市街地
カサダリアの書庫は蔵書数は多いがダリュンベリほど広くないため、秘密文章などの貴重な本などは別の書庫に納められている。そのためこの書庫は城に入られる者であれば誰でも使用できるようだ。
小さな部屋の隅にあるキャレルは大抵一人か二人しか座れず、借りて帰る者が多い。狭い空間で本が読めるので好んで居付く者もいるが、狭すぎるので身分の高い者たちはあまり好んでキャレルを使用しない。
そんな中、護衛をぞろぞろと連れて書庫に入れば、身動きしにくくなるほどだろう。
ルヴィアーレはガルネーゼに儀礼的に案内された書庫をゆっくりと歩いていた。建国記念日までまだ日があり暇を持て余すのは当然で、書物を所望すれば書庫に案内されたわけである。
お互いの演技の中、ガルネーゼは書庫の説明をした。ガルネーゼが案内などしているので、書庫に本を探しに来ていた貴族の何人かは一斉に逃げて行った。この城の最上位であるガルネーゼがうろつけば、本をのんびり読んでなどいられないのだろう。
「お好きな本をお選びください。場所が分からなければ司書がおりますので。では」
ガルネーゼはお役御免と挨拶をして書庫を出ていく。途中で司書に、ルヴィアーレの邪魔をさせないように徹底しろ。と伝えていた。転移をするのに本を探しに来てもらっては困る。
ルヴィアーレは一度案内されていた書庫を、ゆっくりと見回しながら進んだ。迷路のような書庫だ。一直線に目的地には行けない。
「不思議な空間ですね」
イアーナが口を開けたまま周りを見回す。即座にレブロンの肘打ちが飛んだが、顔を引き締められないようだ。上を向いたり左右を見ては、天井の低い狭い出入り口を覗き込んだりしている。
案内がなければ迷子になるだろう。ルヴィアーレもどちらに行くのか迷うような足取りで周囲を見回した。壁一面の本棚なのに、ぽっかり空いている部分があり、そこを潜ると踊り場になっていることがある。その踊り場に入れば本棚はあるのだが、横を見ると階段があるため、別の階に繋がっていたりするのだ。
そうだと思えば、本棚の隙間にある不思議な穴が、ただ通り抜けられる道であったりする。次の部屋に入ればまた不思議な穴がある。イアーナでなくとも口を開けそうになった。
「これは、迷いそうですね」
「そうだな。本の種類は多いようだが、独特の間取りだ」
その間取りを逆手に引き籠もるのはサラディカに伝えてある。しかし今回はサラディカだけでは隠しにくいので、メロニオルにも伝えた。メロニオルはサラディカたち三人の部下より後ろを進むので、王の手下を抑えてもらうのに必要だからだ。
王の手下以外にベルロッヒの部下たちも警備と称して付いてきている。ぞろぞろ集まって邪魔だが、この間取りであれば近寄りようがなかった。
それから、レブロンにもだ。
昨夜遅く、エレディナに手伝ってもらい、レブロンを部屋に呼んだ。レブロンは突然頭に浮かんだ女の声に驚きを隠せず、剣を手にしてイアーナに不思議に思われたそうだが、眠気がきて一瞬眠ってしまったと言う理由で納得させたらしい。イアーナが警備中眠っているのではないかと言う不安ができたが、そこは今後レブロンに注意させるしかない。
レブロンへの説明にはサラディカも同席したが、いつも冷静なレブロンも動揺を隠しきれなかった。フィルリーネの本性が表向きのそれではなく、今後協力し合う相手だと言うことに、しばらく理解が追いつかない様子を見せていた。
それはサラディカも同じだったので、致し方ない。自分もたまに演技をしているフィルリーネを見ると、あれは本心ではないかと錯覚することがある。
しかしフィルリーネは引き籠もり部屋でごろごろし、王の話になると突然牙を剥く反王派だった。
自室でごろごろは口にしないが、反王派であることを強調すると、レブロンは固唾を吞んで頷いた。
レブロンにはイアーナを抑えることと、王の手下たちを自分に近付かせないために出入り口を塞いでもらう。メロニオルと協力し、自分が転移している間、警備のふりをして他の誰も近付けさせないことを共有する。
「サラディカ、これを」
手に取った本をサラディカに渡しながら本棚を眺め、ゆるりと進んでいく。何度かキャレルも目に入ったが座ることはなく、フィルリーネに案内された場所へと近付いた。
サラディカに渡した本は両手で抱えるほど。渡すのではなくほとんど乗せた状態で、本棚を潜り抜けた。
「狭いな」
踊り場は男三人入れば窮屈になるような狭さで、入り口を含めた三面が本棚だ。そして本棚を挟んで階段がある。階段の先は再び踊り場になっていたが小さな窓があった。
目的の場所だ。
階段はさほど長くない高さで、幅も狭い。自分が階段を上ると、サラディカが本を抱えたまま続いて来る。後ろにレブロンが続いたが、入り口を潜ったところで間を空けて足を止める。更に後ろにいるイアーナが本棚を潜ろうとするのを遮った。
「イアーナ、部屋が狭い。少し待て」
「ええっ」
レブロンの身体が出入り口を塞いだ。イアーナが入りたがるのを身体で止めている。サラディカはそれを確認し階段を上がった。
階段の上は小さな空間だ。本棚は小部屋の左手にも続いていたが、右手はキャレルで階段からは見えない位置にある。正面の窓は小さく日の光を通しにくくするために色ガラスで造られていた。外から見えることはない。
「本をここに」
「どうぞ」
サラディカはキャレルに本を積み上げて階段下へ下りていく。お茶を運んでくれ。と言う声を耳にしながらキャレルに座った。
静かで集中しやすそうな場所だ。狭い空間だが落ち着いて本が読めるだろう。普段ならば部屋に必ず側仕えや警備がいるが、ここであれば階段下にいられるだけで人の気配を感じにくい。
フィルリーネは、あちこち試したけどここが一番落ち着く。と言っていた。カサダリアに来ると引き籠もったふりをして書庫に来ていたのが分かる。
王の手下が念の為と入り込んできたが、進む先がないと分かりすごすごと階段を下りていった。読書の合間に飲む茶や菓子が届いて皆が階段下に下がるのを確認し、ルヴィアーレは胸元から笛を取り出した。魔獣を呼び寄せる笛だ。
それを一度短く、次は長く。三度目を短く吹くと、とん、と後ろで気配を感じた。エレディナと共に現れたフィルリーネが無言で手を伸ばす。その手に触れて、自分たちは転移した。
「まずは着替えろ。そんな服で連れてけるか」
辿り着いたのはガルネーゼの私室だ。いつも勝手に入っているのか、フィルリーネはひどい口調で部屋にあるクローゼットを我が物顔で開いてマントや上着を放って来る。
フィルリーネも街を歩く商人の娘のような格好をしていた。膝下のスカートにブーツを履いてマントを羽織っている。いつも外に出ている時の服装だ。その格好をまじまじ見るとやけに幼く感じた。
「あの場所だと戻ってすぐ着替えるとか難しいから、上着とマントだけにしとこう。いや、靴もだわ」
言ってブーツをクローゼットから取り出す。あの場所に王の手が入り込んだとして、レブロンやメロニオルが時間を稼ぐだろうが、全て着替えるのは難しい。今は足元まである長めのチュニックを羽織っていた。それを脱いで膝丈のチュニックに着替えろと命令して来る。
フィルリーネは男が着替えようとどうでもいいと、ブーツの紐を緩め始めた。他所は向いているが、仕切りも何もない。
「早く」
たった一言でせかしてくる。全く何も気にもしないのだから、王女と言う肩書きは嘘のように思えた。
商人が着るような焦茶色の生地は少し薄い。ブーツやマントを羽織ることで見た目を誤魔化すようだ。服や靴の用意がされているとは思わなかったが、身体に丁度合っていた。
上を着替えるとブーツを渡してくる。人の足の大きさを目視で測ったようだ。
「履けるでしょ? ブーツだから紐で固定すれば平気だろうし。ちゃんと少し大きめにしたよ」
小さいよりマシだろうと言いながら、フィルリーネはマントを頭から被った。後ろ姿を見ていると本当に商人のようだ。履いているブーツも踵が低いためいつもより身長まで低い。
「履いた? じゃあ行こう。サラディカに笛は渡してあるわよね?」
「キャレルに置いてきた」
「じゃあ、行こう。あ、待って」
言いながらフィルリーネはクローゼットから布袋を出した。それを肩で持ち上げる。膨らみが歪だったが布の鞄だ。何が入っているのか問う前に、玩具だと言ってきた。売りに出す物のようだ。
出発の用意ができたと自分の服を椅子に置いたまま、フィルリーネは手を差し出す。エレディナはフィルリーネについて、逆の手を持っていた。
精霊の転移はどこかしらに触れていないと行えないらしいが、それは精霊直接でなくても良いようだ。手を繋ぎ続ければ何人まで運べるのか、気になる。