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動く4

「まずはベルロッヒね」

「これは俺が蹴散らすから、お前は別のところに行っていいぞ」


 偉そうに言うが、ガルネーゼは肩を大きく上下させている。右腕の怪我は深そうだ。絨毯に垂れた血が滲んでいる。早めに止血した方がいい。


「ワックボリヌの行方は分からない。ボルバルトは砦にいる。ヨシュアが邪魔しているわ。王はまだ航空艇の中。さっさと終わらせましょう」

「ああ。こんな茶番は、とっとと終わらせる」


 ガルネーゼが剣を握りしめた。魔導はないが、持っていた剣の剣身が仄かに青色を帯びる。振り抜いた先、雷光がベルロッヒに向かった。

 ベルロッヒは魔法陣を描くとその攻撃を左右に退ける。近くにいた魔導士がその雷光で身体を痺れさせると、テラスから落ちそうになった。


 今度はベルロッヒが魔導を飛ばす。魔法陣から飛び出した火の塊がガルネーゼに向かうと、ガルネーゼの魔導士が火の玉を反射させた。跳ね返った火の玉は部屋の中を爆発させる。先ほどから煙が出ているのはこのせいか。粉々になった壁が隣の部屋をぶち抜いていた。


 フィルリーネが魔法陣を描き、頭上からほとばしる光を飛ばす。ベルロッヒには当てず、その周囲にいた魔導士を弾き飛ばした。

 テラスから足を滑らした魔道士の叫び声が遠退く。瞬間的に浮遊の魔法陣を描けていれば生きているだろう。


「フィルリーネ様が、魔導を!?」

 ベルロッヒがフィルリーネの魔導に呆気に取られているその隙に、ガルネーゼが飛び出した。突き刺した剣をベルロッヒが舌打ちして逸らした。重なり合う重い金属の音は激しく鳴り、二人の攻防を邪魔できない速さであることを示していた。


 フィルリーネはその間に別の者へと攻撃を進める。アシュタルやエレディナも参戦し、王派たちをテラスへと追いやっていた。


「なぜ、フィルリーネ様が、お前の味方をするのだ!? フィルリーネ様、何を吹き込まれたのです。ガルネーゼ及びイムレスは国家を揺るがす大罪を犯しているのですぞ!」


 それを行っているのはお前たちだろう。言ってやろうかと口に仕掛けた時、ガルネーゼは含むことなく大きく笑った。


「愚かだな。お前たちはこの娘を簡単に御していたと思っていただろうが、それは大きな間違いだ」

 ガキン、とベルロッヒの剣が鳴り響いた。弾かれた剣が弧を描いてテラスに突き刺さる。


 ガルネーゼの魔導具は初めて見た物だ。いつの間にか新しく作らせていたらしい。魔導を発することができるが、勿論剣としても使える。ガルネーゼはこの国で最も剣技があると言われている男だ。ガルネーゼの剣を受け、ベルロッヒは手が痺れたか庇うようにすると後ろに下がった。


「ハルディオラが大切に育てた娘だ。王の思い通りになると思うか!」

 ガルネーゼは飛び出すと、剣を大きく振るった。ほとばしる雷光がベルロッヒへと向かう。ベルロッヒは魔法陣を描いたが描ききれずに弾け飛んだ。


 滑るように転がりテラスの柵へと激突する。衝撃で口から血を吐くと、唸るようにして膝をついた。

「何の、間違いだ。謀っていただと? フィルリーネ様が、我々を、王を?」


 ベルロッヒの呟きを聞きながら、フィルリーネは周囲の魔導士に攻撃を繰り出す。魔導士たちは防御壁を作りそれを弾いた。その瞬間アシュタルが斬りつける。連携した動きに、ベルロッヒの仲間は数を減らした。

 歯噛みしてももう遅い。残ったのはベルロッヒだけで、ベルロッヒもガルネーゼの攻撃に傷を負い、肩を揺らして短い息を繰り返していた。


「どれだけの時を我慢してきたと思っている。誰よりも国を憂いている者たちを蔑ろにし、己の利益のためだけに他国へと侵入するなど、国王としてあるまじき行為。マリオンネの女王より賜った土地を豊かにするどころか、精霊をぞんざいに扱うような王に、この国を担う資格があると思うの!? お前たちは王を諌めるどころか加担し、我が国を陥れる真似をした。その罪が、許されると思うな!」


 この戦いでも犠牲が出る。それだけでも大きな罪だ。フィルリーネの声にベルロッヒは一度驚愕して見せたが、拳を握り身を震わせると、ゆらりと傾いで憤然と立ち上がった。


「馬鹿だ馬鹿だと思っておりましたが、そこまでとは。王に従い従順にしていれば良かったものを。あの方の娘でありながら、何と言う愚物。愚かなりにその立場を使っていただけたことを感謝すべき身で」

「王に使われて喜ぶ愚鈍さなど持ち合わせていない!」

「何と、愚かな!」


 ベルロッヒは両手を広げると描くことなく、浮き出すように魔法陣を作り出した。前に押し出すように重なり合った魔法陣から光がフィルリーネに向かう。


「フィ、」

 ガルネーゼとアシュタルの呼び声が届く前に、鋭い光は一瞬にしてフィルリーネの元に届いた。

 魔法陣から発せられた光は、鋭い刃のように天井を抉った。上の階が曝け、ぼろぼろと天井が落ちてくる。


「フィルリーネ!」

「フィルリーネ様!!」


「邪魔を、しおって! ラータニアの私生児が!」

 ベルロッヒの激昂は、別の者へと向かっていた。

「ルヴィアーレ…」


 広間に駆け付けたルヴィアーレが入り口から魔法陣を描いていた。ベルロッヒの攻撃を防ぎ反射させたのだ。一瞬にして自分の目の前に魔法防御壁が描かれた。ベルロッヒは魔法陣を描かず攻撃してきたのに。その速さに間に合うように防御壁を作ることが、フィルリーネにはできなかったのに。


「この、駄犬が」

 先に動いたのはガルネーゼだ。走り込んだガルネーゼにベルロッヒの動きが遅れた。振り抜かれた一線。防ぐ余裕のないベルロッヒの腕にそれは入り、落とされた片腕と胸から血がほとばしる。怒号のような悲鳴は勢いを失い、真っ逆さまにテラスの下へと落ちていった。


「フィルリーネ様!」

「ちょっと、大丈夫!?」


 エレディナとアシュタルが急いで寄ってくる。ルヴィアーレの防御壁のお陰で無傷だが、なければ致命傷だっただろう。

 ルヴィアーレはサラディカたちを伴っていた。いくらか戦ったのか、イアーナやレブロンの服に赤いシミが付いている。


「ルヴィアーレ。助かったわ」

「君が戦いに出るのは構わぬが、それなりに力を持った者の前に出るのは避けるべきだな」


 無表情でちくりと戒められたが、それはルヴィアーレも同じだと思う。そう言う前に魔導士がガルネーゼに走り寄った。血が流れているのに無理をしたせいか、腕を抱えたまま動けないでいる。


「ガルネーゼ!」

「大丈夫だ。少し腕をやられただけで」


 魔導士に癒しを施されているが、癒しは深い傷を全て治せるほど万能ではない。傷を覆えても中までしっかり治療することはできなかった。しかし、階下へ降りてここは下がれと言っても、ガルネーゼは逃げようとはしないだろう。


「少しここで休みなさい。手当てをしなければ周りの者が迷惑よ」

「は。言い方あるだろ。言い方が」


 強めに言わなければ無理をするに決まっている。大きく歪めた顔を無視し、そのまま大人しくしてろと命令すると、フィルリーネはテラスの下を見下ろした。


 ベルロッヒの先程の攻撃は魔導具でも持っていたのだろうか。それにしてもかなり力の強い物だ。エレディナの防御が間に合わなかったほどである。


「エレディナ、下へ降りるわ」

「死んでるでしょ?」

「さっきの攻撃の仕方が気になる」


 階下に降りれば血の池に大の字になってベルロッヒが寝そべっている。事切れているが目が飛び出さんほど大きく見開いていた。引きつった顔は怖れの表情ではなく、敗れたことによる愕然とした表情のように思えた。


 広がった手の平には何もなく、特に魔導具などは見受けられない。手首などを調べると、両手首に細い腕輪をしていた。宝石が付いていたようだが、石座に宝石がない。周囲を見回すと血溜まりの中にある小さな石を見付けた。

 石のかけらだが白く濁っている。


「小さすぎではないでしょうか?」

 当たり前に浮遊に付いてきたアシュタルが首を傾げた。石座から考えれば小さすぎるが、他に何も落ちていない。アシュタルがそれを拾い、ハンカチに包んだ。


「何の石か。調べる必要はありますね」

「ベルロッヒがこんな細い腕輪をしているのは見たことはない。魔導具を開発していたとしたら、他の者たちも持ってるかも」

「でも、一回の攻撃で壊れる程度じゃない?」


 しかし、魔法陣を描かずに作り出し攻撃されれば、防御は簡単にはいかなくなる。最後の切り札と言ったところだろう。しかも魔法陣を二重にして使ってきた。


「魔導具は魔法陣を使わないはずなのに、ベルロッヒは魔法陣を出したのよ。しかも、普通ならば指で描くのにただ両手を広げ、手のひらを開いただけで」

 本来ならば出来ることではない。魔導具でも新しい物ではないだろうか。

「不穏ですね。他の大物も持っているかもしれない」


 ワックボリヌやボルバルト、王も持っていておかしくない。他の者たちに伝えた方がいいだろう。フィルリーネは残っていた魔導士や騎士たちに伝えるよう言い、次の場所へ移動することにした。


 ガルネーゼはしばらくここで待機だ。どうせ無理をするのだろうが、ここで死なれては全体的に士気が落ちるとしつこく言っておく。反王派の中で一番人気はガルネーゼだ。厳しくとも表裏のない性格やその剣技は、皆から憧れの目で見られている。小言の多いおっさんだが、中立の者たちからも信頼されている。


 イムレスもまた同じく反王派からも中立からも信頼のある人間だ。フィルリーネなどよりずっと、二人が動いた方が支持されるのである。二人の協力は必要不可欠だった。


 王を倒しても国を立て直すには時間が掛かる。そしてその中には他の者たちからの信頼が必要だった。それは二人とも分かっている。

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