市街地2
「ほい。到着」
一瞬で辿り着いたのは、どこの道か。行き止まりの道で城壁のような高い壁のある通りだった。壁の向こうは木々が生い茂っている。道はすぐ曲がり角でその先は階段となり、橙色や黄赤の屋根が遠目まで見える場所だった。
「頭から被って。目立つから。マントも前とめてね。首元とか気を付けて。中の服見える」
服装から身分が分からないように、フィルリーネは服装を直すよう注意してくる。フィルリーネはマントを広げていたが、中の服が商人用だ。見えても問題ないのだろう。ただしっかりとフードを被り、髪や顔が見えにくいように気を付けていた。フィルリーネも顔を見られるわけにはいかないのだ。
エレディナの姿はないが、フィルリーネはエレディナと話し、何かを呟く。独り言を言っているように見える。
「先にちょっと見てまわりたいからさ。…そうなんだけど。夕食までいるのはルヴィアーレが無理でしょ。置いてきてあとでデリさんのとこかなあ」
自分が書庫に戻った後もどこかへ行く気か。フィルリーネは長い時間外にいるつもりだ。
「そんなに長く外にいられるのか? さすがに側仕えが声を掛けてくるだろう?」
「絶対邪魔するなって言ってあるから、大丈夫」
呆れて物も言えない。呆れるのはフィルリーネの側仕えたちだ。いくら放っておけと言っても昼から夕食時間まで部屋に引き籠もるのは、さすがに止めるべきだろう。一国の王女だ。やるべきことがあるだろうに。
しかしフィルリーネは今までそうやって側仕えたちを御してきた。彼女たちもそれに慣れ胡坐をかいている状態だ。むしろ籠もっていればいいと思っているような輩である。王女の側仕えが怠慢であることはフィルリーネにとって使い勝手が良いだろうが、よくもそこまで同じような者たちを集めたものだ。
「ルヴィアーレは時間見ながらね。まあそこまで見るものないわよ。とりあえず街並みでも案内するか」
フィルリーネは歩き出すと人に手招きする。逸れないようにと子供に言うように注意して、フィルリーネは階段を下りた。
階段は短く、すぐに曲がり角がある。家が立ち並びそれが道を遮っていた。家々は高層に造られているが、坂道に建てられているので上から見ると三〜四階建てに見える。それに庶民が住むにしては広いように思えた。庭もあり同じ敷地に離れなどがある。そんな家々に囲まれた道は狭く、石畳で歩きづらい。
上を見上げると城壁が見えた。斜面の丁度中部ら辺に降り立ったようだ。上部は城で航空艇の発着所が微かに見える。随分と高所に造られた長い建物の上で、いくつかの航空艇が停まっていた。
城壁近くには列車が見える。列車が走る陸橋は城から斜面をうねるように建てられており、今いる場所より少し下ったところで川を越えて街の外に出ている。ダリュンベリまで通っているのだろう。
航空艇発着所で説明を受けた時、城と貴族街、森で隔てた先に人々が住むと言っていたので、この辺りは豪商などの商人が住んでいるのだろう。比較的裕福な家が立ち並ぶようだ。
遠目には発着所から見えた煙突が見える。あちらが工場地帯だ。こちらは住宅街になる。
今の時間働いている者が多いはずだが人が全くいない。小道から気持ち広めの通りに出ると、長い階段が続いた。そこの先に大通りがあるか、やっと人の動きが見えた。その後ろにも家や店が見えたが、ここからだと遠目の山まで見える。
「絶景だな」
感嘆に呟くとフィルリーネが嬉しそうに微笑む。
「綺麗でしょう。この辺りは特に上も下も見えるからね。あっちに駅があって人通りも多いんだけど、ここは人が少ないからゆっくり眺められるわよ」
指差された先は公園のように木々が植えられた場所だ。そこから列車が出ているか少し先に陸橋が見える。曲線を描いて下へと進みまた木の影に隠れた。いくつかの列車が動いているのがここから眺められる。
民間の航空艇発着所もあるか、小型艇が停まっている場所もあった。
建物はひしめき合っており狭い土地に密になって建てられているが、ラータニアより都会に見えた。イアーナなどが見ていたらいつまでも眺めて動きそうにない風景だ。
「この辺りは綺麗なんだけれどね。下へ行けば行くほど貧しくなるから建物もすごく古い。特に一番下は貧民街で他の土地から移り住んでくる者たちも多いから、建物はつぎはぎみたいになってごちゃごちゃよ。ここよりずっと迷子になるわ」
フィルリーネは声をおとした。気にしているのだろう。ここからは見えないようだが、そこに住む子供たちに学びを与えようとしている。
「あっちが工場地帯。こっちが商業地帯。向こうが住宅街。下れば旧市街。どこ行きたい?」
そこまで時間取れないから、軽く見る程度ね。と簡単な案内に留めることを先に言ってくる。フィルリーネは後で用を足すつもりだ。こちらはフィルリーネがどんな動きをしているのか見たいのだが。
しかし、グングナルドの第二都市がどのような役割をしているのかも確認したい。
「工場地帯や商業地帯は興味がある」
右手にある煙突を眺めながらフィルリーネは大通りに進んだ。大通りと言うほどの道の広さではないが、人通りは多い。店が並んでいるのか出入りする者たちが見受けられる。
フィルリーネは右手を目指すのに左手に進んだ。どうやら道が通っていないらしい。遠回りをして右に入るようだ。階段や小道が入り組んでおり中々不便な造りになっている。
そう思ったのだが、そのための列車らしく、地区ごとに列車が停まるようになっていた。縦横無尽に張り巡らされた列車が坂道の移動方法だ。それがなければ歩きにくい足場と階段で疲労が溜まる。裕福な者たちは列車を使うようだ。
「列車は乗れないから、我慢して歩いて」
列車付近には警備が多い。移動には事欠かないが歩くとなるといい距離だろう。だが仕方がない。フィルリーネの後をついて周囲の様子を眺めた。
大通りに繋がった下るための階段は広めで、その階段の左右は店が並んでいる。雑貨屋が多いか、階段にありながら人が出入りした。店の前には看板や商品の入った籠が置いてある。
道が狭いため人が多くいるように感じるが、実際多いのだろう。飲食店もあるため昼時を過ぎたこの時間食べ歩きをしている者をちらほら見掛ける。
その上を精霊が通り過ぎた。こちらを向いて羽をぱたつかせたが、フィルリーネの上空へ向かうとくるりと周囲を一周してどこかへ飛んでいく。フィルリーネに挨拶をしたのだ。
それは別の精霊によって何度も行われるが、フィルリーネは反応しないようにしているのだろう。見ぬふりをして通り過ぎる。精霊たちも分かっているか、フィルリーネのすぐ近くには寄ってこない。空の上で回るだけだ。
念の為なのだろう。ダリュンベリでも近寄らないように伝えているのだから、カサダリアでも同じように伝えているはずだ。
フィルリーネはきょろきょろと店や人を目にしている。時折歩きながらも一点を見つめ、ふいに別の方向に視線を動かす。警備がいればフードを深く被った。
「あ、先生。先生!」
フィルリーネが突如声を上げた。先生と呼ばれた白髪混じりの男がフィルリーネに振り向く。中年の男性で中型の体型をしており、背には大きな鞄を背負っていた。着ている服は膝丈のチュニックだが色が白い。裾には斜め十時の飾りがされている。医者を表す模様だ。
先生と呼ばれた男は細目にして目尻を下げた。
「おや、フィリィちゃん。久し振りだね」
「お久し振りです。診察ですか?」
「今終わったところでね。これから昼を食べるんだ」
「ご苦労様です。午後は下ですか?」
「そうだよ。また住人が増えたみたいでね。最近は魔獣も出るらしいんだよ」
「魔獣が、ですか…?」
下とは旧市街のことを指しているのか。魔獣が出るとは街に出るのだろう。フィルリーネが怪訝な声を出した。