祝い
「まあ、美しいわ。本日はおめでとう、タウリュネ様」
「ありがとうございます。フィルリーネ様。ルヴィアーレ様もお忙しい中、ご出席くださり、感謝申し上げます」
タウリュネは既に目尻に涙を溜め、片膝をついた。焦茶色の髪をふんわりと纏め、花の形を模した鮮やかな宝石のある髪飾りをつけている。白に近い淡いピンクの生地に金の刺繍がなされた衣装で、花びらが散らばるような飾りが地面にふわりとおりていた。首元に飾られた大輪の花から流れたようで儚さが美しい。
隣にいた相手の男性も後ろで膝をつく。羽織られたマントは鮮明な青に金の刺繍を合わせており、タウリュネと刺繍の模様を同じにさせている。マントで派手さを出しているのだろう、中のチュニックは白でまとめてあり、襟元を波立たせている程度でそれを帯で固定していた。
紹介をされていないため、タウリュネの婚約者は頭を下げたまま声を掛けられるまでタウリュネの後ろで控えている。
「素晴らしい贈り物をいただき、感謝の言葉もございません。あのような、素敵なものまで…」
「大したことなくてよ。ささやかな贈り物だわ。気に入っていただければ良いのだけれど」
全てを言う前に、フィルリーネは言葉を遮った。タウリュネには婚姻祝いに高級な布や化粧品、大輪の花や高級食材、その他色々と贈り物をしている。婚姻祝いでは祝いのお裾分けとして周囲の人間や側使いなどに貰いすぎた品を下賜するのが習慣があるため、日用品であったり飲食物であったりを贈るのだ。
しかし、それとは別にタウリュネに似合いそうな帯留めと髪飾りを贈った。ネックレスやイヤリングなどの装飾品は相手の男が贈る物なのでそれは避けている。タウリュネに似合うように作らせたので、使ってくれると嬉しい。親しい者でしか行わない贈り物に、タウリュネは感無量だと顔を綻ばせる。
「衣装が汚れてしまうわ。二人ともお立ちになって。タウリュネ様、ご紹介をいただきたいわ。お相手の方は何とおっしゃられたかしら」
「レビン・カンタンデールと申します。お見知り置きを」
頭を下げたまま名を口にしてからレビンは顔を上げた。ゆっくりと立ち上がる物腰は優雅で、立ち上がると同時にそっとタウリュネの手を取る。流れるような身ごなしだが、手を取られたタウリュネはぽっと頬を紅色に染めた。レビンはそれを見て穏やかに微笑む。
当てられるね。痛いくらいだね。レビンは慣れた振る舞いをしているが柔和な印象を持つ男だった。身長はタウリュネより高いが然程でもなく、少しだけ肉付きのいい体型をしていた。若干丸めの顔なのでなおさら柔らかな雰囲気を感じる。
タウリュネの父親は政務最高官長を担っているが、王派とも反王派とも関わっていない。国の政務を担う身で王派でないとは信じられなかったが、仁に重きを置く人として周知されている。ただその中で王を誹る真似はしていない。祖父の時代から政務に関わっていることもあり、身分もあって王は最高官長に選んでいた。
文に優れた人で武には然程ではないことが決め手になったと思われる。魔導もあまり多く持たないことは王にとって安心材料なのだ。勿論、政務官の中に多くの王派がいるため、最高官長が王派でなくとも問題がない。
その部下であるレビンがタウリュネの相手に選ばれたのは必然で、タウリュネとも古くから知り合いだったと耳にした。タウリュネの父親は前々より相手をレビンに決めていたのだろう。
「娘の婚姻式にお出でくださり、感謝の言葉もありません」
「タウリュネ様の婚姻式ですもの。当然ですわ。他の出席者たちのそうそうたる顔ぶれ。王がいないことが残念でしたわね」
「娘の婚姻式です。王の時間を煩わせるほどではありません。フィルリーネ様がお出でくださったことは、我が一族カンタンデール家共に至上の喜びでございます」
「まあ、言い過ぎですわ、エシーロム様」
娘の婚姻式に妙なことをしでかさないのか、エシーロムは不安もあるだろう。タウリュネと同じ焦茶色の短い髪を揺らし、フィルリーネに対して慇懃にして静々と頭を下げた。しかし隣にいるタウリュネの微笑みに、若干緊張していた挨拶を終えて、ほっと肩を下げて立ち上がる。
文官らしい細身の身体であまり身長が高くない。タウリュネは母親似なのだろう。後ろで一言も話さず夫の側で会話を聞いている女性は、タウリュネに良く似た目鼻立ちで淑やかに控えていた。
タウリュネからフィルリーネのあれこれを聞いているだろうが、贈り物のこともあってひどい印象は緩和されているようだ。王女から個人的に送られても義務的な物ではないと感じているはずだ。王女の機嫌がいい内に終われればと祈っているかもしれない。
さすがの私も人の婚姻式をぶち壊す真似はしないよ。
ルヴィアーレもエシーロムの挨拶を受け当たり障りなく返す。ルヴィアーレの気性が柔らかめだと信じているのか、エシーロムは妻と共に朗らかな笑みを見せた。
その男の穏やかさの方を気にした方がいいと思うけれどね。ルヴィアーレはエシーロムの挨拶を受けながら、周囲の視線を見えないように確認している。政務最高官長の娘の婚姻式だ。王は出席していないが他の要人たちは祝いに駆けつけていた。
宰相ワックボリヌとその娘ロデリアナ。ルヴィアーレに近付きたそうな顔をしているがワックボリヌが止めている。現状フィルリーネはルヴィアーレに好意的であることを耳にして、ロデリアナの手綱を締めていた。
今日はロデリアナの首根っこを掴んでいてほしいものだ。そうでないと余計な会話をぶっ込んでくるのはロデリアナである。ここでおかしな雰囲気にされても困る。
エシーロムの同僚である中央政務官たちや、王騎士団長ボルバルトの姿。魔導院からは副長イムレス、マリミアラの父親である魔獣研究所所長サルバドルなども式に参加している。
「コニアサスとミュライレン様がいるのはなぜだ?」
大体の挨拶が済んで席につこうとすると、ルヴィアーレが人の腰に手を回してそっと耳打ちした。周囲は仲睦まじいのかとこちらを凝視してきたが、ルヴィアーレはそんな質問をしながら周囲に目を向けて微笑している。器用なことするな。
「相手の方がミュライレン様の弟さんの嫁の弟」
「成程、遠くとも王族に関わりがあるのか」
「コニアサスの正装かわいいわー。お似合いすぎる。身長伸びた?」
「君はそんな感想しか持てないのか?」
自分の前だけならば眉を寄せているのに、言いながら笑顔でこちらに顔を向けないでほしい。コニアサスの顔を見るのはとても久し振りなのだ。たまにしか会えないこの姉と弟の立場を理解してもらいたい。出会ったら文句の一つも言わなければならないのだから、会いたくても会えないのである。
コニアサスは水色のチュニックに濃い紺色の上着を羽織って帯で締めていた。帯留めの深い緑の宝石が少し重そうだが、湖のような碧の瞳に良く似合っている。踏みそうなほど長いマントに足を引っ掛けないようにミュライレンの後ろを歩いた。
「身長は伸びたのではないのか。若干だが」
若干でも成長は嬉しい。コニアサスはこちらを目に取って口を膨らませるように閉じた。息を止めたのではないだろうか。そんな驚愕せずに笑って近寄ってきて欲しいものだ。無理だろうけれど。
「フィルリーネ様ルヴィアーレ様にはごきげん麗しく」
「ミュライレン様、本日はおめでとうと言っていいのかしら。あら、コニアサスもいらっしゃったの? 今日は大人しくできていて?」
このちょっぴりの嫌味を嫌味と思わないでほしい。フィルリーネにしては気軽な挨拶である。コニアサスが片膝を地面に付けて頭を下げた。
「フィルリーネさまには、おくりものをいただき、ありがとうございます」
「何か届いていて? ああ、お誕生日でしたわね。コニアサスも随分大きくなったこと」
コニアサスの誕生日には、適当に本でも見繕って送れと指示しておいた。レミアがコニアサスに合う本を選んでいたが、年齢より高めの学びの本がいいのではないかと口出しておいたので、お勉強の本が届いているはずだ。すぐに感謝を述べた手紙をもらっているが、レミアに読ませて手にしていない。
本当ならば大切に取っておきたいのだが、それができない立場が辛い。コニアサスが一生懸命書いたようなので、捨てろとは命令していない。レミアが取っておいてくれているだろう。多分。