祝い4
「ラータニアへの繋ぎが消されたと聞いているわよ」
その言葉にルヴィアーレが後ろで身じろいだが、それを見ずにフィルリーネはニュアオーマを見下ろした。
調査に失敗したわけではない。調査をしていた者が追われて傷を追った。ラータニアへと情報を渡す役目を持っていたその男と、ニュアオーマは繋がりがあった。その繋がりは知られてはいないが、男を匿っていると言う。
「さすがに聞いているか。だが、あんたに迷惑は掛からんから、安心してくれ。小さな集まりだ」
フィルリーネには迷惑は掛けない。元々ニュアオーマは個人的に反王派として集まっている。その中でフィルリーネと繋がっているのはニュアオーマだけだ。だからニュアオーマが何も口にしない限り、例えニュアオーマが捕らえられても、フィルリーネに害は及ばない。
そう言われて、はいそうですかと頷くと思うのだろうか。
「何かある前に、ヨシュアに助けを求めなさい。繋ぎの方法はヨシュアと決めておくのね」
「姫さん、自分の守りをあまり外すもんじゃないよ。あんたが死んだらそれで最後だ。こっちは問題ない。あんたに伝えたいのはその話じゃないんだよ」
ニュアオーマは他に配備されるであろう場所に石を置く。大型艇を配備した場合、随分と目立つ場所だ。フィルリーネの疑問にニュアオーマも頷く。大型艇の配備はなく、小型艇で攻撃を試みるのだろう。大型艇はビスブレッドの砦にしか配備できそうにない。
「大型艇での攻撃はビスブレッドからだけだろう。あとは小型艇か中型程度だ。城を掌握する必要もある。どちらかと言えば、そちらに兵士を多く使い、ラータニアへは少人数を送るんだろうな。魔獣の使用を増やすんじゃないのか」
「この配置ならばその可能性は高いわね」
「姫さんの考えるように、襲撃を囮にしてラータニアの浮島を奪う気なら、城から本機が浮島に直行するだろうってのがこっちの見解だ。ビスブレッドから大型艇を飛ばしても、それは斥候にすぎない。他の小型艇や魔獣を放るのと同じだ。本機は城をある程度掌握した後に出すんだろうな」
「城にいる反王派たちを奇襲であらかた処分した後、堂々と城から出るとしても、城にはベルロッヒは残るはずよ。ガルネーゼとイムレス様を短い時間で殺すのは難しい。その辺りには戦力を惜しまない」
「だろうな。あの二人を抑えられなければ、城は陥落できない」
ニュアオーマも同じ意見だと、深く頷く。目の上のたんこぶだ。反王派たちの数を減らしてから大型艇の出発を行うとしても、あの二人の動きによっては城の掌握に時間が掛かる。あの二人のために力を入れる必要があった。ガルネーゼとイムレスを倒す者は城へ残すだろう。人だけでなく魔獣を放つ可能性もある。
「姫さんの考え通り、婚姻式を狙うなら暴れる時間は十分ある。祝いに気を取られている間動かれれば、いくらあのお二方でも何も用意していなければやられるだろうな。動きに気付かなければ危ないところだった」
婚姻式を狙う確率が最も高いだろうと意見は一致した。それに気付いていなければ、ガルネーゼとイムレスでも抵抗は難しい。王の計画通りことが運べば、城から浮島へ飛ぶ大型艇が出ても誰も文句は言わない。
「城に関してはガルネーゼとイムレス様に任せてある。婚姻式への移動中、私たちに監視がつくかは分からないけれど、王は出発後すぐに始めるでしょう」
その時王は高みの見物と婚姻式に出席するのか。戻れば全てが終わっているとほくそ笑むだろうか。ラータニアの王族もマリオンネで婚姻式に出席している間、グングナルドはラータニアを襲撃。その報告は、マリオンネから出なければ受けられない。ラータニアが襲撃の報告を行うとしても、マリオンネの入り口で待機させられる。その間にも襲撃は進んでいる。
「ラータニアもグングナルドも残る王族はいないのか?」
「グングナルドは誰も残らないでしょうね。ラータニアは、側室の方が残るのかもしれないけれど」
後ろで静かに話に耳を傾けているルヴィアーレは、渋面をつくったまま、フィルリーネの視線に自分のそれを合わせた。
「君の予想通りだろう。残るのは第二夫人だけと思われる。婚姻式に出席するのは王と夫人、ユーリファラになる」
「第二夫人が精霊に力を借りて襲撃を抑えるとしても、軍全ての指示は行えるの?」
「彼女にその権限はない。与えても現場に混乱を招くだけだ。精霊は扱えるが、襲撃された方へと防御を増やすだろう。戦いが長引けば王が戻っても対応は難しくなる。浮島に襲撃があってもそちらに兵を回せるかは、その時の状況によって不可能であるかもしれない」
精霊のいる島と言えど、そこに人は住んでいない。ならば人命救助に力を入れる。浮島には警備兵が配置されているが、大型艇で乗り込まれた場合、対抗できるかは断言できないようだ。
「ラータニアには戦艦が多くない。数で言えやグングナルドの方が上だろ。斥候と戦っている間浮島に侵入する者はいないが、それに気を抜いていれば浮島に本機が飛ぶ」
浮島以外は混乱を招くための襲撃にすぎない。精霊に助けを求めることのできる、最も力のあるであろう王や王妃がマリオンネに訪れていれば、ラータニアの浮島は思うより簡単に奪えるだろう。
ニュアオーマの報告を聞いている間、ルヴィアーレはずっと険しい顔をしていた。ラータニアに繋ぎをつける方法が減っている今、グングナルドで動いている有志たちに上手く立ち回ってもらうしかない。
ルヴィアーレの目的は出来るだけラータニアにグングナルドの情報を知らせること。後の役目はおそらく、王を暗殺することに違いなかった。それをされれば国として全面戦争に突入するしかなくなる。お互い何もないままグングナルドから王を引きずり落とすしか未来がない。
それが難しいのが現状だ。
ルヴィアーレの配置換えはすでに行われ、婚姻のための許しを精霊に乞うている。ラータニアに属する精霊たちはルヴィアーレから離れたことだろう。代わりに、グングナルドの精霊たちがルヴィアーレの力を助けることになる。
「これは、精霊の住処?」
「この辺りには人は近寄らないからね。城に一番近い、精霊の集まる木よ。ここから少し行った場所にラグアルガの谷がある」
ニュアオーマと別れた後、訪れた場所で、ルヴィアーレは少しだけ感嘆の声音を出した。ラグアルガの谷と耳にして、ルヴィアーレはすぐに雰囲気を鋭いものに変えたが、ラグアルガの他には常時人が滞在しているため、今は迂闊に近付くことはできない。
今日ここにルヴィアーレを連れたのは、別の理由でだ。
広大な場所に生える一本の大木。人気のない場所で育ち続けた木は大地に大きな影を落とすほど巨大で、豊かな葉を芽吹かせて精霊たちの寝床とさせていた。
ここに人を案内するのは初めてだ。イムレスやガルネーゼもこの場所は知らない。周囲に何もないことから近くを通る者もいない。航空艇もこの木の空を飛ぶ空路がない。近くにあるのは谷だけで、他には草木が茂る未開の場所である。
その大木に集まった精霊たちからの呼びかけがあった。大木と言っても何種類もの精霊が集まる木ではないのだが、今日に限っては、色とりどりの精霊が集まっている。日が陰ってきた夕刻過ぎの時間なのに、木々に留まる精霊たちの仄かな光は、さながら星の煌めきのようだった。
言葉を発せず羽を羽ばたかせて魔導を纏う。その仄かな光が美しく輝き、ルヴィアーレはその様に理解をしたか、こちらへ目線を泳がせながらも、もう一度大木を見上げた。
光の瞬きが溢れ、フィリーネとルヴィアーレに注がれる。暖かな光が全身を包み、深く染み込んでいく気がした。
「これが、許可を得るということか…」
ルヴィアーレの呟きは精霊たちの魔導を増やし、大木が煌々と光ったように思えた。
婚姻の許可。思うより早く得られたことに、ルヴィアーレは複雑な気持ちだろう。