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市街地5

 フィルリーネとシャーレクは子供たちの進みを待つのかこちらに寄ってきた。シャーレクはそのまま奥の部屋に行く。


「どうかしたの?」

「シャーレクが魔獣のことで聞きたいからって。木札取りに行った」

「ああ、そう言えば分かりにくいところがあると言っていたな」


 ルタンダが脇で髭を撫でながら思い出したように言う。フィルリーネが来たら聞くつもりだったようだ。魔獣の木札と言うと、フィルリーネの部屋にあったあれのことだろうか。


「あれの売り上げいいよ。絵札としても価値があるって買ってく人がいてね。新人の狩人が欲しがったりもするし、貴族向けに色を塗ったの増やそうかと思って」

「色かー。全部一度塗らなきゃですね」

「そうなんだよ。シャーレクでも分かる物は塗ってもらってるんだけれど、分からない魔獣が多いから、一度フィリィに塗ってもらいたいんだよね」


「これです」

 話しているとシャーレクが木札の束を持ってきた。フィルリーネが保管していた物より随分大きい。絵画にしては小さいが飾れるような大きさだ。


「これで飾って見せるんだ?」

「はい。店頭に置く用なんですけれど、細かいところが分からなくて」

 既に完成体のようにも見えるが、シャーレクはまだ描き足らないらしく、フィルリーネに細かい部分を聞いている。持っている木札はフィルリーネが描いた物だろう。シャーレクは絵の具も運ぶと筆をフィルリーネに差し出した。


「えっとね、ここは…」

 フィルリーネはシャーレクの描いた魔獣に絵の具を合わせていく。細い筆を器用に動かしちまちまと模様を描き始めた。シャーレクは隣で食い入るように手元を覗いている。


 描かれている魔獣は見たことのないものだ。この辺りに出る魔獣なのか、深い黄赤の肌が岩のようだった。太い四つ足でその足に見合った丸い大きな背を持っている。伸びた顔は岩のようで頭に湾曲したツノが付いていた。

 フィルリーネはその魔獣の首元から背中にかけての模様を描いていく。魔獣の模様を細かく記憶しているようで、迷いなく筆を進めた。


「この辺り、中側にも同じ模様が入るんですか?」

「中は真っ赤なんですよ。模様はこの縁のところまでで、表面の皮に比べて柔らかいんです。だから質も違う」

「やっぱり本物を見ないと難しいな。僕もフィリィさんみたいに狩りに同行したい」

「でもその魔獣見たことあるんだろ?」

「死体を見ただけなんで、動いているのは見たことがないんですよ」

「狩人の邪魔にならないようについていかなきゃですから、一応剣持たないとですよ」

「それは難しい…」


 シャーレクは腕を組みながらうーんと唸る。フィルリーネの場合討伐に助っ人として出るほどなのだから、ただの絵描きに同行は無理だろう。フィルリーネもそれは危険だと思ったか、やんわりと止めようとする。

 フィルリーネはシャーレクに筆を渡すと、同じように描くことを勧めた。筆に触れる時、フィルリーネの手の甲が一瞬滲んだ色を見せたが、フィルリーネは袖で見えないように隠している。こちらからは仄かに明るくなったのが見えたが、シャーレクは絵を見ていたか気付かない。


 しかしさほど大きくもない絵の前で二人は近付きすぎだ。少しでも触れれば契約の印が浮かび上がる。フィルリーネは右手を背中に隠し左手だけで指示していたが、後ろから見ていても手の甲が光っているように見えた。


「細かいわねえ。大きくするとそんな感じなの?」

「木札の絵だとそこまで細かく描いてないですからね。白黒でも大きくするなら模様とかは細かく描かないと」

「それもまた職人の技術が必要ねえ。色付き量産は大変そうだわ」

「一度作ってみるのはいいと思いますよ。束で売るのではなく、一枚いくらで売った方がいいと思う」

「何枚組とか? 魔獣の絵を一枚ずつ買うことはないだろうから」

「そうですね。選んで何枚組とかにすれば、貴族の騎士には教材として使えるだろうし」


「フィリィさん、この辺りはどうなりますか?」

 シャーレクは絵に集中しているか二人の会話を気にせず問うた。フィルリーネがまた筆をシャーレクから受け取り絵を塗り始める。

「こことか」

「これは、こんな風で」


 他の筆を使えばいいものの、同じ筆を使うため何度も手に触れた。契約の印は不義が増えれば増えるほど手の甲に刻まれていく。本来ならばすぐに消えるところが、肌に滲み戻るのが遅くなる。それが過ぎると痛みを感じるはずだ。


 気付いていないのか。


 フィルリーネの手の甲には魔導が集まりつつある。精霊の契約を甘く見るのは危険だ。どの程度でどうなるのか、確実な数値は分からない。


「フィリィさんのすごいところは記憶力ですよね。勿論絵のうまさもありますけど」

 シャーレクは真面目な顔で感嘆しながらフィルリーネを褒めると、なぜかデリが大きく頷いた。

「ねえ、やっぱりうちで働かない?」

「来年になったら、ちゃんと考えます」

 諦めきれないデリがフィルリーネに問う。それにフィルリーネは間髪入れず答えた。


「来年? 来年なら大丈夫なんですか? フィリィさんが一緒なら良い商品も多く作れそうです」

 シャーレクも待っているのか、賛成するように目を垂れさせた。随分と嬉しそうだ。

「身辺整理終えたら、少しずつ来れると思う」

「何よ。身辺整理って。通りすがりの他人さんと婚姻するの?」

「身辺整理って!」


 デリの言葉にシャーレクが目を丸くしてこちらを見上げた。フィルリーネはすぐに否定したがデリもちらりとこちらを見遣る。婚姻の想像は遠からずだが、王を倒した後を身辺整理と言うのはどうかと思う。


「フィリィさん、職人になりたいと言うのは、本気なんですか??」

「本気よ。ねえ」

 何故かデリが即答した。ルタンダは冗談半分で聞いていたのだろう。フィルリーネが本気で職人を目指しているのに驚いている。しかし、なってくれたら助かると期待値を上げた。


「先生も向いているし、聖堂での話も進んでるし。いい子いい子」

「えへへー」

 デリに頭を撫でられてフィルリーネは頬を緩めた。子供のような顔をしてデリに撫でられているが、それがこの国の王女であると誰が思うだろうか。そして、よくもそこまで商人たちと打ち解けるまでになったものだ。


 シャーレクが若干こちらを見て顔を曇らせているが気のせいとしたい。


 子供たちが少しずつ絵の完成に近付いたか、フィルリーネとシャーレクが再び子供の絵を見始める。フィルリーネは男の子供の手を取り、木炭で絵を一緒に修正していた。

 それにシャーレクも混じる。


「フィリィ」

 フィルリーネを呼ぶと、目を瞬かせてフィルリーネが振り向いた。子供に木炭を渡してこちらに来るので、外に出ると子供たちから少し離れる。フィルリーネの手を取ると、仄かに明るんでいた契約の印が僅かに色を落とした。


「気付いていなかったか。手の甲が光っている」

「ああ、うん。まだ大丈夫かなって」

「大丈夫もあるか」

 小声にフィルリーネは事もなげな様子で言うが、触れた手の甲は熱を持っていた。少し痛みを感じたのではないだろうか。


「長く放置すると跡が取れなくなるぞ。その後はどうなるか知っているな?」

「ちびっこくらい許して欲しいよね」

 フィルリーネはそうぼやくが、そんな簡単な罰ではない。眉を逆立てるとぶすくれる。


「そろそろ、移動しないのか。魔獣が気になるのだろう」

「それは場所も分かったし、後で行くよ。他人さんは帰った方がいいでしょう」

 小声でも他人さんを続けるフィルリーネは手の甲を擦りながら袖で隠す。隠しても布越しに光るのだから、男に触れないよう気を付けていなければならない。


 ついシャーレクを横目にした。しかしフィルリーネは子供に教えるのに触っちゃダメって無理あるよねー。ととぼけた顔で口を尖らせるだけだ。


「早めに戻らないと、イアーナがぶるぶるしちゃうでしょ。あの子耐えきれなくて乗り込むかもよ」

「レブロンとメロニオルが止める」

「まー、止めるでしょうけど」


 そこまで馬鹿ならしばらくは部屋に監禁だ。しかしそこまで馬鹿ではない。飛び出してもレブロンが力付くで止め、サラディカの雷が落ちるだろう。しかも特大だ。


「魔獣の件は私も同行する」

「いいのに」


 フィルリーネの言葉は無視して、その手を離す。不義の印は消えたが、回数が増えれば浮き上がるのも早くなるだろう。あの印は契約なのだから、契約を無視した者には大きな罰が下る。


 その相手が子供だろうが精霊は何の遠慮もしない。人間と同じように考えては痛い目に遭う。

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