市街地7
「子供たちが入られるのってどこかなあ。エレディナも探してー」
フィルリーネの声にエレディナも動いているのか、姿は見えないが二人は通じ合い会話を行っている。時折フィルリーネがぼんやりとして会話を聞いていない時があるが、エレディナと話しているのだろう。今もどこを見ているのか動きを止めた。
「ルヴィアーレ、こっちだって」
フィルリーネが資材の上を気にせず大股で上る。踏みつけると砂が舞って埃が浮いた。汚らしい場所でもフィルリーネは躊躇がない。
「うわ。ここか…」
山積みになった木箱の隙間に扉が見えた。壁の中に入られる木の扉は下の方が歪んで隙間ができている。子供ならば入られそうな隙間だ。木箱は板で造られた隙間のあるものでいくつも積まれていたが、その扉に入られるように壊されていた。子供たちが入られるくらいなので、子供たちが壊したのかもしれない。
「狭いな。壁の向こうはどうなっている?」
「この壁の中は昔は貯蔵庫にしてたらしくて、中には入られるのよ。だから結構厚めの壁で、上の階にある駅に繋がってる。壁の向こうは草むら。もっと先まで行くと森と崖と水場がある。川が合流する手前が沼みたいになってるんだけれど、そこにビュレルが住んでいるの」
聞いている限りかなり距離があるように思える。フィルリーネが疑問に思うのは当然のようだ。旧市街の先は平野だが、川の進路が何度も変わったため大地が沈んでいる箇所があり、洞窟もあるらしい。
「ここから魔獣が出てきたのかなあ。ぎりぎり出られるくらいの大きさではあるけど」
フィルリーネは汚れることも気にせず四つん這いになると、木箱の中に入っていく。
「おい」
躊躇がなさすぎて止める間もない。フィルリーネは細めだが一度潜ったら出てこられなくなりそうだ。箱はいくつも積まれているためどかすことはできないのだが、わざわざ入らなくていいように思う。
しかしフィルリーネはさっさと進んで木箱の隙間を這いつくばって進んでいく。四角い木の重なりに服を引っ掛けながら扉の前まで進んだ。その格好、男の前でどうかと思うがフィルリーネはどうせ全く何も気にしないのだろう。
「無理ではないのか?」
「んんー。むううー。むぎぎぎ」
おかしな唸り声を上げてフィルリーネは腕から隙間に入り込む。かなり狭そうだ。入られなければ後ろ足で戻らなければならないが、戻れるのだろうか。
フィルリーネは奇声を上げながら隙間に身体を捻り込み、服を擦りながら入り込んだ。
素直にエレディナに転移を頼めばいいものを、魔獣がそこから入り込めるのかわざわざ自分で試すのだから、その行動力は王女とは思えない。
「あー、行けた。行けたー」
扉の向こうからフィルリーネの声が響いて聞こえてくる。大きな空間のままなのだろう。フィルリーネは中を探すと言い、フィルリーネの声が遠のいた。
壁の中に入る入り口は他にないのか、周囲を見回したが荷物が置かれていたり、壁付近に古い建物が隣接しているためすぐ近くに扉は見られない。壁は旧市街と外を隔てているだけでそこまで長い距離に建てられた壁ではなかった。入り口はここだけのようだ。
壁の向こうに行くには駅から陸橋を越えるしかないのだろう。
しばらく待っていたがフィルリーネは戻って来ない。あの娘、人を置いて進んでいったのではないだろうか。
「仕方ない…」
ルヴィアーレは剣を取り出すと魔導を溜めた。集まった魔導は剣を仄かに光らせ陽炎のように揺らめく。それを一振り。まとまった魔導が一閃、木箱は弾け飛んだ。粉々になった木屑が周囲に散らばる。それを踏みつけて、扉に手を伸ばした。
扉は鍵が掛けられていたようだが、歪んでいるため掛け違っている。力強く引けば身体を入れられるくらいの隙間ができる。
ルヴィアーレはその扉に入り込んで、壁の中に入ることに成功した。
中は少しだけ暗かったが、天井に穴でも空いているのか明かりが漏れていた。奥の方にはフィルリーネが見える。どうやら座り込んで何かをやっているようだ。
薄暗くとも足元は見える。足元は石畳だが石や木屑が落ちていて歩きづらい。
倉庫にしていたのは本当らしい。古い木の棚が並びそこに木箱が収められている。中には土ぼこりだけで何も入っていないが、おそらく食料が入っていたのだろう。野菜の欠片や葉が落ちていた。
駅には金属を取りに来ていたと聞いたが、ここに金属らしき物はない。階上にある駅まで行くことができるのだろう。
「さっきの物音、何したの」
明かりに近付くとやはりフィルリーネは地面に座り込んでいた。睨め付けられて肩を竦ませる。
「中々戻ってこないのが悪い」
「あとで封じないとダメだわ。穴が空いている」
フィルリーネはため息混じりに立ち上がり、足で穴を指した。フィルリーネの前にある木箱の後ろの壁に穴が空いている。そこから魔獣が入り込んだのか、外に通じているようだった。
「だが、魔獣の住処は遠いのだろう」
「そうなんだけれどね」
フィルリーネは手を伸ばしてきた。エレディナが現れる。外に出るようだ。その手に触れると、草むらに降り立つ。壁の外に出たのだ。
レンガの積まれた壁は高く聳えて、それを貫通する陸橋が川の方へ向かっていた。しかし途中で途切れてその先はない。川へ渡る橋はなく、崩れそうな陸橋が道なく建っているだけだ。両脇は川の流れる崖なのだろう。遠目だがこちらの土地が低くなっているため、向こう岸の崖が見える。
真っ直ぐ先には木々の生えた岩場があり、草むらに見えたが湿地帯らしい。奥は森になっている。そこは若干坂道になっていた。魔獣は湿地帯に集まっている。岩場に擬態した魔獣が何匹か止まっているのが見えた。
「随分といるな」
魔獣は岩の上で日向ぼっこをしているか、こちらに近寄る風はない。のんびりと欠伸をして、動くことなく数匹固まっている。
「普段こんなところにいないはずなんだけれどね。精霊が見に行ってくれたんだけど、下の方で何かやってるみたい」
「何か?」
フィルリーネは森の先を鋭く睨む。坂道の先は森のため直進にあるその森か両脇の対岸の崖しか見えない。何かをやっているのはここから見えなかった。
「王か」
「多分ね」
フィルリーネの声が深まる。ここに来ておかしな動きを見つけられるとは思わなかった。フィルリーネは呟き。フードをしっかりと被り直した。精霊がふわふわと浮いて近付いてくる。水の精霊だ。一度水色に瞬くとフィルリーネの側へ降りてきた。
船。あるよ。船。下に船が置いてある。
こちらに聞こえる声は微かだが、前より聞こえる気がする。フィルリーネの祈りで精霊が近付いたようだ。相性のいい精霊たちは自分たちの婚姻を許すのだろう。親しむように声を掛けてくる時点で、許可を得られたようなものだ。
近付けば声もはっきりと聞こえ、フィルリーネと同じようにグングナルドの精霊と意思の疎通が簡単になる。その代わりラータニアの精霊は自分から完全に離れるのだ。
人いるよ。飛ぶ船と人。
「岩場の洞窟でも使っているんじゃないの?」
「だから沼地から魔獣が逃げてきたのかな。結構距離あるけど」
フィルリーネによると、魔獣の住む沼地はかなり先にあり、その沼地は岩場に囲まれ洞窟に繋がるそうだ。そこで王が何かをしていても気付かれるような場所ではないと言う。
街の両端を通っている川の流れは比較的早いらしく、雨が降ると水量は急激に増え濁流になるため崖を削り、水深もあるようだ。そのため川を下ろうと言う者はいない。そもそも崖が高いため川に降りることは小型艇でもない限り難しい。
崖の上は森で、川が流れている場所はかなり低い場所に位置していた。そのため、木々に隠れて何かをしても気付かれない可能性がある。
「あの辺り木も多いし、崖上に道もないから、簡単には気付かないわよ」
「航空艇もあの周辺は航路じゃないからなあ」
王が航空艇を気付かない内に隠している。そうであれば確認する必要があった。
精霊がフィルリーネの前をふわふわ浮いて、飛び出した。案内をするようだ。フィルリーネはエレディナの手を取る。すかさず自分もフィルリーネの手を取った。
精霊たちがどこへ向かったのかエレディナは分かると、一瞬で転移をした。