魔法陣はラータニアの航空艇を隔て、攻撃を跳ね返させるものだ。甲板で唖然としたラータニアの兵士たちを尻目に、用意が整ったと、ヨシュアはグングナルドへ突っ込むように旋回した。
「ヨシュア、やれ!」
巨体でありながらその速さは航空艇とは比べ物にならない。羽ばたきながら急降下し、大口を開けると、ヨシュアは勢いよく炎を吐き出した。
上空から受ける攻撃に航空艇は反応できない。辛うじて防御壁の魔法陣が使われたが、ヨシュアの強力な魔導の前では飾りにしかならなかった。
航空艇の羽が燃えて爆発を起こす。弾け飛んだ火の塊がラータニアへと飛んだが、フィルリーネの魔法防御が跳ね返した。
ヨシュアは羽を羽ばたかせて再び上昇する。周囲にいたグングナルドの小型艇がこちらを狙ってきた。放出された魔導をうまく避けると、エレディナが小型艇へと攻撃をする。
その間に、航空艇は態勢を直すとこちらに砲台を向けた。
「私も攻撃して構わぬな?」
後ろからの声に返事をする前に、それは発動された。
ルヴィアーレから発せられた巨大な魔導が航空艇の砲台目掛けて飛んだかと思うと、撃ち抜くように砲台を貫通した。左右に取り付けられた左の砲台は、航空艇からもげて森へと落下していく。
ヨシュア顔負けの威力だ。ヨシュアは苛立たしげに遠吠えすると、火の玉を吐き出した。もう片方に設置された砲台へとそれは突っ込み、同じくもげると地面に落ちる前に燃え尽き粉になって消えた。
張り合わなくていい。ヨシュアは首をこちらに向けて口端を上げてくるが、ちゃんと前を向いて飛んでほしい。首の後ろをぽんぽんと撫でてやって一応褒めてやると、嬉しそうにひと鳴きする。
しかしさすがルヴィアーレ。威力が常人のそれとは違った。その辺り突っ込みたいが、本当に敵として対峙しなくて良かったと改めて思う。
ヨシュアは爆発し始めていた航空艇から距離を取った。航空艇の中にいた者たちが甲板に溢れ出すのを眺めながら、フィルリーネは冷えた風を身に受けた。上空は空気が冷える。その寒気か、目の前にある大惨事に対する畏怖なのか、身体がふるりと震えた。
自国の者たちが助けを求めるように甲板で押し合っている。飛ぶ力もなくなってきたか、航空艇が傾き始めていた。阿鼻叫喚。悲鳴が耳に届くが、彼らを助ける気はない。
他国へ侵入し蹂躙しようとした者たち。反撃を受ければその身に降り掛かるくらい理解しているだろう。
巨大な獣から逃げようと甲板の後部へ移動する者たちもいる。こちらを見上げる視線は畏怖だけではない。なぜその背に、フィルリーネとルヴィアーレがいるのか。困惑を抱えているのが手に取るように分かる。
その最たる者、ボルパルトと目が合った。蔑みを含んだ視線に気付いただろうか。人を噛み殺すような歯噛みした顔。ルヴィアーレに騙されてここにいると思っているか、何かを怒鳴り剣を手にした。
それが、私に届くと思うか?
ボルパルトから飛ばされた魔導は何を掠めることはない。ただ彼方へと飛んでいく。
フィルリーネは魔法陣を描く。どす黒い赤の色。とぐろを巻くように熱が渦巻いて、黒煙を伴う火の玉のように、ボルパルトへと向かった。
防御壁が間に合っても、威力を半減させることすらできない。人の手に余る高温は肌を焼き、甲板をも焦がした。
驚きに見開いた目を二度と見ることはない。音をたてて崩れるように沈む航空艇は、地面に吸い込まれるように森の中へ消えると、激しい音と共に爆ぜて燃えた。
自分は聖人ではない。この戦いで犠牲が出ないなどと甘い考えもない。そして、王に加担する者は、全て排除する。その気が、変わることはない。そのために生きてきたのだ。
「エレディナ、消火をお願い。ヨシュア、精霊の声の先へ行くわ。王がいる」
精霊の呼び声に耳を傾けて、ヨシュアは移動する。羽ばたきながら迎えにきた精霊の跡を追った。精霊たちは集まり、ヨシュアを誘導した。
「肩の力を抜け。精霊が怯えている」
不意に肩に触れた温かい手に、フィルリーネはびくりと身体を震わせた。ルヴィアーレが背後から青銀の瞳を向けてくる。力の入りすぎていた肩が上がっているのに気付き、フィルリーネはそっと力を抜いた。
迎えに来てくれた精霊たちも心配げにして、フィルリーネをちらちらと見やっている。それに全く気付いていなかった。
精霊たちにとって王も契約相手だ。あの男に罰を与えることはできない。フィルリーネを案内することが、彼らにできる数少ない手伝いだった。
その中でフィルリーネが恨みを持ち続ければ、その気配に恐れをなして精霊が離れていくこともある。
フィルリーネは深く吸った息を吐き出して、力んでいた心を緩めた。
王を殺す予定はない。王派を根絶やしにすることは不可欠だが、それには王の命が必要だった。そして、今後のため、王が国を揺るがす大罪を犯したことを、生きたまま断罪させる必要があるのだ。
顔を見たら殺してしまいそうになる。それを堪えなければならない。
「あそこ、いた」
ヨシュアの言葉にフィルリーネは顔を上げた。冷たい風が頬をすぎ、落ち着いてきた気持ちが再び昂ってくる。
前にいるのは王の乗った航空艇、王族専用の白の羽がラータニアからの攻撃を受けていた。だが、王の航空艇は最新鋭でラータニアの航空艇に比べて高性能だ。放出された魔導を魔鉱石で作った結界で防いでおり、攻撃されていても揺らぎもしない。
浮島の前にはラータニアの航空艇が布陣をつくり待ち構えていた。しかし、型が古く大きさもグングナルドの大型艇に比べて小さい。王の航空艇の攻撃を辛うじて防いでいるようだ。
魔鉱石で作られた結界は強力で、あれを壊さなければ航空艇に傷一つつかない。
「全体を覆っているのか。厄介だな」
薄い膜のような物が王の航空艇を包んでいる。しかし内からの攻撃に結界は関係ないらしい。膜の結界から砲台から撃たれた魔導がラータニアの航空艇に突き刺さる。
ラータニアの航空艇の数は多いが、分が悪い。