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市街地6

「仕方ない。そろそろ行こうか。デリさん、私たちちょっと行くとこあるんで、ここで失礼しますね。その玩具どうします?」

「勿論買うよ。また来てくれる? 今度詳しく話そう」

「分かりました。とりあえずそれ置いていくんで」


 フィルリーネは玩具を袋ごと玩具を置いていくと、シャーレクとルタンダに挨拶をする。子供たちに惜しまれながら手を振られると、フィルリーネは残念そうに両手で手を振った。


 その時だった。近くで悲鳴が聞こえたのは。


「魔獣だ!」

「きゃあああっ!」

 声が聞こえてフィルリーネと顔を見合わせる。通りの奥、下りの階段がある方から走ってくる人と悲鳴が聞こえた。


「子供たちを中に!!」

 フィルリーネの声にデリたちが慌てながら子供たちを誘導する。その間に叫び声が聞こえ、走ってくる大人が数人店に逃げ込んできた。


「何があったんです!?」

「魔獣だ。また出たっ」


 ルタンダが転げるように逃げてきた男に声を掛けると、真っ青になった男が息をせって説明する間に、ギアアア、と低く滲んだ声が耳に届いた。

 デリが子供たちを店に入れていると子供たちが一斉に一点を指差し叫んだ。


「来た。あれ!」

「魔獣!」


 指さされた先、現れたのは黄赤の肌、短い四つ足。背中は丸みを帯びているが岩のようにゴツゴツしている。先程絵で見たばかりの魔獣だ。足はゆっくりと動き階段を登ってきたが、ぎょろりとした目でこちらを捉えると途端に走り出してきた。


 フィルリーネが厳戒態勢に入る。指に魔導を溜めて攻撃する気満々だ。避ける気もないとむしろ向かう気で魔獣を視界に入れた。

 身動きせず魔獣を待っていたフィルリーネを置いて周囲の人間は皆走って逃げていく。周りに人がいなくなれば魔獣はフィルリーネに焦点を当てた。周囲の者たちが早く逃げろと言う声も気にもせず、フィルリーネはさっさと来いと思っているだろう。


 街の人間がいる前で魔導を使って戦うのは、今後まずいだろうに。

 魔獣は走りながら口を開けると、長い舌を伸ばした。それが一気にフィルリーネに飛んでくる。フィルリーネは身動き一つしない。


「フィリィ!」

「フィリィさん!」


 皆が泣き叫ぶようにフィルリーネを呼んだ。ルヴィアーレはマントに隠れていた剣を取り出すと、叩きつけるように魔獣の舌を斬りつけた。舌が半分になった魔獣が雄叫びを上げる。しかし魔獣は血みどろになった口をもう一度大きく開けると、フィルリーネに噛みつこうとした。

 その首を両断するのにフィルリーネは何故かこちらを見上げた。逃げようなどと考えもしないのか。


 ザッと言う音は魔獣の首が飛んだ音だ。周囲はフィルリーネが噛まれると叫ぶ声で溢れたのに、フィルリーネは、あーあ、と呟いて魔獣の首が飛んだ軌跡を眺めた。どこまで余裕なのか、呆れてしまう。


「わー。剣でビュレルの首斬っちゃう人初めて見た」

「君は、せめて避けようとは思わないのか?」

 フィルリーネはえへへ。と意味もなく笑ってごまかす。さすが腕あるよねー。などととぼけた感想をよこしてくる。頭が痛い。


「人の剣技を見る余裕があるなら、少しは逃げたらどうだ」

「いや、強いからさ。どうやって倒すのかなって」

「どうやって倒すかではないだろう!?」


 フィルリーネはあろうことか、魔導をどう出すのかちょっと見たかったなどと言ってくる。剣だけでなく魔導を使うと思ったらしいが、それを見るために今噛み付かんとする魔獣を他所目にして、こちらに注目するとかどうかしているだろう。


「ちょっと、他人さん、すごすぎるんじゃないの…」

「大丈夫ですか!?」

 デリが気の抜けた声を掛けてきた。シャーレクは急いで走り寄ってくる。フィルリーネは皆の心配を他所に、斬られた魔獣の身体を調べ始めていた。


「何をやっているんだ」

「いや、ちょっと、足裏の確認を。どこから来たのかなって」


 土の付き具合を見てどこの土か確認したかったようだ。しかし心配して駆け寄ってきたシャーレクを不憫に思う。フィルリーネは平然として転がった魔獣ビュレルの足裏を素手でひっくり返していた。

 さすがにシャーレクも呆れるだろう。そう思ったのだが、シャーレクは足裏だけ色が違うことに気付いて、フィルリーネと一緒に眺め始めた。お似合いにもほどがある。


「面白い色ですね。ここだけ乳白色なんだ」

「身体の色は擬態ですからね。足裏は関係ないからかな。土は付いてるけど乾燥してるな。ビュレルのお住まいは水辺だったはずだけど」

「石がめり込んでますね。痛くないのかな」


 今の今襲われるかもしれない恐怖で皆が逃げていたのに、ふたりはのほほんと観察をする。呆れるしかない。周囲の者たちは魔獣が倒されたことを知って、心配げな顔をしながら戻っていく。子供たちは逞しいかな、転がった魔獣の頭に集まっていた。


「他人さん。助かったよ。魔獣なんて出たら男たちみんなで立ち向かっても怪我人が出るところだった」

「助かりました。ありがとうございます。この間も怪我人が出て大変だったので」

 これが普通の反応だろう。デリとルタンダが口にしたが、フィルリーネとシャーレクは二人で魔獣の死体を検分している。


「良く出ると耳にしましたが。魔獣が出るような場所でも?」

「おそらく旧駅の方だと言っているんですが。封鎖されていて大人が入られるような隙間はないんですよ。子供たちは入られるような小さな穴はあるんですが」

 やはり旧駅がある場所からと言う噂があるらしい。ルタンダはこの辺りに出たのは初めてだと驚いていた。いつもはもう少し坂の下の旧市街に出るそうだ。


「前もこの種類だったのかなあ」

「そうだと思いますよ。岩が走ってきたと言っていたから」

「そうですか…」


 フィルリーネは納得できないのか、立ち上がると少し考える仕草をした。まだ一匹とは限らない。どこから侵入するのかは確認した方がいいだろう。フィルリーネはまあいいやと言いながら、皆に別れをもう一度言うと、下には降りず来た道を戻った。





「さすがにあのまま下には行けぬか」

「さすがにねー。何しに行くのかって言われちゃうわ」

 フィルリーネは周囲を見回し、階段を上る。この通りは職人だらけだ。皆先程の騒ぎに一度仕事を止めたようだが、少しずつ落ち着き仕事に戻り始めている。


「さっきの魔獣。この辺まで上がってくる魔獣じゃないんだよね。川の方って言うか、もっと遠目の沼地に住む魔獣なんだけど。何でこんなところまで上がってきたんだろう」

 疑問に思ったのはそこなのか。旧駅から来たとしてもその付近には生息していないようだ。旧市街には壁がありその先は大地が続くが、そこにたまに現れるかないか程度だと言う。


 おかしいなあ。とぶつぶつ言いながら、フィルリーネは別の道から下へと下る。

 しばらく坂道を下っていると地面は土が多くなり、石畳ではなく石がごろつく歩きにくい道に変わった。土が剥き出しな上、整備されていないため街の外のような道だ。しかも少し粘土質なのか、歩くとぬかるんだように少しだけ地面に沈んだ。

 フィルリーネは横道に逸れると、使われていない陸橋の下を通った。


「こっち上るとさっきの職人街に続くんだよね。だからこの辺り通ってきたと思うんだけど」

 ここを通っていれば先程の魔獣は足裏が砂にはならない。この辺りから来たわけではないようだ。フィルリーネもそれが気になったのだろう。一部の乾いた道はないか地面をきょろきょろ眺めた。

「あそこではないのか?」


 陸橋が崩れて日が当たっている部分がある。丁度その下だけ水が捌けて乾いた砂になっていた。その場所を人の足跡とは違う跡が残っている。間違いないだろう。

 フィルリーネはその先を見遣る。遠目には高い壁が聳えていた。街の一部を囲っていると言う壁だろう。かなりの高さがあるか陸橋より高く造られている。空を飛ぶ魔獣を倒すためか、櫓や通路も見えた。


 陸橋はその壁に貫通して造られていた。その部分に古い煉瓦造りの建物が見える。長い階段がそこまで繋がっていたが、途中崩れて上れなくなっていた。上には上がれないようだ。

 これが旧駅だろう。壁に埋まるように造られた建物は若干歪んでいる。レンガも崩れて今にも落ちてきそうだった。時を知らせる鐘がある位置に鐘もない。かなり古そうだ。


 建物の下は資材置き場かゴミなのか、崩れて使い物にならないレンガや金属の柱などが放置してある。それも古いのだろう、土まみれで草が生えていた。高く積み上げられた木材などもあり、木箱なども積まれている。

 危険だからか、その下には通れないように紐で遮られていた。とは言え、ただ紐で区切られているだけなので、侵入は容易い。

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