女王2
「ユーリファラ、話すのならば後にしなさい。女王様の葬儀が始まる」
「はい、お父様…」
シエラフィアがユーリファラをルヴィアーレから剥がし子供をあやすようにすると、後ろに控えていた夫人に目配せする。
「妻のジルミーユです」
ジルミーユはシエラフィアと違いきりりとした女性で、ロジェーニを思い起こさせる雰囲気を持った人だった。ユーリファラの母親ではないが、ユーリファラを宥めてその涙を拭いてやる。
二人に軽く挨拶をして、葬儀が行われるのを待つ。その間、他の王族にも挨拶をしながら、グングナルド王がオルデバルトと並び広間に来たのを確認したと同時、葬儀が始まった。
葬儀は外で行われ、広間から移動した庭園の一角に集まり、別れを惜しんだ。
マリオンネの住人たちや、精霊たちも集まっている。いくつかの島に人々が集まり、そこにはムスタファ・ブレインや次期女王アンリカーダの姿もあった。その中心にある小さな島に女王が安置されている。
人々は女王の遺体に近付けない。女王は精霊に認められた、この世界にたった一人、大地を統べる人である。その女王に近付けるのは人型の精霊だけで、彼らが送る魔導に包まれて、女王は天へと送られる。
人型の精霊が女王の遺体を囲み、魔導を送ると遺体は虹色の光に包まれた。精霊の嘆きが歌のように聞こえ、歌と共に光が鈍く明滅する。
その光と同じく女王の姿が見え隠れし、何度も繰り返していく中で女王の姿は薄まっていくのだ。
女王は、精霊と同じ、天から生まれ天に帰ると言われている。天がどこにあるかなど考えたことはなかったが、精霊は女王を天に連れるように、虹色の魔導と共に、そのまま姿を消した。
女王は天に昇った。人ではない、神とも言える女王の姿の、最後だった。
「こんなところで話すことではないのだけれどね」
葬儀の後、グングナルド王はムスタファ・ブレインと話があると、娘とその婚約者を置いて、さっさと葬儀の場を退出した。広場では膝を付き女王の消えた島へ祈りを捧げている王族もいるのに、グングナルド王は全く興味がないと、早々の退出である。
オルデバルトもそれに続いたので、席を同じにするのかもしれない。
シエラフィアは、ルヴィアーレとユーリファラ、ジルミーユを連れ、婚約した王族同士少しでも話をと段取りよく別の場所を借りた。が、やっと会えた気持ちが溢れ出て止まらないユーリファラを落ち着かせるためにと、フィルリーネだけを外へ連れ出したのだ。
ユーリファラには何も話していないのだろう。ジルミーユは視線だけで理解したように、ルヴィアーレとユーリファラに付き添った。
ルヴィアーレは微妙な顔をしていたので、ルヴィアーレもシエラフィアがフィルリーネを連れることは不思議に思っていそうだ。
「そちらの王はキグリアヌンとは仲良しなのかな?」
「王と第一第二王子とはそこまで。第三王子とは仲良しですよ」
「それは不穏だなあ。次の婿にする気?」
「気持ち悪い話はやめてもらえます?」
建物の外の小さな庭園を歩きながら、シエラフィアはくすりと笑った。先程気付いたことをすぐに想定されて気分が悪い。しかしムスタファ・ブレインとオルデバルトとつるむのならば、それは注視どころか警戒しなければならなかった。
「弟にはもったいないお姫様だとは思ったけれど、想像以上で驚きの連続だよ。弟からそんな話は一度も聞いたことがない」
「私もお兄様のお話は全く聞きませんでしたよ。随分お若くて驚きました」
シェラはフィリィの正体に気付いていたわけではない。ルヴィアーレが怪訝な顔をするわけである。
「若作りしているつもりないんだけれど、二十年顔が同じだからね」
それは羨ましいと言えばいいだろうか。シエラフィアは可愛らしく、ふふ。と笑う。ルヴィアーレと同じで顔が整っているが、髪や瞳の色は違う。ルヴィアーレとは母親が違うので、兄弟よく似ているとはならないらしい。ただ、兄弟だと言われて納得するものがあった。顔の作りが同じなのである。
なぜ自分は気付かなかったのか。言われれば確かに似ているのだ。黙って真面目な顔をすれば兄弟と言われてすんなりと納得できる。勿論、シエラフィアが真面目な顔をした場合だ。
シェラはフィリィに敬語だったが、王だと分かった今はやめたらしい。普段からそんな気軽な話し方をしているのか、その辺りはルヴィアーレと真逆だった。
あの真面目が服着てるようなルヴィアーレの兄が、ほんわかのんびりシェラだとは、全く驚きでしかない。何か裏で画策していそうな雰囲気は同じだが。
「弟さんは元気ですよ。ご存知でしょうが。今のところは、ご安心ください。早めにお帰りいただくので」
「そうなの? 僕としては、このままで十分いいと思うのだけれど?」
「ご冗談を」
おほほ、あはは。とお互いから笑いをして、フィルリーネはこほんと咳払いをする。ルヴィアーレ以上に何を考えているか分かりづらい男だ。シェラの時からそうなのだから、王として相手をするとなると、意図を読むのも苦労がある。
だが、こんな機会を再び作るのは難しい。
「こちらとしては、何もなくお返ししたいのですけれど、完全に何もなくと言うのは難しいかもしれません」
フィルリーネが始めると、シエラフィアは理解はしていると頷く。ルヴィアーレから情報は入っているだろう。
「お父さんは元気そうだ。迎える準備はあるけれど、弟がいないのは心許ない。けれど、姫の側にいてくれた方が安心できるかな」
「こちらはできるだけ、早めに帰っていただくよう用意致します。ただ、精霊の配置換えは既に行われました」
「そう、思ったより早いな…」
「そのように手配しました。弟さんの協力もありましたので、精霊たちは協力的で比較的早く。ですが、そのような結果は関係なく婚姻式の予定です」
「それはまた、意欲的だね」
「今後行われる婚姻式は、我が国も祝いに混乱することでしょう。そちらも、羽目を外しすぎないようお気を付けください」
シエラフィアは静かに頷く。フィルリーネはラグアルガの谷、国境の門などを観光話として口にする。誰が聞いているとは思わないが念の為だ。ここで王に知られる訳にはいかない。
「闇の精霊も集まってきているね」
にわかに空が暗くなってきた。女王の葬儀を暗闇にするわけにはいかないと、遠慮していたのだろう。空も闇に包まれてきているので、闇の精霊が飛んでも気にはならなかった。
しかし、シエラフィアはそのままの意味でその言葉を口にしたわけではない。
「獣は、荒々しさを増すでしょう」
「精霊は喪に服すように静まり返り、代わりに獣が狂気を剥き出す」
狙うのはその頃だ。シエラフィアも分かっていると静かに頷く。
「君のお父さんは孫娘と仲が良いようだ。それには気を付けるといいよ」
どこからの情報だ。ラータニアも懇意にしているムスタファ・ブレインがいるわけである。孫娘、アンリカーダ。葬儀中遠目でどんな顔をしていたか分からないが、女王の崩御を望んでいたらと考えると、ぞっとする。
「浮島には何が?」
「直球だね」
「喉から手が出るほど欲しいものが思い当たらないので」
「あの島は、特別なんだよ。弟と一緒に来ればいい」
「行きませんよ」
知りたければ婚姻して来いって? 行かないよ。婚姻しないって言ってるじゃないの。
しかしシエラフィアはクスクス笑って問いをかわすだけだ。
「二つの大国、グングナルド、キグリアヌン。国土が広い方はどっちか知っている?」
「キグリアヌンですが」
「氷が多いよね。差し引いたらグングナルドの方が大きい」
キグリアヌンは北部に土地を多く持つ国で、ほとんど人が住めない土地を持つ国である。そのため人口はグングナルドの方が多く、住むことのできる場所で比べるのならば、グングナルドの方が広大だった。
それが何を意図するのか。シエラフィアは微笑んでいた顔をやめて庭から見えるマリオンネの島々を見つめた。
「その昔、大地は空に浮かび、多くの精霊や人型の精霊が住んでいた。その中にいた人間が増えすぎたため、精霊たちは広大な大地を下に下ろし、選ばれた者だけを天空の島へと迎えた。グングナルドは、最初の土地だと言われている」
「最初の土地…?」
「人が最初に落とされた、最初の土地だよ」
そんなお伽話初めて聞いた。その話はマリオンネができる前の話ではないだろうか。この世界の歴史は、マリオンネが初めから在ることが前提である。その前などなく、最初から女王が君臨し、国を人々に与えて王を決めた。
「我が国の浮島は小さすぎて大地に落とされなかったんだよ。だから、マリオンネの精霊たちと離れても、そのまま浮島に残ることになった」
つまりマリオンネの精霊と同じものたちが残っていると言うことだ。マリオンネと同等である浮島だから、王は欲しがっているのだろうが。
しかし、それだけでは理由として薄い気がする。
「弟と一緒に来るといいよ」
「行きませんて」
即答にシエラフィアは嬉しそうに笑んでくる。浮島の話題を逸らされたが、ルヴィアーレと同じく話す気はないようだ。
「弟が婚約に向かった後聞いた噂では、何かと人々の口に上る方だと言うことだったけれど、聞いていた以上に楽しい方で良かったよ」
どうやら高飛車王女の噂が婚約後に入ったらしい。それはそれは、さすがにあの王女実際相当質悪い、とまでは婚約前に聞けなかったようだ。婚約後に聞いて、心配に輪を掛けただろう。
できればそのままの状態で行きたかったのだが、まさか簡単に見破られるとは思わなかった。近くにいるとごまかしが効きにくくなると、学ばせてもらったが。