表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
165/315

洞窟2

 転んで尻餅でもついたらお尻が濡れる。そうならないように、フィルリーネは足元を気にしながら歩んだ。


 滑りやすい上に岩場のようなごつごつした地面で、足音を出さないようにしてしばらく進むと、ルヴィアーレが足を止めた。岩影に隠れてこちらにゆっくり来るよう仕草をする。


 近寄ろうとした瞬間、ずるりと足元が滑った。瞬間ルヴィアーレのマントをはっしと掴むと、ルヴィアーレが慌ててそれを引く。頭ごと引き寄せられて、勢いでルヴィアーレの腕に喉が押し潰されそうになった。むせそうになるのをルヴィアーレはさせまいとマントで人の頭を覆った。


 こちらも声は出せないと堪えたが、ルヴィアーレは容赦ない。そのせいでむしろものすっごく苦しいんですけど!

 咳が出るのを涙目で我慢して、フィルリーネはルヴィアーレのマントから頭を出した。滑るのでルヴィアーレにしがみついたまま、その様を岩陰から見遣った。中型の航空艇と人が見える。


 広い洞窟の中だが、柱や岩場で航空艇を停めるには立地が悪い場所であるのに、中型の航空艇が三機停められていた。ダリュンベリから飛んだ機体かどうかは分からないが、秘密裏に配備しているのは間違いない。


 航空艇の側にいるのは騎士で、人数は目視できるだけで四人ほどいた。談笑しているか、警備をしている風ではない。声は聞こえないが随分と雰囲気が緩い。騎士たちの声は聞こえず、遠目なため顔もよく見えない。しかし人数は四人だけのようだ。もう少し人がいるかと思ったが、この場所が反王派に見付かっていないため、そこまで厳戒態勢で警備をしているわけではないのかもしれない。


 洞窟の入り口よりは少し離れた奥まった場所に航空艇は停められていた。洞窟の入り口は魔獣が住む場所なのだが、魔導士が魔獣避けの薬でもまいたのだろう。そうでなければ魔獣と度々戦いになってしまう。住処を追われた魔獣たちは壁の前にある湿地帯へ移ったのだ。

 さすがのガルネーゼもこんな場所に航空艇を隠しているとは思わない。灯台下暗し。あまりに近すぎる場所だ。


 ルヴィアーレはフィルリーネがしがみついている腕を少しだけ上げた。これ以上ここにいても騎士たちに気付かれずに動くのは難しい。顎で来た道を指されてそれに頷く。戻った方がいいと言う合図だ。

 再び転びそうになられてはたまらないと、フィルリーネが転ばないようにルヴィアーレが腕を引いた。フィルリーネの足元を横目で眇めながら元来た道をゆっくり戻る。滑るのよ。そんな睨んで見ないでよ。


 少し離れてエレディナの転移を行わないと、もし魔導の強い者がいる場合気付かれる可能性がある。それを考えただろう。ルヴィアーレはエレディナが手を伸ばそうとしても顔を軽く振った。先程の穴まで戻った方が安全である。

 男たちも航空艇も見えない岩影に入り人気がないことを確認して、エレディナは転移をした。


「こんなところに配備しているなんてねえ」

 エレディナの言葉にルヴィアーレは眉を顰めた。フィルリーネもため息しか出ない。

 転移したのは壁の脇。魔獣のいる湿地帯が見える場所に降りて、フィルリーネはそちらを見遣った。ここから洞窟は見えない。まさか城の膝下に隠しているとは、思いもしなかった。


 ラータニアへの襲撃をここからでも行うとしたら、ビスブレッドの砦とは違う方向へ飛ばすつもりだろう。まいったね。ガルネーゼに早速伝えなければならない。いなくなった航空艇がすぐそこにあるかもよって。


「ルヴィアーレはもう戻った方がいいわ。エレディナ、連れてってあげて」

「君は?」


 そう睨んで問わなくていい。壁の穴を塞いでもう少し街並みを見て帰るつもりだ。それを言うとルヴィアーレは眉根を寄せた。そんな顔をしてもあまり外に長居はできないだろう。本を読むにしても一度休憩を入れた方がいい。流石に長すぎて王の手下やベルロッヒの手下が動いたら面倒だ。

 ルヴィアーレは不機嫌そうに眉を傾げたが、疑われる動きをして面倒になってもこちらの知ったことではないからね。


「あとで報告は欲しいものだな」

「話せることがあったらね」

 言うと眉を逆立てた。すぐ怒る。こちらはまずあの航空艇がダリュンベリのものであるかの確認が必要なのだ。


「夜に話せるな?」

 そんな、当たり前に言わないで欲しい。また早めに寝所に入って寝たふりして、今度は人の引き籠もり部屋に来るつもりか。そんなのお断りである。エレディナで転移できることが裏目に出てしまった。

「暇だったらね」

 その返答にこちらを睨んできたが知ったことではない。エレディナにさっさと連れて行ってもらいたい。手を振るとエレディナがルヴィアーレの肩を手に取って、一瞬で姿を消した。


「まったく、小姑だなあ」

 こちらも調べることが増えたのだから、少しは我慢して欲しい。

 航空艇は三機。しかも中型。形は羽根のあるダリュンベリでは良くある型だったが、どれも後部に広い荷台がある物だった。貨物式の航空艇である。貨物式は不穏で仕方がない。魔獣を乗せて運べるからだ。


 ラザデナで行われていた魔獣を使う実験を考えれば、ここから飛んでどこかで魔獣を乗せるだろうか。さすがにあの洞窟に魔獣は運べないだろう。三機は配備されていてもそれ以上航空艇を停められる広さはなかった。ラザデナから魔獣を運びどこかで魔獣を入れ替えるのかもしれない。あの航空艇でラザデナは飛べない。羽根型の航空艇なのでラザデナでは目立ってしまう。


「ラータニア襲撃を、ここからも行うか?」

 大人数の兵士があの洞窟に行けばさすがに他の兵士たちも気付くだろう。兵士を運ぶにしても、どちらにしても、一度は洞窟から出さなければならない。そこに兵士が向かえばさすがに分かる。大人数の動きにガルネーゼが不審に思わないはずがない。


 ガルネーゼがいれば対処は早い。本人が戦いに出て先導すれば、王派の動きは間違いなく落ちる。しかし、

「ガルネーゼが気付かないように、か」

 そう思って、フィルリーネはふと、呟いた。

「婚姻式か…?」


 ダリュンベリにガルネーゼが訪れる日がある。婚姻の儀式をマリオンネで行う時、上役たちは一同揃いフィルリーネを送らねばならない。王族同士のマリオンネで行われる婚姻だ。たかが航空艇に乗り移動するだけだが、城から航空艇に乗る間、皆が集まりフィルリーネたちを見送ることになっている。

 そしてマリオンネで儀式を終え、戻ってすぐに貴族向けの婚姻式があるのだ。その見送りと婚姻式にはガルネーゼは出席しなければならなかった。それはカサダリアを留守にすることを意味する。


「あれ、いや、待てよ?」

 婚姻式が行われる際、王派だろうが反王派だろうが、上役はダリュンベリに訪れる。もしもその頃、女王が死去していたらどうする? むしろ、死去した後を狙い婚姻を行うつもりならばどうする?


「女王が死去していて、婚姻式を行う。その時にラータニア襲撃、城内の反王派の排除を同時に行うとしたら、私もルヴィアーレも、その騒動には気付かないのか…」

 城内で戦いになれば精霊が叫ぶだろう。しかし、マリオンネにその声は届かない。戻る頃、グングナルド国内に入りやっとその声に気付いても、そこからダリュンベリに戻るまで距離がある。更にルヴィアーレがラータニア襲撃を知るには時間が掛かるだろう。


 もしもその時間系列でことを進めるならば、マリオンネから戻ってきた時、ダリュンベリの城は王派に掌握されているかもしれない。反撃するにも祝いに集まって来た反王派は反撃に後手になる。

 ダリュンベリの城が戦いになっている間、ラータニア襲撃も同時に行われているはずだ。ラータニアにダリュンベリ内で内戦があったと気付かれるわけにはいかないだろう。


 その上でルヴィアーレがラータニアへ助けに行くのは難しい。王都にいれば多くの反王派は包囲されて、ルヴィアーレが気付いてもラータニアへ戻る足がないかもしれない。しかもその時ラータニアも王族はマリオンネで婚姻式に出席だ。

 グングナルドもラータニアも王族が不在の中、マリオンネで婚姻式に出席している間に、内戦や襲撃が始まっているとしたら。


 王族がいぬ間に、全てが終わってしまう。


 ぞっとした。自分たちが気付かぬ間に全てが進められていれば、王族の精霊を使う力は付け焼き刃にしかならない。気付いてすぐに動いても、用を成さない可能性があるのだ。


「婚姻式…」

 しかも、女王の死去後、精霊がマリオンネに赴き悲しみに暮れている、力を落としている間。


 誰が城に残るのか分からないが、王派の最大の敵はガルネーゼとイムレスだ。ベルロッヒや王騎士団団長ボルバルト、宰相のワックボリヌも戦える。ラータニア襲撃には魔獣を使い、腕のある者たちを城に残すとしたら、隙をつかれた場合、掌握されるだろう。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ