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女王

 女王崩御。


 それは、報告よりも早く、エレディナと精霊たちの叫びで知らされた。

 

 精霊たちの嘆きがマリオンネに向けられ、航空艇に乗っている中でもマリオンネへと飛ぶ精霊が見える。地上に住まう精霊たちは空に留まり、女王の死を悼んでいた。

 橙の空が闇に包まれていく。航空艇から見えるマリオンネに、各国からの王族が集まりつつある。

 航空艇の種類は様々だ。掲げられた国旗を眺めていると、大国キグリアヌンの航空艇が着陸するのが見えた。


「キグリアヌンの船ですね」

「ええ、随分と大きな船ですこと。皆様いらっしゃるのかしら」


 女王の葬式とは言え、王族全員を連れてマリオンネに入るわけにはいかない。城を守る者を置くのが普通だ。グングナルドはミュライレンとコニアサスは留守番で、王とフィルリーネ、婚約者だがルヴィアーレが参列する。一人置いて勝手に何かをされては困るからだろう。


 キグリアヌンは王に側室が多く、王子と王女合わせて九人いた。上の王子三人は夫人の子供なため、おそらく連れてくるのはその三人と夫人だけだろう。

 その夫人の三男、オルデバルトは人の顔を見るなり近寄ってきた。


「お久し振りです。フィルリーネ様。長らくお会いできず寂しく思っておりました。学院をご卒業され、政務に勤しまれていると聞き及んでおります。次にお会いできる日を伺おうとしていた矢先に、このようなことになり」


 キグリアヌン第三王子オルデバルト。真っ直ぐな金の髪を肩より長く伸ばし、結んだ髪を首元に垂れさせている。黒のマントの中は真っ白なチュニックで、派手好きなオルデバルトにしては見たことのない合わせだった。

 ここで青やら赤やら着てくるほど非常識ではないが、顔が派手なので、白と黒の単色をまとうと顔が浮く。


「まあ、オルデバルト、このような場所で私に膝をつく必要などありませんわ。お立ちになって。わたくしも、このようなことになって、言葉にし難いですわ」

 お前の相手をしたくない。持っていたハンカチで口元をかざし、耐えられないとルヴィアーレに寄りかかろうとする。


「婚約者のルヴィアーレ様ですわ。お会いになるのは初めてではなくて?」

「ええ。ご婚約されたこと、寝耳に水でした。フィルリーネ様がラータニアの第二王子とご婚約などと」


 この茶番が面倒なのでオルデバルトにルヴィアーレを紹介したが、オルデバルトはルヴィアーレをちらりと横目で見て軽く挨拶しただけで、すぐにこちらに顔を戻した。

 気のあるふりをする意味が分からない。フィルリーネの手を取り、若干目を潤ませるが、気持ち悪いからやめてくれないかな。


 二重の碧眼。まつ毛が長く目尻に黒子があり、通った鼻筋と赤く薄い唇は化粧映えのする顔である。ルヴィアーレほど規格外に顔は整っていないが、それなりの容姿をしているので女性受けはいい。口が上手く、ナッスハルトと同じ匂いのする男である。他国の王子の噂を王女に囁く者はいないが、どこぞの令嬢たちと云々は諜報部員から聞いている。


 どうでもいいので立ってほしい。フィルリーネはするりと自分の手を抜いて、ルヴィアーレの腕を組んだ。

「ルヴィアーレ様とはもうすぐ婚姻式を挙げますのよ。けれど、女王様がこのようなことになるだなんて」


 女王の葬式で面倒な挨拶はしたくない。さっさと終わらせてもらいたい。フィルリーネが意味も分かっていないとルヴィアーレの婚姻話を出すと、オルデバルトも仕方なしに立ち上がった。

 身長はルヴィアーレの方が若干大きいか。オルデバルトは少しばかり背筋を伸ばす。


 何を張り合っているやら。本命のグングナルド王がいないため、こちらに声を掛けてきたのだろう。王は自分より後の航空艇で到着予定だ。すぐに着く。グングナルドで直系の血筋を持つ者は王とフィルリーネしかいない。そのため同じ航空艇に同乗することはない。墜落した場合直系血族が絶えるからだ。

 コニアサスがいるが、彼は側室の子供である。王とフィルリーネと同等にはされない。


「お父様でしたらすぐに参りますわ。私もキグリアヌンの王にご挨拶をさせていただきます。ルヴィアーレ様参りましょう」

 キグリアヌンの王は先程前を歩いているのを見掛けた。フィルリーネはルヴィアーレを促し、マリオンネ催事に使われる島への転移魔法陣へと入り込んだ。婚約式と同じように兵士に囲まれた転移魔法陣に乗ればすぐに別の島に移動させられる。


 移動させられた場所は前にも来たことがある、ミーニリオンの島だ。女王の葬式とは言え、女王の館のあるヴラブヴェラスに通されるわけではない。

 何もない柱だけの部屋。そこには扉のない道がいくつか分岐のように伸びている。その一方方向に兵士二人が立っており、その先に進むのだと示している。


「キグリアヌンのあれは、どう言うつもりで君に媚びているのだ?」

「そんなの私が聞きたいよ。婚約前は王がそのつもりだと思ってたけど、婚約してまであんな真似してくるとは思わなかった」


 ぼそぼそと、兵士に聞こえないような小さな声で問われて、フィルリーネはぶすくれそうになった。婚姻してラータニアの島を奪った後、ルヴィアーレを弑してオルデバルトを婿にするとか言わないよな? など不吉なことを思う。

「そのつもりのように思えたが?」

 何も言っていないのに、ルヴィアーレが心の声に賛同してくる。


「その場合、キグリアヌンも参入してくるのよ。その後のことでも相談してるってことなら、有り得なくないけど」

「有り得なくはないな」


 大国キグリアヌンがラータニア浮島占有に加担し、その後大国同士小国を恫喝でもする気か。王が本気でオルデバルトを後継にしようなどと考えていたら、寒気しかしない。ルヴィアーレとの子供はどうした。その後とか言わないよね。


 オルデバルトが本気でフィルリーネを求めている可能性は一つもない。嘘くさい会話に心のこもらない言葉。フィルリーネに媚を売るのは、婚姻するまでの間だけだと思っていた。しかし婚姻相手はラータニアのルヴィアーレ。オルデバルトは王に騙されていたのか、それともまだ続きがあるのか。とにかく不吉だ。


「注意はしているのだろう? 王があの男と懇意ならば」

「そうしてはいるけれど、最近影薄いのよ。王も連絡を取っていない」


 兵士を通り過ぎ、長い廊下を二人で歩む。大声で話すとどこまでも響いてしまう。小さな声で話していると、行き止まりに別の転移魔法陣が見えた。そこにも兵士が二人立っており、その中に入るよう促される。

 光に包まれ転移すると、そこは天井がガラス張りの広間で、何人かの王族が集まっていた。


「お兄様!」


 そんな声が届いてフィルリーネはその方向に振り向いた。小走りに近寄ってくるのは金髪の少女だ。黒のドレスを揺らし、瞳を潤わせルヴィアーレに飛びついた。


「ユーリファラ…」

 ああ、だよね。ルヴィアーレは腰に巻きついた美少女の名を呟く。

 これが噂の姪か。ルヴィアーレが困ったように頭を撫でると、ユーリファラはゆっくりと顔を上げた。


「お兄様…」

 それ以上言葉が出ないと、ユーリファラは涙を目尻に溜めた。会えなかった日々を思い、長く苦しんできたのだろう。ルヴィアーレに会えた嬉しさに堪えきれず、ぽろぽろと泣き出した。

 ルヴィアーレは目尻を拭ってやるが涙が止まらないらしい。ユーリファラはルヴィアーレの指を気にもせず、涙を流しながらルヴィアーレを悩ましげに見つめた。


 金髪を編み込んで残った髪を後ろに流している。ふわふわの髪は背中に伸びて揺れていた。紅色の唇からルヴィアーレを呼びながら儚げに瞼を下ろす。そのユーリファラを優しげな瞳で捉え、宥めてやるルヴィアーレ。


 いやあ、絵になる二人だね。噂はかねがね、美少女ユーリファラ。本当に美少女で健気な雰囲気が溢れすぎているが、こちらに挨拶もされておらずここでどう対処しようか迷うところだ。しかし、まだ他に人が近付いてきていることに気付き、そっちを先に突っ込みたくなった。


「ユーリファラ、失礼だよ」

 聞いたことのある声。見たことのある顔。その柔らかな微笑み。


 やられた。


「初めまして、フィルリーネ姫。うちの弟がお世話になってます」

 それ、王の言う言葉か? 全く飾り気のない、気安い挨拶に引きつりそうになったが、辛うじて笑顔で答えた。


「まあ、ラータニア王でいらっしゃりますの? グングナルド王女フィルリーネと申します。お見知り置きくださいませ」

「ラータニアの王をやっている、シエラフィアと言います。お会いできて光栄だな。こんなに素敵な方と婚姻だなんて、弟は幸せ者ですね」


 どの口がそれ言うかな。

 にこにこにこにこ。笑顔を絶やさない男、ラータニア王。細身の色白、金髪のウネウネ髪。四十一歳。

 嘘でしょ!? どう見ても二十代後半。いっても三十代前半!若すぎでしょ!?


 目の前にいるのは、見覚えのある男。忘れるわけがない、ラザデナで会った胡散臭い男、シェラである。

 何でラータニア王がお供一人だけつけて人の国に潜入してたかな。おかしくない!?


 シェラことラータニア王シエラフィアは、相変わらずのにこにこ笑顔を振りまいてくれる。あの無言で剣を振るうモストフは護衛で、そのたった一人の護衛をつけて、人の国をふらふらしていたわけだ。どこから入り込んだか、速攻調べなければならない。


 弟が胡散臭ければ、兄も胡散臭かった。顔や落ち着きからルヴィアーレの方が兄に見えるくらい、シエラフィアが若く見えすぎる。これで四十代だと? グングナルド王と親子に見えるほどだ。

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