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街並み2

「エレディナ、次行こー。次」

「次? まだどこかに行くのか?」

 人の演奏を聴いていて暇すぎたのか、ルヴィアーレが眉を曇らせた。昨日は工場地帯へ行けなかったので、今日連れてやろうと思ったのだが、行きたくないですかね?


「まあ、ちょっと休憩した方がいいんじゃない? その辺で休んだら?」

「それだったら、私はおやつが食べたいよ。お腹が空いたね」

 魔導を使ったせいかお腹が空いてきた。お腹をさすっていたら、ぐうと鳴った。おやつが食べたいです。ぐう。ルヴィアーレの眉間の皺がさらに深く刻まれた。お腹の音聞こえましたか?


「移動しよ。移動。はい、私は焼きケーキが食べたいです。行こう、行こう」

「はいはい。いつものところね」

 エレディナが分かっていると手を伸ばした。フィルリーネがその手を取ってルヴィアーレに手を伸ばすと、眉間に縦皺を寄せたままだ。置いていっていいだろうか。


「ほら、行くよー」

 言うと渋々とでも言うように手に触れてくる。そんなちょろっと触ってるだけだと、本当に捨てていくぞ。仕方なく握ってやると、エレディナがいつものように転移した。


 辿り着いたのは森の中。貴族の屋敷と街を隔てる森である。ここは城壁を囲む森で侵入する者はあまりいない。無闇矢鱈近付くと貴族の屋敷を守る警備が飛んでくるからだ。

 街に近い死角になる場所に降り立って、フィルリーネは街への道を進んだ。森の周りには生垣があり侵入しにくくさせているのだが、跨げば問題ない。まあ、後ろの男がまた皺を増やすわけだが、知ったことではない。


「近くに美味しいおやつが売ってるお店があるの。そこで休憩しましょー。おやつ、おやつ」

 街のおやつは素朴な味でいくつでも食べられるのである。王弟様が食べるようなおやつではないのだが、味は保証する。お砂糖を使っていないのに甘くておいしいのだ。焦茶色の硬い棒のような形をしており、見た目はそこまでおいしそうに見えないのだが、食べると病みつきになる。香草を使っていて後味がさっぱりなおやつである。


 いやー、食べるの久しぶりなんだよね。ここ最近カサダリアの街に降りても工場近くに行くことがなかった。おやつの売っている店は工場地帯の近くで、工場で働く者たちのお腹を満たすおやつ店なのである。だから時間に寄っては混んでいるのだが、今の時間ならば平気だろう。今は午前中なので、工場で働く者たちはおやつ時間ではない。


「こんにちはー。焼きケーキ二つくださいー」

 甘く香ばしい匂いが鼻腔をくすぐる。森から出た道の脇にある小さな店の窓から注文すると、おばさんが棒に刺されたケーキを二つくれた。お金を出して、ルヴィアーレに出す。


「おいしいよ。そんな甘くないから」

 差し出したが、ルヴィアーレはフードの中でその焼きケーキをじっと見つめた。そんな見ても毒なんて付いてないよ。焼きケーキを受け取ろうとしないので、フィルリーネは二本持ったまま近くの広場の噴水の石垣に腰を掛ける。座れば座ったでルヴィアーレは眉を傾げた。いちいち気になるらしい。王弟様は大変だね。


「おいしいのに。まあ、二つくらいぺろりだけどね!」

 気にせずぱくついて、もぐもぐする。美味しいのよ。この硬くてちょっと焦げた感じがありながら、甘い香り。蜂蜜を使った焼きケーキで香草がちょっぴりぴりっとする。辛いわけではないのだが、独特の香りで甘さが和らぐのだ。おいしー。


「当たり前に座るな」

「座ります。立ち食いの方がいい?」

 言ったら、やはり眉を寄せた。座って食べるか立って食べるか。座って食べる方がましらしい。けれど汚れた外の椅子でもない石の上に座る気は起きないようだ。

「いいから座りなよ。市井の物を知りたいなら、食べ物が一番分かりやすいと思うけれど? 見るだけが知る機会じゃないわよ」


 フィルリーネは言いながら、まだ口をつけていない焼きケーキの先を少しだけ折って口に入れた。その残った方をルヴィアーレに渡す。ルヴィアーレは若干片眉を上げたが、大きなため息をついて焼きケーキを受け取ると、やっと石垣に座った。

 焼きケーキを食べながら歩む人たちが過ぎるのをぼんやりと眺めていると、時折精霊が飛んで通り過ぎ様に瞬いて離れていく。何匹かがそうして過ぎて行ったが、一匹だけ降り立って後ろの噴水に入り込んだ。水の精霊だ。


 毎日お祈りしているの?

「そうよ。声は届いている?」

 届いてる。伝えたよ。

「ありがとう。他の精霊たちにもお願いね」

 みんなに伝えるよ。


 水の精霊は羽を噴水の水で濡らすと、ルヴィアーレの近くで瞬いて、再び空へと飛んだ。

 水の精霊はルヴィアーレに既に陥落している。他の精霊たちへ積極的に伝言をしてくれているようだ。いやー。嬉しいけれど、何だろう。複雑な心境である。


「カサダリアでもあまり精霊は見ないが、近寄って声を掛けてくる精霊もいるのだな」

「城にはできるだけ来ないように伝えているけれど、街には結構いるのよ。団体だと目立つから一匹で飛んでいる子が多い、目立つと危険があるとは伝えてあるしね。だから、声を掛けてくるのは稀よ。ダリュンベリで特に人の多い場所では、声を掛けてくる子はいないわ。あまり人がいない時に少しあるくらいね」


 この店は工場地帯の入り口にあるので、人通りは少ない。昼時になれば、わっと人が出てくるのだが、まだ時間が早いため道行く人はまばらだ。


「第二夫人とコニアサスは精霊と会話は行えないのか?」

「ミュライレン様は精霊のことを気に入っているみたいだから、いれば微笑んだりしてるわね。コニアサスも単体でいる精霊に目線が動くから、見えてるはず。けど、会話をするかと言ったら、していないわ」

 そもそも城に精霊がいないので、精霊と接する機会が少ないだろう。しかも王は精霊がほとんど見られないため、精霊への接し方を二人に教えているとは思えない。本来ならば精霊に接する時の注意などを教えるわけだが。


 自分は叔父から精霊の接し方を習った。無理を言って怒らせないようにとは何度も聞いた言葉だ。基本的に人懐こいので本来ならば精霊から近寄ってくるわけだが、城では姿を現さないようにしているため、ミュライレンとコニアサスが偶然精霊を見付けても近寄られることはほとんどないだろう。


「王族であってもあるべき役目を全く果たしていないのか」

「仕方ないわ。誰も教えないのならば、何をするかも分からないもの。精霊に力を借りることもあの二人には理解ができない」

 王族であるための力が用を成さない。彼らはその意味も理解できないままだ。それが異常だと気付くこともない。


「コニアサスを王にするのならば、それは早めに教えた方がいいのだがな」

「それを言うならば、私も詳しくないよ。教えてくれるはずの人がいなくなって、私も手探りだし。何せこの国は精霊に対しての儀式がおざなりだからね」

 祖父が生きている頃はどうだったのか、謎である。あの王がまだ王子であった時代に、祖父はルヴィアーレのような儀式を行っていたのだろうか。


「王の弟から習わなかったのか?」

「魔導を使わないように言われていたから、魔導を表立って使うことはないし、儀式は王が行うものだから、私はその立場になくてね」

 しかし精霊の祭典で叔父は演奏を行っていた。その時魔導を乗せて演奏はしていない。王に配慮していたのだろうか。それともラータニアとは違い儀式に魔導を乗せることはしないのか、分からない。


「ラータニアって、王族が行う儀式に何でも魔導を乗せるの?」

「当然だ。精霊の力を借りるために私たち王族に力が与えられている。それを精霊に捧げるのは道理だろう」

 成る程。それは当然だ。グングナルドではどんな儀式でも魔導を使わないが、本来はどんな儀式にも魔導を乗せて祈るのだろう。ふむ。一度ラータニアの儀式を見てみたいものである。


 自分が魔導を使う時は祈る時だけだ。精霊が辛うじている場所で精霊を呼び込む祈り。イニテュレの大地で行うような、全く精霊のいない状況ではなく、精霊がいる場で大地を潤して欲しい時に祈る。

 精霊たちは周囲の精霊たちに声を掛け合い、祈りに応えてその場所を豊かにしようとしてくれる。精霊はいるだけでも大地を育ててくれるが、精霊が土地に力を与え大地を活性化してくれた。


 その祈りを、儀式で行ったことはない。

 エレディナから言わせてもらえば、祈ればいいのよ。って感じだからね。あんまり儀式に対して気にしたことなかったよ。


 それを言うとルヴィアーレは口を閉じた。無表情で咎めてくるのうまいよね。しかしそんな無言で威圧されても、こちらは儀式で魔導は行えないのだ。できるところで行うしかない。

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